オレンジページnet
このブログは、
『オレンジページnet』の
オリジナルブログです。

『オレンジページnet』はこちら>>
 
profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
profile:山本さんの本
不便のねうち 不便のねうち
足りないくらいがおもしろい 足りないくらいがおもしろい
片づけたがり 片づけたがり
おいしい くふう たのしい くふう おいしい くふう たのしい くふう
こぎれい、こざっぱり こぎれい、こざっぱり
人づきあい学習帖 人づきあい学習帖
親がしてやれることなんて、ほんの少し 親がしてやれることなんて、ほんの少し
まないた手帖 まないた手帖
朝ごはんからはじまる 朝ごはんからはじまる
わたしの節約ノート わたしの節約ノート
おとな時間の、つくりかた おとな時間の、つくりかた
家族のさじかげん 家族のさじかげん
子どもと一緒に家のこと。 子どもと一緒に家のこと。
台所あいうえお 台所あいうえお
元気がでるふだんのごはん 元気がでるふだんのごはん
子どもと食べる毎日のごはん 子どもと食べる毎日のごはん
わたしの献立帖 わたしの献立帖
●こちらもおすすめ!
 『オレンジページ』のブログ
オレンジ進行中
オレンジページ定点観測
堤信子さんの文具びより (ときどき雑貨)
ワンツー☆スリーピース
からだの本ネット日誌
『花カレンダー』のブログ
オレンジページnet エディターズ・ボイス
オレンジページnet
『オレンジページnet』はこちら。

『オレンジページ』に関するご意見、お問い合わせはこちら。

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月

2007年8月24日 (金)

わたしの宝物を、紹介します。

 夫の実家に遊びに行く。
 埼玉県熊谷市に古くからつづく農家なので、両親はいまもふたりで田畑を守っている。1年中、とても忙しい。ほんとうは、わたしも、遊びに行っている場合ではないのだが、いつも、結果的に遊んでしまう。

 手伝うつもりで出かけても、気がつくと、くつろいでいる。
 わたしはバカ娘になって、土間でぼんやりしたり、ちちの話に耳を傾けたり、ははが打ってくれたうどんをつるつる食べたり、する。

 お墓にはかならず、参る。
 しかし、わたしのあれを「墓参」と呼んでいいのかどうか。
 というのは、墓参のたびに行う、墓の敷地内の植栽の「思いきった剪定」は、もはやわたしの趣味なのだ。墓にいるひとびと——死者は、千の風になって吹いているということだけれど、たまには、墓のあたりでまどろんだり、車座になって話し込んだりすることもあるだろう。少なくとも、誰かが花を手向けるときくらい、やってきてくれるのではないかな——は、「ああ、また来た、あの乱暴者が」とささやき交しているのにちがいない。
 道具は、剪定ハサミ、枝切りばさみ、のこぎり。
 風が通るように、また新しい芽を呼ぶために、一所けん命刈りこむ。いつしか、恍惚としてくる。そこらじゅうの見えないひとびとは、「やれやれ」とあきれながらも、ちょっとは喜んでくだすっているような気がする。で、声に出し「どういたしまして〜」と叫んで帰る。

 このたび。
 熊谷の家の蔵に前に、ごまがたくさん干してあった。太った白ゴマで、とてもとてもおいしいごま。ははが一升瓶に詰めてくれるこのごまが、わたしの台所の宝物だ。
 初めて、不思議なさやをつけたこの植物を見たとき、「あなた、誰?」と思った。ごまが、こんなふうに実るのだと知り、ちょっと涙が出そうになる。健気な姿だ。
 これをこのまま2〜3週間乾燥させると、褐色になり、さやがはじける。ゴザの上で逆さにし、手でたたいて実を振り落とすのだそうだ。ごみをよけ、選別すると、わたしたちが「ごま」と呼ぶごまになる。

 わたしはバカ娘にはちがいないが、ちちとははのつくった米、野菜は決して無駄にしないと誓いを立てている。この誓いを破ったら、そのときは、人でなしになる。

 

2_3

乾燥中の、ごま。
写真ではよく見えないかもしれませんが、
黒っぽいさやのなかに、ごまが実っています。


Photo_2

熊谷の白ごま。
かりかり梅(種をはずしフードプロセッサーにかける)。
干しわかめ(はさみで、ちょっとチョキチョキする)。
塩(伊勢神宮詣でのお土産に、いただいた塩)。
これらを混ぜて(塩は少し)、「ふりかけ」をつくりました。


