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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2010年7月

2010年7月27日 (火)

持たない生活② おなじみ

  ……あち。
 夜だというのに、気温はいっこうに下がらず、熱気は居座ったままだ。
 暑さのなかでも、茹だるそうな、というのは、こういうことを云うんだとわかった。扇風機がやけになって、唸り声をたてて首を振っている。そこにいる誰もが、部屋のなかの熱気をかき混ぜているだけだと考えていたけれど、それを口にする者はなかった。賢明だ。
 また、そこにいる誰もが、これはもう、エアコンを入れたらいいのじゃないかと、考えてもいたはずだった。
 ところが。
 夜のページは、いきなりめくれた。

 つぎのページは、大粒の雨が数滴屋根を打つ音ではじまった。つづいて、いきなりの風だ。それも突風。網戸の目をおしわけて吹きこんできた。
 ガラガラ、ガシャーン。
 これは、西の窓から吹きこんだ突風が、鍋ラックの上からやかんを落とした音。やかんは落ちて、体内にたくわえていた水を床に撒きちらした。なぜやかんが?
 突風は突風としても、やかんは半ば意志をもって落ちたように見えた。床にころがったやかんと、ふたと、こぼれた水、それをみつめたまま、しばらくじっとしている。
「ダイジョウブ?」
 誰かが、やかんに向かって云った。
「ドシタノ?」
 と、別の声が云う。これも、やかんに向かって。
 ほんとだ、わたしもそれが云いたかった、ドシタノ? と。やかんは、それには答えず、床の上で口を一文字に結んでいる。云いたいことはなくはないが、口にはしないと決めた、という佇まいか。
「ドシタノ?」と、もう一度、ニュアンスを変えて、訊く。——そっと。
 やっとのことで、やかんを抱きおこし、ふたを……。あ、ふたについたつまみのまわりの部分が割れて、散らばっている。
「ケガ、シテルジャナイ」

 やかんをかかえて、ごしごし磨く。磨くの、久しぶりだ。いろんなことのしわ寄せが、こんな、なじみの道具にいくのは、わたしのどこかがねじれている証だ。
 ふたのつまみは、突起部分が無事だったから、事なきを得た。

 夜、床に入ってからも、やかんのことを考えていた。
 やかんが家にやってきて、何年たつのだろう。
 20年くらいだろうか。
 台所用品として、やかんはどうしたって必要だと考えたからもとめ、しかし、もとめたときには、これほど長くともに暮らし、ともに働くことになるとは思わずにいた。歳月というものの、無我夢中の側面を見る思いだ。その側面に寄り添って、こちらもまた、知らずと無我夢中だったわけだが。
 これからモノをそろえていこう、選ぼうという若いひとたちに、この歳月の無我夢中を、つまりあっという間の時の経過を、伝えておいたほうがいいだろうなあ、などと考えているうち、いつしかまどろむ。
 まどろむ道の途中で、はっと、思いついたのである。
 数日前、やかんの見える食堂兼居間の椅子の上で、わたしは道具のカタログをめくっていた。そうして、なかに鍋としても使えるやかんというのをみつけて、「へえええええ」という、意味ありげな声をだしたのだった。とはいえ、「へえええええ」には、たいした意味があるわけではなかった。ただ「へえええええ」だったのだが。
(アレ、キカレタナア)と思う。

 気づかぬうちに、薄情な仕打ちをしたものだ。いや、気づかないのが、そも、薄情のはじまりといえるだろう。
 やかんは、わたしに捨てられる、と考えたかもしれない。
 こちらは、捨てたりなんかするもんですか、と思っている。
 しかし、道具、ことになじみの道具が、こちらの心変わりを疑いたくなるような日常の些細(ささい)な変化について反省するうち、やっと眠りにつくことができた。

 朝起きたら、「『アナタ』ノホカニ、ヤカンヲカンガエタコトナドナイ」と、やかんに、はっきり告げよう。

Photo
こんな薄汚い、ボロ靴をお目にかけること、
ごめんなさい。
これは、
長女が小学校に上がるときにもとめた、
わたしの学校用の上履きです。
保護者会、面談、いろいろの会、PTAの用事の際、
学校で履いてきました。
19年使い、まだ現役です。

これも、
こんなに長く使うことになるとは想像もしなかった、モノ。

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2010年7月20日 (火)

