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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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« 『見知らぬ妻へ』(浅田次郎著)  本のなかの暮らし〈9〉 | トップページ | のびちぢみ その2 »

2010年10月 5日 (火)

のびちぢみ その1

 9月のある日、うちのなかの、ひとつのひきだしがからっぽになった。

 そのひきだしは、出し入れ頻繁(ひんぱん)、しかも決して小さくはないひきだしだ。「あら、からっぽ」と気づいたときには、だから……、とても驚いた。
 それは、末の子どもの「やがて身につけるであろうモノ」をしまう、ひきだし。この子が、うちにやってくるとわかったとき、つくった場所だ。ふたりの姉のおさがりだけではなしに、友人たちからのモノ、先を見越しての頂戴物を、ここへしまった。
 おむつカバーや、産着、帽子手袋の類から、よそいきのワンピース、はたまた、「これを着るのなんかは、まだまだ10年から先の話だわ」という衣類まで、このひきだしにはつねにぎっしりモノがつまっていた。
 ことし9月、ジャージの上下をもとめてこのひきだしを引いたところ、そこにはもう、ジャージしかない。
 それをとり出すと、ひきだしはからっぽになった。
 思わず、とり出したジャージをまるめて、両腕に包んだ。ついこのあいだ、このくらいの大きさだった末の子どもが……という感傷がこみ上げた。不覚にもそういう気持ちがゆらり立つほどの、からっぽぶりだった。

 若いころ、中高年の生活に関する仕事をしたことがある。思えば、ずいぶん方方(ほうぼう)施設や病院を取材し、年を重ねたおひとに会った。年を重ねた存在を、高齢者と呼ぶのがよいか、老人と呼ぶのがよいか、迷った揚げ句、できるだけ括(くく)った呼び方をしないことに決めた。しかし、必要なときには、高齢者と書くことにした。
 この取材は、1冊にまとまっている(※1)。「介護保険」がスタートする数年前のことで、だいぶ古い話をしているが、読み返してみると、自分の仕事と暮らしの原点が、ほの見える(とはいえ、自書を読み返すのは、かなり手に汗握る冒険である。勇気をふるって、ところどころ……読んだのだ)。
 この本を書きながら、これだけは忘れないでおこうと、胸に刻んだことばがある。
「のびちぢみ」ということば。
 お話を聞いたM氏は、こころ豊かな、愉快な視点をもつ「理学療法士」(※2)だった。過去、仕事上で遭遇した事故が、その豊かさと、愉快な視点をつくっていると思われたけれど、ここでは省略する。
「家は固定したものでない、と考えるといいと思いますよ」とM氏は云った。
 ごく手短に云うなら、こういうことである。
 ふたりで生活をはじめたところに、子どもができて家族がふくらみ、こんどはその子どもたちがそれぞれ独立して、またもとのふたりに戻る。
 M氏の考えは、家族が「のびちぢみ」するのに合わせて、家ものびちぢみしなければ……というものだ。
 これはもちろん、ふたりの生活には、台所と居間兼食堂、それにトイレと浴室といった、ごくコンパクトな居住空間だけで足りてしまう、というような住まい方の話。けれどそれだけではなく、意識の話だとわたしは、思った。

 末の子どもの「やがて身につけるであろうモノ」をしまうひきだしが、不要になったとき——不要になったのは、成長して、これから先身長がのび、足が大きくなったとしても、赤ん坊の時代から今日までのような著しい変化はなく、先を見越したおさがりもなくなったからだ——「ちぢみはじめ」だと感じた。
「ちぢみはじめ」に立ったそこでは、さみしさといった感傷は湧かず、自分がそれを認識できたことへのよろこびだけがあった。

 ちゃぶ台ひとつで暮らしはじめたころを、思ってみている。さっぱりとしていただけでなく、それは、うつくしいと呼んでよい佇まいだった。
 さて、あのあたりに戻れるだろうか。

