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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2010年3月 9日 (火)

思いがけないがんばり

 子どものころから、荷物を持つのがきらいだった。自分の部屋は散らかし放題だったくせに、出かけるときには、どうしたら荷物を少なくできるか、荷物を軽くできるか、そういうことばかり考えていた。
 持つか持たないかと迷うときには、持たないほうにしたし、困ったら、持っている誰かに貸してもらえばいいや、と思った。じゅうぶんよりも、不足のほうがおもしろかった。

 そんなわたしが、どうして持つことにしたのだか、思いだそうとしても思いだせないものがある。
「期待」。
 時代の影響もあるだろうし、そうでなくても生真面目な ― 生真面目と四角四面は、ふたつで一組である場合が多い ― 人生観をもつひとがやけに多い、そんな環境で育った。そうした環境に育ちやすいのが、「期待」だ。そうして、気づかぬうちに、自分に向けられた「それ」を抱えこんでしまった。
 思わず抱えこんだ「期待」は、といえば。
 宛行扶持(あてがいぶち)の服装。にこやかな挨拶。はきはきとした受け答え。こんなものにはじまり、気がつけば、目の前に引かれた線のように細い道をはみださずに歩くことを期待されるようになっていた。「女の子だから」という理由で、勉強のことはそれほど期待されなかったけれども。何よりほんとうは「女の子だから」というのが何かの理由になるのなんて、ばかみたいだ。
 それがどんな風にばかみたいか考えるゆとりも、自分がへんてこ好みだということに気づく暇(いとま)ももてなかった。「期待」を背負い、一本の張りつめた綱の上に、わたしはたったひとり立っていたからである。
 いつもの荷造りのときみたいに、「これは要らない」と云って、自分の部屋の戸棚にでも押しこんでしまわなかったのは、なぜなのかな。

 たぶん、「期待」にちょっと、こたえてみたかったんだろうと思う。結局、あまりこたえられなかったが。こたえられる項目が、ほんとうに……、ほんとうに少ししかなかったのだもの。

 おくればせながら、わたしは学んだ。
「期待」はときに、重過ぎる。
 そしてときに、ひとから自由を奪う。

「期待」という名の荷物を投げだしたのは、30歳をいくつか過ぎたころだった。「やーめた」とこころで叫び、そしてこの先自分も、自分の価値観を主体にして、ひとに期待するのはよそうと思った。
 そう誓ってみると、わたし自身にはひととして「こうあれかし」という確固たるものも、目標のようなものも、ないのに等しいことがわかってきた。こりゃいいや、と思った。
 子どものころ、荷物を少なく、と、いや、できれば手ぶらで、と考えていたのは、わたしの本質なのかもしれなかった。

 さて、わたしにはもうひとつ、学ぶべきことがあった。
 たとえ期待されても、そしてそれがどんなに大きくて、自分に向けられる「期待」として見当ちがいだとしても……。そっとまたぐかくぐるかして、すたすた歩いてしまえばよかったのだ。そも、「期待」がわるいわけではないのだし。

 こうして朝から、昔のことを思いだしたり、「期待とは何だろうか」と考えたりしているわたしの目の前に、風変わりな山がある。子どもたちがそれぞれ学童クラブに通っていたころ、雨が降って外遊びができないような日につくった「プラ板(ばん)」の山だ。
 透明プラスチックの薄い板に油性ペンで絵を描き、オーブントースターで焼いてつくる札のようなもの。穴をあけてひもを通したそれが、ざくざくあるのだ。きっと、ときどきとり出し眺めては、こころ和ませてもらうんだろうな、と思いながら空き箱にためたのだった。ところがこのプラ板、和みを超えて、たちまち大活躍するようになる。
 旅支度の衣類を分類する(1日め、とか2日め、とか。あるいはまた、「下着」とか「タオル類」とか)印として使ったり、調味料や酒類の名札にしたり。いま、こうして目の前に山になっているのも、また新しい使い道ができたからだ。
 初めて見たときには、プラ板がこれほどがんばるとは思わなかった。まったく期待していなかった、と云ってもいい。

 人生には、期待しないほうがうまくいくことも、ある。

Photo
すでに、いろんなところで働いている仲間の
残りの、……いえ、出番待ちのプラ板たちです。


Photo_2

こんな風に、働きます。

 

 
 

|

コメント

saguchiさま
かかさん

どうもありがとうございます。

悩むことのタネ、ほんとうに共通していると
思います。

そこをどう見るか。
どんなふうに向き合うか。
どんな悩み方をするか。
そこは……、ちがってくるけれど。

とうとう上の王子さま、
幼稚園生活のはじまりはじまり。
佳い4月を、お迎えください。

たのしみだなあ。

投稿: ふ | 2010年3月15日 (月) 15時37分

こんにちは^^
先週はお邪魔できませんでした。

今週の皆さんのコメント、感慨深く、読ませていただきました。

私は息子への期待、主人への期待というか、回りまわって自分への期待、
もしくは理想やプライド、それを押し付け、振り回されている真っ最中です^^;

でも、きっとみんな、大小あるにせよ、悩む事考える事はほとんど同じ、
なんだか、そんな気がしました。
ごめんなさい、皆さんやふみこさんに失礼になってしまったら。

自分の理想を満たす為の息子への期待、厳しさ、それだけは
や~めた!っと思ったのでした。

プラ板、とってもすてきです♪
早々に我が家の梅は散ってしまい、イチゴが実るのと、チューリップが咲くのを
心待ちにしている私です。
その頃には息子は幼稚園。
また新しい世界が広がるのでしょうね~。どきどき。

かかより。

投稿: saguchi | 2010年3月15日 (月) 14時55分

ぽこはなさん

あたらしい地と、ぽこはなさんの
ご一家が結んだ「縁(えにし)」というのは、
あなどれないものだと思います。

そこを信じて、どうか、「よろこび」を
とりもどしてくださいね。

その地域(市)がおくれているとか何とかなんてこと、
誰が決めるんでしょうね。
百歩譲ってそういうことがあるとしても、
「おくれている=行き過ぎていない」
ということですね。
行き過ぎたものは戻れませんが、
おくれたところには、佳き変化の可能性がいっぱいです。

