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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2009年4月21日 (火)

片づけられない子どもだった……。 〈2〉

 実家を出たのは24 歳の春だった。
 スタートは、小さな社宅の一室。
 新生活の準備をすすめるなかで、わたしにははっきりとしたイメージをもつまでになっていた。片づけられない子ども———すでに大人になっていたが———だったというのに、それはなぜか。イメージの型紙は、当時の夫(現在は、大事な友だち)の実家の設(しつら)えだ。片づいて掃除が行き届いている上に、じつに洗練されている。機能的でもあった。初めて見る家、室内意匠(=インテリア)だった。
 そうか、暮らしとは思想なんだな、と思った。

 わたしには、そこにあるものが好きかどうかは、はっきりわかる。
 ある程度、思想を読みとることも、できるつもりだ。
 が、自分で「無」から設えることはできない。

 というのが、
 そのときの家づくりと、室内意匠に関する、自分の、自分に対する評価だった。それは思いのほか的を射ており、射たそのまま、いまも変わっていないような気がする。
 それで、型紙。
 当時の姑(やえばあと呼んでいる。以下やえばあ)の暮らし方、選び方、持ち方を型紙に、準備をすすめた。やえばあの真似をしたり、買いものにつきあってもらったりするのは、たのしかった。
 ほんとうに、たのしかったなあ。勉強と鑑賞の日日だった。
 結婚祝いにいただいたとんでもない皿や鍋———それに対して愛着をもつのは、むずかしいという意味の、とんでもない、だ———を、やえばあとふたり、百貨店にとりかえに行ったのも、いい思い出だ。
 せっかく選んで贈ってくださったものなのだから……と、ぐずぐず言うわたしに、「せっかくだからこそ、使わずにしまい込んだり、結局捨ててしまったりしないで、使ったほうがいいんじゃない?」と、やえばあは言った。自分の暮らし方をつらぬくということには、ある厳しい一面のあることを、そのとき学んだ。
 わたしは、そうして———皿や鍋をとりかえて———よかった、と思っている。贈ってくだすったおひとの気持ちを生かすことができた、とも思っている。
 百貨店に行くと、とりかえ専門のようなエキスパートがいて、すみやかに手続きをしてくれ、好みのものととりかえることができる。品物とともに送り状を持参することと、少し金額を足して新しいものを手に入れるという気持ちでいることだろうか、とりかえのツボは。

 母の家づくりの記憶に包まれて、やえばあの感覚に支えられて、新しい生活の準備をすすめたわけだ。自分が暮らしをつくっていくのだ、ということを、肝に銘じながら。その責任の重大さに打ちふるえながら。
 打ちふるえて、わたしはいきなり変わった。片づけられない子どもから、片づけたい大人に。それは「豹変」と呼ぶにふさわしいほどの変わりようだった。極端から極端への、変貌だ。
 いまになって考えると、自分の片づけられなさと、「無」から設えることはできないという自己評価が功を奏したともいえそうだ。つまり、おそるおそる、歩きはじめたのだった。手探りで、初めての道を。
 家というものには、たいていあるものじゃないか、という理由でものを買ったりはしなかった。これ、ほんとうに必要かな、という疑いをもつように心がけた。
 たとえ、ちょっと油断したとしても……。
「客用スリッパ、いるよね」とつぶやくと、「たまにしか来ないお客さんのことは、まだ考えなくていいんじゃない?」と、やえばあ。
「菜箸って、何膳いるかな」とつぶやくと、「3膳あれば、じゅうぶん」と、母。

 こうした準備につづく暮らしは、1日めから「とりあえず」も、「仮に」もなくはじまり、2日めになり、3日めになり、1 年たち、子どもが生まれても変わらなかった。心地いい積みかさねだった。  
 必要なもの、好きなもの、納得のいくものをちょっぴりというスタートだった。 〈来週は暦日記。この項、5 月1 週につづく〉


Photo
25年前に「とりかえた」皿です。
(フィンランドのARABIA社)。
手前が大皿で、奥がスープ皿ですが、丈夫で、
変わりないのはすごいなあと、思います。