※1『老後を楽しく暮らす家』(建築資料研究社)
※2理学療法(士) 物理療法(士)ともいう。電気、温熱、水などを用いる物理的な手段による治療法。理学療法士=略称PT。身体に障碍をきたしたひとの動作能力の回復をはかるため、治療体操やマッサージなどの医学的リハビリテーションを行なうひと。


Photo_2

ちゃぶ台も、だいぶ古びてきました。
大きさを測ってみたら、昔のまんまの
直径80cm。
「昔のまんま」は、あたりまえですね……。

|

コメント

おまきさん

おまきさんの人生の「ちぢみ」は、
おまきさんの想像をはるかに
超えたものになるでしょうね。

「彼」が、ちゃんと道をつけてくれますよ、ね。

それをたのしみにしています。


投稿: ふ | 2010年10月11日 (月) 21時05分

ふみこさま、みなさま。

先日はwasuregusaさんのご感想を頂きありがとうございました。
みなさんのいろんな想いが、伝わってくるこちらのブログは、私にとって大切な学びの場、気づきの場です。

まだちぢみに気づかない我が家です。ぐんぐん伸びているけれどもまだまだ無邪気さがそこかしこにちらばっています。
もうこの辺で止まってほしいのですが、待ってくれません。

ホームとしてはちぢみはまだ先ですが、私個人としては納めていくことも意識しています。前回のお話ともかかわってもきますね。
ちぢみたくないと思うのか、ちぢめていこうと思えるか。

よしもうちょっと欲張ってから、ちぢみに向かおう。おう、決意の場でもありますね、こちらは。

投稿: おまき | 2010年10月11日 (月) 20時00分

仙台のじゅんこさん

こころのちぢみを、
宇宙からもどった「彼」が
救うなんて……。
なんて、なんてすごいじゅんこさんでしょう。

「対人関係」のこんがらかりは、
無理していることでおきることも
少なくない……。
じゅんこさんは、じゅんこさんですもの。
無理しないでくださいね。
(まあ、無理しなくちゃならないことも、
あるのですけれど、ね)。

いいなあ……宇宙食。

投稿: ふ | 2010年10月11日 (月) 06時57分

がーねっとBeeさん

そうなんですよね。
持っていることでめんどうになったり、
芳しくないことになったりしていることが、
あります。

気づかないで、ずっとつづけているけれど。

想像力も必要だなあと、
思わされます。
のびちぢみにも。

投稿: ふ | 2010年10月11日 (月) 06時53分

いとうさん

よくわかります、お話。

「しっくり」しない時期というのも、
大事なんだと思います。
通るべき道なんだろうとも思うし、
「気づき」の機会でもあるんだろうとも
思うし。

わたしもね、
「しっくり」しないままなのかなあ、と
考えることがあります。

いとうさんのおたよりのおかげで、
ちょっと荷物が軽くなったような気がします。
ともに行く、お互いだなあ、と思って、です。

投稿: ふ | 2010年10月11日 (月) 06時50分

wasuregusa さん

わたしも、ときどき、
高峰秀子さんを思います。
人生の節目節目で、
潔い選択をされるのを、まぶしく
眺めて……。

ご著書もたくさんありますよね。
また、読んでみようと思います。

投稿: ふ | 2010年10月11日 (月) 06時47分

山本ふみこ様 皆様 こんばんは☆

ふみこさんが仰る意味とは全く逆の意味で、ちぢんでいました…心が。

対人関係の悩み、少しは遠くなったかなと安心していた矢先の展開に、ジタバタしないで時を待とうと決めて…少しずつ自分が小さくなっていくのがわかりました。
ため息が増えて、息苦しいことにも気づきました。


そんな時に、彼が仙台にやってきたのです!
「はやぶさ」!もちろん模型です。原寸大の。
東北大学へ家族三人で見に行きました。
彼を見た瞬間!びょ~ん!!と伸びたんです!
心と背中が!一気に心拍数が上がりました!

