『色の手帖』 本のなかの暮らし〈11〉
朽葉(くちば)
落ち葉のような色。▷くすんだ赤みの黄。▶近世以降の「茶」に相当するもので、「赤朽葉」のほかに、黄色みの「黄朽葉」があった。
*「源氏物語」〈紫式部〉—野分「いときよらなるくちはのうすもの、いまやう色の二なく打ちたるなど、ひきちらしたまへり」(11世紀前)
*「偸盗」〈芥川龍之介〉「十七八の若侍で、これは、朽葉色の水干に黒鞘の太刀を横たへたのが」(1917)
*「埋葬」〈立原正秋〉「朽葉色の琉球紬に洗い髪の姿が私には眩しかった」 (1971)
『色の手帖——色見本と文献例とでつづる色名ガイド』
(小学館/編集=尚学図書・言語研究所)
わたしの書架には、いろいろの本がある。数は、多くない。どうしても手もとに置きたいものと、置く必要のあるもののほかは、読んだあとすぐとひとに譲ったり、古書店に運んでしまうからだ。
小説、随筆、児童書、ヤングアダルト、歴史書、評論、料理書、図録そのほか、ほんとうにさまざま。本の、ジャンルというのだろう、これは。そうして、小説ひとつとっても、これを細かく分けてみせる方法がある。純文学とエンターテイメントという具合に。そしてエンターテイメントをまた……。
ジャンル分けには用心している。誤解をおそれず云うなら、ジャンルは考えないようにしている。読者として考えたいのは、自分がどのように読んだか、ということに尽きると考えているからだ。もっと云えば、そのときの自分がどのように読むことができるかということになるだろう。
その意味で、ひたすらに「読んでいくと」、驚くような場面で、作品やことばの輝きに触れることができる。子どもたちの作文や詩、商品に添えられた説明書、ひとが話す数行のならび、たより(ここへ届く皆さんからの「コメント」も)などに、それはたしかにあらわれる。
つい、理屈をこねくりまわしてしまった。わたしのなかにある、ジャンル分け、分類を踏み越えて、ただひたすらに相手と向きあいたい思いは、時としておさえ難く、胸のなかにひろがる。あるときは、哀しみをともなって。
『色の手帖』を思いだせたことが、うれしい。
ある色に接し、(この色は何だろうか)と思うことができ、さらに書架に手をのばしてこの本を引きだして、目の奥にのこる色に近いものをさがすということのできるときは、わたしはちょっと……澄んでいる。澄むなどと、驕(おご)った云い方かもしれないけれど、ものを見ようとする胸のここに、対象をそっと尋ねる気持ち、不思議がる気持ちがあるという意味だ。
きょうまた、ひとつの色をこの本のなかにさがした。
間もなく師走がやってこようというなか、いまなお咲きつづけている朝顔の花の色。朝、勿忘草色(わすれなぐさいろ)に咲くけれど、夕方には、殷紅色(あんこうしょく)に変わる。花は、寒くなるにつれ、翌日のひと日咲きつづけるようになったが、そのときには、殷紅色がもう少し赤みを増す。この色は『色の手帖』にはみつからないが、紫と紅のあいだに、たしかに在る色だ。
この本には、色の説明とともに、その色の登場するさまざまな文献が引用されている。それがまた、なんともいえず、おもしろい。そういうわけで、これまで何度も、この本をひとに贈ってきた。
若い日、ひとりの友人から、色覚の一部に障碍のあることを打ち明けられたことがある。「日常生活に支障はないんだけどね、ときどき、色というものは、自分が見ているのより、ずっと複雑で豊かなんだろうなあ、という気のすることがある」と、そのひとは云った。わたしは、うんと考えた末、この本を、『色の手帖』を、彼女にも贈ったのだった。
『色の手帖』です。
写真のこの本は、
20年以上も前の古いもの(昭和61年初版)。
現在は、『新版 色の手帖』が出ています。
きょうみつけた、
もっともうつくしい「色」は、これです。
銀杏(いちょう)。
緑黄色(りょくおうしょく)とか、
カナリヤ色とか、そういう色だろうかなあ、と
『色の手帖』を眺めながら、思うのです。
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コメント
ryouさん
りょうさん
はじめまして。
漬けもの器のことですが……。
あれは、友人の伯父さまの作品なのです。
日曜陶芸家の。
あのころは(10年くらい前)、
漬けもの器、
あまり種類がなかったのでしたが、
いまは、いろいろ出ています。
お気に入りが、みつかりますように。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 7日 (火) 09時37分
初めまして。先日ふみこさんの本のなかでお気に入りの漬物器写真つきで載っていたのを拝見したのですが、どこのメーカーでいくらぐらいでどこで買われたのかお聞きしたいのですが、教えていただけませんでしょうか?お願いします。一ファンです。
投稿: りょう | 2010年12月 7日 (火) 07時24分
