弁当箱こもごも
家のなかで働いていると、ふと、妙なことをしている自分に、気づくことがある。
動線の「ぶれ」とでも、言ったらいいだろうか。
頻繁(ひんぱん)に使うモノを遠くの方までとりに行くかと思うと、たいして使わないモノを身近な戸棚にかくまっていたり。
引っ越しのときの、とにかくモノを収めてしまおうという、とりあえずの収納が、数年間、どうかすると何十年ものあいだ、そのままになっている、ということがある。これも、「ぶれ」の原因のひとつ。
あるいはまた、同種のものをひとところに収めようと思い立ち、同種をひとつ戸棚に押しこむことがある。これも、時として「ぶれ」につながる。「ともかく同種」というこだわり方に、無理が生じるからだ。
先週末、ひとつの収納を見直した。
その戸棚には、弁当箱や水筒を収めている。
弁当箱のほか、飲み物を入れて持ち運ぶことのできる、あらゆる筒型の容器が、一堂に会している。
なにしろ、正月の重箱から、おひとがうちに集まるとき使う2段重ねの弁当箱、学校や仕事場に持っていく弁当箱まで、すべてを収めていたので、窮屈(きゅうくつ)なこと、この上もない。
重箱や、とくべつなときに使う弁当箱を別に収めることにした。
それだけで、うれしや、新しいスペースが生まれる。
「おひとがうちに集まるとき使う2段重ねの弁当箱」というのは、たまにしか使わないが、頼みになる存在だ。食卓を囲む人数がふえればふえるほど、わたし自身は、台所に立って何かをつくりながら、話の輪にも加わる、ということになりやすい。そうではなしに、わたしも立ったり坐ったりせず、どかんと腰をおろして話しこみたいというとき、この弁当箱に登場してもらう。
上の段にも下の段にも、おかずを、いろいろ少しずつつくって詰め、銘銘に配るのだ。おかずの一部を、その日やってくる友だちに助けてもらうこともある。
食卓のまんなかに、おむすびやら、大阪寿司、にぎり寿司やらをでんと置く。実だくさんの汁ものでもあれば、言うことなしの食卓となる。
この、春慶塗の2段重ねの弁当箱と重箱を、段ボール箱に収め、納戸の比較的とり出しやすい棚にしまった。
弁当箱を戸棚と、段ボール箱に分けて収めなおしながら、こういうものを使わなくなる日も、来るのかもしれないなあ、と思う。
そうなったら、「卒業!」と言ってばんざいしようか。
「さびしいなあ」と、ため息をつこうか。
その両方だという気がするが、どちらにしても、だ。
そういう日の来るまで、おもしろがりながら、弁当作りがしたいなあ。
これが、ふだん使っている、持ち運びの
弁当箱です。
重箱と、
「おひとがうちに集まるときに
使う2段重ねの弁当箱」です。
弁当箱の写真を撮った日、
すでに外に働きに出ていた1個と、
写しそこなった籠たちが、
「ぼくたちも、撮っておくれよぉ」
と、申します。
籠は、おむすび、パン、サンドウィッチ用です。
そうして、1枚目の写真にある、
韓国製弁当箱(入れ子/ステンレス製)におかずを
つめて、入れます。












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