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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2008年12月

2008年12月30日 (火)

はたきの行列

 いいものを買った。

 羽二重(はぶたえ)のはたき。

 ことし最後の掃除にこれをおろそう。
 1年の塵を払う気持ちで。家のも、わたしのなかのも、塵を。

  はたきに頬ずりしていると——こういうことができるのも、いまのうち——なんときれいなはたきだろうか、とうれしさが満ちるようだ。
 感じ入っていると、はたきの向こうに行列が見えてきた。何の行列だろうか、と目をこらす。
 わたしの記憶のかなたからやってきている。

 たとえば、ことば。
 たとえば、道具たち。
 たとえば、遊び。
 そして、作法。

 分野も区分も異なっているようでいて、じつは共通の場所で生きてきたものたち。それだからこそ、はたきの存在をよすがに、ぞろぞろと連なって出てきたのだろう。
 行列の先頭のはたきは、どこか得意そうだ。
「わたくしを思いだしてくだすったのなら、この連中のことも思いだしてくださいましよ」
 と、言わんばかり。

「日本語」という存在を考える1年だった。
 たくさんの仕事のなかで、忘れたふりをしていた「きれいな日本語を……」という主題と、何度も何度も鉢合わせした。「あ、」と声を上げて、目をそらす。影をみつけては、顔を合わせぬよう、急いで道をまがる。そんなくり返しだった。
「きれいな日本語」へのあこがれは、忘れたことにしておいたほうが、仕事が捗(はかど)る。能率が、上がる。
 ——何をいまさら、きれいだなんて。
 ことしの途中ではじめた英文の翻訳の勉強も、英語の勉強のようでありながら、煎じ詰めれば、日本語の勉強だった。なんとか英文の意味を拾ったわたしが、つぎに突きつけられるのは、拾ったそれを日本語、それもきれいな日本語に置き換えるというつとめ。

 ここへきて、はたきが行列をつくってまで、きれいなことば、きれいな道具、きれいな遊び、きれいな作法をと、訴える。

 ほんとうにそうだ。
 来年は、わたしが目をそらしていた「きれい」を思いだそう。
 ——澄んで、きよらかなさま。さっぱりしているさま。いさぎよいさま。あとに余計なものを残さないさま(広辞苑第5版より)。
 机の上で、台所で、室内で、そしてわが身にもとめる「きれい」とは、何か。
 ひととのあいだに、そっと置きたい「きれい」とは、何か。

 羽二重のはたきのおかげで、「きれい」に対する、このところの気恥ずかしさが、払われた。その柄を、くっと握る。

          *

 はたきの柄をにぎったまま、謹んで申し上げます。
 ことし1年、どうもありがとうございました。
 佳い年を、お迎えください、みなさま。  ふ 

Photo
羽二重正絹のはたきです。
乏しい掃除ごころを、
励ましてくれるよう……。

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2008年12月23日 (火)

買いものの札(メモ)を、まく

 週日は、朝から夕方まで、机の前にいる。
 机の前になぞいたためしのなかった小学生のわたしに、いまの姿を、見せたいようだ。
 ——どんなもんだい。
 勉強しているわけではないが、机の前にいるというだけで、ひとは変われば変わるもの……などと、手前勝手な感慨にふけったりするところは、いかにも軽はずみ。
 それが証拠に、机の前で何をしているのか、と問われると、途端におちつかない気持ちになる。書いているには、書いている。が、かいているのは、頭やら、時折ためす椅子の上でのあぐらばかり、という日もある。
 いやいや、そんなことは直(ひた)隠し。小学生のふみこちゃんの前でくらい、いい格好をさせてもらおう。
 ——どんなもんだい、どんなもんだい。