はじめまして 先日ふみこさんの本読んだ中で、お気に入りの漬物器写真つきで載ってたのですがどこのメーカーでどこで買われたのかお聞きしたいのですが教えていただけませんか?同じものがほしいのですが・・・
投稿: ryou | 2010年12月 7日 (火) 07時04分
おまきさん
誕生日祝いのメッセージ、
うれしく……。
「五感や六感は、
重なるようにあるのだなあ」も、
プレゼントとして、頂戴します。
どうもありがとうございました。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 5日 (日) 11時05分
ふみこさま
好きな色は? ってよく小中学生の頃は、自分のプロフィールの中に入れていました。今あまり「好きな色は?」って話題にはなりません。
青い服を好みます。私は青系がすきなんだなとその時に思います。安心するのですね。
だから青い色を表す漢字が好きです。
この前息子がお世話になっている方の名前が藍さんであることを知り、なんか羨ましくなったりして。
色と音の話は、息子関連の本を読む中で、ギタリストの方が「この音は木の色」など表現しているのを知り、
五感や六感は、重なるようにあるのだなあと、思いました。
おそくなりましたが、お誕生日おめでとうございます。
お健やかな一年でありますように。
投稿: おまき | 2010年12月 4日 (土) 21時07分
大野さん
どうもありがとうございます。
大きな山を、またひとつ超えられて。
わたしたちも、勇気を得ました。
ゆかちゃんタクシーも、コロッケも、
うらやましくて、いえ、そんなことより、
胸のなかが明るく照らされます。
いまのわたしの気持ちはね、
「ばんざーい」です。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 4日 (土) 08時34分
山本さん
大野です
月曜日は“祈り”を ありがとうございました。
二つ目のお返事もありがとう。
ふぬけになっていましたが
今日の夕方くらいから
元気がでてきました。
あのあと高松に帰ったら
ゆかちゃんタクシーが待ってくれていました。
まだあたたかいコロッケを沢山 助手席に
のせて・・・・。
ふみこさん、今回のこの本、
お友達に贈られたお話、すごく、いいです。
どんな風に書いたらいいかわからないけど。
わかります、とも違うんだけど・・・
あと、一月に奈良で皆さんと
会われること、とっても嬉しくてワクワクします。
じわじわっと涙が出そうなくらいです。
投稿: 大野 | 2010年12月 3日 (金) 23時19分
焼き海苔の の さん
音と色のつながりを、
年を経るごと、
ひとは忘れてしまうのでしょうか。
……ずっと憶えていてね、
という気持ちです。
高尾山。
どうか、
天狗さんによろしくお伝えくださいね。
いい登山の1日を。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 3日 (金) 15時44分
ふみこさま
娘がもっと小さかった時に、ピアノの鍵盤をたたいて遊びながら、
一番右の白鍵の音を出して、「これはうすい音、うすーいピンクみたい」
一番左の白鍵の音を出して、「これは濃い音、こーいむらさきみたい」と言いました。
その時の彼女の頭の中は、色がまさに”音色”、色がついていたということですね。
週末は、また高尾山と城山を歩いて、紅葉の終わりのいろいろな色を楽しんできます。
投稿: 焼海苔の の | 2010年12月 3日 (金) 15時04分
しょうさん
この季節に、いい読書をなさいましたね。
冬眠からはやばや、
目覚めてしまうムーミントロールの
とまどいと、冒険心と、
やさしさと。
わたしも、ついこのあいだ、
同じ本から冬を過す勇気のようなものを
もらいました。
佳い師走を。
澄んだ……。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 3日 (金) 11時31分
ふみこさま、みなさま
こんにちは。東京は暖かい雨です。
「色の手帖」。「図鑑」じゃないところがかわいらしいですね。
たしかに、そういうものに手が伸びる状態、澄んでいる、といえるかもしれません。
わたしも、静かな、波のたたない湖みたいな状態になるとき、とても自分が好きになります(…なかなかないんですけど、ね)。
こちらの影響で「ムーミン谷の冬」を読みました。ムーミン、読んだことがなかったんですけど、ムーミンのことを愛する人の気持ちがわかりました。たくさんたくさん、素敵な言葉や気持ちを受け取ることができました。
おしゃまさんの「どんなことでも、じぶんで見つけ出さなきゃいけないものよ。そうして、じぶんひとりで、それをのりこえるんだわ。」とか。
師走に入りましたが、澄んだ気持ちのままで参りたいものですね!