フトンジ

 いわば、間に合わせだった。
 とつぜん必要ができて、わたしはぽん、と家を飛びだした。
 ドコデ、ソレハ、カエルカ。ドコデ、ソレハ、カエルカ。
 と、口のなかで唱えながら、道の端(はた)を半分走る速度で歩いている。

 急ぐ勢いにつられ、書き損ねたが、ソレハのソレとは敷布(シーツ)である。時は、わたしが家に、まだ客用の寝具を持たなかったころだ。とつぜん泊まり客ができたが、夏のさなかのこと、敷き布団や夏掛けはこちらのをまわすとしても、せめて、敷布は清清(すがすが)しいものを用意しようと、走りでたわけだった。
 駅にほど近い大手のスーパーマーケットの2階へと駆け上がり、目的のモノをさがす。が、それが流行(はやり)でもあったのだろうか、過剰なモノばかりで、驚く。ドコデ、ソレハ、カエルカ、と唱えながらも、売り場がみつかりさえすれば、簡単な買いものだと高を括(くく)っていたのだったが。ならんだもののなかから、何でもない白の敷布を選べばすむはずだったが。
 ところが、そこに、何でもないのがない。花模様や縞、レースあしらい、色のもの、という具合に、売り場全体が咲き乱れている。咲くのはかまわないけれど、白無地というもっとも清楚で、もっとも何でもないモノを忘れてもらっては困る。間に合わせをねらって家を飛びだしてきたけれど、どうにも間に合わない。間に合わせ、一時しのぎという考えを、ひきはがされた思いもする。
 今し方駆け上がった2階から、とぼとぼ下りた足は、しかし、つぎの行き場を知っていた。この地の住人になってから、まだ一度か二度しか行ってみたことのない、裏通りの商店街だ。あそこにはたしか、古い布団屋があった……。

「ごめんください」
「いらっしゃい。何をお見せしましょうか」
 お見せしましょうか、とは、洗練された挨拶と、感心しいしいたしかめた相手は、人形、それも博多人形のようなきれいなおばあさんだった。襟元に1枚布(きれ)をかぶせた白ブラウスに、茶の柄のスカートというモダンな拵(こしら)えで、ことに、スカートの着慣れてモダンな様は、滅多には見ないほどのものだった。わたしの目がスカートに吸い寄せられたのに気づいたおばあさんは、「お目がいきましたね。おかしなスカートでございましょう? フトンジなんですよ」と云った。
「フトンジ。……ああ、布団地、ですか」
「ええ」 
 わたしは、敷布を買いに来たことも、急いでいることも忘れて、スカートに魅入っている。狐につままれたような気持ちもある。それくらい、好きなスカートだった。
 はっと我にかえって、「敷布を」とやっとのことで云えば、おばあさんは、こともなげに真っ白い敷布を、3種類ならべて見せる。
「この季節なら、こんな揚柳(ようりゅう)のものもありますけれど、通年お使いならば、この、何でもない木綿のシーツがよろしいでしょうね。何でもないと云うのは、基本的な、という意味ですが」
「その、基本的の、何でもないのをいただきます」

Photo_5

さき織りのバッグです。
底、持ち手は、何だと思いますか?

畳の縁(へり)です。
これをつくったのは、わたしの友人ですが、
その「手」を思い、
畳の縁の生まれ変わりを思い……。

デザイン:小林良一(スタジオGALA)
制作:藤堂真理(つくりっこの家)
             〈敬称略〉


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2010年7月13日 (火)

持たない生活① くるま

 まわりのつよいすすめもあったにはあった。
 が、何より自分自身が、そうするものだという風に思いこんで、挑んだのだ。資格というのにも、かすかなあこがれをもって。
 あれは、あれは、もう30年も前のことだ。仕事が終わってから、資格取得のため、せっせと自動車教習所に通ったというはなしである。
 なあんだ、と思われた読者も多かろう。なぜといって、自動車の運転免許を取得しているということ自体がめずらしいことではなく、ほとんどの家に自家用車がある時代だもの。