 かいているのが頭やあぐらでも、とにかく、机の前にはいることにしているから、途中で出かけることができない。一度家を出ると、朝まとったはずの仕事という衣が脱げてしまう。
 出かけるこしらえをし、外の空気を吸ったり、誰かと二言三言会話を交わすというそれだけで。
「気分転換」も、いらない。しようとすれば、やっぱり衣が脱げてしまう。
 不器用なせいである。
 仕事への取組みも不器用なら、買いものがまたおそろしく不器用ときている。
お店のひととのやりとりに、かなりの精力をつかってしまう。いや、つかいたくもあるのだ、わたしは。
 ことに、それを買うなら「ここ」と決めている店先で、うわさ話などは一切せず、愛想にも節度がある、選ぶ「目」をもったひとたちの前に立つだけで、押してくるものがあり、それについこたえたくもなる。
 自意識過剰だとも、力み過ぎだとも思いはするけれど、そういう調子でずっと生きてきてしまったのだから、仕方がない。

 週日はだから、ほとんど買いものをしない。
 買いもののすべてを、家の者たちに振り分ける。
 店ごとにメモ用紙をかえて、買ってほしいものを書いておく。
 すると、「ぼく、これとこれ」、「うちは、これ。ついでにおやつのするめを買っていい?」、「帰りに駅前のスーパーで買うよ」(駅前のスーパーは午前7時—午前1時。帰りのおそい長女にも、買いものが可能)という具合に、家人たちはそれぞれ自分ができる買いもののメモをとり上げてくれる。

 仕事が早く仕上がった日、週末には、わたしも買いものの一員になる。存分に精力をつかい、まとめて買えるものはまとめて、そうでないものは吟味のよろこびに浸りながら、買う。

1
家の者たちへの伝言をくわえてもらうかえるです。
風貌も、「無事かえる」というその名前も
気に入って、もとめました。
メモは、店ごとに1枚。
魚屋はさかな、八百屋はおかみさんの顔、
豆腐は四角という具合に、
しるしを描いておきます。


2
メモ。
長女が裏紙でつくってくれています。
おもて(裏?)がきれいな写真のは、
一筆箋としても使います。

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2008年12月16日 (火)

お好きなように

コメコ(姉)うちのお弁当ってさ、ご飯のときは、たいていいつも 
      「のり弁」だよね。

ノリヨ(妹)隠れのり弁ね。
      友だちに、ときどき、「お、下にのりがあるんかい」って驚かれる。

コメコ オカーサンて、「馬鹿の一つ覚え」ってとこあると思わない?
ノリヨ 的はずれなサービス精神もあるでしょう。
    隠れのり弁も、ご飯だけじゃなくて、やっぱりのりも、
    おかかもっていう気持ちになっていって、つい、ってことらしいよ。

コメコ たまに焼きそばや、炊きこみご飯のこともあるけど、 
    1:9の割合で、のり弁が多いよね。飽きるよ〜。

ノリヨ このあいだね、休講だったの。
    でもお弁当がつくってあってね、また、のり弁だったわけ。
    ふとさあ、ふと思いついて、のり弁を小どんぶりそっとうつして、
    お茶漬けにしてみたのよ。

コメコ 何、それ。おいしそうじゃん。
ノリヨ おいしそうどころじゃなかったの。梅干しものってるし、
    お湯だけ注いでね、ちょっと、しょうゆをたらしたら……。  

コメコ それ、やってみる。仕事場にどんぶりもお湯もある。Yeah.
ノリヨ Yeah.

 

 なにがYeahだ、と思う。
 夜、なんとはなしに聞こえてきた姉(コメコ)と、妹(ノリヨ/どちらも仮名、念のため)の会話だ。文句を言ってやろうかと思ったが、寝入りばなに起きだしたりしたら、寝つくのにはまたそれなりに時もかかるだろう。そう考えて、枕から頭を上げるのを思いとどまる。
 片や勤め人、こなた大学生に、弁当をこしらえて持たせているカーチャンの、どこが「馬鹿な一つ覚え」で、何が「的はずれ」なものか。そう思いながら、ふたたび夢の世界にもどったのだ。

