オレンジページnet
このブログは、
『オレンジページnet』の
オリジナルブログです。

『オレンジページnet』はこちら>>
 
profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
profile:山本さんの本
不便のねうち 不便のねうち
足りないくらいがおもしろい 足りないくらいがおもしろい
片づけたがり 片づけたがり
おいしい くふう たのしい くふう おいしい くふう たのしい くふう
こぎれい、こざっぱり こぎれい、こざっぱり
人づきあい学習帖 人づきあい学習帖
親がしてやれることなんて、ほんの少し 親がしてやれることなんて、ほんの少し
まないた手帖 まないた手帖
朝ごはんからはじまる 朝ごはんからはじまる
わたしの節約ノート わたしの節約ノート
おとな時間の、つくりかた おとな時間の、つくりかた
家族のさじかげん 家族のさじかげん
子どもと一緒に家のこと。 子どもと一緒に家のこと。
台所あいうえお 台所あいうえお
元気がでるふだんのごはん 元気がでるふだんのごはん
子どもと食べる毎日のごはん 子どもと食べる毎日のごはん
わたしの献立帖 わたしの献立帖
●こちらもおすすめ!
 『オレンジページ』のブログ
オレンジ進行中
オレンジページ定点観測
堤信子さんの文具びより (ときどき雑貨)
ワンツー☆スリーピース
からだの本ネット日誌
『花カレンダー』のブログ
オレンジページnet エディターズ・ボイス
オレンジページnet
『オレンジページnet』はこちら。

『オレンジページ』に関するご意見、お問い合わせはこちら。

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月24日 (火)

きょうの、「たのしい」

「月曜日、学校、休みだからね」
「え」
「ふりかえきゅうじつ」

 ああ、そうだった。
 知らなかったわけでも、予定表に書きこみ忘れたわけでもないが、……やっぱり、頭からは抜け落ちていた。
 土曜日、日曜日に学校行事(小学校)があると、翌週のはじめが振替休日になる。というのは「約束」のようなものだが、子どもたちは、おまけで休日をもらった、というふうに思うのだそうだ。
 そして、両親、あるいは、父親か母親のどちらかが仕事を休んだり、予定を調整して、子どもとつきあうという家庭も、少なくない。
 月曜日の休みを告げられ、「え」なんて言っているわたしは、振替休日に子どもと遊ぶ算段をし損なってばかりいる。
「Nちゃん、ディズニーランドに行くんだって」
 と、子どもが呟く。
 聞こえないふりをしたの、気づかれてしまったかな。

 月曜日。
 夫もわたしも、朝からそれぞれの机にかじりつくという有様。
 だけど、だけど……。
 せっかくもらったおまけを、子どもがもてあますようでは、つまらない。
 ちょっと考えて、メモ帳に、1から10までの数字を書き、「きょうの、たのしい」というタイトルをつけて、子どもにわたす。
「きょう1日を過しながら、たのしかったことを10個書いて」
「10個も?」
「そう、夜、寝るときまに、きっちり10個。10個書けなかったらね、それは、自分のせいだよ。1日あって、10個みつけられないはず、ないんだから」 
「そ、そうなのか。わかった」

 夫とわたしもフル回転で仕事をし、街にでかける時間をちょっとつくることに成功。小さな、長崎ちゃんぽんの店をみつけて、舌鼓を打つ。長崎へ行ったつもりの90分。

 末の子どもの「きょうの、たのしい」はどうなったか。
 許可をもらって、ここに発表いたします。

1 アイスを食べた。
2 ポテトチップスを買いに行った。
3 『チャーリー・ボーン』、読みおわった。
4 スーツすがたのアケチャンに会った。
5 運動会のビデオ見た。
6 ゲームした。
7 休けいをした。
8 長崎ちゃんぽんを食べた!
9 「嵐」のCDを聞きながら、うたった。
10 すずめを、じっと見た。

10

末の子どもに、
手渡した紙は、これです。
この日は、紙に書きだしことのほかに、
宿題、ピアノの練習、部屋の片づけをしました。
「あんまり気は進まないけど、やる」と
言ったものは、時間を決め、
タイマーをセットして実行しました。

| | コメント (26)