投稿: しょう | 2010年12月 3日 (金) 10時16分
どりすさん
いいお話をどうおありがとうございます。
色の不思議。
本との出合いの不思議。
見ることの、不思議も。
忘れていたけれど、
くっと胸に迫るようです。
やさしい師走を。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 2日 (木) 05時46分
なんて嬉しい♪♪
「色の手帖」・・・ずっと絵が大好きで進んできた道に
私にとって心強い相棒のような本です。
色は楽しい。 漢字の美しさが映える色の名前は愛おしいです。
本も楽しい出逢いですね。
ほとんど本を読まなくなった母が、ふみこさまのエッセイが掲載された
新聞を綴って、そこだけは確かに読んでいるのを知った時は
何故だかホッとして、嬉しかったです。
ひとつの色、ひとつの言葉。
目の見えなくなった叔母に、新しい色を伝える時、この本は
頼もしいみかたです^^
よい師走になりそうです。
投稿: どりす | 2010年12月 1日 (水) 23時02分
ぽんぽんさん
あたらしい歌。
いいですねえ。
音でいっぱいなんでしょうね、
想さんの世界。
どうもありがとうございました。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 16時29分
ふみこ様
こんにちは
エヘッ(*^.^*)歌ってましたよ〜
聞こえましたか!うれしいな!
調子に乗って、想の新曲も。
「わたしに憧れをいっぱいつめるんだ〜
わたしがわたしにいられるからぁ〜」…だそうです。
オソマツでした。(>_<)
投稿: ぽんぽん | 2010年12月 1日 (水) 10時34分
あいあいさん
「色」って、深いんだなあ、と
あいあいさんのおたよりを拝読して、
思わされています。
ものがたりあり。
思い出あり。
共感あり。
楽しい師走を。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 08時26分
テレジアさん
この本があるだけで、
「色」と親しくなったような気が。
ほんとうは、
わあ、素敵。
ということに尽きるのですけれど。
テレジアさんの好きな色のような過ごし方が
できますように、師走。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 08時23分
CITRON さん
ありがたい贈りものをいただいた思いです。
まったく、わたしのことではないようではありながら。
おこころ、うれしく。
いま、葉っぱがさかんに
語っています。
道の上で、何度も立ちどまり。
幸福に包まれます。
「色」をおしえてくれる、
せんせいでもありますね。
佳い12月を。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 08時21分
寧楽さん
色をさがす。
これは、たのしい旅ですね。
まさに……旅。
お志にかなった12月を。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 08時17分
Kouji さん
ひとのなかには、
ほんとうに、そのときどきの「色」が
存在しますね。
その色は、
目に見えている色とはことなるような
気もしてきます。
色という概念も、
色の名も、みんなひとが
決めたことなのですし。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 08時15分
ゆるりんりんさん
朝顔、今朝も6つ咲きました。
白はもう咲かず、青の時代です。
かわかしてリースですね。
そうしましょう、わたしも。
クリスマスまで咲いているかもしれませんが。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 08時12分
ぽんぽんさん
歌ってくださったでしょう、
うれしいです。
誕生日は、30日ではありませんが、
わたしね、
誕生日の前後1か月は、
誕生日のエキス(?)、気配(?)、
魔法(?)が存在すると信じているんです。
ぽんぽんさんの歌が聞こえたのも、
そういう魔法のひとつです。
佳い12月を。
ふ
投稿: ふ | 2010年12月 1日 (水) 07時52分
すてきー!すてきな本ですね!