Photo

「ふりかけ」を炊きたてのご飯に混ぜました。美味! 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戸棚のなかに、「シールの国」があります。

 酢水のスプレーを使って、戸棚の把手まわりを拭く。
 拭きながら、ひとというのは、汚れやごみをつくりながら生きているものなんだと、思わされる。
 手あか。埃。そうして、ごみ。
 手あかを酢の力を借りて、さっぱりとおとし、戸棚のとびらをあける。
 おおっ。
 ここは、シールの国なのだった。しばらく、雑巾の手をとめて、眺める。

 上の子どもが、保育園の友だちからもらったというシールを、冷蔵庫の扉に貼ろうとするのを見て、「待って〜」と叫んだ遠い日が、よみがえる。子どもにとって、シールというのは、とってもとても「いいもの」なんだ。その「いいもの」を、どこか、いつでも合える場所に、ぺたん、と貼りたくなる気持ち、よくわかる。わかるけれども、ちょっと待って〜だった。
「あのね、この戸棚のとびらの内側に、貼っていいよ。いっぱい、いっぱい貼っていいからね」
 これが、わたしの、咄嗟の提案だった。
 3人の子どもが、それぞれ、シールを貼りまくったとびら(の内側)が3ヶ所。どれも、いまとなっては、なつかしい3つの「シールの国」。
 友だちがくれた思い出のシール。ねだられて買った、ちょっと珍しいやつ。野菜にくっついていた農協のシールなんかも、あって、おかしい。なかには、わたしが便乗して貼りつけた、宝塚のスターのシールもある。
 なつかしいなあ。 

 おそらく、家具や電化製品にどしどし貼られたのだったら……、なつかしい気持ちにはなれなかっただろう。角をはやしながらシールをこそげ取ったりして、揚句の果てに「シール禁止!」なんて、叫んでいたのにちがいない。
 家のなかにも、そんなきわどい——つまり、イライラの種になるか、のちにいい思い出になるかというような、わかれ道が出現する。
「シールの国」は、わたしにしては、なかなかいい判断だったなあ。

Photo_3 シールの国!


Photo_4


戸棚を、久しぶりに拭く。

汚れていた。手あかって何だろうか。


Photo_5

戸棚には、ランチョンマット、デキャンター(瓶がころがらないように、フタ無しの
箱に入れてある)、チラシで折った箱、おやつ(カワキモノ)、小物(黒文字や、ナ
プキンペーパー、割りばしほか)を収納した小ひきだしが入っています。
下段左の箱のなかには、お茶漬けのリ、即席のスープ・味噌汁などがあります——ちょ
っとわくわくする箱。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年8月17日 (金)

キャンプに行って、家事をしました。

 山梨県道志へ、キャンプに行く。
 山の風になぐさめられながら4泊5日を過してきた。

 このキャンプ場を気に入って、もう10年ほど通っている。
 夏涼しいこと。木陰で過せること。ここを足場に山に登れること。オーナーの考えがしっかりしていて、石けんの洗剤、シャンプー、リンスを使う約束が徹底していること。
 好きな理由はいろいろあるけれど、やっぱり、いやなところがない、ということが大きいかもしれない。
 キャンプの達人のような友人にくっついて、わたしなんかは、お手伝いをする子どもみたいな位置づけで呑気に過す。呑気とは言っても、キャンプ暮らしは、忙しい。なぜって、日ごろ家でしている家事を、外でそのまましている上に、山に登ろう、釣りもしてみる? そうして燻製にも挑戦しよう、ハンモックで揺られながら昼寝もするよ、ということだから。
 まさに、「楽しいは大変」を地でいく日日だ。

 キャンプ生活のなかでする家事は、日常のそれよりもだいぶ小振りで、少ない材料と道具を生かしきるところに醍醐味がある。この経験は、思いがけないほど、家事に向きあう気持ちに風を入れ、活性化してくれる。