余計な声に耳を貸したりせず、
どうか、わくわくしながら、4月の仕度をね。


投稿: ふ | 2010年3月15日 (月) 14時13分

ふみこさま

おはようございます。
みなさんのコメントを見て、みんなそれぞれいろいろあってそれを乗り越えたり
乗り越えようとしたりしていきてるんだな~と知りました。

わたしも今なんだか心が苦しいんです、他人のことをすごくうらやましく思い。
自分で決めて買った家なのに、人にあそこの市は不便でほかよりも遅れてて
よくないよと指摘されて、落ち込みました。
主人には「おまえもそう思ってるからそんなことで悩むんじゃない」といわれて
でも、それは当たっています。
私が一番そう思ってるんですよね~
 あたらいい土地での生活の不安も重なって
今度小学生の子供は誰も知らない場所でやっていけるのかな?
とか、それが一番心配です。
ニュースではいやなことし聞かないし・・・。
私のように登校拒否になってつらい思いをしてほしくないなぁ
と思ったり、来年のことお言うと鬼が笑うといいますね
なんでこんなに弱い人間なのかな~と情けなくなります。

でも。もうどうしようもないことですし、わたしが変わるしかないんですよね 
がんばります。
こんなコメントしてすみません

つくしさんお互いがんばりましょう。
つらいときこそ次にくるのは幸せだけですもんね~。
つくしさんの決意表明よかったです。

投稿: ぽこはな | 2010年3月15日 (月) 07時08分

つくしさん

おはようございます。
菜の花や……、
春の仕度のおはなし、どうもありがとうございます。

決意表明。
たしかに、受けとりました。
つしかに……。

投稿: ふ | 2010年3月15日 (月) 05時54分

ふみこさま。。
一体、今週は何回目の書き込みでしょう……。

今日家族で、某所まで、菜の花とイングリッシュガーデンを見に行って来ました。
菜の花は満開で、明るい黄色がそれはそれはキレイでした。

イングリッシュガーデンの方は、今しばらく準備中…というとこで、あちらこちらで
春の準備をしてくださってる方々がいらっしゃいました。

併設されてる、芝生の公園で遊び、久しぶりにのんびりしたり、ワクワクしたり、
楽しい時間を過ごすことができました。

帰って来てから薔薇のお風呂に入りながらぼんやり。。。。。


娘と主人を放って遊んでいたという…後悔。
大泣きする娘を置いて遊びに行ったという…懺悔と後悔。
そんなこんなが、元になり、病気のお母さんを背負わせてしまった…懺悔
まだまだ…etc…etc…etc……。

娘も12歳になりました。
娘の半分の時間を、そんな想いで過ごしてきたこと。


そんなことたちから、今週の金曜日、娘と一緒に卒業しようと思います。
(こんなチャンスなかなか無い。。)


誰かにそっと言いたくて、こんな時間に、ここに来てしまいました。

ふみこさまの目と耳に入れてくれますか?

まだまだ卒業できてないぞ!!と思ったら「ぴしっ」と、しばいて(関西弁・笑)ください。

これで、真夜中の決意表明をおわります。

おやすみなさい☆

投稿: つくし | 2010年3月15日 (月) 00時57分

ゆうみさま

いらっしゃいませ。

いま、このときに出会えたこと、
とてもうれしく……このはからいの主は、いったい。

期待の、こわいところは、
めぐりあったことの値打ちに気づきにくくするところですね。
たとえば、ゆうみさんの出合った「王子さまの不登校」。
彼の、何が、そうさせたかを考えると、
そのこころの奥深さの前に、ぬかずきたくなります。

(寄り添う側の、不都合だけが際立つのは、哀しい)。

そういう事ごとを味わってきた、ゆうみさんの
いまの「おもしろさ」は、いったい、
どれほどのものだろうか、と。

子どもも、わたしたちも、
そして、わたしたちが「もう変わらないのではないか」と
思っている誰かも……、変わるのだと思います。

今晩は、めずらしく遅寝です。
そうして、この日のうちに、この、
ときめくようなお便りを受けとることができて。
やったね。

いい日でした。

またね。

投稿: ふ | 2010年3月14日 (日) 23時31分

ふみこ様
初めて 書かせていただきます。
図書館で ふと目にした「おとな時間のつくりかた」を読んですぐにファンになり 次々と読ませていただいて このブログにたどりつきました。
少し前に これまた大好きな「庄野潤三」先生のことを とりあげていらして 興奮しました。「プールサイド小景」からのファンで 亡くなられた時は 本当にがっかりしたのに 同年代の方でさえ( ふみこ様の一つ下です)読まない方が多くて.

そう 「期待」って人を 奮い立たせると同時に足かせにもなりますよね。親の期待通りの人生を送ってきた私が 娘や息子にも 結局同じ期待をかけ 息子の不登校というつらい経験を経て やっと人に期待しないことを学びました。
今は 二人とも 大学生になり それぞれ下宿して 学生生活を謳歌しています。
私も この年になって 親の期待通りにしなくてよいのだと思えるようになりました。そして 「子供は かわっていくものだ」ということをしりました。
長くなってすみません。
これからも 楽しみに読ませていただきます。

投稿: ゆうみ | 2010年3月14日 (日) 22時40分

くまんばちさん

お忙しくも晴れがましい日日ですね。
でも、健康最優先で、お願いしますね。

プラ板は、オーブントースターで焼くみたいです。
いろいろ調べてみると、家庭のオーブントースターを
損なわず(食品を焼くのが本来のお役目なので)、
プラ板を焼く方法もあるようでした。

では、ひきつづき佳き3月を。

喫茶「うふふ」ママより
(ふ)

投稿: ふ | 2010年3月14日 (日) 13時41分

ふみこさん、みなさん、こんにちは^^
暖かくなってきましたね~^^
先日は、PTA代表で、うちの学校と交流させて頂いている中学校の卒業式に来賓として(!!)お邪魔しました。
この日も暖かく、とても感動的なお式でしたよ(;;)
今週は、息子の学校の式に出席します。
また、感動的な場面に出会えそうですね^^

ふみこさん、梅酒の瓶にぶら下がっていたの、プラ板だったんですね!

