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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2009年11月

2009年11月24日 (火)

バロメータ

 ぼくの住処(すみか)は、台所北側の出窓。

 名はクロベエ。胡椒挽きだ。
 となりには、白胡椒のシロがいる。こうしてシロとならんで……ええと、ええと、もう27年になる。
 この家の台所の番人はフンという名の女(ひと)で、おそろしくそそっかしく、あわて者だ。そのそそっかしさ、あわてぶりは、ときとして見ていられないこともある。しかし、この台所の住民は、案外フンのそういう困った一面を知らないでいるのかもしれない。
 それは、ぼくとシロのように外でそんな様子を眺められる存在が、ごくわずかだからだ。道具、調味料、食器洗いの洗剤やスポンジにいたるまで、誰も彼も戸棚のなかにしまわれている。やかんだって、居間のすみの鍋ラックのてっぺんに鎮座ましますので、ぼくの居るところからは見えない。台所に連れてこられて、ガス台の上で湯を沸かしているときだけ、話ができるわけだ。

 ——や、おはよう。
 ——おはようございます。

 ここから見えるのは、台所南側の出窓によりかかっている陶器でできたメキシコのおじさんと、小さい鉢植えの多肉植物だけだ。

今朝は、なんだか様子がちがう。
 いつものように、朝6時、ガス台に火が入った。まず、やかんで湯を沸かすところからはじまるのもふだん通りだが、なんだか、ちがう。何がちがうのだろう。
 わかった。登場人物が台所から捌(は)けていかない。捌けるというは、とどこおらず流れるという意味だが。舞台や映画でも使うことばだ。
 いつもなら、出番がきて、台所という舞台に上がるものたちは、自分の場面がおわると、さっさと捌けていく。それが、出番がおわっても、その場に佇んでいるものだから、舞台はものでいっぱいだ。いったい誰がこの場面の役者で、誰が出番を終えたものなのだか、わからないという有様(ありさま)。

 ——ごたついてるね。
 と、となりでシロが云う。
 ——たしかにね。どうしたんだろう。フンの顔、見える?
 と、ぼく。
 ——いつもとおんなじ顔してる。ただ……。
 ——ただ?
 ——動作がおそい。いつになく落ちついてる。
 ——おかしいね、それは。

 朝の台所仕事がおわった。
 フンが、台所の状態を見て、「あらま」というような顔をした。そうしてぼくたちの居る出窓にやってきて、「こりゃ、大変だ。わたし、疲れてるのかもしれない」と、独りごつ。「わたしは、そそっかしい上に、あわて者。うっかり屋でもあるんだよね」
 ぼくは、そっと相づちを打つ。
 ——たしかにね。そのことなら知ってる、ぼくもシロも。
「自分が疲れていることにも、気づかないことがある。バロメータなのよね、台所の仕事のあとって。元気なときは、片づけながら仕事をする。ところが、きょうはどうよ、見て、これ。こんなに散らかってるってことは、わたし相当に……」

 そのあと、しかしフンは両手でこぶしをつくって、「よしっ」とばかりに気合いを入れ、片づけはじめた。出し放しのバタや、食塩、味噌、使おうとして結局使わなかった卵を、片端から定位置にもどしていく。鍋谷器具類も洗っては、布巾で拭いて仕舞う。
 ふと動きを止めたかと思うと、
 ——疲れていることに気づいたのなら、きょうは、気づいたなりに暮らさなきゃ。ごはんを簡単に。それに、なんとかちょっと午睡をします。
 と云う。ぼくたちに向かって、誓うように。

 フンとは27年間もともにやってきた。
 その間(かん)の変化はと云えば、ぼくたちのなかみ、つまり黒胡椒と白胡椒の消費がふえたことだ。週に一度は粒胡椒を入れてくれる。それはフンの家族がふえ、この家でごはんを食べるひともふえて、料理の回数が増したからだろう。おそらく、もっと大きな胡椒挽きを、と考えたこともあったろうけれど、ぼくたちの前ではそれをおくびにも出さず、つきあってくれている。そそっかしくてあわて者で、その上うっかり屋でもあるけれど、フンには、ちょっとはいいところもある。
 疲れがとれて、いつもの調子で働けるといいな。

Photo_4
クロベエが云うように、
台所の道具、調味料、食器洗いの洗剤やスポンジに
いたるまで、誰も彼もが戸棚のなかにしまわれています。
扉の裏側も、こんなふう。

別の扉にも、こんなものたちが、ぶら下がっています。
・竹製のせん切り器、おろし金。
・電子レンジ用のふた、料理用の刷毛。
・ミニまないた、フライ返し。
・食卓用の蝿帳(はいちょう)――いまは、キッチンパラソルとい
うのかな。

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2009年11月17日 (火)

行き先はどこ?