人間ってすごいです(ToT)
そして私も人間でした。


お土産は娘が選んだ宇宙食。缶詰パンとタコヤキ!こんな手軽に宇宙食が買えるなんて。
確かに宇宙は近くなっているようです☆

投稿: 仙台のじゅんこ | 2010年10月10日 (日) 22時46分

 ふみこさん、皆さんこんにちわ^^
 我が家も、どんどん「縮んでいく」傾向にあるようです。
 この夏、持ち家に戻りましたが、6年前はもっと「ゴテゴテ」でした。
 リビングのテレビ用のサイドボードがあったのですが、今にして思えば、掃除が大変で、あれば余計なモノを置いてしまい、かえって面倒な存在だったなあと思います。(今、テレビを置いているのは、カラーBOXを横置きにしたもの。もう、これで十分。)
 家(マンションなのでひと部屋)を箱に見立て、振ったら「ガラガラ…」と、音を立てるような。
 今も、「あれもいらない、これも多過ぎ!」を見つけています。
 自称「捨て捨てかあちゃん」です…^^;
 息子のモノも、しだいに余計なモノがなくなっていますね。
 もっと小さい時は、我々親達が「とりあえず与えてみていた」時期で、何でもかんでもがありましたが、今は息子の興味がそこそこ固定されているし(服も着心地、デザインなどにこだわり、好みがあります、一応)、「欲しいモノがあれば満足!」。
 これも、息子の成長の一端で、またふくらむかも知れませんが。
 私も、「本当に心地いい」をもとめるうち、「ちぢめていく」生活の楽しさがわかってきました。
 キッチンの三角コーナーと、プラスチックの洗い物を入れていたカゴ(受け皿が付いていた)も「よくよく見れば不衛生で面倒だなあ…。」と思って処分してみたら、余計な仕事が減って楽ちんでした。
 ショッピング・バッグをつかうようになったら、今度はレジ袋の代わりに新聞紙を活用する事を覚え、ポリ袋もだいぶなくなりました。
 ふくらますもちぢめるも、きっとその人その人次第なんですね。

投稿: がーねっとBee | 2010年10月10日 (日) 10時53分

お久しぶりです。
ふみこさん。

のびてちぢんで・・・。
実は父親と最近しっくりせず・・・

最近、お互い生活パターンが変わってきたため
『お互いがちょうどしっくりする場所を探しているような感じ』でしっくりしません。

母曰く
「あなたがしっくりするよう動けばいいのよ。」とのこと。
しっくりするよう、動いてみます。

母とはしっくりしてるんですが・・・。

これからも、のびたりちぢんだり、いろんな形に変化してくんでしょうね。

また、きます。
私もふみこさんもみなさんも、楽しい秋となりますように!

投稿: いとう | 2010年10月 8日 (金) 23時05分

こんにちは。今日はこちらは雨降りです。おじゃまいたします。

ふみこさま、ごめんなさい。先回のわたしの書き入れ、HNが大文字表記になっていることに今頃気づきました。何かがへんね、とボンヤリ思っていたのですが。粗忽ものです。

自分で書いた大文字のHNを見て、こどもの大の字を思い出しました。自己主張の手段として、所かまわず大の字になる子でした。手こずりました。不穏な空気を感じると、わたしはいつも心の中で腕まくりをしました。「さあ、ひと勝負。」と。

ところがそのうち、この腕まくりが肩すかしをくらうようになり、押した暖簾は向こうへ抜けるようになりました。こちらの腕まくりのクセはなかなか治らないのに、こどもはあっさり、すこし先へ進んでいったようでした。

これ、「のびちぢみ」とは違いますね。ごめんなさい。

『老後を楽しく暮らす家』。ふみこさまのお名前を知った頃に図書館で借りました。たしかあのときは、『家族のさじかげん』と二冊。こういう備えをこころのすみでしていこうと思いました。実は『老後を…』のご本、出版社の名前を見たときに少し面くらったのですが。

建築の世界では、「ダウンサイジング」という言葉を使うのでしょうか。女優の高峰秀子さんが、お住まいを少し小さくされたと何かで読んで、「ああ、素敵」そう思ったのでした。