前に、ふみこさんのご本にこのプラ板が写っていて、「これ何だろ??」と思っていたので、スッキリいたしました~^^
ところで、プラ板って、レンジじゃないんですか?
また、プラ板って、どこで手に入りますか?
今度、息子と「落書き遊び」でもしようかと思います^^


常々思うのですが…。
「うふふ」って、昼間は喫茶店なんかを営み、夜は「居酒屋」に変身する…そんなお店みたいです^^;
もし、ホントにそんなお店があったなら…。
    昼間…「喫茶 うふふ」
    夜間…「居酒屋(もしくは料理処!)ふみこ」(スナック、というのはまた違いますよね^^;)

…な~んて、いかがでしょ?(あそんじゃって、スイマセン^^;)

投稿: くまんばち | 2010年3月14日 (日) 12時53分

ひよかさん

じつに……、
なんというか、こころに沁みるお手紙でした。
見せていただいたこと、
どうもありがとうございます。

「これが最善」という気持ちこそが、
めんどうな期待の対極にあるものでしょうね。
(「期待」に、めんどうも何もないのかもしれませんけれど、
たとえば、ひとを困惑させたり追いつめる「期待」という
意味です)。

なんだか、いいもの、贈っていただいたなあ。
ひよかさんのお手紙を思いながら、
3月を過そうと思います。
こころ、かるくなりました。

感謝をこめて。

佳い3月を。

投稿: ふ | 2010年3月14日 (日) 06時59分

フィりフヨンカさん

おはようございます。

お返事がおくれたのは、まがうかたなき
わたしの「しくじり」ですけれど、
やっぱり「しくじり」もわるくない。
……と、今朝はつくづく思いました。

素敵な返信をいただけたからです。

だけど、
そういうことを「期待」して、
わざと「しくじる」のはいけないな、と、
自分を戒めております。

へへ……。

どうもありがとうございました。


投稿: ふ | 2010年3月14日 (日) 06時53分

昔の私へ手紙を書くとしたら、こう書きます。

あのね、今、あなたが、ちっとも期待してない道を歩いています。期待はずれでしょうね。がっかりするでしょう。
でも、はずれて良かった。と、私は思っています。
あなたは、それで幸せなんて、間違ってる!とまっすぐに言うかもしれない。あなたは、そこにしか幸せはないと思っているでしょう?
でも、選択肢は、無限にあって、幸せは、とんでもなく自由なんだ。って今の私は思います。
だけれど、だからって、希望を捨てないで下さい。どんどん期待をして、頑張って下さい。あなたが、私になるまでには、それも、必要だから。それも、宝だから。期待をしたから、はずれたのです。はずれて、落ち込んだから、気付いた事がたくさんあるのです。たくさん背負ったから、自由を、より感じられるの。あなたに感謝します。何も間違ってなんかない。忘れないでね。

追伸:今もまだ、自分に期待はしているの。人生にも、期待してるの。
でも、それは、どんな自分に出会っても、どんな人生に出会っても、きっと、私にとって、最善だってゆう期待です。
今、私は、幸せです。

投稿: ひよか | 2010年3月14日 (日) 01時07分

ふみこさま。

「いと、うれし
   ふみが とどいて
     はる のかぜ
        待つや たのしや
            はる うらら」

              ・・フヨンカ心の俳句・・って俳句じゃないし・・

ホントは期待して待ってました(笑)

ありがとうございました。

投稿: フィりフヨンカ | 2010年3月13日 (土) 21時12分

えぞももんがさま

「根なし草」と呼ばれるのを、
うれしがるというところ、とても共感します。
わかります。

ね、いぢわるしてもいいでしょうか。

わたし、えぞももんがさんに「期待」しています。
コメントくださるといいなあ、と思って、です。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 17時53分

なすさん

言祝いでいただいて。
ありがたくてなりません。

つくしさんとふたりで、
中学生活、粛粛と。
……がんばります。
いえ、……たのしみます。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 17時50分

フィりフヨンカ さん

お返事がおそくなって、申しわけありません。

お話、しかと受けとめました。

同感です。
わたしも、そう思っています。いつも。

 ことばにしないで、
 できれば、心のなかの願いごと……くらいで
 暮らしていきたい。

ことばにする必要がある場合もあるにしても、
ことばにしたときに、自分の願いが膨張しやすいことを
知っているわたしとしては……。
ときどき、怖怖願ってるなあ、と思います。

いろいろお話してくださったこと、
忘れません。
どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 17時49分

ぷらねっとさん

そうでしたか。

おとうちゃん、天国に赴任されて……。
素敵なおとうちゃん。
ぷらねっとさんを、にこにこさせる力を
存分にもっておられて。

それから、わかります。
期待のすれちがう関係。
なぜ、そうなってしまうのか。ね。

わたしたちは、もう少しかろやかにいきましょう。
予想外の道をてくてく。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 17時42分

つくしさん

お嬢さま、お誕生日おめでとう。
つくしさんも、おめでとうございます。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 17時37分

ふみこ さん

もう少しで 春だと思うんですが
風がとっても冷たいです。


ずいぶん 昔の話になりますが
私にも「期待してほしい」と とっても思っていた頃がありました。
そのために そうなんです、
にこやかな挨拶。はきはきとした受け答え・・・
必死にそういう 事を頑張っていた。

でも 私も ある時期から 「や~めた」と思ったんです。
それから よく「根なし草のようだね」と 言われたりします。
そう言われること
けっこう 気に入っています。

 

投稿: えぞももんが | 2010年3月13日 (土) 17時10分

ふみこさま

いつも暖かいお言葉ありがといございます。

出来の悪い子ほど可愛いと申しますが、わたしにはぴったりの言葉ですね。
「親孝行したい時には親は無し」と言います。
これから、ますます年老いていく、父・母には、私が元気で家庭円満でいる事が
最高の親孝行だと思っております。

つくしさん、心は落ち着きましたか?
小学校の卒業式は、娘さんと二人胸を張って行ってきてください。
あなたは、駄目母なんかではありませんよ。
とっても娘さん思いの素敵なおかあさんです。
我が息子も、来年は社会人になる予定です。
子供は、あっと言う間に大きくなります。
今を思いっきり楽しんでくださいね。