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コメント

ふみこさま

いつもお返事くださり、ありがとうございます。ほわわんと、本当にうれしいです。

「価値観」についてお伝えしたくてまたお返事させていただきます。

>価値観って案外やわらかくて、
ぽわんとしたものだと思っていて。
というか、思いたくて(というのが、正直なところです)。

お話を読んで、はっ!としました。
たしかに、大好きな人や憧れの人が言っていたことはあっという間に取り込まれて、価値観が変わっていた!なんてこともあります。

>価値観がちがうから、合わないとか、
仲よくできないとか、言いたくないんですよね。
わたしにとって、価値観のちがいは、
かなりおもしろいことだったりします。

ふみこさんのおっしゃるように、価値観の違いは、人とのおつきあいの間ではあたりまえのことだなと思います。時々、価値観が違いすぎるからいや!ってなってしまうような幼い自分もいますが、ちがうのが当たり前、と違いをおもしろくとらえられるような気持ちの持ち方を忘れないでいたいと思いました。ありがとうございます。

投稿: はやし あい | 2009年4月27日 (月) 20時47分

はやし あいさま

いつも温かいコメント、ありがとうございます。

「価値観」のことで、ちょっと
おしゃべりしてもいいでしょうか。
自分のなかに何かをとりこみ、
あつめ、価値観をつくっていく……。
わたしね、価値観って案外やわらかくて、
ぽわんとしたものだと思っていて。
というか、思いたくて(というのが、正直なところです)。

価値観がちがうから、合わないとか、
仲よくできないとか、言いたくないんですよね。
わたしにとって、価値観のちがいは、
かなりおもしろいことだったりします。
ちがっても、お互いの好みや思想を、
重んじ合うつきあい方が、
好き、です。

無駄話を。

投稿: ふ | 2009年4月27日 (月) 09時53分

ふみこさま

価値観がどうかというのは、物事を決める判断をする時の決め手になりますよね。
やえばあや、お母様の意見をとりいれながら価値観を広げていったふみこさんの歴史がわかって、嬉しかったです。

関係ありませんが、ふみこさんが本に書いていた、お鍋3段重ねのキッチンツールが売っているのをみて『あ!ふみこさん!!』と先日思ったばかりでした。
それでは、、、。

投稿: はやし あい | 2009年4月27日 (月) 07時08分

sumireさま

sumireさんが、
書いておられる、そういう
スピリットをもったひとのことを
「もの書き」と呼ぶんだと、
わたしは考えています。

その対価を得る、とか、
職業にするということとは、
ちがうことなのかもしれないなあ、と、
思わされてもいます。

ずっと大事にしてきたモノたちのように、
長くつきあっていこうとすることも、
大事ですよね。
と、いろいろ押しつけがましいことを……。
ごめんなさい。
自分にも言い聞かせつつ。

投稿: ふ | 2009年4月26日 (日) 12時23分

ふみこさま
お忙しい中コメントを返していただき、ありがとうございます!
本当に、とってもとっても嬉しいです!
「文章に対する覚悟」そんな風に言っていただけて嬉しいです!
それが自分の中に果たしてあるのかどうか分からないのですが、
けれども自分から発する言葉や文章は偽りなく自分の心に正直でいたいなぁ、といつも思っています。(物書きではないのですが笑)
同じ言葉を使っても、その人を通して出てくるものはその人の色に少なからず染まっているように感じるからです。

話は変わって小学校時代から使い続けているもの...3点。色鉛筆、バスケットクラブのトレーナー、母が作ったお弁当入れ。どんなにくたびれてもほんのり光を帯びているようにかんじます。
また長くなってしまいました。すみません。

投稿: sumire | 2009年4月25日 (土) 16時30分

そらさま

本のこと、ありがとうございます。

お庭のことも、お子さんたちのお店のことも、
少しずつが、いいですよね。
だんだん、少しずつ……。

佳い日日を。
たのしい「黄金週間」を。

投稿: ふ | 2009年4月25日 (土) 11時17分

いとうさん!

そりゃ、すんばらしいです。
……思わず、なまってしまいました。
小学校のときの、「お道具箱」のなかのあれ、
でしょう?
素敵。

(いとうさん、若い!)

