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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2010年11月16日 (火)

変わり者たち

 膝上何センチというスカートのときは、やけにスースーした——ズボンばかり履いているから——し、肩パットの入った上着のときは、肩がいかって「鉄人28号」になったような気がした。友人たちには、アナタに必要なのは、肩パットじゃなくて胸パットよね、と云って笑われるしまつ。
 若いころの流行の話なのだ。ふり返ると、あそこらあたりからゆっくり時間をかけてはみ出してきたような気がしている。流行のことばかりではなく、わたしというひとの有りようについても、だ。そして、とうとうある日、自分のことを「変わり者」と思うことにしようっと、と決めたのだった。

「変わり者」とは、性質や言動が普通とはちがったひと。変人奇人のことである(参考/岩波・広辞苑)。ほんとうは、わたしという自分をずっと生きてきているわたしには、自分が変わり者だとは思えない。それはまあ、自分を中心に見立てての話のすすめ方であるにしても、だ。しかし、それじゃあ「普通」ってなんだ? と考えはじめると、とまらなくなる。これまた「広辞苑」のお世話になってたしかめるなら、①ひろく一般に通じること。②どこにでも見受けるようなものであること。なみ。一般。
 おお、むずかしい。なんだかやっぱり、「普通」という見方は好きになれない、というところに行きつくようだ。なぜ「普通」ということばに、神経をとがらすのか。そのくらいのことを、胸におさめきれないことが恨めしい。
 けれど、「普通」であろうとするがためにがまんしたり、自分の(あるいは、ひとの)何かを押さえつけるとしたら……、それはいやです、というのにほかならない。みんなとおんなじ、というのもなんだか落ちつかない。ひとことで云うなら、天の邪鬼ということになるわけだけれど。
 自分を「変わり者」呼ばわりすることにしたことは、よかった。初めて「変わり者よ」とそっと呼ばわってみた日から、わたしは自分の意見や好みが少数派であることに愕然としかかるときも、それを選択したのがどうやらひとりきりだと気がつくたび、(ま、変わり者だからしかたないか)と気楽に考えるようになった。友だちが少ないことも、(ま、変わり者だから……)でカタがつく。つまりわたしにとって、自分で貼りつけた「変わり者」の商標がどんなにか便利だったわけなのだ。

「変わり者」「変わり者」とくり返し書いていたら、台所のほうで大きな音がした。これを書いているきょうは土曜日で、家にいる誰かが、何かしようとしているらしい。こっそり見に行くと、長女が床に落とした鍋を拾い上げているところだった。あわてているらしい。
「何をあわてて?」と聞く。
「とつぜん、料理をしたくなったの。材料、片端から使っていい?」
 とつぜん、料理をしたくなるというとき、決まってこのひとは、こころに憂いを抱えている。このたびも、仕事でうんざりするような目に遭ったらしい。仕事というものの一面にこびりつく憂いのタネは、できるだけ早いうちにこそげてしまわないといけない。
 それを、台所にこもってひとりのびのびと、好きなように料理することでこそげ落とすことができるのを発見したことは、じつにたのもしい。
「だけど、ろくな材料はないわよ」
 あってないようなわたしの計画だけれど、食材は金曜日の夜までにだいたい使いきることにしている。「買いものに行ったらどうなの?」と云うと、それはしない、という返事。家にあるものでいろいろつくってみたいそうだ。
(買いものに出たくないということなんだろうね)と思いながら、目の前に、使えそうな材料を、全部ならべてみせる。じゃがいも3個。玉ねぎ1個。にんじん1本。長いも10cm。白菜1/8個。長ねぎの青いところ1本分。豚ひき肉150gくらい。鶏もも肉1枚。ツナ缶1個。ベーコンのかたまりマッチ箱大。玉こんにゃく10個。卵5個。干ししいたけ2枚。牛乳500cc。
 その山をうれしそうに眺めながら、娘がつぶやく。「普通って何だろうね、お母さん」
「え」
「わたしの考えや思いつきは、突飛らしいよ。『普通』にもどって、そこから出直せって。これ、しょっちゅう云われることなんだけどね」
「あのさ、自分を変わり者だと思っちゃうといいかもしれないよ。ま、とにかく。この材料で何がつくれるかね。たのしみにしてるね。ばいばい」
 わたしは少しあわて、台所に娘をのこして書斎にもどった。
(あのひとも「普通」とたたかってたんだなあ)と、驚く。うっかり、身近にもうひとり変わり者をつくりかけたけれど、よかっただろうか。 
 しかし、変わり者になってしまえば、モノとのつき合い方が見えてくるはずだ。たとえば、目の前に積まれた材料をどう料理するかなど、とても「普通」の感覚でしきれるものではない。