 ——ふんちゃん、ふんちゃんって頭のなかはすごく散らかってるのに、家はいつも片づいてるなあ。

 その昔、わたしがまだ30代前半のころ、小学校低学年の男の子に云われたことばなんである。この子、ユウタとは、将来ユウタがサッカー選手になったときに、ファンのひとたちにするサインをふたりでこっそり考えるような仲だった。考えに考えて決めたサイン、いまも大事にしまってある。
 彼はいまや22歳の——途中で宗旨替えをしたため、サッカー選手にはならなかったが——素敵な青年になっている。いまでも道で会うと、「ふんちゃーん」と呼んでくれるんだ。
 しかし。そういうことがやけにうれしいおばさんになったふんちゃんに、くだんの台詞を投げかけたこと、彼はおそらく憶えてはいまい。うふふ。
 ユウタは、当時住んでいた家の近所の子だった。しかも、うちのまんなかの子どもとは同級生。保育園の時代から、休みの日になると、朝から遊びにやってきて、気がつくと坐って「なんとかレンジャー」(テレビ)を観ていた。そういう男の子の目に、どうしてわたしの頭が散らかっているように感じられたものか、わからない(わかりそうで、わからないのだ)。家が片づいているというほうのことは、ちょっとわかる。
 それは、ユウタが、うちでいろんなことを云っていたからだ。

 ——ここんち、ものがちょっぴりしかないよなあ。
 ——(まんなかの娘にむかって)オマエ、おもちゃや本、どこに隠してんの?
 ——(押し入れからテレビゲームを出しながら)そーか。しまうとこがみんな決まってるんだな。

 ユウタの名誉を守るためにも書いておくが、彼には、まったくずうずうしいところはなかった。ことわりなしにいろんなところを開けたり、勝手気ままに散らかしたり、そんな子どもではない。
 ただ、ときどき、思ったことをぽつりぽつりと云う。そのことがおもしろくて、思いがけなくて、忘れられない。そうして、ユウタの台詞の極めつけが、「そーか。しまうとこがみんな決まってるんだな」だと思う。
 ——そうなの。決まってるんだよ、ユウタ。

 片づけについて悩んでいるひとの話を、ときどき、聞く。どうしてもどうしても片づけられない、とか。片づけているつもりなのに片づかない、とか。わたしは片づけているのに、夫と子どもが片づけない、とか。
 その気持ち、よくわかるのだ。つまり片づけたいという気持ち。できるだけ常に、自分が片づいていると思える状態にしておきたいという気持ちも。
 さて、わたしが考える片づけのことだけれど。
 わたしは、片づけとは、すべてのモノに行き先を決めることだと、考えている。
 うちには、行き先の決まらぬ、つまりしまい場所、置き場所の定まっていないモノは、ない。……はずだ……けど……なあ。いや、ない。ほんとうにない、いまのところ。行き先を決めかねるモノは、決して買わないし。もらわない。
 ところが、子ども部屋に行くと、ときどき、モノたちとこんなふうにことばを交わすことになる。

 ——アナタの場所は?
 ——アタシは、あそこのワードローブの隅っこあたりに居たいなあと思ったりするんだけど。
 ——あれ、キミ、しょんぼりして、どうしたの?
 ——行き場がないから……。ね、決めてよ、ボクの行き場。
 ——決めたげたいけど、ここ、わたしの部屋じゃないからなあ。うーん、でも、決めたげる。そうしてあとで、この部屋のネーサンに云っておいてあげるよ。

 そうそう、話はもとに戻るけれどね。
 ユウタの云っていた、わたしの頭のなかが散らかってるというあれは、考えてみなくていいのだろうか。そしてそこも、やっぱり片づけたほうがいいのかしらん。

Photo

これは、玄関脇の戸棚のなかの収納です。
家の者共通のものがしまってあります。

1段め:マフラー。
2段め:手袋(〈あらゆる〉と書いてあるのは、
    軍手も入っているからです)と、スカーフ。
3段め:帽子。
4段め:水着(泳ぎに関するものは、みなここに)。

水着だけはここで着はしませんが、あとのものは、
ここで巻きつけたり、はめたり、かぶって出かけます。
帰宅後は、また玄関でたちまちしまえて、いい具合です。

余談ですが、
わたしは、つい「手袋を履く」と云います。
北海道弁のなごり。東京では「はめる」です。

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2009年11月10日 (火)