ふみこさま・つくしさん、この春が佳き春になるよう心からお祝いさせてください。

投稿: なす | 2010年3月13日 (土) 12時54分

ふみこさん、みなさん、こんにちは。

卒業のシーズンなのですね。
ことし、卒業のみなさん、おめでとうございます。

「期待」されることの重荷のことを思いました。
結婚後16年ぶりにやっとできた、ひとつぶ種のわたしに掛けられた両親の想いたるや・・・。
その想いは、たぶん、わたしの想像を絶すると慮るのですが。

期待する側もしんどかろう。
だって、期待に応えるような素直なぷらねっとちゃんじゃなかったし。
「一筋縄ではいかない」と、嘆息をもらす両親に、
あの手この手で、自己主張。

その叫びは、
自分でもよくわからなかったけど、
「このまんまのわたしを認めて~」っていう訴えだったんだろうと思う。

今は大人になって、自分で自分のことを「これでよし!」を思っていればだいじょうぶとわかった。

そうねぇ・・・、天国にいるおとうちゃん、
どちらかといえば、「自分の思い描いた理想像にはめ込もうとする”期待”」よりは、
「そのひとのそのまんまの天性を信じて、伸びていってくれるよう見守ってる”期待”」のほうが
ありがたかったなぁと空を見上げながら思う、52歳のわたし。にこにこ。
でもね、いつのまにか、自分への教訓になってるから、これでよかったんだよ。


むか~し、プラ板に、ダヤン(猫のキャラクター)の顔を描いた楽しい思い出が。
(残念ながら、活用されることもなく、どこかにいってしまいましたが・・・アリエッティ?)
かわいくて、しかも生活の役に立ってくれてるモノっていいですね。

この、ふみこさんのプラ板のように、人生は、思いもよらない、想定外な幸せがいたるところにころがっていますね。
まさに「期待」を上回る、素敵な・・・サプライズ!

投稿: ぷらねっと | 2010年3月13日 (土) 12時40分

ふみこさま。。

何回もの泣き事、失礼しました。
そして、ありがとうございます。

なすさんも、いつも、ありがとうございます。

今日は娘の12歳の誕生日です。
来週はいよいよ卒業式。

春休みの二週間ほどの間に、二人で中学生になれるよう…
頑張ってみます。。
ふみこさまにいただいた、「楽に…のんきに…甘く…」をだきしめて。

みなさま、佳い週末を……。

投稿: つくし | 2010年3月13日 (土) 11時49分

Kouji さん

どうもありがとうございます。

「生きてるだけで愛なんだな」と、
つぶやきつぶやき、きょうを、
まず過してみたいと思います。

なんだか、やたらとせわしなくて、
もっているはずの「愛」がこぼれ、
もっていることも忘れそうになっていたかもしれません。

よぉし(意気ごみです。念のため)。

感謝。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 07時10分

brownbearさん

いらっしゃいませ。

いいお話をどうもありがとうございます。

なんて浄らで、おもしろいbrownbearさんと
お嬢さんでしょう。
すっかり感心してしまいました。

「期待」されたことにどう応えるかという
意味でも、勉強になるなあと思われた方も
少なくはないと思います。

期待されて、笑いをとる。
……達人です。

また、いらしてくださいね。
佳い日日を。

(卒業祝いのおことば、
どうもありがとうございます)


投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 07時07分

バッテリーさん

純粋で、まじめで、
心やさしいひとほど……。
わかります。

ほんとうにそうです。

バッテリーさんの旦那さまは、
「そこ」をバッテリーさんにみとめて
もらえて、おしあわせですね。

無駄になんかなるものですか。
あなたは旦那さまのことを、
旦那さまはあなたのことを、
そばでずっと見て、学んできたのですもの、
味わってきたのですもの。
ね。


投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 07時01分

焼き海苔の「の」さん

「の」さんが
がんばっていること、
わたしはよく知っています。

まわりのことを眺めてみると、
「ああ、いいなあ、この方は」と
思うひとにかぎって、
がんばっていて、いいお仕事もされて、
人格も立派だけど……、どこかおっちょこちょいで
抜けていたりする。
その上、
失敗なんか平気、という面もありはしませんか?

抜けていること、
おっちょこちょい、「あ、しくじっちゃった」は、
まわりを、自分をたいそう勇気づけます。

「の」さんは、
もしかしたら、「おっちょこちゃい」やら、
「しくじり」という面で、あともうちょっと
がんばるといいのかもしれません。
……がんばれ!

(変なの。ごめんなさい)


投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 06時56分

なすさん

何が孝行になるかなんて、
わからないものだと思います。

もしほんとうに、
なすさんが、心配をかけているとしても、
ご両親は心配したいのだし、
その心配は、ご両親を元気にしているのじゃ
ありませんか?

心配をかかえるというのも、
わるくないかなあ、と、
わたしはときどき考えます。

ばか母ちゃんである上、
だめ娘なんです、わたし。

わたしも、いろんな「縁」に、
なすさんとの「縁」にも、
感謝しています。


投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 06時50分

つくしさん

わたしのことを、理想の母親像と見てくださるって
ことは、つくしさんの理想は……、
ばか母ちゃんだってことですね。

ばか母ちゃんを、
おすすめしていいかどうかは、べつにして、
いまより少し、気持ちを楽に……、
いまより少し、のんきに……、
いまより少し、自分に甘く……、
というのは、つくしさんにおすすめしたいかな。

考えてること、そっとささやきにきてくださること、
とてもうれしくて。
どうもありがとうございます。

たのしい週末を。

投稿: ふ | 2010年3月13日 (土) 06時46分

ふみこさま。
誰に、とはなしに、つぶやくことをお許しください。
日頃おもっていることを、改めて考えました。
生きているだけで、愛なんだな、と。
幸せは所有する地位でも物でも条件でもなく、感謝する気持ち。
幸せになる能力とは、いま自分が幸せなことに気がつく能力。
自分の命が、たくさんの命に支えられ、たくさんの命を支え、たくさんの命とともにあること。
何か尊いことを成さなくても、あなたがあるだけで尊い。
みんなそれぞれ尊い存在。
生きているだけで、愛なのだと。

