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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2008年9月

2008年9月30日 (火)

見えない現実

 さまざまな事件の報道に接するたび、生きていく悲しみということを、つよく思わされる。生きていく悲しみ————それは、どんな生にもついてまわる悲しみ、と言ったらいいだろうか。
 事件のたびに、咄嗟(とっさ)にそれを思うので、悲しみの色にすっかり染められるような心持ちになることも、しばしばだ。
 昔に比べて、悲惨なことがふえたのだろうか……。
 そういうことではないという気がしている。事件の種類には変遷があるにしても、ひとの世には、悲惨なことが連なってきたのだと思う。

 ただ、いまは多くのひとが「快楽」を「しあわせ」と考えるようになっていて、生きていく悲しみに目を向けなくなっている。ごく近くまで寄せている悲しみも、足もとを濡らさないかぎり直視せず、素知らぬ顔で通り過ぎようとするから、過去の悲惨な出来事にまで目を向ける余地などは、なおさらないというわけだ。
 多くのひとが……などと、つき放した書き方をすると、自分だけは、そうではないと主張しているかのようだが、とんでもない話だ。わたしなどは、率先して「快楽」を「しあわせ」と考えていたひとりだ。
 しかし、あるとき————それは、いまから3年前のことだったが、本のなかで、あるひとつの事件に出合った。戦後間もない山村で起きた、悲惨な事件だった。その根には、どうすることもできないほどの貧困があり、そのことに疲れ果てた男の姿があった。
 どうにもその事件のことが気になって、図書館に通い、文献にあたった。
 はじめ、そこに感じたのは、闇の広がりだった。黒く塗りつぶされた空間に向かって、目をこらしてみるも、何も見えはしない。明るいもの、愉快なものばかりに目を向けるクセのついたわたしには、何も……。
 一方、胸のあたりだけは、むやみに重くなっていくのだった。
 いっそ、そんな調べものはやめてしまおうと、何度思ったかしれない。
 けれども、調べていくうち、生きていく悲しみの前を、素知らぬ顔で通り過ぎることに、いまよりもっと慣れてしまえば、わたしは、ますます、ひとという存在を過信するようになるだろう、と考えるようになっていった。
 過信は、まずいんじゃないか、と思った。
 ひとという存在を過信し、ひとの可能性は無限だ、などとと思うことは、あぶないんじゃないか、と。

 ごく簡単な、短い期間の調べものではあったが、わたしがはっきり知ったこと————それは、多くの現実は、ほとんど見えないところにひろがっているということだった。どんな生にもついてまわる悲しみに目を向けることを忘れた者の目からは、おそらく、ほとんど隠れている。

 きょうも、事件が報道される。
 そこに生きていく悲しみがあり(あらたに悲しみが生じ)、見えない現実がひろがっている。
 見えない現実は、わたしたちの想像よりも重く、深い。



Photo

彼岸花。
ことしさいごの彼岸花(東京)を、
写しました。

若い頃、後輩から
「山本さんは彼岸花みたいなひとです」
と言われたことがあります。
え? と思いました。
彼岸花はうつくしいけれど、墓のまわりに群生している
様子からも、「死人花」、「剃刀花」という別名からも、
恐ろしげな花に思えたからです。

けれども。
なんだかうれしくなってくるのです。
彼岸花の花みたいだ、
と言ってもらったことが、です。
後輩のコトバを、コトバどおりに受けとることができた
自分というヤツのことも、ちょっとうれしかった……。

好きな花です。
彼岸花(曼珠沙華)。

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2008年9月22日 (月)

えがお

 末娘の通う小学校、場面は昼下がりの教室。
 保護者会だ。
 担任のせんせいが、おもむろに、
「皆さん、それぞれのお子さんの『好きなところ』を、お話しください」
 と言う。
 ————好きなところ……? 好きなところって?
 いきなりこんがらがっているわたしを尻目に、ひとりのお母さんが、
「いくつお話ししてもかまわないんでしょうか」
 と、質問している。
 ————いくつって? そんなに、たくさんあるんですかあ……?
 わたしは、ますますこんがらがって、おたおたする。

