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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2009年12月

2009年12月29日 (火)

それは、どうしたらできるのか。

 机の足もとに、古いアルバムが積んである。
 何かの拍子に足がさわれば、その山をくずすことになるし、だいいち、そんなところに、山は、困るのだ。

 アルバムの整理を考えたのは、ことしの秋のことだ。気がつけば、3か月。12月になって、とうとうしよう、いよいよ取りかかろう、と、机の下に積んだのだった。
 これまでの写真の整理は、こうだ。
 撮ったものも、撮っていただいたものも、夫とわたし、長女、二女、三女の4部門に分けて、どんどん薄型で簡便なアルバムに収めていく。子どもは中学生になったところで、アルバムを自分で管理することにしたから、現在は、2冊分を整理している。
 そういうわけで、写真が、いつ写したかわからない状態で散らばっているということはない。が、散らばっていないだけで、ただ差しこまれているといった感じ。そういう頼りない薄手のアルバムが、膨大な冊数になっている。

 ——アルバムを失った喪失感が、とっても大きかったの。自分の記憶の一部が……、思い出を支えてたものが……、消えたみたいで。
 火事を経験した友人が、ふとつぶやくのを聞いた。しかし彼女ははっとして、
 ——みんな、怪我もなく無事だったのにね、こんな愚痴、罰があたるよね。
 と云った。
 あのときわたしは、友人の喪失感を、アルバムという存在を手がかりに考えはじめたなあ。あのときわたしは、なんでもないと思っていた写真が、決して何でもなくないものなんだと気づかせてもらったなあ。

 さて、アルバム整理の話。
 写真がただ差しこまれているだけの、何冊も何冊もあるアルバムのなかの写真を厳選して——末娘のは、本人に選ばせないといけない——分厚い1冊にまとめようというもの。
 厳選、というのは得意分野なのだし。
 なつかしがりながらの、愉しい作業になると思うのだが。
 それなのになぜ、手がつかないまま、こんなふうに山になってこんなところにあるのだろうか。

 ちょっと「したい」と思っているだけで、「する」と決心していないからだ。たとえ、どんなに忙しくても、自分のなかで、「する」という気持ちが跳ね上がりさえすれば、するもんだ。
 アルバム整理に関して云えば、どこかで、「したいことはしたいけれど、いま、それどころじゃない」と、思いこんでいる。こういう思いこみ、云いわけだけが巧みになれば、わたしはきっとさし迫ったことにぐるぐる巻きにされて、おもしろいことを置いてけぼりにするような、つまらないひとになる。

 アルバム整理、年末年始のどこかで、きっと。

 ほんとうにしたいことには、きっとそれをする時間が生まれる。

Photo
これが、あたらしいアルバムです。
うふふ、うふふ。

     *

アルバム /2段・ケース付き
(ディスクを入れるポケット付き)
L判240枚 ポリプロピレン
無印良品


Photo_2
アルバムと云えばね、こんなのも持っています。
プリクラって、いまでも大人気ですね。
子どもたちも、若い友だちも、
よくプリクラをくれます。
(自分も、たまに写します)。
そういうのを貼りつけておく、小さな小さな
アルバム(10.5×6.7cm)。

               *

 ことしも、ブログ「うふふ日記」におつきあいいただきまして、どうもありがとうございました。
 コメントを寄せてくださった方がたにも、こころから御礼を申し上げます。
 来年も、どうぞよろしく。皆さま、どうぞ佳い年をお迎えください。

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2009年12月22日 (火)

カラッポマン

 朝、いつも通りに机の前に坐り、仕事にとりかかる。
 きょうは原稿3本、挿絵3点だ。ちょっときついけれど、こころもからだも軽かったので、いけそうな気がした。
 ——まかせといて。

 そうして書きはじめると、てんでだめである。こっちのが書きにくいのかと、あっちのを書いてみるがやはりだめ。そっちにいくかと、そっちに手を染めるも、またしても失敗。20行くらい書くには書くが、自分で何を書いているのかわからなくなっている。考えがまとまらないというのともちがう。
 頭が……。
 頭が、からっぽ。と、いう感じ。

 こういうのは困るのだ。
 年末だから、出版社だって新聞社だって1日も早く「入稿」したいと、手ぐすね引いて待っている。こちらにしたって、1日も早く原稿を渡して、久しぶりに年末年始、仕事のことを考えずにのんびりしたいという心づもりだ。
 ——どうした。しっかり。