 わたしも、その昔はときどき自動車を運転した。そうしていて、ただの一度もたのしいと思ったことはなく、自分にふさわしくないことをしているという気にさせられてばかりいた。
 その、ふさわしくなさは、運転技術のことだったろうけれど、自分の気質が、この世の道路事情のなかでのくるまの操(あやつ)りに向かないことを、思い知らされつづけてきてのことでもある。
 たとえば。
 くるま同士、あるいはくるまとひとのあいだで、道を譲(ゆず)りあう場面がある。道の上では、ありがたさ、申しわけなさなど示す余裕もなく、また、交通の筋道から見ても、それより大事なことがあるわけなのだった。二の次、三の次のことに心をもっていかれやすいわたしは、運転しながら、どうにも割り切れぬものをもて余すようになっていく。本筋で生きていないのだな、わたしは……と情けなく思うこともしばしばだった。
 30歳代のなかばのある日、とつぜん、すっぱりくるまの運転はよそうという決心が宿った。その宿りが、自然なものだった証拠に、そのときわたしは、安堵に近いものを感じていたのである。そうして、決心したからには……、運転免許証を返上しなければ、と考えるまでになっていた。
 いろいろ調べてみると、免許は返上しなくとも、「更新」をしないままにしていればいいということのようだった。夫にだけは、決心を伝えたけれど、ほかへは黙っていた。
 とうとう、運転免許が流れてしまったとき、「ああ、これで、資格というものを一切持たぬ自分になったなあ」と思った。そんなもの、なくても平気さ、とは思わなかったが、ちっともない、すっかりもたない、というのも、なんだかわたしらしくていいじゃないか、という風な、馴染みの思考が顔をだしてきて、心細さを吹きはらった。

 それから何年かが過ぎて、夫とわたしとのあいだで、「自家用車、必要だろうか」という相談が持ち上がった。きっかけは……、思いだせない。思いだせないが、やはりとつぜん、気がついたのだった。当時住んでいたマンション敷地内の駐車場(を借りてまで)にとめていた自家用車、半年に3回しか乗っていなかったことに、だ。
 やれやれ、なんて貧乏ったらしい、とわたしは思い、夫も同じように考えたらしかった。ものを持たないことは少しも貧乏ったらしくないけれど、使わないものを持っているというのはまさしく貧乏ったらしいと、わたしには思える。
 しゅっとして細おもての黒いくるまには、愛着があったけれど、手放すことに決めた。千葉県の、あたらしい持ち主のもとに落ちついたという書類が届いたとき、くるまのしあわせと無事を祈った。
 その後、まる5年、自家用車を持たないで暮らした。
 ときどき、用途に合わせてくるまを借りることはあったが、年に10回を越えることはなかった。夫とときどき、「よかったんだよね」、「よかったんだよ」と話し合ったのは、黒いくるまがなつかしかったからでもあるけれど、夫の仕事にくるまが必要になっているのではないかと確かめる気持ちもあった。
 必要になるときがきた(いまから2年前のこと)。
 夫は、もう一度、くるまをもってもいいかなあ、とおそるおそる云ったものだ。わたしよりも、このひとの決心——自家用車をよすという——のほうが、ずっと切実だったんだなあ、と感じた。
「いいと思うね」

 夫ときたら、すごくおもしろいくるまをみつけだしてきて、それを連れて帰ってきた。そのおもしろさは、すごーくオンボロというのと、すごーく安いというのと。そして、いろいろ不思議な工夫がほどこされているというのもおもしろかった。これは、前にこのくるまに乗っていたひとが、このくるまをとても大事にしていたことを能弁に語っていた。そのことが、くるまを守っているらしい気配もある。
「オンボロだねえ」
「うん、9万キロ走っているからね。2年間の車検付きで15万円だったんだ」
「それ、安いの?」
「うん、安い。こんちき号(※)って云うんだ」
「そういう名前がついてたの?」
「さっき、ボクがつけた」   

 自家用車をよしたり、また持つことになったり、それがすごーくオンボロだったり、こんちき号という名前だったりするところ、じつに愉快。

※こんちき号
 この名の由来はコンティキ号(Kon-Tiki)。ノルウェーの人類学者で、探検家のトール・ヘイエルダール(1914-2002)は、古代のアメリカとポリネシアのあいだに交流があったという説を立証するため、大型の筏(いかだ)をつくった。この筏=コンティキ号は、古代においても入手できる材料のみを用いてつくられたのである。1947年4月、ペルーを出航、102日後にツアモツ諸島のラロイア環礁に達する。航海距離は4300マイル(およそ7000km)。

Photo
1階にある夫の仕事場と、
「こんちき号」を停めているスペースとは、
つながるともなくつながっています。
夫はときどき、ここで新聞を読んだり、
タバコをのんだり、考えごとをしている模様。
わたしも、やってみました。
「こんちき号」で読書、です。