 担任のせんせいの、「それでは、どうぞ」を合図に、「それ」は、はじまった。

「はっきり言って、息子のすべてが好きです」
「やさしくて、思いやりがあるんです」
「このごろ、すすんで宿題をするようになりました」
「たくましくなってきて、ときどき、どきっとします」
「好きなことに打ちこむ姿を見ていると、こころから応援したい!と、思います」
「理想の男性像とはちがいますが、こういうのも、いいかなあと、思っています。面白いやつもいいなあ、って」

 くらくらしてくる。
 へえええっと畏れ入る。
 すべてが好き。思いやりがある。————そんな話をするのは、たいてい男の子のお母さんだ。
 女の子のお母さんたちは、話しはじめに、ふっとため息のようなものを漏らし、「せっかくだから、とは思うんですけれど、なかなか思いつかなくて」なんてことを、言う。
「お風呂上がりに、裸でおどっていたりするんですよね……。あ、でも、これは『好きなところ』とはいえませんね」
 と、言ったそばから、あわてるひともいる(この日、お父さんの出席がなかったのは、いかにも残念だった)。

 わかるような気がする。
 10歳くらいの女の子と女親とのあいだには、この時期、すでにある距離感が生じている。その距離感は、成長の手応えともいえるけれども、一方で、ことに母親という存在に対しては、かなり手厳しい一面を見せる。彼女たちは、もう手放しには「お母さん!」などとは、甘えた声は出さなくなる。
 こちらにしたって、呑気に、相手の好きなところをならべたててばかりもいられないということだ。

 とうとう、わたしの番だ。

「えがおが、好きです。おしまい」
 そう言ってしまってから、ほんとうにそれに尽きると、思って、満足する。 
 その場にさし出せることが、やっとみつかった満足と、子どものえがおを探しあてた満足と。

 ほんとうに。
 ひとのえがおが、好きだ。
 そして、いま、わたしのまわりには、好きなえがおがいくつも、ある。
「えがおをおかずに、軽くご飯3杯はいけるな」とつぶやいたら、自分の目も弓のかたちに。
 ぽーんぽーんとはずんで、家路につく。 

 

Photo
ゆで卵のしるしに、
えがおの顔を描きます。
(しるしをつけないと、冷蔵庫の
卵の部屋で、混乱が起きるのです)。
気分的に、
えがおが描きたいばかりに、卵を茹でる
——そういうことも、あるなあ……。

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2008年9月16日 (火)

出したり、入れたり。

 からっぽだ、という気がした。
 頭のなかも、胸のあたりも。
「からっぽ」がわるいわけではないけれど、じっとして味わうゆとりがないいまは、そこに何か注いでおきたい、そんな気持ちになるのだった。
 だいいち、「からっぽ」のままじゃあ、仕事も家事も、計(はか)が行かないや。

 土曜日。高尾山に登る。
 2時間かけて、黙黙と上り、3時間かけて、城山を経て相模湖まで下りる。山の空気、木木の薫りを吸いこむ。
 ちょっと、注いだ、と思う。

 日曜日。深大寺に行く。
 音楽を聴くように、お経に聴き惚れる。
 注いだ、注いだ、と思う。

 講話のあと、お坊さんに呼びとめられた。
「ちょっといいですか。疲れているみたいだったから」
 と言いながら、御坊は背中に手を当てる仕草をする。あたたかいものが、流れこみ、静かに胸のあたりにあつまってくる。
 ————注がれてる……。
 そう思った瞬間だった。
 御坊が、言う。
「ものをなかに入れたら、惜しまずに、それを出して、つまり循環させることです。そしてまた、入れて、また出す」
 ————惜しまずに……、循環させる?

 出したり、入れたり……とつぶやきつぶやきお堂を出ると、頭の上に、秋の空がひろがっていた。それを全部、しゅるしゅるっと飲みこみたい衝動におそわれる。高い空の、またまた高いところに浮かぶ白い雲が、ほほえむ。
「飲みこんだらいいよ。でも、飲んだら惜しまずに、それを出しておくれね。出したら、また飲みこんで……」

 からっぽだと思っていた自分の状態は、どうやらためこみ過ぎだったみたいだ。自分のなかから「それら」を出すことを、なぜためらうのか、は、よくわからないけれど、循環ということは、たしかに忘れていた。