Photo

変わり者の料理です。
奥の左から、
・鶏のにんじんと長芋巻き
・ハンバーグ
・玉こんにゃくと茹でたまごの煮もの
手前は、
・ポテトサラダ


Photo_2

そうしてこれが、
いろいろ入ったチャウダーです。

|

コメント

テレジアさん

「臭い」話をすることがまず、
こころが穏やかである証拠のような。
まして、笑いが……。

わたしも、
一緒に笑ってもかまいませんか?

うふ、ふふふふふ。

投稿: ふ | 2010年11月23日 (火) 10時59分

ぞみさん

いらっしゃいませ。

きっと、どこかがわたしたち、
とっても似ているのかもしれません。

そう思うと、とても慰められ、
勇気が湧きます。
どうもありがとうございます。

また、いらしてください。
きっとね。

投稿: ふ | 2010年11月23日 (火) 10時54分

ぽこはなさん

若いお母さんにとって、
それは大変な経験です。
が、よく、そのことをご自分の
糧になさって……。

拍手したい気持ちです。

ムーミンたちには、
他者を他者として受け入れ、
自分を自分として生きる姿勢が
ありますね。
その上で、存分に変わり者になっていく……。
なんとたのしいひと(ムーミン)たちだろうかと
思います。


投稿: ふ | 2010年11月23日 (火) 10時50分

 ふみこ様、ますます娘に対する大丈夫感はふくらみ、娘は今日自分でした
おならのことでわたしが「臭い」というと体を震わせて笑っていました。

 この何年間私は娘が笑った顔を見たことがありませんでした。

 根拠のない、私の主観の大丈夫はどんどん膨らみ続けています。

投稿: テレジア | 2010年11月22日 (月) 20時37分

ふみこ様

初めまして。
昨日、子供とのんびり図書館に行った時、
ふみこさんの本を見つけて、2冊借りてきました。
普段、雑誌はあまり読まないので
ふみこさんのエッセイに出会ったのは初めて。

読んでいくうちに、どんどん引き込まれる
不思議な感覚・・・う~ん、ひょっとして
私も「変わり者」なのだろうか?笑
なるほど同郷だからかしら?とも思い、
さらに引き込まれてしまいました。

ブログを見つけてさらに嬉しくなりました。
これからもちょこちょこ遊びにきまーす。

投稿: ぞみ | 2010年11月22日 (月) 16時16分

ふもこさまへ

お久しぶりです。
今家の下の姫が魔の2歳児でふりまわされてなかなかコメント書けずにいました。

ふみこさんの文章や皆さんのコメントを読むとほっとします。
みんなそれぞれ悩んだり、それを乗り越えたりと、
すごいなとなんだか心洗われました。

うえの息子が3歳の時にちょっと吃音気味だねと指摘されて
いままでそんな事に気にしていなかったのに
その日から、すっごく私が気にするようになってしまいました。

相談した市の保健婦の方からは「お母さんがきにするとよくないよ」
といわれても、気になって気になって・・・。

普通でないことイコール落後者と思っていたんですね。
自分のその考えの狭さにもショックを受けたのかもしれません。

そんな時に出会ったのがムーミンの本でした。
みんな変わり者の彼らたち。
そしてそれを悩んだり、また笑い飛ばしたりしているところに
強く共感しました。

ふみこさんもみなさまもムーミンがすきという事で
改めてムーミンパワーを感じました。

久しぶりにまた読み返してみようと思いました。
今週もありがとうございました。
 
さて、これから帰ってくる息子においしいお茶とお菓子を用意しましょうか(^^)