それはさておき、
わたしも、モノに寄り添っている「思い出」を
大事にしたいなあ、と思うんです。
かすかなものでも、ささやかでも、
そのことって、かなりいまの自分に影響をあたえている、とも。

また、きっといらしてください。
お待ちしています。

投稿: ふ | 2009年4月25日 (土) 11時13分

ふみこさま。

こんにちは。
このあいだ図書館から、リクエストされてました「おとな時間の、つくりかた」が入りましたので
一週間以内にいらっしゃってくださいと電話があり、胸をときめかせて借りに行き
胸をときめかせながら、本をたまに抱きしめながら、いや〜んとかは〜んとかいいながら
もったいぶって読んでいます。
末の娘が、「どちたん?まま」と心配してくれます。

ふみこさん、今我が家の庭10年計画でちょっとずつ進んでます
芝生を植え、少しのハーブを植えました。
時間とお金が許してくれないので、少しずつなんだけどとても楽しい。
想い描く庭とか暮らしが少しずつできていくのが幸せです。
また報告させてください。ちなみにカフェの名前。。。あれから
まだ開店していないのですが。。。新学期が始まったので子供達も忙しく(笑)
私が考えた名前はシエスタ。
今度開店したらまず子供達にも店の名前を考えてもらって
黒板に書いてもらうことにしようと思ってます。
はやく開店しないかな〜


投稿: そら | 2009年4月24日 (金) 14時53分

こんにちは。
久々におじゃまいたします。

2月の節分には豆まきを。
3月のひな祭りには ひなあられやちらし寿司を堪能しました。
どちらも本来すべき日から1週間後に行いましたが・・・でも、楽しかったです。

長く大切に使えるものってステキです。
今の自分の持ち物の中で長く使っているものってなんだろう?と考えた時

ありました!
小学校1年生の時にもらった子供はさみ!!
使い勝手がいいんです!
小さくて紙とかジョキジョキ切れちゃって、錆もない。
もう19年ほどのお付き合いになります。

時には給食に出てきた納豆のタレの袋も切ってたな~。
思い出深いはさみです。

はっ!長く付き合うということは思い出がいっぱいできるということなんですね。
もっとたくさんの思い出がつくれたらいいな。

では、また遊びにきます。
おじゃましました。

投稿: いとう | 2009年4月24日 (金) 10時22分

フィりフヨンカさま

指南かわして身ひとつで……
というの、すごい。
『かわしかわして、◯千里』みたいなタイトル、
どう、かな?
書けそうですか?

いいお話を、ありがとうございます。

さわやかなきょうを。


投稿: ふ | 2009年4月24日 (金) 09時24分

きんもくせいさま

シンプルと、ものを大切にする暮らし
 ——はっきりめあてがあるところが、
素敵ですね。

真似したいところです。
小さいめあて(らしきもの)をもつこともありますが、
現状満足型で、進歩がない。
これがわたしの正体なので(笑)。

では、また。
いつもありがとうございます。

投稿: ふ | 2009年4月24日 (金) 09時21分

sumireさま

いらっしゃいませ。

うれしいコメントを、ありがとうございます。

「片づけられない子どもだった」というのは、
いま考えると、事実よりなだらかな言い方だという
気がします。
わたしについては、
「散らかす子ども」というほうが、正確みたい。

sumireさんのコメントから、文章に対する
覚悟のようなものをひしひしと感じました。
たのしみに眺めさせていただきましょうっと。

ではまたね。
佳い日日を。

投稿: ふ | 2009年4月24日 (金) 09時17分

ふみこさん、こんばんは。

良い師匠に恵まれる。その道の達人がついててくれる。
そんな幸せな始まりだったんですね。

私、結婚は「暮らし」だってことを見逃して始めてしまったかも・・。
クリスマスやお正月の気分だったかも・・。
なにより、師匠であるべき母達が「盆と正月が一度に来た」ような始末で。
とりあえず必要・・って結局、不必要なモノで溢れてました。
「なんか、変だなぁー」とは思っていたのに、二人のパワーにすっかり惑わされてました。