 たとえば。
 自分ががまんすればすむとか。
 与えることばかりに気持ちを向けるとか。
 話は逆のようだけれども、そういう事事(ことごと)も、ためこんで、何かを惜しんでいることになるかもしれない……。

 出したり、入れたり、いくとしよう。 

 
 

Photo
深大寺から、お土産です。
境内にあるナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の樹。
春には、真白な花がつくそうです。

Photo_2
いまは、こんな黒い実が……。

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2008年9月 9日 (火)

床を拭く

「韓国ドラマ、観ない?」
「……」

「ブルータス、おまえもか」
 と言いたいような気持ちだった。
 しばらく距離をおこうと決めていた(これは、単に、時間をつくる自信がなかったからにほかならない)「韓流」の波が、思いがけないところから、寄せてきたかたちだった。
 くだんの「ブルータス」は、日本語を深く追求するのが仕事だというひとだし、韓流スターに熱をあげるタイプでもないし、まさか、その口が「韓国ドラマ」という単語を発するとは。思いもよらなかった。

「長いんでしょう?」
「おすすめしたいドラマは、たしかに長いね。50話だから」
「1話約1時間として、全部観たら、50時間ってこと?」
 とてもじゃない気がした。
 それを観るための、まる2日間という時間を、たとえ切れ切れにだってつくり出すのは至難の業だ。それにだいたい……わたしは韓国語を聞きとれないから、字幕を見なければ、会話のなかみがわからないときている。手仕事をしながら、ドラマを観るなんてわけにはいかないのだ。

「そのドラマを観て、自分が韓国のことを何も知らないことに、愕然としたの。日本が『戦後』と呼んでいるものと、あの国がそう呼ぶものとはまったくと言っていいほど、ちがうのよね。第二次世界大戦後(米・ソの冷戦を背景として朝鮮戦争が起こり、南北が分断)の情勢もことなるけれど、何よりひとびとが、揺るがぬ立場を、譲れない生き方を貫いている……」
 わたしに、DVDボックス(まるで山脈のような)を借り受ける決心をさせたのは、友だちの、この口上だった。
 わたしも、何も知らない……と、思った。

 貸してもらったのはことし5月のころだった。なかなか、手を出せなかった。少しずつ観ることになるだろう、との予想ははずれて、観はじめると、ぐんぐんひきこまれて、観つづけることになる。
 7月のある3日間に半分、9月はじめの3日間に半分観るという、ドラマ鑑賞としては、かなりの強行軍だった。

 ドラマは、1975年から数年間の時代設定。
 庶民の生活は想像以上に質素だった。家族愛、隣人愛、それ故、と言ってもいい豊かな暮らし方がある。
 1975年当時、10代の半ばだったわたし自身、すでにぜいたくに慣れ、いろんなことに飽きはじめていた。ドラマを観るうち、わたしたちが、あっさり手ばなしたものを、韓国のひとたちが、黙って守りつづけているような気がしてきて、幾度も息をのむ。

 わたしには、好きな場面がある。
 オモニ(韓国語で「お母さん」)が、何かにつけて一所けん命、家の床を拭くところだ。日常的な掃除の場面のほかにも、オモニの内面をあらわすために、床拭きがもちいられるのだった。
 あるときは、自分のなかの怒りをしずめるために。また、あるときは、わけあって家からはなれていた息子をむかえるために。
 膝をつかず、しゃがんだ姿勢で、てを左右に大きく動かしながら、ごしごし拭く。
 余計な家具、華美なもののない、床だらけの部屋も好ましい。

 50話を観とおすことができたいまの気持ちは……。おそろしいほどの達成感、とでも言っておこうか。つづきは、床を拭きながら考えよう。

※ わたしが友だちから貸してもらったこの韓国ドラマは「コッチ」です。
2000年製作のこの作品は、ウォンビンの出世作としても、有名。

2
なつかしいものをみつけました。
クレンザーです。
昔ながら、というものに、弱くなっているわたし。
このクレンザー、
おそらく1975年にも売られていて、そのときのままの
デザインじゃあないでしょうか?。
カネヨさん、えらいよ。

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2008年9月 2日 (火)