投稿: ぽこはな | 2010年11月22日 (月) 12時53分

大野さん

いつか、
圭梧さんたちの野球を
見学したいです。
どんなだろう、といまは、
想像するだけですが。

とてもとても心地よい……
目をつぶって、想像しているけれど。

どうもありがとうございました。



投稿: ふ | 2010年11月21日 (日) 16時44分

えぞももんがさん

それぞれの「道」を、それぞれ歩く。
認め合いながら……。
ということなのでしょうね。

こうして皆さんが
おたよりをくださると、
不思議なほど、「それぞれ」が
伝わります。


投稿: ふ | 2010年11月21日 (日) 16時41分

山本さん
大野です
時間のもてなし つぎのこと 変わりものたち…
わかるわかる!と 何度も読み返しています。
普段 なんとなく考えていることを、文章にしていただくと 本当にスッキリして、自信も持てて、元気がいっぱいでてきます。
ありがとうございます!
ふみこさん 全盲の方や弱視の方だけでする野球をご存知ですか?
香川県立盲学校は強いんですよ~

香川盲で長年 監督をされてた先生が作った社会人チームに 誘ってもらって、今日は なんと、圭梧が 野球の練習をしています。

お兄ちゃんの野球とは また違った空気が流れているグランドです。
とても とても、心地良いです(^^)

投稿: 大野 | 2010年11月21日 (日) 12時22分

ふみこ 様

おはようございます

「ふつう」のお話も なんだか嬉しくなるし
それに加えて  『ムーミン谷の夏まつり』の一文
もう 有頂天になっています。

私も 人の型紙があるとすれば
その形からは ずいぶん違っているような気がします。
悩んだこともあったけれど
今では まあ それもいいかと思ったり・・・。

でも 問題は 息子たち
「はっきりいって 家は 他の家と ずいぶん違うよ」と言われ

「やっぱり そうか」・・と 、忘れていた事を 思い出し
息子たちの 親譲りの 不器用さに
少し  申し訳ないな・・と 思ったりしています。


ふみこさん
今週もありがとうございます

投稿: えぞももんが | 2010年11月21日 (日) 10時51分

テレジアさん

……よかった。

いろいろなことが変わっていくのだと思いますが、
ゆっくりね。
行きつ戻りつも、あるでしょう。
お休みも。

何もかも、必要な、
道の途中。

わたし、いつもそう信じているんです。

何もかも、必要な、
道の途中。

またね。
佳い週末を。
のんきで、やさしい週末を。


投稿: ふ | 2010年11月20日 (土) 06時53分

おまきさん

お姉さまのお話、してくださって
どうもありがとうございます。
とてもとても新鮮でした。

「自分の」「意見」を、
そっと静かに置いている、
お姉さまの姿が見えてくるようです。

意見なんだか、愚痴なんだか、
ため息なんだかわからないものを
あちこちまき散らしてきた者には、
その姿があまりにも神神しくて。
これからは、わたしも……と、
誓いたい気持ちです。

これからは、わたしも……。
ていねいに、そっと、
「自分の意見」を置きましょう、と。


投稿: ふ | 2010年11月20日 (土) 06時49分

フィりフヨンカさん

メッセージを、
どうもありがとうございます。

文字から、勢いが伝わってきます。

健康には気をつけて、
その旅をつづけてください。
へたばるのは困りますから。

投稿: ふ | 2010年11月20日 (土) 06時44分

ふみこさん、コメントありがとうございます。

 伝えました。「もう大丈夫だね」と。娘はよくわからなかったようです。
昼夜逆転で睡眠不足だから、目の下のくまが取れないんだと 言ってました。
それでも、ますます私は根拠のない大丈夫の気持ちがどんどん膨らんできました。

 昨日より今日の方がうんと安心して大丈夫だと感じられます。
何か変わっているわけではありません。きっと二日前と三日前と今日は変わらない。だけど、私はイライラしなくなりました。そして娘も落ち着いている。

 あ、大丈夫だ。娘を見るたびにそう感じます。
また、ご報告します。ありがとうございます。嬉しいコメントを頂きました。

投稿: テレジア | 2010年11月19日 (金) 19時10分

ふみこさま

先日久しぶりに会って話したときの、姉からの衝撃のひとことが、
「自分の意見って、言ってもいいんだなあって、パートに出るようになってから初めてわかった」
でした。
OL三年経験して、その後17,8年、専業主婦に従事したのち、パートに出て今年二年目の姉。
姉の過ごしてきた「普通」を想い、
「自分の意見言うのなんて当たり前じゃん!」
とは、言い返せなかった私でした。