2008年6月17日 (火)

紅のしるし

 若かった頃の、ある日。
 なんとか記念パーティーの司会のアシスタント、というのを仰せつかったことがある。司会役の先輩には恩義があったし、司会者といってもアシスタントなのだし、とひきうけたが、当日になって、1000人を超える出席者が集うパーティーだと知って、あわてる。 
 あわてついでに、着ていく服の心配をする。
 よそいきの服といえば、黒っぽいものしか持ってはおらず、その日も、わたしは黒いスーツに、同色のハイネックのブラウス、黒いストッキングに黒い靴という出でたちだった。カラスにならないように、上着の胸に、コバルトブルーのポケットチーフを、ちょっと大きめにのぞかせて。
 もうひとつ、色があるといいかもしれないなあ……という呟きを聞いていたのか、机を並べて仕事をしていた後輩が、とつぜん、駆けだしていったかと思うと、数分ののち、手に何かにぎって戻ってきた。
「これ、どうですか?」
 そう言って開いたてのひらに、小さな紅いマニキュアの瓶がのっていた。
 ああ、これはいいかもしれない。
 だけど、こんなに濃い色のマニキュアを塗るのは、初めてだ。うまく塗れるだろうか。
「ペンキを塗る要領で、って聞いたことがあります」
 と言う後輩だって、紅いマニキュアを塗ったところなど見たこともなければ、口紅だってたまにしかつけないような子なのだった。
 ペンキね……じゃ、やってみますか。

 かの日、手の爪10枚を、紅(くれない)に染めたわたしは、どうなったか。
 日ごろ、このくらい、と考える自分の範囲から、はみだしていきそうな自分を抱えこむのに精一杯、というありさま。落ち着かないったら、ない。マニキュアは、初めての割には、うまく塗れたけれど、爪だけ、自分ではないような気がした。
 なんとか役目を果たした帰り道、小さな記録映画の会社に勤めるSさんと鉢合わせする。
 Sさんは、わたしの爪にすっと目をやって、
「紅い爪、あなたらしくないな」
 そう言ったかと思うと、もういなくなっていた。
 Sさんは、元来、ひとにいきなり球を投げて立ち去るようなひとではなく、温和で、礼儀正しいひとなのだ。そういうSさんに、あなたらしくない、と決めつけられたのは、痛かった。
 若さと未熟の勢いでもって、
「あなたらしくないなんて、Sさんは、どれほどわたしを知っているというの?」
 と呟いてみたかったが、爪の紅がわたしらしくないことは、自分がいちばんよく知っていた。ただし、当時のわたしは、だ。
 当時は、染めないままの爪でいるのが、ふさわしいわたしだった。

 60歳になったら、爪を染めてみようかなあ、と夢みている。
 尊敬し、愛してやまない先輩たちのなかには、手の爪をきれいに染めているひとが少なくないのだ。そうしたひとたちの手元を、うっとりみつめながら、いつしか、そう考えるようになっていた。
 爪だけ真似ても追いつかないが、そこを入口に、生き方のほうも倣(なら)いたい、と、思う。

 さて。
 だけどわたしは、いまも、紅いマニキュアを持っている。
 夏のあいだ、くつしたのかわりに足の爪を染めるために。
 それから、布以外の道具に「名前つけ」をするために。

Photo

紅いマニキュアは、こんなふうに使います。
歯ブラシの名前つけや、
中味を移しかえた容器への名前つけ
(化粧水とか、クスリの名前とか)に。
写真のこれは、舌を掃除するものです。
それぞれの、頭文字(ひらがな)を
記します。

| | コメント (16)

2008年6月10日 (火)

麦わら帽子

 紫外線がつよくなってきた。
 そろそろ、麦わら帽子の季節だわ。
               
 2年前の夏、伊豆大島に旅をした。
 突然、思い立って「行かない?」と提案したら、誰も彼もが行くと言い、家の者全員と、当時うちに住んでいた友だちと、総勢6人で出かけることになった。
 なんということもない2泊3日の旅だったが、そこはやっぱり旅なので、思いがけないことをたしかめることと、あいなる。何より、この顔ぶれが、共に旅をすることのできるお互いだということを、たしかめる。