 けれども……。
 自分の、それとなったらそればっかりになるところも、一所けん命なあまり、つい的からはずれていくところも、わたし自身がいちばんよく知っている。ばれていたか、という思いだ。
 それにしても、コメコとノリヨが盛り上がっていた「のり弁のお茶漬け」というのは、いかにも愉快。ほんとうは、こういう話、大好きだ。
 誰かがやるだけのことをやる。それを引き継いで、再構成したり、脚色したり———どうぞ、お好きなように、である。

 暮らしのことはことに、かつての暮らし方、基本というようなものさえ、踏み越えていくのがいい。好きなように、やりやすいように手を加え、変化させていくのがいい。
 そのうちに、それぞれの身に添った暮らし方が、根づく。

 
 

Photo
隠れのり弁です。
この上に、おかず入れが重なるわけです。
のり弁を自分用にこしらえ、
お茶漬けにしてみました。

むむむ……。

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2008年12月 9日 (火)

名の力

「マサキ〜(仮名)、マサキ〜」
 と、呼ぶ女の声がする。
 時計を見れば、午前6時45分。通勤のひともまだまばらな時刻だ。
「マ・サ・キ〜」
 思わず、不吉なことばかりがつぎつぎに脳裏をかすめ、わたしはあわてて、ベランダから外を見る。
 叫んでいるのは、年若い女(ひと)だった。一目で妊婦とわかるまるいお腹に両手をあて、声を張りあげている。何事だろうか。
 ベランダの手すりを拭く真似をしながら見守っていると、一本道のかなたから、青年が駆けてくるのが見えた。「マサキ」だ。そうにちがいない。
「これ、忘れたら……、……じゃない。もう、マサキったら」
 と、小さい何かを手渡しながら言う声を聞いて、わたしは部屋のなかへと戻る。「マサキ〜」は、夫に忘れ物を手渡そうと、張りあげていた妻の声だったと思われる。
 安堵するやら、気が抜けるやら。こころはかすかに、なあんだ、と肩すかしを食わされたときのため息をついている。ひとの不幸を期待したのではない。そうではないが、名を呼ぶ声の切実さと、ことの顛末(てんまつ)が釣り合っていないのが、いかにも可笑しかった。

 そんなことがあったからだろう、名前について考えさせられている。
 わたしも、朝から幾度となく名を呼んだ。
 朝いちばんに口にしたのは、猫の名だ。
「おはよう、いちご」
 子どもたちを起こすために、それぞれの名も呼んだ。
 夫の名には「ねえねえ」と、いつもなぜか枕詞をつけて呼ぶ。きょうは、何度も呼んだ。旅仕事が多かった夫が、久しぶりに家にいたからだ。一度などは、大きな声で呼んでおきながら、何の用事で呼んだかわからなくなった。
「呼んでみただけ〜」

 名の力を思う。
 ひとは、「ひと」という名のほかに、それぞれ固有名詞を持っている。
 たとえば、わたしは「ひと」であり、「山本」であり、「ふみこ」であり、そのほかにいくつかあだ名も持っている。「ひと」と「山本」のあいだに、「お母さん」も、「おばさん!」などという呼び方もある。

 名前とひとが重なる相手。
 名前を知らぬまま、顔を合わせば会釈する相手。
 名前だけを知っている相手。

 名前とは、ひとのもつ、大きな手がかりだ。
 たとえ相手がそこにいなくても……。その名を呼ぶと、名の主が姿なく、しかしたしかにあらわれる、この世にいないひとも、あらわれる。「面影に立つ」という、あれだ。
 相手との関係に名前をつける———友だち、とか、夫婦とか———ことを、相手と自分のあいだにあるものに名前をつける———愛とか、あこがれとか———ことを、なんとはなしにためらうのも、名の力をふるわれるのを怖れているからかもしれない。名前に決められ、しばられるのは、どうも……。

 名を知るということの、名を呼び合うということの、なみなみならぬ一面を思ってみている。


Photo
以前の名前は、
「タオル」と、「手ぬぐい」。
いまの名は、「雑巾」。

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2008年12月 2日 (火)