色の表現力。
「この葉っぱと、こっちの葉っぱを混ぜたような色」
そんな会話を子供としていたのですが、「色」の名前、きっと子供たちにも伝えたいな、と思いました。
日本人のこの感覚、ありがたいものですね!
そして、ふみこさんの感覚!だいすきです!
投稿: あいあい | 2010年11月30日 (火) 21時33分
私もふみこさんと同じ「色の手帖」持っています。当時の恋人だった人に
クリスマスプレゼントとして買ってもらったものです。
新しいものがほしいな~と思うのですが、値段が高いので我慢。
この間この本を娘に見せました。興味津々でした。
私は色彩音痴なのですけど、見ていて嬉しいし、楽しいので、時折手にとって見ます。
投稿: テレジア | 2010年11月30日 (火) 15時21分
ふみこ様
毎回、楽しみに楽しみに、読ませていただいています。
ふみこさんの読書に対する考え方、とても共感できます。
”その時の自分がどのように読むことができるか”。。本当に
このことに尽きると思います。
私の書架には、いくつかの分野で、広く深い知恵、知識を与えてくださる、
先生が何人もおられます。こころに響いて出会った先生=本です。
もちろん、ふみこ先生もそのおひとり。
心の軸がぶれそうになったとき、日々の暮らしが
重くなったとき、そんなときは、ふみこ先生の出番です。
深呼吸して、丁寧に、もういちど。。。そんな気持ちになります。
私が読んでいるのに、なんだか、だまって聞いて
うけとめてもらっているような感覚になる。それが私にとっての
ふみこ先生、そしてご著書です。
これからもずっと応援しています。
奈良のフォーラムでお目にかかれることを、いまから
心待ちにしています。
♪お誕生日おめでとうございます♪
P.S.日に透けた、銀杏の黄緑のグラデーションが大好きです。
”もりのかくれんぼう”という絵本を思い出しました。
投稿: CITRON | 2010年11月30日 (火) 14時27分
ふみこさま
お誕生日おめでとう
ございます。
佳い一年でありますように。
古い家に生まれ育った
せいか、ギラギラと
した色の洪水は苦手です
独身のころ、出入りの
呉服屋さんに
「染司 よしおか」さん
の工房に連れて行って
もらったことが
あります。
何色って表せない、
(知らなかっただけ)
優しい色に目を
奪われた覚えがあります
鈍色、鶸色、鴇色
引き込まれました。
この本、探してみます
投稿: 寧楽 | 2010年11月30日 (火) 13時37分
ふみこさま、みなさま、こんにちは。
「障碍」ということば、たいていいまは「害」をあてます。その経緯、そして有識者といわれるひとたちの集いで本字になおすかどうか、どうやらなおさない方向にむかっているらしい様子。きっとそれは、単純に書きやすいおぼえやすいから、という理由からだとおもうのですが、でもそれだけで済まされないものがことばの力にはあって。
また、三宮 麻由子さん、梯 剛之さん、辻井伸行さん方の活躍を拝見するたび、たしかに視覚としてはとられられないのだろうけれど、その他の感覚で豊かに細やかに物事を受容されているのだろうなとかんじさせられます。
ひとにも、またその1人のなかにも、いろいろな色がありますね。
投稿: Kouji | 2010年11月30日 (火) 13時27分
ふみこ様
わたしも色辞典持っています。
「日本の色辞典」と「源氏物語の色辞典」
どちらも吉岡幸雄さんのものです。
見ているだけで頭の中はレインボーです。
うちの朝顔は咲き終わりました。
種をつるにのこしたまま
少しかわかしてリースにしました。
赤いリボンを一つつけておめかし。
地味ですが嬉しいです。
投稿: ゆるりんりん | 2010年11月30日 (火) 12時37分
ふみこ様
こんにちは
そして…HAPPY HAPPY BIRTHDAY TO YOU !
(今日でなかったら…ごめんなさい…)
これからの日々も、その澄んだ心持ちで暮らしを愉しまれることと思います。
なにより、ふみこ様が心地いいと思う日々でありますように!
ただただ、それだけを一ファン?一読者?としてはお祈りしています。
また新たなよい本を教えて頂いてありがとうございました。
投稿: ぽんぽん | 2010年11月30日 (火) 10時45分