 旅の相手というほど、むずかしく、成りがたいものはない。
 1泊以上だとか。
 行く先が100km以上だとか。
 そういうことには関わりなく、それを「旅」と決めれば、たとえ日帰りでも、数km向こうの公園への散歩でも、旅、になる。

「温泉、行かない?」
「歩けるところまで、歩いてみない?」
「韓国行こうよ」
 いろいろな口上にて誘われることがあるけれど、口の先だけで「うん、行こう」とはこたえないように気をつけている。
 反対に、自分も、旅には誘わない。このひととは、たしかに旅ができる、という相手のほかは。
 行きがかりで共に旅をしたばかりに、その後の関係に影がさすいう経験を、いくつかはしてきた。旅というものは、事程左様に、むずかしく、成りがたい。

 さて、つい道を逸れたが、話の行き先は、船旅の末の伊豆大島である。
 大島の街をぶらぶら歩き、ふと昔ながらの洋品店の客になる。とくに入用なモノはなかったが、その店には、粋なところがあった。粋といっても、律義で、どう表現したものか、モノの「素(す)」が立っているというような。
 それで思わず、客になってしまったのだった。
「あ」
 ここで、麦わら帽子と合った。
 野良仕事にふさわしいような、これまた律義一直線といった趣の麦わらだった。麦わら帽子って、こういうものだったよねえ、とひとりごとを言い、千円札の上にいくらかの小銭をのせて支払い、そのまま頭にのせて店を出た。
 以来、夏には、こればかりかぶっている。
 ときとして、
「それは、お百姓の帽子ですか?」
 とめずらしがられるが、かまわない。

 伊豆大島の旅の想い出も、効いているのかもしれない。
 あの、滅法愉しかった旅の記憶が、頭の上にひろがっている。 

 

 

Photo

これが、その帽子です。
ツバが大きくて、頑丈そのもの。


Photo_2

写真を撮っていたら、いちご登場。
13歳になりました。
麦わら帽子と黒猫。

| | コメント (16)

2008年6月 3日 (火)

野生寄り

 ——目的地まで、歩いて行けるか。
 どこかに出かけるときに、まず、それを考える。
 住んでいるこの市内なら、たいてい歩くが、もう少し遠出という場合には、
 ——どこまで、歩けるか。そこから電車かバスに乗るとして、途中、歩きまわることができるのか。
 と、思う。
 歩きたがり屋なのだ、わたしは。

 歩いているときほど、考えや妄想を邪魔されずにいられる時間は、ない。家のなかで歩くのより、広くなる歩幅の分だけ、思考の歩幅もひろがっているようでもある。
 その上、歩いていると、「いいもの」に出合う。

 最近みつけた「いいもの」……、
 それは、どくだみ。
 東京では、5月半ばになると、どくだみの花が咲く。
 道の端(はた)で。空き地で。よその家の庭の隅で。
 1年に1度、この季節の出合いを、わたしは待ちこがれている。
「なんて、うつくしい」と、感嘆する。
 道の端のを1輪摘んで帰る。これを一輪挿しにし、ふたたび、感嘆。

 ぴかぴかしたものより、いぶしをかけた感じが好きだったり。持っている衣類は柄ものより、無地のものが多かったり。ぴらぴらしたものを剥ぎとりたくなったり。飾るより、飾らない、を選びたがったり。
 思えば、中学生のころから、こういう好みはたいして変わっていない。

 何かを選ぶとき、つくるとき。
 家に置くもの、植えるもの。

 わたしは、気がつくと、野生方面に傾いていく。

 これが、好みというものだろうか。
 どくだみの花、に代表されるような風合いを、もとめている。

Photo
どくだみの、一輪挿しです。
つぎは、つゆ草を……。


Long
庭の、つるバラです。
「アーチに仕立てれば、見映えがしますよ」と
たびたび言われますが、こういうものも、
なんとなく野生寄りに。


Up
このつるバラの品種名は、「サマースノー」。
夏の雪、の名にふさわしい、
不思議さ、きよらかさ。
1年に1度のめぐりあい、です。

| | コメント (21)