バッテリーさまのおっしゃることはよくわかります。ぼくの友人知人、そして従兄弟に、精神的に調子の優れなくなったひとらがいて、そして、人生をリタイアしたひともいました。ぼく自身、そういう時期があり、その意味でも両親には心配をかけてしまいました。でも、心配も愛があればこそで、申し訳ないばかりでなく、ありがたさを強くおもいます。
おっしゃるとおり、ばかがつくくらい生真面目(ごめんなさい)で、繊細で、優しい方が気持ちのバランスを危うくする場合が多いようにかんじます。
ぼくは強情でちゃらんぽらんなところがあり、マイペースなため、なんとか均衡を保てるようになってきましたが。でも、これは誰しも抱えていることでもあるのでしょうね。どっしり安定して身じろぎもしないひとはいないとおもいます。


何があっても大丈夫!とおもいます。ひとの目は、前についているのです。

長々と問わず語りに付き合っていただき、ありがとうございます。

投稿: Kouji | 2010年3月13日 (土) 02時33分

ふみこさま

初めてお便りさせていただきます。

「期待」って 時におかしいです。
それは、昨年 末っ子の小学校卒業前の最後の授業参観でのこと。

子どもたちのあかんぼの頃の写真がプロジェクターで映し出される演出の中
一人ずつ「両親への感謝の手紙」を読み上げていきます。
  病弱だった私を これまで育ててくれてありがとうございました…
  我が儘ばかり言ってごめんなさい…
参観するお母さんたちの目には 涙が溢れ、教室に入った早々私ももらい泣き。
さて、いよいよ娘の番です。
  お母さん この前は ごめんなさい。
  お風呂上がりのお母さんの頭頂部の白髪を見て
  「もう ばばあ なんだね」って言って。
  お母さんは マジギレして 暫く口きいてくれなかったね。
  きっと大当たりだったから 怒ったんだと思います。
  だから この場を借りて謝ります。
だって!!
先生もお母さんたちも 私の顔を指さして大爆笑…
当の母は苦笑するしかありませんでした。

娘は感動して涙するお母さんたちを見て、
この辺で笑いを取るよう(友だちに?)期待されたと勘違い…
用意した手紙の内容を大幅に変えて「ばばあ」発言となったのだそうです。

まあ 実話に基づいていたので 何を言われてもね 仕方ありません。
ここで笑いを取らなきゃ!って一人で盛り上がる癖は私にもあるし…。


ふみこさま お嬢様のご卒業おめでとうございます。


投稿: brownbear | 2010年3月13日 (土) 00時53分

ふみこ さま
すみません・・・間違って途中で送ってしまいました。(続きを書きますね。)

とにかく、純粋で、まじめで、心やさしい人ほど、
期待におしつぶされてしまうような気がします。

長年苦しんできたつれあいを見ていると、
(わたしのように、図太くなれれば、よかったのにね。)
と思ってしまいます。

でも、この苦しい日々が決してむだにはならないだろう・・・
という期待(希望?)はしっかりもっています。

矛盾してますよね。

投稿: バッテリー | 2010年3月12日 (金) 23時59分

ふみこ さま

わたしもつれあいも、何をかくそう一人っ子どうし。
それはそれは、親の期待を一身に背負って、
もがいたり、あせったり、抵抗してみたり。。。
結果・・・、わたしは性格に少々難あり。
そして、生真面目なつれあいは、長じて心の病気に。

「期待」ばかりが悪いわけではないけれど、
それが相手によっては、(心
時として

投稿: バッテリー | 2010年3月12日 (金) 23時35分

ふみこさん、こんにちは。

「期待」かぁ・・・
私は”ブタもおだてりゃ・・・”のタイプなんで、期待されたり、ほめられたりすると
がんばっちゃうタイプなんですよ。
人には期待しないことを学んだんですけどね。(その方がうれしいことがいっぱい)

今は、仕事、家と子供のこと、これからやっていこうと思っている活動のこと・・・
どれも期待されたくて、でもそうすると結局どれも中途半端で、それぞれにしか
かかわっていない人たちには、”期待はずれ”って思われているかも。
そのことで、ここ最近ずーっと悩んでしまって。

「トータルで見ればがんばっているでしょう??」って結局誰かに言ってほしくて
そのことをずいぶん期待していたんだなぁ、と。
結局、まわりの人にも期待していたんですよね・・・反省。

投稿: 焼き海苔の の | 2010年3月12日 (金) 12時05分

ふみこさま、こんにちは

私は、小さく産まれて親に心配ばかりかけてきました。
でも親は今、私のことをもっと心配しています。
親不幸ですね。

私なりに頑張って、頑張って仕事もしてきました。
旦那さんにも、恵まれて。子供にも恵まれました。
私の産まれた時の体重の2倍もありました。二人とも・・・
だから今、後悔はありません。

これからは、余り悩まずに50代に入りたいです。

つくしさんも余り自分を責めない下さい。
つくしさんと、出会えたのも何かのご縁。
そして、つくしさんからふみこさまに出会えたのもご縁。
世の中なにかしら、ご縁があるものです。

これからも、何かのご縁がたくさんあると思います。
これからのご縁の「期待」しましょう。

投稿: なす | 2010年3月12日 (金) 10時46分

保育園や低学年の娘を不憫に思って、後悔して泣いてばかりの6年間。

次は、小学生の娘を見ていてやれなかったことを思って泣くのでしょうか?

高校生になったら、中学生の娘を思って泣くのでしょうか?

いつもいつも、今、ここにはもういない娘を思って泣いてます。

じゃぁ、今、ここにいる娘の事はいつ考えてあげるんやろう。。

娘は、過去の自分の姿を追って泣いてるワタシを見て、どう感じてるんでしょうか?