 ところで。
 このキャンプでは、手ぬぐいが大活躍した。
 無類の手ぬぐい好きが高じて、気がつくと、家のなかで使う浴布の8割が、手ぬぐいになっている。好きな柄を集めるというところからはじまったのだが、使ってみると、これがじつに具合がいい。吸水力もあるし、洗濯したあとの乾きが早いのも、ありがたい。
 キャンプ場では、干した手ぬぐいが、仕切りの役目をはたす。ああ、おもしろい。
 手拭いがますます好きになる。

Photo

山のキャンプ場。
手ぬぐいの仕切り。ちょっといい感じだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年8月14日 (火)

遊んでは、働き、働いては、遊びます。

 家の仕事にしても、書いたり・読んだりという仕事にしても、根をつめて「過ぎる」と、はっとする。
 いま、「過ぎてる」んじゃないか、と。
 そうして、あわてて遊ぶのだ。
 誰かが家にいるときには、「おーい」と呼んで、つきあってもらう。
 トランプ。花札。
 ひとりきりのときには、パズルの雑誌をひっぱり出して、ボールペンをなめなめ(なめそうな勢いで)クロスワードパズルや、漢字パズルに挑戦する。そんなことが、いったい気分転換になるの? 遊ぶときくらい文字からはなれたらどうなの、と、ときどき言ってくれるひとがある。なるほどね。
 運転を仕事とするひとが、休みの日にドライブをたのしむという話を聞いたりすると、それに近いものがあるかもしれないなあ、と思ったりする。

 いま。
 夏休みのただなかなので、誰かが家にいて、相手になってくれる。

「お母さんって、けっこう遊ぶねえ」
「……」

 ブームは、花札。
 差し(さしむかいの、意)で、数取りをする。札を配り(手7、場6)、なるべく数の大きい札を手もとに集める。
 勝負がついたところで点数をかぞえる。勝ったほうの数から負けたほうの数を引いた数。これをカレンダーのすみっこに書く、勝者の名とともに。どういうのだか、わたしは負けることが多い。
 子どもたちは、ゲーム機時代のひとたちだが、誘って一度おしえると、すぐに飲みこみ、勝負づよい。そのうち、チェスをおぼえ、やってみたい。

 さて。
 遊びもまた、「過ぎる」といけない。
 長くても30分ほどにとどめ、またもとの仕事にもどる。

Photo_3
















階段の踊り場に、花札が置いてあります。
 「花札やるひと〜」と叫ぶと同時に、
ここにとりに走るんです。

 

3_4

末娘と半年(6回)勝負。
8月7日現在、末娘はわたしに482も勝っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月10日 (金)

酢と重曹と手を組みました。

 掃除に、酢や重曹を使うという話を見聞きするようになって、久しい。これらはみんな、もとは料理に使うもの。ほんとうだとしたら、すごいね、と思いながら、手を出さないでいた。

 こんなお馴染さんたちが、ごく近くではあるけれども、別の分野ではたらくというのだから、使い手の落ち度から、恥をかかせるようなことがあってはいけない。

 酢のびんを想像する。
「きゅうりとわかめの酢のもの」をつくろうというときに、このびんを傾け、トイレ掃除をしようというときにも、同じびんを傾けるというのは、うまくない。まずは掃除用のものを用意しよう。
 掃除用の酢や重曹を、何に入れて、どこにしまうか。
 話は簡単なようで、そうではなかった。
 なかなか、こうだ、いう道筋が見えないまま、時は過ぎていく。

 夏というのは、何かをしてみようというのに、ふさわしい時期みたいだ。夏休みの宿題の記憶が、影響しているのかな。
 わたしは、7月の半ばごろ、重曹と酢を買ってきて、机の上に置いた。
「酢や重曹で何かしようとたくらんでるな」
 と家の者たちにからかわれたが、
「そう。2年越しの研究が実るかどうかの瀬戸際なのよ」
 自分が考えついたものでもあるまいし、と密かに恥じながらも、しかし、かなり大げさに真剣だった。
 机の上の酢のびんと、重曹の袋のとなりに、さがし出してきた容器をならべる。