月代りの茶わん蒸し ——夏のなごりのブログ 

■ 柱時計

夢のなかで、音がした。
ぼーん、ぼーん、ぼーん。
音の連なり。

(おじいちゃんのうちの、柱時計の音)。
 子どものころ、祖父母の家に泊まるたび、この音を聴いた。夜の国の音。
 柱時計は、休みなく時を刻み、そして30分ごとに鳴って時を告げるが、昼間は、不思議に耳にさわらなかった。
「ぼーん」は決して押しつけがましいものではなく、静かに耳の奥に置かれる。夜のあいだも、ごくたまに、夢のなかで聴くような、はるかな音が伝わるのだった。
 ぼーん、ぼーんという音を追いかけて数えては、
(ああ、10回だから、もう10時か)とか、(このぼーんは、何時半のぼーんだろう……)とか、思うのだった。 ——何時であっても、半(30分)のときは、1回だけぼーんと鳴る。
 ぼーんという音をかすかに聴き、覚めかけた世界は、いつも静かで、不思議で、やさしいもので満ちていた。 

 これはしかし、夢では、ない。
 夫の実家に泊まった夜、「その音」を聴いたのだ。

 翌朝、柱時計の前に立って、また、おどろく。
 そうだった、そうだった。
 柱時計は、振り子等時性とぜんまいの力を利用して歯車を動かし、指針を動かす。
 文字盤の両頬にあたるところにふたつ、ぜんまいを巻くための、小さな穴があいているのだった。じっと見ていると、人格をもった存在のように、見えてくる。

 こういうもの、なくなってもらっては困るな。

■ 生け花

ネコジャラシの群生に出合う。
若緑の穂が風に揺れて、波のように、ひかる。
なんと、うつくしい群れだろうか。

思わず摘んで、帰る。

ミルクピッチャーに、生ける。

■ 茶わん蒸し

ふたたび月代りの時をむかえる。
8月から9月。
このたびは、ここに、何が宿っているだろうか。
と、いうような想いをもって、おごそかに渡りたい。

そんなことを考えているところへ、
「ああ、茶わん蒸しが、食べたい」という、二女のつぶやき。

 茶わん蒸し、いいね。
 つくり方、おしえたげようかね。そんなことを思いついたのも、月代りの作用かもしれない。食べるものをつくってみるというのは、相手に近づくこと、そして自分を知ろうとすることに等しいような気がしてくる。
 それが好物ともなると……。
 たとえば力の湧かない日、つくって自分を励ますこともできる。

茶わん蒸し〈2人分
だし汁………………………………………………………
………1カップ
卵……………………………………………………………
……… 1個
塩……………………………………………………………
…  小さじ1/4弱
しょうゆ……………………………………………………
  小さじ1/2弱
みりん………………………………………………………
…  小さじ1/2
みつば………………………………………………………
少し

① だし汁を火にかけ、塩、しょうゆ、みりんで味をととのえる。
 ひと煮立ちさせたら火をとめ、さましておく。
② よくといた卵と、上記のだし汁を合わせて、漉す(卵白をきるのが目的なので、ざるのようなもので簡単に漉せばいい)。
③ これを、茶わんに注ぎ分ける。
④ 蒸し器で15〜20分蒸す(中火)。
⑤ みつばをのせて、供す。
※茶わん蒸しのたねには、鶏のささみ(しょうゆをまぶしておく)、しいたけ、
 たけのこ、かまぼこ、銀杏などが向いています。これらは、小さく切って、
 茶わんに入れておきます。
※ わたしの好みは、なかみなしで、みつばをのせただけの茶わん蒸しです。

 

1
埼玉県熊谷市の田んぼのあぜ道で、
ネコジャラシを摘みました。

摘むのも、生ける(というほどでもないけど)のも、
とてもたのしかった……です。


2
感じをかえて、もう1種類、
生けてみました。
ははが育てている花を、ちょっともらって。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

来週から「家事手帖」のブログを一新、タイトルも「うふふ日記」にあらためます。
このブログを通して、エッセイの世界を、深くもとめていきたいと希っております。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
〈お詫び〉コメントをいただいても(ことに、過去のブログに寄せていただいたコメント)、
お返事をしそこなって、失礼することがあります。
ブログの作法に、いまだ届かぬこと、お詫びいたします。
懲りずに、コメントをお寄せいただきたく。こころからお待ちしています。
                             山本ふみこ

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