 あせっている。
 が、このからっぽの状態が久しぶりなことに気づいて、あせりながらもしみじみする。そして、思いめぐらしている。
 ——ヤツが、来たんだな。

 ヤツ、「カラッポマン」。 
「カラッポマン」は、にこにこ顔でしゃしゃり出てきて、「こういうときにゃ、からっぽを楽しむが、得策と思われますわん」と、演説。「カラッポマン」は、ふだん、胸の奥のほうで昼寝をしているが、出番となると、時を逸することなくあらわれてみじかく演説し、わたしを包みこむ。
 ——あーれー。

 じつはわたし、自分のなかのいろんな存在のなかでも、「カラッポマン」をうんと愛している。あーれー、なんてね、困ったような声をだしてみているだけで、ほんとはうれしくってたまらない。
 わたしはとつぜん、からっぽを楽しむかまえだ。
 羽根布団にくるまる。子どもの本棚からとりだしてきたマンガ——『君に届け』(椎名軽穂/集英社)これ、名作だ——を読む。いつしかまどろむ。目覚めたのは午後5時。ゆっくり風呂に入り、おもむろに晩ごはんの仕度にとりかかる。うどんすき。
 8時半、寝床のひとになる。マンガのつづきを読んで、たちまち夢の国へ。

 そして本日、カラッポマン来訪のあくる日だ。土曜日。
 マンガ、昼寝、うどんすき、マンガ、早寝ののちの午前4時。朝風呂に入り、机の前に坐った。からっぽじゃなくなっていた。昨日の分は、おそらく午後も早いうちに、とり戻せるだろう。 
 明け方、「カラッポマン」は、「つづく」とひとことつぶやいて、また胸の奥のほうに戻っていった。その背中に向かって、「行かないで」と声をかけようとして、思いとどまる。
 ——ありがとう。またね。できるだけ、近いうちに。

Photo
カラッポマンといっしょに、
うどんすきを食べていたときのことです。
高松市丸亀町で食べた「かまバター」といううどんの
おいしかったことをふと思いだしたんです。
器にうどんだけをとり、そこにバターをひとかけのせて、
食べました。うまい!
うちのバター入れは、こんなです。
いろんな厚さにただ切って、おさめておきます。
「何g?」と聞かれても、困るけど。

       *

〈お知らせ〉
ことし8月から、毎月1度、高松市丸亀町に通って、
「さぬきの食卓会議」という、不思議なイベントの
案内人をつとめています。
来年1月、新春特別企画として、「琵琶奏者坂田美子(よし こ)ライブ」を
開催します。
高松の地で『平家物語』を聴く貴重な夕べを、ぜひ、ごいっしょに。

2010年1月18日(月)
開場:18:30/ 開演:19:00(21:30終了予定)
料金:5,000円(ワンプレートディナー+ワンドリンク付き)
会場:高松丸亀町壱番街4階エアリーレストラン ルーチェ
お申しこみ:087-822-2203(ルーチェ)
*定員になり次第締め切らせていただきます。

  
 

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2009年12月15日 (火)

終わる

 ことを「はじめる」ときというのは、魅力的だ。わくわくする。
 が、このごろわたしは、「終わる」ことにも、いや、むしろ終わることのほうに、よりときめく。
 なぜだろう。若いころは、終わるなんてこと、とんでもなかった。せつなくて、さびしくて、がっかりだった。好きな「終わり」は、終業式くらいだったな。これが終われば学校は休みだ、夏休みだ、(秋休みはないのか……)、冬休みだ、春休みだ、わーい、とうかれて。
 そうなのだ、そも、一学期が終わらなければ夏休みははじまらず、二学期がおわらなければ冬休みははじまらず、三学期が……。とにかく、終わらなければ、はじまらないのだ。
「終わる」は、新しく生まれかわるため、通らなければならない場所だ。

 ことしも、友人から、彼が勤める会社のカレンダー2つと帖面(DESK DIARY)が届いた。この会社の、動物の親子の写真12枚は、見ていて飽きない。じつにかわいらしく、そうしていのちの力に満ち満ちている。まんなかの子どもと末の子どもは、これをそれぞれの部屋にかけ、1年間眺めて暮らす。
 また、帖面のほうは、毎年、わたしの1年分の仕事の予定、書こうとする原稿の項目や題名、実際に書いたものをつけておく。
 ——おお、きたきた。来年もちゃあんと働きますよ。
 そう声に出して誓いながら帖面を開くと、とびらに何か書いてある。