きっと、いや、絶対、、『今のわたしを見て!!』って思ってるんだろうな…と思います。

ふみこさま。「おそすぎないうちに」って曲、ご存知ですか?
それ、聞いた時、号泣しました。

何回も書き込みしてしまって、申し訳ないです。
ワタシにとって、ふみこさまは『理想の母親像』で、厚かましくも、「助けてください」と思ってしまうの…かも…です。

投稿: つくし | 2010年3月12日 (金) 10時37分

つくしさん

「苦しさ」だけなんか、受けとっていません。
つくしさんの、
思い深さのようなもの、
お嬢さんへの気持ちも、
ひしひしと伝わってきます。

わたしも、いい中学生になろうと
思わせていただきました。

どうもありがとうございます。

投稿: ふ | 2010年3月12日 (金) 10時17分

ふみこさま。。

何だか、『苦しさ』ばっかり書いてしまって、ごめんなさい。

投稿: つくし | 2010年3月12日 (金) 09時07分

ふみこさま。。

ありがとうございます。

娘は、多分、色んな事を我慢して、色んな事を期待しなくなってしまったんじゃないかな?…と、思います。

ワタシが友人に夢中になってた時の事件。
それは、保育園の卒園式の日。
今から考えると、なぜ?としか思えないのですが、友人と泊まりで遊ぶ約束をしてたのです。
保育園の間、ずっと働いて、卒園式を迎えて、ちょっと自分にもご褒美をあげたかったのかな?
卒園式から帰って来て、さぁ行こう~とした時に、初めて娘が「行かないで」と
言って、泣きながらワタシの足にしがみついて来たのです。
今のワタシなら間違いなくドタキャンするでしょう。でも、その時のワタシは
「面倒な事になったぞ…」と思ったのです。

主人が「行っておいで」と言ってくれて、泣く娘を置いて出てしまいました。


病気になって、たくさん泣いて、たくさんの事を後悔して、たくさんの事にごめんなさいをして、
でも、この日の光景だけはワタシの心から離れてくれません。
今も、夢に出てくる娘は、5歳のままです。
主人は、「お前はもう充分に苦しんだ。もう自分を許してやり。」と言ってくれます。
確かに、6年間苦しみました。卒業式の季節は特につらいです。
でも、娘はワタシに放っておかれた時のつらさ、寂しさを思うと…。

どうやって、抜け出せばいいのかわかりません。。

投稿: つくし | 2010年3月12日 (金) 08時57分

ふみこさん、おはようございます。

期待 と 願い って違うけど、似てますね。
私は、小さな願いの中を泳いでいるような暮らしです。

「どうぞ 無事に 帰ってきますように」

無事に帰ってくるのが 当たり前でないことに
ふるえる日があったので・・


私に 手紙を届けてくれる友達がいます。
思いがけない時に  それは やって来る。
それは、どんなにか私を励まし 喜ばせてくれます。

「もしかして・・」と 待ってる
でも、期待とは、ちょっと違います。
来てなくても、明日は来るかも・・という楽しみがもらえます。
来ても来なくても、楽しく待っていられます。


子供にも、親にも、
言葉にしないで できれば
心の中の願い事・・くらいで 暮らしていきたいと思っています。
そうすると、忘れた頃に思いがけず嬉しくなったりします。でも

欲張らなくても もう じゅうぶん願いはかなっているように 思います。

投稿: フィりフヨンカ | 2010年3月12日 (金) 07時37分

つくしさん

おはようございます。

つくしさん、最低なんかじゃありませんよ。
ひとには、いろんな「時期」があって、
いろんな「ブーム」もあって。
つくしさんが、ご友人のことに熱中してとりくんだこと、
自分にことで精一杯だった時期が、むだなんてはず、
ないと思います。

それにだいいち、
母親だと思って、自分たちを高い山のように
考えがちですが、つくしさんもわたしも、
母親としてのキャリアは、
12年前に生まれた子どもと同じ、12年。

ときどき子どもに、
「そう期待されたって……。お互いキャリアは
おんなじなんだからさ」
と云うことがあるくらいです(笑)。

一緒に学んでいく、
近くで生きる、ということなんじゃ
ないでしょうかね、子どもとは。

4月から、つくしさんとわたしは
中学生です。


投稿: ふ | 2010年3月12日 (金) 05時55分

ふみこさま。。

ワタシの『期待』は、きっと『束縛』です。
娘に「離れて行かないで」と言う『束縛』…を願ってしまいます。

娘が小学生になりたての頃、ワタシはその少し前に仲良くなった友達との事で頭がいっぱいでした。

娘が遊びたそうでも、お腹が空いてても、彼女からのメールの返信に夢中でした。
「ちょっと待ってね」
「後で聞くね」
そんな言葉を何回娘に言ったか。

娘と同学年のお母さんが、「娘が帰って来て遊びに行くと寂しい。家で遊んでくれたらな」って言ってた事があります。
その頃のワタシには、全然響かなかった想い。

その後、病気になり、自分の事だけでいっぱいで、また娘を放ってしまってた日々。

昨年くらいから、やっと余裕ができて、娘と関われるようになりました。
やっと、「娘が帰って来て遊びに行くと寂しい。」と言う気持ちが分かりました。

四月から中学生。

ワタシの想いは、小学一年生のお母さんのままです。
他のお母さんが順序を踏んで心を成長させ、低学年、中学年、高学年と少しずつ子離れしてきたものがワタシにはありません。

その為か、娘が中学生になって離れて行くのがとても怖いです。
部活もハードなものを選ぶらしく、もう、土日も夏休みも一緒じゃないんだぁ~と思うと辛いです。

娘が成長して行って、色んな事を自分で選び、頑張ってる姿を応援したい…と頭では分かっているのですが寂しくて仕方ありません。
こんなの、ワタシの自分勝手であり、『束縛』ですよね?

自分が大変な時は、娘に寂しい想いをさせてたくせに、自分が寂しくなったら娘を離さない。

最低な母親です。

ごめんなさい。
心の声を全部書いてしまいました。

投稿: つくし | 2010年3月11日 (木) 18時12分

risyonさま

「期待」が、
そも、こちら側のことだという意識があれば、
押しつけにもならないのだろうなあ、と
気づかせていただきましたあ。
どうもありがとうございます。

密かな、たのしい期待なら、
ちょっとはいいか、と。

投稿: ふ | 2010年3月11日 (木) 11時22分

いとうさん

「もやもや」が誰かというのがわからないから、
ますますもやもやするんですね。
相手の顔が見えると、肝もすわりますね。

そうかあ……。
と、あらためて。

投稿: ふ | 2010年3月11日 (木) 11時19分

ふ さまへ
「女の子だから」という期待に、中学生の頃くらいから抵抗していたことを思い出しました。
不足を楽しむ最小限の荷造りも一緒です。
不便を楽しむって、いいですよね。