粗忽ものだけれど、気持の弾力は忘れないようにしようと思っています。(こういうと言い訳めいていけませんが。)ああ、でも、「弾力」なんていう言葉より、「のびちぢみ」の方がしっくりします。今日からは「のびちぢみ」で。パンツのゴムをのばしたりちぢめるジェスチャーつきで。のびちぢみ。のびちぢみ。そうやって心にとめます。ありがとうございます。

投稿: wasuregusa | 2010年10月 8日 (金) 11時15分

あいあいさん

そういえば。
中学1年になる末の子ども、
まだ奥歯が抜けています(乳歯)。

最終的に、
自分で「えいっ」とか云って、
ひっぱって抜いている様子は、
まったくのところ……。
感傷が湧く間もないようなありさまです。

佳いきょうを。


投稿: ふ | 2010年10月 8日 (金) 05時09分

子供の成長に、私も喜びと、ちょっぴりの寂しさを感じていました。

一番上の子の歯が抜けました。
その歯が生え出した頃を思い出し、毎夜毎夜、その歯を磨き続けたなぁ、とか。。そして同じ場所の歯が末娘に生えてきています。

おむつカバーや、洋服がどんどん合わなくなって、我が家も少しずつですが、引き出しが縮んでいっています。
縮みつつ、思い出が凝縮された宝。
私のお腹は、なかなか縮みませんが。。

投稿: あいあい | 2010年10月 7日 (木) 20時38分

焼き海苔の、の さん

わたしね、
暮らしはおもしろくちぢめていきたいと
希っていますが、
精神的には、のびていきたい、です。

4cmには、かないませんが……。


投稿: ふ | 2010年10月 7日 (木) 10時26分

ふみこさま

そうだなぁと思います。
自分も当時の父母や祖父母にとっては、”のびていく”存在だったんですね。
そして、祖父母が亡くなって、子どもは独立し、今は父母ふたりの生活。

今は我が家もこどもがまさに伸びていく時期ですが、
(4月から9月で4㎝も身長が伸びた!)
うれしいと同時に、もう少し小さいままでいて!と勝手な思いを持ったりしています。

投稿: 焼海苔の の | 2010年10月 7日 (木) 09時29分

ももさん

尊い時間のなかから……
おたよりを、どうもありがとうございます。

あと何回、お茶やコーヒーを……というくだりを
読んで、こういう感じ方が、
わたしの憧れだなあと、思いました。

どうかどうか、
佳き日日を。

そしてまた、いらしてください。

投稿: ふ | 2010年10月 7日 (木) 05時33分

ふみこさま

 「のびて…、ちぢんで…」 
 我が家はまさしく、そのようです。
 2番目が産まれてまもなく、同居していた主人の祖父が…、
 3番目が産まれてまもなく、同居していた主人の祖母が…、
 そして、今、4番目が産まれて7ヶ月目に、同じく同居している主人の父が逝こうとしています…。

 のびては、ちぢんでを繰り返している家族だなぁと思い直していました。
 
 親を「見送る」ことは、初めてなので、
 私は、どんなふうに見送ることができるだろうか…と、
 考えても仕方のないことを考えてしまったりしています。
 ふみこさんの「わたしの葬儀」を読み始めました。
 間もなくくるであろう、父の葬儀を思い浮かべながら…。
 順番を考えると、当たり前のことなのですが、
 まだまだこれからという父の年齢を考えると、
 感傷的になってしまったりします。
 父、本人も、まだもう少しと思っているようなので、なおさら。
 