どうしても、必要なものって「相手」だけでした。
母達のご指南をかわして、身ひとつでお嫁にいけばよかった。

投稿: フィりフヨンカ | 2009年4月23日 (木) 20時43分

ふみこさま

お母様と「やえばあ」さまの暮らしに対する思想が、ふみこさんに
引き継がれたんだなあ、すてきだなあと思いました。

思えば私も、結婚してから、母がしていたことを自然に真似ていま
した。そうしながら、たとえば姑やふみこさんから学んで始めたこと
や、自分で考えたことがミックスされて・・・私の暮らしが成りたって
います。

ついつい日々のことに追われて、暮らしづくりがおろそかになって
しまいますが・・・少しずつでも、憧れの暮らし(シンプルでものを
大切にする暮らし)に近づきたいなあと思います。

投稿: きんもくせい | 2009年4月23日 (木) 18時45分

初めまして。毎週新聞の記事楽しく読ませていただいています。山本ふみこさんが『片付けられない子ども』だった事に、希望を持ってしまいました。「私も変われる!」と。ふみこさんの連載や雑誌の記事を読む中で少しずつ自分の「物」に対する価値観が変わってきているのを感じていて、それが確かなものになったという感じです。それでもまだまだ「ごぎれい、ござっぱり」には辿り着いていませんが...
ふみこさんの書く文章、うまく説明できませんがとっても大好きです。結構前の新聞の連載で「滑稽千万」という言葉が印象に残りました。私もこの言葉を自然に使える大人になりたいなぁ、と思っています。長々とすみませんでした。
これからもブログ楽しみにしています!

投稿: sumire | 2009年4月23日 (木) 15時36分

ゆうさま

お茶飲みながら、ゆっくりね。
そうもいかないか、な。
思っちゃうと、止まらない、という時って、
たしかにありますよね。

またね。

佳い日日を。

投稿: ふ | 2009年4月23日 (木) 09時20分

きらままさま

母はね、わたしの部屋のことはなんにも
しませんでした。
手をつけないんです。
あきれてたのかなあ。
仕方ないとあきらめてたのか。
掃除はしてくれました。
するって言っても、床もあんまり見えていないし、
机の上も山ですからね、拭くところもないのに等しい……。

再来週、わたしから見た子どもたちの
片づけ、整理事情について、書いてみますね。

投稿: ふ | 2009年4月23日 (木) 09時18分

マドレーヌさま

おはようございます。

わたしも影響を受けて、
プロ野球は、カープ、カープ、と
思いながら、結果をチェックしたりするようになりました。
これだけで、野球に近づくから、不思議です。

自転車通学、姫様、たのしく気をつけて〜。

投稿: ふ | 2009年4月23日 (木) 09時14分

私も部屋を散らかす子です。
生活の場はそれでも少し落ち着いてきましたが、仕事場が・・。

「暮らしとは思想」という言葉が、刺さりました。
つまり「とりあえず」の思想が今の私の部屋を作り、暮らし・仕事を作っているってことですよね・・・。T0T)

今、本気で取り掛かりたい仕事が生まれました。
とりあえずじゃ、ダメなんです。
起業の精神が必要な時。
だから、捨てること。します。
ありがとうございました。

投稿: ゆう | 2009年4月22日 (水) 19時50分

ふみこさま。。

こんにちは!

片付け、、、、
うちの娘が、超散らかし魔!!!!!
現在七歳。
昨日片付けについて、うーん!!!と考え込みました!!!
ふみこさんのお母様は片づけなさいとあまりいわなかったと書いてありましたが、
そういう時はお母様がお片付けしていたのですか?
昨日は見渡して見れば全てチラカリモノは娘のもの。
リビングの入り口にランドセル。ふたは開いていて、教科書だらだらだら〜っと道をつくっている状態、、、、、。

と毎日ドタバタです!

そんな娘も定期的に袋を持って身の回りの片付けをしていて、、、、面白いです。

ふみこさんちは三人、娘さんがいらっしゃるのに、皆さんすごくきれいにしてますよね!!!