人に対する期待は、残念なことになったときにこちらの気分もざわつきます。
だから、人に対して「当然」とか「~だろうから」とか当たり前に期待することはやめました。
そうすると楽になり、逆に感謝もできたり、うれしいことが増えました。
人に対する「期待」は、こちらの勝手な気持ちですもんね。

投稿: risyon | 2010年3月11日 (木) 11時05分

Kouji さん

おはようございます。

なるほど、と思ったこと。
幼少期の障害のお話です。
そういうことを経験されて、
さまざまなことに対する
理解を深めてこられたというわけですね。

お母さまとの絆も深めて……。

順風だけを望んではだめですね。
と、あらためて思ったことです。

どうもありがとうございました。


投稿: ふ | 2010年3月11日 (木) 09時12分

ふみこさん、ありがとうございます。


心の「もやもや」晴れました。
もやもや君、はっきり見えました。

期待から生まれたもやもや君だったんだ…。
もやもや君、ありがとう。もう大丈夫みたい。またとことん明るく生きます。


ありがとうございます。ふみこさん。みなさん。
元気になりました。
おかげさまで、心が晴れました。
ありがとうございます。

投稿: いとう | 2010年3月10日 (水) 22時00分

ふみこさま。
ありがとうございます。とっても嬉しいです。なにより、母を褒めてくれたことが嬉しいです。
おもい返してみると、母がぼくに対して期待を口にしたことは一度もありません。あたう限り率直に話をしてくれるひとで、母が子供の時分の親との葛藤から自分の子供は縛りたくないと痛切におもったとのこと。女は損だから、絶対男の子にしようとおもったとも。女は損、という考えは今現在は薄れているそうですが。
ぼくは幼少期障害を抱えていた時期があり(克服することができました)入退院を繰り返していたときは代われるものなら代わってやりたいとおもったそうです。
「あんたが、あんたにとって良くなればいいと祈ってる。わたしにとって、とか、誰かにとってではなくね」
祈りや願いはあっても、期待はなかったな、と気がつきました。
そして、ぼくは幸せな人間なんだな、と気がつきました。

気がつくきっかけをくださり、感謝しています。

投稿: Kouji | 2010年3月10日 (水) 21時12分

ぽこはなさん

それはそれは。
上の王子さまが小学生なんですね。
おめでとうございます。

ぽこはなさんも、ともに入学する気持ちでしょう。
たのしく小学校生活に寄り添って……。

おふたりとも、
おめでとうございます。
入学おめでとうございます。

投稿: ふ | 2010年3月10日 (水) 15時46分

そらさん

どうもありがとうございます。

そうそう、
こういう分類が必要なのでした。
安心しました。

考えが大雑把でいけません、わたしは。

自分の進歩にちょっとは期待して、
精進、精進。

佳い日日をね。

投稿: ふ | 2010年3月10日 (水) 15時42分

ふみこさまこんにちは~

昨日からの雪が積もりましたね~。うちの王子さまは大喜びで朝から庭で遊んでいました。
子供は元気でいいですね~。私は寒くて庭に出れませんでした・・・。
 
6年前の今日、その王子さまをこの世に産み落としました。
あの日はどんな天気だったのかな?
朝から病院のベットで唸っていたので思いだせません^_^;
 
産まれてきたくれたときには本当にうれしくて感謝しました。
うまれてきてくれた!それだけでよかった。
なのに今は何かと彼に期待してしまって・・・。
子供にとって親の期待はありがためいわくですよね。
4月から小学生になる彼。
これからいろんなことがあるんでしょうね。
一喜一憂しながら温かく見守っていこうとおもいました。
本当は私が子供よりも不安なんですよね~
自分に他人に期待せずに、型にはめずにクリアな気持ちでがんばろうとおもいました。
ありがとうございます。

投稿: ぽこはな | 2010年3月10日 (水) 13時20分

ふみ子様

ふみこさんこんにちは。

この『期待』は胸ときめくもの
この『期待』は胸重いもの
この『期待』はけんかのもと
この『期待』は自分勝手
この『期待』は余計
この『期待』は自分を支える希望

沢山の期待の感情を持っていますね。
そのなかでどの期待を自分の持ち物にしたいか
(ふみこさんの言い方をお借りしました)
改めて考えさせてもらっています。

てくてく歩く人生に素敵な持ち物をもたせてくださるふみこさん
そしてここに集うみなさんの温もりに日々励まされ
一歩一歩ふみだしている私です


投稿: そら | 2010年3月10日 (水) 11時19分

はなこさん

おはようございます。

うっすらと雪をかぶった景色を眺めながら、
読ませていただきました。

はなこさんの「期待」が、
個人の「期待」でおわらないように……。
誰もが希って、誰もが祈りたいという風に
思います。

王子さまの輝きに(もちろん、はなこさんは
よくよく知っておいででしょうけれど)、
気づけるわたしでありたいとも、思うんです。

佳いきょうを。

どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2010年3月10日 (水) 06時55分

病を背負い生まれてきた我が息子を見つめながら
いつかこの病がなくなって欲しいと願う気持ちを期待と言うのなら
時に「期待」は生きるための大きな力になってくれることもある。

期待が外れたときに、辛い思いをしたくないから
期待なんてしていないわ・・・なんてポーズをとりながらも
胸の中は「期待」で破裂しそうになってる。

不安や絶望でくだけそうになる心を
「期待」が支えてくれている。

そんな「期待」があってもいいよね。。。

投稿: はなこ | 2010年3月 9日 (火) 18時50分

Kouji さん


「あんたが幸せなら、それでいい。
わたしは反対したりしない。
後悔しないように生きな」

なんてカッコイイお母さまでしょう。

Kouji さん、わたしね、こうです。
女だとか,男だとか。
そのどちらでもないとか。
そのどちらでもあるとか。
ほんとうはこうじゃないという存在。
そのすべてを受け入れられると考えています。

その上で申すのですが、
だけどそれ、何の制約にもつながらない。
とも、考えています。

Kouji さんが、ここへ来てくださることに、
敬意を表したいと、いつも思っています。
制約とは無関係の、敬意です。

投稿: ふ | 2010年3月 9日 (火) 14時29分

ラピスさま

いらっしゃいませ。

こんな寒い日に、よくいらしてくださいました。

「生きたいように生きてほしい」と希いながら、
ちょこっ、ちょこっと密かに期待する、そういうことかな、と。

「期待」が応援になるように。
「期待」が人生のスパイスになるように。

ラピスさん、またいらしてくださいね。
どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2010年3月 9日 (火) 14時20分