子どもを持って、子どもの居る場に顔を出す機会が増えると、「子ども+自分」に気を配るあまり、「余計なことは言わないように」「突出しないように」と過ごしてきたのだと思います。
その中で普通に暮らしてきたのですが、どうにもこうにも、苦しくなったようで、
それがたまたま「パートに出る」という選択だったようですが、姉は、すっきりしているようです。
その場で自分の意見をばんばん言っているわけではないとは思いますが、「意見の言える場を自分で探してその場にいる」ことが、きっと心強いことでしょう。

フレーフレー姉、です。

投稿: おまき | 2010年11月19日 (金) 16時06分

名前入れ忘れました・・
さっきのは、フィりフヨンカでした。
さすがに、そそっかしいフヨンカです。
赤いスカートの裾ふんずけそうに、
朝から走ってます。

投稿: フィりフヨンカ | 2010年11月19日 (金) 07時46分

ふみこさん、ありがとうございます。
朝一番から、
逢いたかったものに逢えた気持ちです。
今日も私らしく、なんとかなりそうです。

書けば、読めず。
書くだけで精一杯の日々です。
なんでもいいから、何か読みたくなります。
読むということを
こんなに求めているのは久しぶりの気持ちです。


ふみこさん、
ムーミン・・たちの「まんま力」
すごいです・・
ありがとうございました、元気でました!

投稿: | 2010年11月19日 (金) 07時41分

ここから先は、フィりフヨンカさんと、
皆さんへ

  (お月さまって、わたしみたいね)
   と、ミーサはむねをしめつけられる思いで、考えにふけりました。
  (ほんとにひとりぼっちで、こんなにまるくて……)
   すると、じぶんがいよいよみじめで、かわいそうに思われ、ミーサは、
  すこしばかりなみだをこぼさずにはいられませんでした。
  「どうして、ないているの」
   と、ホムサがそばによってきて、たずねました。
  「わからないわ。とっても、きれいだからよ」
   と、ミーサは答えました。
   ホムサは、なっとくしませんでした。
  「だって、人はかなしいときになくものだろ」
  「ええ——お月さまが……」
   ミーサはよわよわしくいって、鼻をすすりました。
  「お月さまと、夜と、なんともいえないかなしさが……」
  「うん、うん」
   と、ホムサはいいました。

      『ムーミン谷の夏まつり』(ヤンソン 下村隆一訳/講談社文庫)

ふ、記す。                                       

投稿: ふ | 2010年11月19日 (金) 05時18分

フィりフヨンカさん

いま、「ムーミン」を一気に読んでいるところです。
これまでになく
「フィりフヨンカ」に感情移入しております。
照れるな……なんだか。

ええと、
「ムーミン」一家の皆さんも、
自分の「普通」を「普通」に生きてますけれど、
端から見れば、たいしたおもしろさ、奇抜さ、
懐の深さ、です。
ああいうのは、すごいですね。

いま読んでいるのは、
『ムーミン谷の夏まつり』。
こんなところがありました。


投稿: ふ | 2010年11月19日 (金) 05時10分

どもどもさん

いらっしゃいませ。
おはようございます。

長女は、おかげさまで、
元気になりました。
このひとは、すばらしくはないですが、
ひとに対しても、
モノに対しても「信」がああるような気がします。
「期待」ではなく、「信」が。
そこだけは、たのもしく見ています。

どもどもさん、
いま、料理にこころが向いているのでしょう?
台所世界は、ありがたい居場所ですね。

どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2010年11月19日 (金) 05時01分

テレジアさん

おはようございます。

以前にもお伝えしたような気がするのですが。
くり返しだったら、許してくださいね。

お嬢さんの、不登校と、
いろいろの問題点(睡眠のこと、健康)は、
わたしには「価値」としか見えません。
もっと時がたってごらんなさい、
その「価値」は、ますますふくらんで、
値打ちが上がります。
(値打ちということばを辞書でひいたらね、
「品格」という意味もそなえていることが
わかりました)。

そして、
テレジアさんの「この子は、だいじょうぶかもしれない」
という感じ方に、手がしびれるほど、
拍手したい思いでいます。
根拠のないとこにも、つよみを感じたりしています。