「今年もおおらかに ほがらかに 笑顔で」

 ——献辞?
 ボールペンの走り書きで、署名の前には笑顔マークまで描いてある。
 うれしかった。この帖面を開くたび、この友人の声援を感じて、わたしはきっと、おおらかさとほがらかをわが胸に置く努力をするだろう。
 この友人というのは、わたしの元の夫で、上ふたりの血を分けた父親である。夫婦別れをしたあと、友だち同士になるのまでには、それなりに時もかかったと思う。が、お互い、一度も恨みごとは云わなかったし、彼のほうは、子どもたちを愉しいひとに育ててくれてありがとう、と、わたしに云いつづけてくれた。
 ——いえいえ、ふたりとも大事なところはアナタに似たんでしょうよ。もとから、こんな風だったよ。
 と、いまはわたしも云えるようになっている。

 ひととの関係は終わったりしない。変わるのだ、と、わからせてもらった。
 ——「終わる」は、ほんとうは終わるわけではなく、変わるんだな。
 つくづくと、そう思った。
「終わる」にときめくようになったのは、このときからだ。

 もうすぐ、ことしが終わる。
 ことしが終わったあとには、新しい年がやってくる。

Photo

「変わる」といえば、台所にあるこの黒板の
使い方が変わりました。
これまでは、その日するべきことを端から
書いていたのですが。
ことしの秋から、晩ごはんの献立を書くように
したのです。なぜかって?
それは、わたしが晩ごはんのために下ごしらえ
したもの、つくっておいたおかずを、ときどき、
忘れてしまうからです。
朝、下ごしらえをしながら、常備菜をこしらえながら、
黒板に献立を書くとき、こころが安らぎます。
そうして、
「この献立めざして、がんばろうっと」と思うんです。

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2009年12月 8日 (火)

すごく「おかえりなさい」

 ——うちのママ、アタシとお兄ちゃんが学校から帰っても、家にはいないんだけどね、「おかえりなさい」は、置いてあるの。
 ——……置いてあるの? ……「おかえりなさい」が?
 ——そうだよ、玄関に置いてあるの。
 ——どんな「おかえりなさい」なのかな。……おしえてくれる?
 少女は、ゆっくり答えたのだ。
 ——あのね、玄関に、アタシとお兄ちゃんのスリッパが、そろえて置いてあるんだよ。それ、ママの「おかえりなさい」なの。

子どもが帰ってきたとき、「おかえりなさい」が云いたい。
帰ってきたその瞬間の、子どもの顔が見たい。

 というのは、親ごころの原点のような気がする。
 けれども、仕事をもったり、用事がふくらんで、現代の「おかえりなさい」は思うにまかせない。一方、子どもが、母さん父さんに「おかえりなさい」を云う場面は、ふえている。「おかえりなさい」も、時代とともに変わってきた。
 変わってきたことをせつながろうとする気持ちを引きとめてくれたのが、少女の話だ。玄関に「おかえりなさい」を置いとく話は、わたしをたいそう勇気づけた。また、戒めもしたのだった。ことは、そこに居て「おかえりなさい」が云えるかどうかという話じゃないんだ、とね。

子どもが帰ってきたとき、「おかえりなさい」が云いたい。
帰ってきたその瞬間の、子どもの顔が見たい。

 という気持ちは、変わらないのだし。

 少女の話にはつづきがある。
 じつは家のなかではスリッパを履かないのだという。年じゅう裸足。けれども、玄関に置いてあるスリッパに、とにかく足先をすっと入れる。

 ——だって、それ「おかえりなさい」だからね。スリッパに足をつっこみながら、「ただいま」って云うんだよ。それだけなの。それだけだけど、すごく「おかえりなさい」で、アタシの「ただいま」なの。

Photo

家に誰もいない上、わたしも出かけてしまうとき、
こういうへんてこな絵をちゃちゃっと描いて、
玄関に置いています。
わたしのこれは、たしかに「お守り」でもありますが、
いちばんには、自分の満足かしらん。


Photo_4

子どもが帰ってくるとき、たいていわたしは家に
います。いるにはいるんですが、仕事をしているので、
それが「いる」ことになるのかどうか。
        *
数年前から、
わたしの机のひきだしを、こういう仕様にしています。
ひっぱり出すと、ちょっとしたテーブルになります。
おやつを食べられるように、と考えたわけです。
気がつくと、子どもはここでたまに宿題をしていたり、
マンガを読んでいたりします。
これも、どう考えてもわたしの自己満足……。

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2009年12月 1日 (火)

師走 ――暦日記

  冬至(1222日ごろ)