こぐまさん

「期待」には、期待するひとの
性格が反映するから、こぐまさんのは
やさしくってあったかい「期待」なんじゃないか、と。

あるもので、つくります。
なぜって、こちら、みぞれです。
寒い。

どうもありがとうございます、きょうも。

投稿: ふ | 2010年3月 9日 (火) 14時16分

ふみこさま。
期待しないこと(他人に対しても、自分に対しても、先の出来事にも)は、ぼくの目下のテーマです。多分、一生こころがけてゆくことだとおもう。
ひとにそういうと、ネガティブに捉えられる場合があります。「諦め」だと。そうではなく、いみじくもふみこさまがおっしゃったとおり線を引くということ、「制約」をつくらないという意味なんですよね。
ただ、そこで隔靴掻痒の感をもちということは、期待している、ということでして…おぬし、まだまだ未熟じゃのお。自分で苦笑してしまいます。
正直、ぼくも両親の期待に応えられないことに申し訳なさがなくはありません。ステロタイプな世間一般での幸せはあげることはできません。親から軽くいわれたことや、「親の気持ちを考えろ」と赤の他人から罵られたこともあります。が、これはどうしようもないことで。形だけ整えたら、他人を巻き込んで不幸にするだけだとわかっていることです。でも、また母はこうも言ってくれました。
「あんたが幸せなら、それでいい。わたしは反対したりしない。後悔しないように生きな」
男なんだから云々という期待、制約をできるだけ除いたため、ぼくもふみこさまやみなさまとこうして知り合うことができました。幸せです。ありがとうございます。

最終的には、これでよかったんだね!と両親に思ってもらうのが目標ですが、期待せず、自分の今やるべきことだけを考えてゆけばいいのかな、と思っております。

追伸
こちらも、紅梅のうえに雪が降りつもっています。

投稿: Kouji | 2010年3月 9日 (火) 13時56分

ふみこさま

はじめまして。

私も幼い頃から、両親からの期待を抱え込みながら生きてきました。
「したい事をしなさい」と言いつつ自分たちの思い描く「理想の我が子」という型枠にはめ込もうとする両親に矛盾を感じ、衝突したこともしばしば。

でも、生真面目に抱え込んでストレスを溜める必要なんて無かったんですよね。

『たとえ期待されても、そしてそれがどんなに大きくて、自分に向けられる「期待」として見当ちがいだとしても……。そっとまたぐかくぐるかして、すたすた歩いてしまえばよかったのだ。そも、「期待」がわるいわけではないのだし。』

目から鱗が落ちました。娘には生きたいように生きてほしいなぁ・・・。

投稿: ラピス | 2010年3月 9日 (火) 13時03分

ふみこさま。

今朝、なんと雪が降っていました。まだまだ降り続いています。
倉敷では珍しいことで、うれしいけれど、スクーターに乗れません。
買い物に行けないので、あるもので作ろうっと。

期待はされたら、やっぱりがんばっちゃうんですよねぇ。
そして、期待にこたえられなかったら落ち込んで・・・。
子どもたちには、そんな苦労をさせないように好きな道を進んでもらいたいなぁ
と思います。でも、ちょっぴり期待しちゃってますが。

投稿: こぐま | 2010年3月 9日 (火) 12時14分

きんもくせいさん

「期待」って、むずかしいものですよね。

わたしは、
相手が「生きたいように生きられる」ことを、
期待しています。

それは、誰に対しても。

投稿: ふ | 2010年3月 9日 (火) 11時32分

とむさん

「いまは疎遠になってる方方とのかかわりの有り様も
とても自然で、なにも恐れたり悲しんだりすることはなくて、
ただただ愛しくて」

なんて素敵なんでしょう。
ほんとうですね。
わたしも、そう思います。
だけど……、
そう思っているひとらしく生きていかないと。

とむさん、
どうもありがとうございます。


投稿: ふ | 2010年3月 9日 (火) 11時31分

ふみこさま

今日は雪になるのかな~、お洗濯が干せないのは困りますが、
雪は大好きです。

期待にこたえようとして苦しくなっちゃうのに、ひとには期待して
しまいます。
「もう期待するのはやめよう」と思うと、一番身近なひとに期待し
ないなんて、と悲しくなっちゃいます。

またぐかくぐるかして、すたすた。
すればいいし、されればいいのかなあ・・・。

息子はそんなことはどこ吹く風、すやすや眠っています(^^)

投稿: きんもくせい | 2010年3月 9日 (火) 10時49分

ふみこさま

わたしはわたしの生きたいように生きてて、いま、幸せで。
だから、どのおひともみんな自分の生きたいように生きられたらいいなあと思います。
そうして、それぞれの歩みのなかでご縁があって出逢えていることがうれしくて。

いまは疎遠になってる方々との関係の有り様もとても自然でなにも恐れたり悲しんだりすることはなくて、ただただ愛しくて。

結果がわたしの思惑どおりじゃなくても、思惑をはるかにこえた出逢いがまっているんだなあ、と。

このここちよい流れにのってどこへ運ばれるのか、道の途中で出逢えたふみこさま、みなさま。
お会いできてこころから、うれしいです。

投稿: とむ | 2010年3月 9日 (火) 10時40分

めぐちゃんさま

おはようございます。

今朝も今朝とて、
残った麺つゆを小さな瓶に注ぎ、
その首から名札をかけました。

「めんゆつ/ストレート」という札です。

朝から元気を、ありがとうございます!

ふんちゃんより

投稿: ふ | 2010年3月 9日 (火) 10時26分

ふんちゃんさま、おはようございます。
今朝の関西は雨が降っているうえに、3月か?!と思うほど
寒いです~(ぶるぶる)

プラ板! 懐かしいです。
うちも子供たちが学童保育に通っていた頃、これを作っていました。
こういう使い方があるのか~と目からウロコ!
うちにも梅酒があるので、早速マネしてみようっと。

「人生には、期待しない方がうまくいくこともある」
けだし名言ですね!

投稿: めぐ | 2010年3月 9日 (火) 10時16分

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