 ついに、本日。
 掃除仲間として初めて、酢と重曹と手を組み、はたらく。雑誌から切り抜いておいた記事をもとに、おそるおそる……。

・ シャツの衿と袖口の皮脂汚れとり→ 重曹
  「水とき重曹」をぬりつけ、1時間おいて洗たく。
  (つぎには、脇にもぬってみよう)。

・ 床(フローリング)の雑巾がけ→ 酢
  酢水をスプレーし、乾いた雑巾でふく。
  酢は、ニオイとともに雑菌の繁殖もふせぐとのこと。

・ 排水口の掃除→ 酢+重曹
  重曹をふり入れ、酢を注ぐ。
  30分おいて、熱湯を流す。

 ここまでが、きょうのわたしの「夏休み自由研究」。
 どれも、大成功だった。うれしいな。

Photo

酢水スプレーは、安い穀物酢を水で2〜3倍に薄めてつくりました。
水あかや、石けんかすを落とします。
重曹は、油汚れや、手あかに。
スプーンをつけてみましたが、どうやらふりかけ式が使いやすそう。

Photo_2

シャツの衿と袖口の皮脂汚れとりに。
これは、『オレンジページ』で読んで、試してみたいと思っていたもの。
1時間おいて、そのまま洗濯機に入れて洗ってしまえます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年8月 7日 (火)

掃除当番表は、なかなか具合がいいです。

 片づけは好きだけど、掃除が苦手だ。

 わたしの考える片づけとは、このふたつのことに尽きている。

 モノを、なるべく持たない。
 使ったらすぐしまう。

 そうして、わたしの考える掃除は……。これをはっきり書きだせないことが、すでに苦手を証明している。
 なんとか掃除らしいことをしながら暮らしてはきた。しかし、掃除機をかけ、ふき掃除をした翌日には「きのう掃除したもんね、きょうはしたくない」ときっぱり思ってしまっている。
 そうかと思えば、埃というものはどこからやってくるのだろう、と考え込んだりする。そんなことを考えている暇に、掃除して埃を拭ってしまったほうがいいのにちがいない……。
 けれども不思議なことに、40歳を越えたころから、掃除というもののもつ力、奥の深さ、のようなものにだんだん惹かれるようになっている。浄める、祓う、という所作に、意味をみつけたものらしい。

 このように意味深いふるまいを、自分ひとりでしようとしてはいけない。家の者たちにも割りふろう、と思いつく。こういうことは、もっと早くに思いついてもよかったのだが、苦手意識が邪魔をして、ひとりウヂウヂしていた。
 割り振りは、なかなかうまくいかなかった。「掃除機かけてよ」と言う言い方によっては、けんかみたいになったりする。口で言うのはうまくないなあ、と思った。同時に、この家の掃除全体を、自分が把握していないのに、それを家の者たちに割りふろうというのは無理だということにも、気づく。
 そこで、掃除を割り振れそうな場所を書きだしてみた。
 それぞれの階は小さいが、3階建ての家なので、洗面所、トイレが2つずつあったり、掃除機をかける・ふき掃除をするという場合の距離が、2つの階段含めて縦に長かったりする。

 2階洗面所。2階トイレ。1階洗面所。1階トイレ。風呂。玄関まわり。いちごトイレ(これは、猫のトイレ)。掃除機。ふき掃除。植物の手入れ。消耗品買いもの。

 これらに「備考」の欄を加えて縦の項目とし、横の項目に1週間の日にちを書いた一覧表にしてみた。マス目には、それをするひとが自分で名前を書きこんで、実行したら赤えんぴつで印をつけることにしてみる。
 表にして置いた途端、家の者たちは、自分の名前を書きこんだりして、掃除をはじめた。「わたし、きょう、洗面所をする」「あ、いちごのトイレ掃除しなくちゃ」「帰りに、洗剤買ってこようか」
「ごめんね、ちっともできなくって。週末やるね」と言いながら、土日の欄に「ていねい掃除」と書きこんでいる者もいる。
 もしかしたら。
 掃除が苦手なのはわたしひとりだったのかもしれない。時間をみつけて掃除はしたいが、どんなふうに担当したものかわからない、というのが夫や子どもたちの思いでもあったようだ。一覧表をつくって置く、というささやかなシステムをつくっただけで、当番制度がまわりはじめた。半年たったいまでは、まんなかの娘が、一覧表の管理もしてくれるようになった。

 あ、「備考」の欄に「ガラスふきもしないと」と書いてある。これが書けたら、居間のガラスをふくとしよう。

 

 

Photo

これが、当番表です。
1週間で1枚——これを、みんながそれぞれ、
しげしげ眺める様子は、
ちょっと可笑しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)