一年でいちばん昼が短く、夜が長い日。

そう聞くと、真っ先に友人の顔が浮かぶ。

彼女は、作家だ。

 おおよそ作家という存在の印象から遠く、かわいらしく、おっとりとしている。しかし、ただかわいらしく、おっとりしているのでないことは、彼女の作品を読めば、すぐわかる。

 ——まったくもって、この落差。

 とからかうと、ふふふっと、照れくさそうに笑うのだ。

 ——小説は、コビトが書いてるのよ。

 ——え。

 と思う。え、と思って、そうかと、納得しそうになる。なぜと云って、わたしの友だちは、頭を掻きむしって書いている気配、悩んで唸っている気配を、これまで一度も感じさせたことがないからだ。……ただの一度も。

 コビトの存在はともかくとしても、彼女は日があるあいだしか、仕事をしない。日が沈むと、机を離れる。なんと潔(いさぎよ)い仕事ぶりだろうか。

 冬至というとだから、ああ、彼女の仕事の時間のもっとも短い日だな、と思う。その話をささやかれた当時は、そうか、夜は仕事はしないんだなという風に聞いた。が、いまは、日のあるあいだはずっと書いているんだ、と考えている。その覚悟は、ときどきぴゅーっと伝わる。ぴゅーっと伝わるそれは、励ましなんだ。わたしも、がんばろうっと。と、思う。

 

 さて、冬至と云って思いだすのが、かぼちゃと柚子。

 かぼちゃの旬は夏、という認識なのだけれど、冬至に向けて大事にとっておき、食べたんだろうか。昔は、ある食べものを「その日」に食べる、供えることに一所けん命だったのだと思う。ほら、冬至だからかぼちゃですよ、柚子も忘れずおもとめください、というセールス——ある意味押しつけだとも思うけれど——は世のなかにはなくて。母ちゃんやばあちゃんが、忘れず用意して大事にとっておく。

 昔の母ちゃん、ばあちゃんはすごいなと、年中行事のたび思う。

 

 年越しそば(12月31日)


 日本人に生まれてうれしいことのひとつは、手軽にそばが食べられることだ。

 手軽だとはいえ、気がつくと、そばに向かってつんのめりそうになっていることがある。そば、そば、そば、と、そればかり考えて。

 始終食べたくなり、始終食べているそばが秘めている「神聖」を思わされるのが、大晦日(おおみそか)だ。「年越しそば」と云うからには、何かがこめられているはずだと、ものの本を繰ってみる。

 そばを大晦日に食べる理由として、いくつかの記述をみつけた。

細くて長いそばのように、寿命が延びるようにとの、祈願。

そばを切るときのように、1年の苦労が断ち切れるようにとの、祈願。

 まるで、親しくしてきた友だちが、すごいひとだと知ったときのようだ。期待されて、そんな役目を担っていたのか、と。

 ご苦労さん。

 その意味をたいして考えていなかったのにもかかわらず、忘れたことはない、

年越しそば。正月料理をこしらえたりして、忙しい日でもあるから、大晦日の夕食がそばと決まっているのも助かる。夕方から除夜の鐘を聞くまでくつろぐため、食卓には、そばのほか、刺身、肉なしすき焼き、ふだんより豪華なサラダやらをのせる。そばは、蕎麦猪口(そばちょく)で、つるりといく。

 ことしは、もう少しおごそかに食べようと思う。

 


Photo_5

「肉なしすき焼き」。

肉ありのときより、甘辛いです。

溶き卵につけながら食べると、

感じがでるし、おいしいような気がします。


材料(4人分)

長ねぎ(斜め切りに)……………………………………3

しらたき(湯通しして、ざくざく切る)…1袋(250300g

厚揚げ(たて半分に切ってから1cm幅に切る)……… 1

焼き豆腐(厚揚げと同じようにきる)……………………1

しいたけ、春菊など…………………………………………適宜

ごま油……………………………………………………大さじ2

割りした

 昆布をつけておいた水………………………………2カップ

 砂糖………………………………………………………大さじ3

  みりん……………………………………………………大さじ2

 しょうゆ……………………………………………………100cc

つくり方

鍋にごま油を熱し、長ねぎを炒める。焦げめがつくくらい、強火で。

長ねぎを寄せて、しらたきを炒める。

厚揚げを加えて炒める(鍋のなかで長ねぎ、しらたき、厚揚げを合わせる)。

しいたけ(そぎ切りに)、春菊(食べやすい大きさにきる)を加えて炒める。

焼き豆腐を加える。

割りしたを注いで、煮る。

肉が入らなくても、食卓にてすき焼き鍋でつくります。

溶き卵につけて……(つけなくてもおいしいですが)。

 

 

 

 

 

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