う彦

      登場人物:た彦、ばあさま

      庭先で、草むしりをしているばあさま。
      縁側へやってきた、た彦。

た彦   (ばあさまの背中にむかって)ただいま、おばあちゃん。
ばあさま (ひょいとふり返り)ああ、た彦。おかえりなさい。
た彦   遊びに行ってくるよ。
ばあさま きょうは、うちで遊んでちょうだい。あしたは、山に行くんでしょう?  
     宿題やなんかみんな、きょうのうちにしておきなさいってお母さんが。
た彦   そうかあ。
ばあさま それじゃあ、おいもさんを蒸かしてくるからね。ああそうだ、た彦、 
     その上履きをここで、洗っちゃいなさいな。バケツもだしてあるから、
     ちょうどいい。
た彦   いいよお。先週も洗ったから。きょうはいいよ。
ばあさま だめですよ。1週間使えば、汚れるし、それに臭いでしょうよ。
た彦   臭いのなんか、平気だい。
ばあさま た彦がよくてもねえ。上履きの「う彦さん」が、気の毒ですよ。

       ばあさまは、「よっこらしょ」と声を出し、履きものを脱いで家に
      上がる。縁側でぐずぐずしているた彦の横をすり抜けるようにし
      て、奥へと入って行く。

た彦   ぼくがよくても、上履きのう彦が気の毒って、何だよう。 
     ぼくがよければ、いいじゃないか。
     それに、なんで上履きに名前があるんだよう。

      さつまいもを蒸籠(せいろう)に入れて、蒸かしいもの準備をし
      てきたばあさまが、前掛けで手を拭き拭き、もどってくる。

ばあさま おや、まだ、洗っていないの? ちゃっちゃとやってしまいなさいな。
     ほら、たわしと、石けんを持っていらっしゃい。さあさあ。
た彦   ねえ、おばあちゃん。
     さっき、上履きのう彦がかわいそうって言っただろ?
     (ばあさまに、1歩近寄る) あれ、何のこと?
ばあさま (腰をかがめて、た彦の足元の袋をとりあげ、
     なかから上履きを出しながら)
     ほおら、見てごらん。う彦さんもくたびれてる。 
     1週間、ずっと学校で、た彦と一緒にいてさ、
     おまえさんのことを守ってるんです。      
     その上、た彦とちがって、学校に泊まりこみ。
     休みの前の日にやっと、家に帰れるんです。
     きれいにして、いたわってやらなくちゃ。  
     匂いだって、とってやらなくちゃ。

      間———

      思ってもみなかった上履きの気持ち。上履きの立場。た彦は、混
      乱している。混乱しながらも、はっとしたような顔になって、裏
      庭にまわる。上履きを洗うたわしと石けんを手に、戻る。しゃが
      んで、置いてある上履きを、じっと見ている。

た彦  (庭先の蛇口をひねり、バケツに水をためて、上履きを洗っている)
    おばあちゃん、おばあちゃん、
    ぼく、上履きに助けてもらったことあるよ。
    この前、いく太とふざけてたんだ。
    道具小屋の引き戸が倒れてきて、下敷きになりそうになったとき、
    上履きが脱げたんだよ。その上履きが下敷きになったの
    (思い出して、ちょっと目をつぶる)。誰もけがしなかったんだ。 
    先生にも怒られなかったんだよ、
    「無事でよかった、けががなくてよかった」って。    
    上履きだけは、ちょっと破れたんだよ、ほら、ここのところ……。

      一所けん命上履きをあらいはじめたた彦を見て、ばあさまは、静
      かに家の奥に入っていく。

た彦  (さかんに手を動かしながら、小さくつぶやく)ありがとうな、う彦。 

*このたびは、劇の脚本風、民話風に書いてみました。    

Photo
うちで、毎週上履きを持ち帰るのは、
もう末の子だけになってしまいました。
自分で名前も書いてしまうので、
つまらなくなって、
こっそり、かかとのところに
いたずら描きを。
下駄箱からとり出すとき、
ふたり(1足)が、笑っているのが
見えていいんじゃないかと思って。

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