物の話、、、結婚してから随分と、うちは物の入れ替えがありました!
自分にはまだ選ぶという力がなくて、たくさんの失敗をしました!
かなり勿体ないことをしましたし、捨てるときはどんなに、安かった物でも、とてもエネルギーを使います。
だから私もこれからも買い物をするだろうけど、なるべく身軽に暮らして行けたらな。と思います。

投稿: きらまま | 2009年4月22日 (水) 13時09分

ユーフォ吹きさん

お忙しいなか、コメントをありがとうございます。
いよいよですね。

わたしも、その「違和感」から、
モノの持ち方を考え直しました。
「捨てる」ことは、怖いです。
……いまは、ね。

たのしく、無事なお引っ越しをお祈りしています。
こころから。

投稿: ふ | 2009年4月22日 (水) 09時11分

ふみこさま

今日も朝から良いお天気!
くるくるとお皿を回しながら、(笑)、ふみこさんのブログチェック!です。

娘の中学生の日々!
自転車通学なので、送り出す私のほうがハラハラドキドキ、です。
昨日はちょうどクラブの見学があったとかで、帰ってくる時間がいつもより一時間ちかく遅くて、またハラハラドキドキ、でした。
クラブはバスケットボールに入りたいと言ってます。
「背を伸ばしたいし、これ以上太りたくないし、運動に一生懸命になりたい」のだそうです。
そうそう娘は相変わらずカープ漬けの日々で、カープのノートを作ってはいろいろ必死で書き込む日々でもあります。^^

投稿: マドレーヌ | 2009年4月22日 (水) 09時11分

くまんばちさま

そうそう。
わたしは、いつも、
ひととの距離は、考えてます、ね。
親しくてもべたべたつきあいたくないし、
それは、つれあいとも、子どもたちとも、
同じです。

モノとも、そうですね。
そうかあ、と気づかせていただきました。

内緒話ね。
「嵐」の相葉さんの記事だけは、
切り抜いてスクラップしています。
(自分のエッセイがのってる雑誌も、
とっておかないのにね)。
へんてこでも、いびつでも「選択」が
必要か、と。
えへへ、です。


投稿: ふ | 2009年4月22日 (水) 09時09分

ふみこさま おはようございます

新刊読ませていただきました

これから長い付き合いになりそうな本がまた一つ増えました

またブログは、今週末引っ越しの我が家には実にぴったりのテーマでした

リサイクルショップに出すもの、廃棄するもの等を仕分けしながら

ふと感じた違和感・・・

手元から離れて、すっきりはするけど、

ものを受け入れる前が大事なんですよね

長くつきあえるものを少しずつ、ですね

さびブルー色のお皿、きれいです

『かもめ食堂』を観てから、あの色が気になってしかたありません

投稿: ユーフォ吹き | 2009年4月22日 (水) 06時23分

 先週は素敵なお返事、ありがとうございました^^
 片づけられないって、ものに執着してしまうこととも関係してるのかなって思います。
 私は、この2月に、引っ越し前から手放せなかった雑誌(好きな方の記事があった)を手放したのですが、何かから卒業できたようなさわやかさがありました。

 …何事も、そうですよね。
 モノも、ヒトも、絶妙の距離を置きつつ、付き合ったほうが、心地よいなって思いました。

 ふみこさんにはこんな経験、おありですか?
 ここを訪れる皆さんはどうなんでしょうか?

投稿: くまんばち | 2009年4月22日 (水) 02時02分

マドレーヌさま

華奢なのより、
頑丈が向いてるということでしょう……。

器も、縁のつづくのと、そうでないのとが
ありますね。
すぐ割れて(または、欠けて)手もとから
去っていくものもあれば、
たいして、大事に扱っていないのに、
長く元気でいてくれるのも、あって。

中学生活は、いかがですか?
部活は……?

投稿: ふ | 2009年4月21日 (火) 15時57分

 ふみこさま

25年前に「とりかえた皿」、丈夫で変わりないのは、すごいですねぇ。
北欧の空気を感じさせるブルーのラインがなんともいいですね。
25年経った今でも、同じブルーラインのお皿が百貨店に行けば売っているのかなぁ~。
フィンランドへ出かけて、この皿が販売されているのを見かけたら、嬉しいでしょうね。私だったら、「同じシリーズを持っています」とお店の人に声をかけてしまいそう、です。

投稿: マドレーヌ | 2009年4月21日 (火) 11時04分

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