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2010年7月 6日 (火)

はだし

「人生にも、梅雨のような時期があるのですね」
 という書き出しのお手紙だった。
 梅雨のように、とはどういう意味なのか、じめじめとした感じをさすのか、それとも、一度入ったら、明けるというそのときまで明けないことをさすのかと思いながら、先を読んだ。
 綴られたなかみは、こういうことだった。

 ことしのはじめに、2つちがいの姉とけんかをした。姉とは気心が知れており、おぼえている限り、けんからしいけんかをしたことなどなかった。それがどうしてけんかになったのか。
 あれよあれよという間にひきずられ、心づけば、気まずいお互いがそっぽを向いて、立っていた。

                            *

   けんかの原因、それは「はだし」なのです。昨年から保育園に通うよう
  になった長女(3歳)のはだしをめぐって。
   保育園では「はだし教育」というのを実践していて、子どもたちは通年、
  はだしで過すのです。
   はだしは、子どもたちの骨の発達、土踏まずの成長につながり、足裏を
  刺激することによって脳にもよい影響があるのだそうですね。
   子どもたちは1年じゅう、つまり寒い寒い冬にも、はだしで過します。  
  わたしも、はじめはびっくりしました。
   どんなに寒い日にも、はだしというのは、幼い子どもにとってどうなん
  だろう、と心配になって。でもわたしは、思いきって、ほんとに思いきっ
  て子どもをはだしで過させました。
   まわりの目というのが、思いのほかきびしかった……。これにもびっく
  りしました。年配の方たちからは「小さい子どもに、かわいそうじゃないか」
  と非難され、虐待の一種じゃないかとまで云われたこともあります。
   でもまさか、姉にまであんなにとがめられるとは。はじめは「おや」と
  思っても、それなら一丁やってみようと決めたわたしを、無条件に応援し
  てくれるものと思っていたのに。

                          *

 ああ、なるほど、と思った。
 すぐとは思いつかないまでも、それと似たようなことなら、いくつも経験したり、見聞きしてきたような気がする。いつもは仲のいい姉妹のあいだが、ふとねじれてしまったそのいきさつも、わたしにはなんだか容易に想像できる。

 それにしても、おもしろいのがはだしである。
 はだしはいいなあ、と、胸のなかで叫んだ矢先のお便りだった。ことしは、春先に、寒い日がつづいたので、くつしたを脱いでみてはまた履き、今度こそはだしに、と考えてまた、くつしたをさがし……というのをくり返した。しかし、やっと本格的にはだしの季節がめぐってきて、わたしは、はだしでいることのよろこびを、噛みしめていた。
 はだしになると、足の裏が、床の感触をじかにつかまえる。もう少し、さらっとしていてほしいなあと、最初に感じたのも足の裏だった。
 なかなかくつしたを手放せなかった——足放せなかっただろうか。うふふ——はだしの足の裏に報いるために、床をごしごし水拭きする。すると、もう、心地よくて、足の裏はうれし気にため息をつく。
 わたしも通年はだしで過せば、通年床拭きに励めるかもしれないが。
 せめてはだしでいる——おそらく10月まで——半年のあいだ、足裏を刺激して脳によい影響を与えるとしよう。

 さて、くだんのお手紙のむすびである。

                           *

   けれども梅雨は明けました。
   姉とは、仲直りいたしました。はだしのことは、もちろんわかってくれ、
  自分がどうかしていたと、云ってくれました。なんだか、けんかしたかっ
  たみたい、とも。そう云われてみると、わたしにも思い当たることがあり
  ます。けんかをしてみたいという思いは、わたしのなかにもあったのです。


1

ただいま、
「くつした雑巾」(水拭き用のくつした)の
試作をしています。
両足「これ」を履くのは、
ちょっとあぶないような気がするので、
片足ずつ履いて、床を拭くという考えです。
向かって右(a案)の「くつした雑巾」は、縫って、ひっくり
返しています。
ここまでしなくていいのではないかと思って、
左(b案)のを考案しました。
(わたしは考えただけで、試作は二女)。


Photo

ことしは、
「くつした雑巾b案」を改良して、
いろいろつくってみるつもりです。
写真は1枚ものですが、2枚重ねで縫うと、
頑丈になり、ごしごし拭けるところまで、
わかってきました(7月1日現在)。

段ボールは、型紙です。

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