できるひとがさっとやる

 空を見上げる。
 空の色は、見上げるたびにちがっている。雲っていうのは、どうしてあんなにいろんなかたちなんだろう。合図を送ってくれてるみたいだ。ほら、あすこで雲がわらった。アタシもわらってみせようか。
 ほんとはアタシ、空を見上げるために外に出たのじゃない。手には、ほうきとちりとり、足元にはじょうろもある。さ、掃除、掃除。
                *
 子どものころ、最初に任じられた手伝いが、外まわりの掃除だった。
 その後、そこに夜、門の閂(かんぬき)をかける仕事が加わり、小学校5年からは、晩ごはんの後片づけ(食器洗い)も加わった。あのころの子どもは、いまのように忙しくなく、たいして宿題もなく——いや、待てよ。あったのかもしれないが、しなかっただけかもしれない——予習復習もほとんどしなかった。何よりいまほど暮らしのなかにテレビが入りこんではいなかった。そうそう、テレビには、なんだか分厚い織りもののカヴァがかけてあったなあ。
 わたしは決して「よい子」ではなかったけれど、それでも割りあてられた手伝いだけは、そういうものだという思いでしていたのだ。ある部分は、遊びでもあったような気がする。空を見上げたり。のら犬をかまったり。虫をとったり。とかげを追ったりしながら……。

 母親になって、子どもがそろそろ小学校に上がるというころ、さて、手伝いをさせてやろうと思った。最初の任務地、それは、やっぱり外まわりだ。
 まず上の子どもが6歳から小学3年まで、そこで働いた。1年生になったまんなかの子どもがそれを引き継ぎ、下の子どもが1年生になるまで10年間働く。下の子どもも、これで6年間近く、外まわりの当番をしている。
 ——ね、わたしは、誰にこの仕事をゆずるの?
 と、先達て尋ねられてはっとする。
 ——外まわりの掃除、きらい?
 ——きらいじゃないよ、慣れたしね。だけど、小さい誰かに、こうするんですよっておしえてみたいかなあ。
 なるほどね。
 そこで、割りあての任を解いて、「できるひとがさっとやる」というかたちに変えることにした。下の子どもの「小さい誰かに、こうするんですよっておしえたい」という夢は、わたしと夫がかなえることに。小さくなくて、すまないけれど。

 ——大風のあとは、大変です。落ち葉がいっぱい。そういうときは袋を持ってきておくといいよ。それから吸い殻や、缶からのポイ捨てもあるからね。そういうものは、このゴミはさみで拾います。
 ——はい。
 ——時間のないときは、植木鉢の水やりと、ゴミ拾いだけですませます。
 ——(へ? そうだったんで?)はい、わかりました。
 ——時間があるときは、草むしりをします。コンクリートの継ぎ目からも生えるから、除草フォークを使ってね。
 ——どんな風に使うんですか?
 ——こうやって、ほじくるようにね、とります。根をなるべくとってください。
 ——はいはい。
 ——掃除してると、ときどき「えらいね」とか声をかけられますが、そういうときは、感じよく「ありがとうございます」と云うんです。
 ——(わたしたちは云われないと思うけど)はい、そうします。

Photo
「できるひとがさっとやる」ために、
道具の置き場をちょっと変えました。
玄関のくつ箱の扉の裏側に、
・箒とゴミばさみを、
反対側の扉の裏側に、
・除草フォーク2種類を、
吊るしました。
ちりとりもほら、隠れています。
大きな箒や熊手は、庭の道具入れにしまってありますが、
たいていこの小箒でことは足ります。


ここに道具があると、出がけにちょっと……、
一緒に出かける誰かさんを待ちながらちょっと……、
という外まわりの掃除ができます。
なんでもないことですが……。



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2009年11月 3日 (火)

霜月――暦日記

 11月は、ちょっとおちつきたい時だ。
 運動会や遠足、衣更(ころもがえ)と忙しかった10月が過ぎて、翌月には、勢い用事の多くなる12月を控えている月。もちろん、この月にも七五三やら「勤労感謝の日」=「新嘗祭(にいなめさい)」もあるから、何もないということはないけれど。
 どうでも一息つきたいような、のんびりを装いたいような気がする。
 駆けこんでの大急ぎがつづいた廚(くりや)での仕度も、ゆっくりとおちついていきたい。たまった繕いものや、気にかかっていた修繕も。そして、読書。

◆ 読書

 ひとが「読む」姿が、好きだ。
 家のなかで読んでいるひと。電車で読むひと。眺めるだけで、うれしくなる。
 このあいだは、電車のなかで『ドリトル先生アフリカゆき』を読んでいる小学生(男子)をみかけて、うかれた。つつっと近づいて行き、覗くともなく覗く。
 ——えらそうにしているけれど、人間なんかは、犬がしっぽをふるのが「うれしい」という表現だとわかるだけ。と、オウムのポリネシアが嘆く場面、もう、読んだかしらん。わたしね、そこのところを読んで、決して人間中心にものを考えたりしちゃいけないんだ、動物や鳥、虫のことも考えなくちゃ、と知ったんだ。自分にわからないだけで、うんと賢い存在がこの世にはあるんだな、と思ったんだ。それにね、ドリトル先生はたいそう立派だけど、えらそうになんかしないでしょう? ほんとに立派なひとというのは、えらそうにしたりしないんだなあ、って。
 と、こころのなかで、少年に語りかける。
 ——『ドリトル先生アフリカゆき』のつぎの『ドリトル先生航海記』、きっと読んでね。それは、ドリトル先生物語(13巻)のなかの傑作だからね。