 あと何回、お茶屋コーヒーを入れてあげられるだろう?などと思いながら、
 過ごしています。

 もう少しで、またちぢむ我が家です。

 こうして、「のびたり…、ちぢんだり…」
 ゆっくりと過ぎてゆくのですね。

 「のびて…、ちぢんで…」
 なるほどなぁ、でした…。

 またしても、ありがとうございます。

 寒くなってきました、ふみこさま、みなさま、どうぞご自愛ください。

 では、またぁ
 

投稿: もも | 2010年10月 6日 (水) 22時15分

寧楽さん

持ち方は、生き方をあらわしますものねえ。
ときどき、自分の選びに、ぎょっとさせられます。

こころの有りようなんでしょうか、
たまに……、
へんなモノを、平気でふやしています。

投稿: ふ | 2010年10月 6日 (水) 16時57分

のんさん

晴れ晴れとした運動会をむかえられたこと、
おめでとうございます。

そういうこと、「恙なく」とか云いますけれど、
それどころじゃないと、思えます。
ほんとうに、「奇跡」のような。

お忙しいことがつづきますが、
どうか、「奇跡」のなかをくいくいっと
泳いでくださいね。

投稿: ふ | 2010年10月 6日 (水) 16時55分

ふみこさま

「暮らしを考える講座」
で学んでいるようです

実家も両親だけになり
空間がありすぎ、
もて余し気味です。

衣替えの季節
まずは身の回りから
はじめましょうか!

子供たちの小さい頃の
いろんなもの。

お宮参りの着物と
絵本を残し、あとは
すべて縁あるところへ
貰っていただきましたが
今からのモノも
考えて持たなければ!

投稿: 寧楽 | 2010年10月 6日 (水) 15時09分

ふみこさま
のびちぢみ ・・・ 言いえて妙と思います。
「家族ののびちぢみ」 なるほど、です。
うちは もうしばらくのびていくのですが、
もう 折り返し点は見えている感じです。
その時に ふみこさんのように 
感傷ではなく喜びを感じることができるかなぁ・・・
なんて 余計な心配しないで、毎日楽しく(おもしろがって)
暮らしていくことですよね。

* つい先々週末、末の息子の運動会で
  小学校の運動会もこれが最後 と思ったところです。
  そういえば、ジーンとくるより・・・晴れ晴れした気分でした。
  しばらく、最後の音楽会、マラソン大会・・・と続きます。

投稿: のん | 2010年10月 6日 (水) 10時07分

しょうさん

これから、のびていくというわけですね。

徒にのびず……、
堅実に、しょうさんの家らしく
のびていきますように。

まわりにまどわされると、
一瞬で「そのうちらしさ」が
消えることもあります。

ふと、
ひとと比べるような一瞬を
たびたび、つかれたものです、わたし。

投稿: ふ | 2010年10月 6日 (水) 05時53分

ゆるりんりんさん

「すうっとした感じ」
というのが、いいなあ、
素敵だなあ、と思いました。

そういう感じ方のなかで、
よく(おもしろく)、
ちぢんでいくのだろうなあ、と。

佳いきょうを。

投稿: ふ | 2010年10月 6日 (水) 05時51分

マドレーヌさん

ほんとうにね。

思いのほか、ね。

いろいろの「思いのほか」を実感する
きょうこのごろです。

投稿: ふ | 2010年10月 6日 (水) 05時49分

ふみこさま

胸がきゅっとなりました。子供の成長には喜びと切なさが寄り添っていますね。

ちぢむことが目に見えてわかることは、あわただしく流れていく日常で、「変わり目だよ」と囁かれるようなかんじですね。大人になると入学や進級や卒業やらがないから、意識しないといけませんね。
うちの娘はまだ2歳。そういう親としての時間の流れは、まだまだスタートラインでうろうろしているかんじです。

投稿: しょう | 2010年10月 6日 (水) 00時17分

ふみこ様

わたしの暮らしもちぢみ始めています。
子供たちがもうすぐ独立していけそう
という感謝の気持ちと
これまでとはちがった暮らしを
創り始める時期なんだなあという
すうっとした感じがしています。

投稿: ゆるりんりん | 2010年10月 5日 (火) 18時31分

ふみこさま

子どもは思いのほか早い速度で成長してゆきますね。
実感する日々です。
自分もそうだったのだなぁ~と改めて思い知りました。(^-^)

投稿: マドレーヌ | 2010年10月 5日 (火) 11時05分

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