 わたしはときどき、読書量を誤解されることがある。相当読んでいる、というふうに。編集者なのだし、それは、少しは読んでいる。けれど、つぎからつぎへというふうにはどうしてもならず、好きだと思った本をくり返し読む習性だ。
 ときどき、好きな本のなかの、心つかまれた台詞やら、好きな場面をふと思いだし、ふと諳(そら)んじたりする。自分が何度も何度も読んだドリトル先生物語を、誰かが読んでいるのを見かけたりすれば、もう、それだけで仲間のような気がしてしまうというわけだ。
 出かけるときには、常に本を携えている。つい先日のことだ。読みさしの分厚い単行本を持って出るのをためらってしまった。ほんとに分厚い本だったのだ。出先で、つづきがどうしてもどうしても読みたくなり、がまんがならずに結局、書店で同じ本を買ってしまった。まったくもって阿呆らしい失敗だが、本との絆をたしかめたようでもある。本は、友だち。

◆ 牡蠣(かき)のこと

 子どもの頃好きではなく、いつの間にか好物になったものの代表が、牡蠣である。
 ——あなたのこと、わかるようになったときはうれしかった。大人になったと思ったよ。
 と、出合うたび、思うのだ。いまでも。
 ときどき、牡蠣を怖がるひとの話を聞く——それは過去に中毒か、あるいはそれに近い状態を経験したことによるのだろう——けれど、怖がって食べないというのは、いかにも残念。牡蠣を「生」で食べるときだけは、体調と相談するというのはどうだろうか。わたしは、疲れていたりパワーが不足しているときは、生牡蠣をがまんして、火を通して食べることにしている。
 牡蠣は滋養にあふれている上に、ほんとうは消化のよい食べものだ。そういうありがたいものを、どのようにして摂り入れるかを慎重に考える、というのも廚人(くりやびと)の大事な役割だな。

牡蠣フライ 

材料(4人分)
牡蠣(むき身)………………………………300~400g
塩……………………………………………………適宜                     酒……………………………………………………少し
ころも
 小麦粉、パン粉………………………………各適宜
 卵…………………………………………………1個
辛子/レモン/ソースまたはしょうゆ…………好みで

つくり方 ① 牡蠣のむき身に塩をふり、水でよく洗う。
② 鍋に湯を沸かし、牡蠣をさっと茹で、ざるに上げる(こうすると、ころもがつきやすくなり、火の通りもよくなる)。酒をふる。
③ ころもを、小麦粉、卵、パン粉の順番でつける。
④ 170度に熱した油で、揚げる。
※ 練り辛子とレモンを添えて。ソースでも、しょうゆでも、好みのものをかけて……。

牡蠣のみぞれ汁

材料(4人分)
牡蠣(むき身)…………………………………300~400g
大根(大根おろしにする)…………15~17cm(700gくらい)
昆布をつけた水……………………………………300cc
昆布茶、しょうゆ…………………………………少しずつ
長ねぎ(分葱、あさつきでも/小口切りに)…好みで

つくり方 ① 牡蠣のむき身に塩をふり、水でよく洗う。
② 鍋に、昆布をつけた水を煮立て、牡蠣を入れ、さっと火を通す。牡蠣をとり出 
す。
③ 鍋の昆布だしのなかに大根おろしを入れる(強火)。煮立ったら、弱火にしてあくをとりながら20分間ほど煮こむ。
④ 昆布茶としょうゆで味をととのえ、牡蠣をもどして静かに煮立てる。ここにねぎの小口切りを散らす。
※ 山椒、七味唐辛子、柚子など好みのものを添えて、あついうちに。

                    *

※牡蠣グラタン(ホワイトソースもおししいですが、サワークリーム+牛乳もいけます)やクリームシチュー、牡蠣のちぢみ(牛肉をちょっと加えて)も美味しいです。

Photo
牡蠣フライを揚げてみました。

        *

〈お知らせ〉
きたる11月14日(土)午後2ー4時
「親がしてやれることなんてほんの少し」というタイトルで
小さなおはなしの会をすることになりました。
主催/悠愉学舎・共催/樹の会
会場/すずらん会館地下1階(小田急線経堂駅下車徒歩3分)
参加費/500円
問い合わせ先/03-3439-0617(悠愉学舎)

はなしはヘタクソですが、もしよろしければ、
是非いらしてください。お待ちしています。ふ

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