わたしたちにばかりじゃなくて、
お嬢さんにも、「ダイジョウブ感」、
いえ、「ダイジョウブ観」を伝えてさしあげてくださいね。

順風な、ではなく、
とびきり愉快な高校生活になりますように。

また、いらしてくださいね。
お嬢さんの自慢話でも、なんでも、
聞かせていただきたいです。


投稿: ふ | 2010年11月19日 (金) 04時54分

Kouji さん

うれしいおたよりを、ありがとうございます。

おはようございます。

「普通」のはなしを、わたしの感覚で
放ってみれば……なんて、おもしろこと。
多くの胸のなかに、
たまっているものを、
吐きださせる力があるんだなあ、
「普通」ということばには。
と、あらためて思わされています。

時として、
「変わり者」という場所をつくって、
そこへ立ってみることで、
見方が変わったり、
息をついたりすることができれば……
という提言(お、かっこよすぎ)もしたつもりでした。

「そうかな?」と思っていただくことは、
むしろうれしくもありますが、
Kouji さんの「助け舟」はありがたく、
またまたおしえられました。

佳いきょうを。

投稿: ふ | 2010年11月19日 (金) 04時44分

saguchiさま

自分の立っている場所と、
アプローチの仕方。
それで、「普通」ということばの読み方まで
変わる……。

つくづく感心しています。
優劣でもなく、強弱でもなく、
もちろん善悪もかかわりのない、
ただひたすらの「読み方」です。

眠りのこと、書いてよかったと思います。
saguchiさんのように思ってくださる方があって……。
お互い、
この「へんてこ」な周期を大事にして、
てくてくいきましょうね。

ああ、うれし。

投稿: ふ | 2010年11月19日 (金) 04時36分

(あのひとも「普通」とたたかってたんだなあ)

ふみこさん、みんなそうかも知れないですね・・

「普通」に暮らせる喜び。
そういう普通に感動することもあるのに
「普通」が息苦しかったりもして・・


人の言う「普通」という言葉を
いっぱい聞いてきたのに
結局は、いまだに何が普通なのか
よくわかってないです。

だから

自分の思う「普通」でとりあえず生きてます。

じつは、
自分の親の言う「普通」でさえ、
なんか違うかも・・と思ってます、わたし。

投稿: フィりフヨンカ | 2010年11月18日 (木) 23時40分

おふみさん。
こんにちわ。

その後、娘さんは、元気になられましたか?

大きくても小さくても、組織の中で
人と関わり合って過ごしていると、
違う事がよかったり、時には悪かったりしますよね。

今は「普通にもどって、そこから出直せ」と言われている突飛な事が
ひょっとしたら、素晴らしいアイデアの種かも知れないのに・・・。

色んな意見や色んな物の見方があるから
新しいアイデアが沸くと思うんだけどな~。

人と違う見方が出来るって事は
誰にも真似できないヒラメキを持ってるって事ですよね。

きっと何年か先、
「同じ様な物ばっかり並べてないで、
○○さん(ふみこさんの娘さん)に意見を聞いて来い」
と言われる存在になるかも・・・。

私には、ふみこさんちの冷蔵庫の中身で
これだけの物を作るなんて事
出来そうにもありません。

お料理上手で素晴らしい娘さんだな~。
とつくづく・・・。


投稿: どもども | 2010年11月18日 (木) 19時57分

 ふみこさん、こんにちは。ずっとずっと娘の不登校で、悩んでいてなかなかコメントする気持ちにもなれずにいました。
 今中三の娘は高校進学のことで荒れました。不登校は変人ではなく、世間から零れ落ちた 不適格者という烙印を押されていた存在。そんな思いがどこかにありました。
 娘を責める。自分に責任があるように感じているのに責めます。どうして学校に行かないの。今日も行かないの?詰問してしまいます。

 娘は過食にもなり、肥満になって糖尿病と睡眠障害があります。
いろいろなことに過敏になり、イライラしました。私とのかかわりが悪い、私自身が変わり者で脱落しているから、こうなっているのだ。そのイライラが、娘に向かう。

 変人であろうと、変わり者だろうと命として慈しむ、一人の人間として無条件で愛してやることができれば、ここまで追い詰めることはなかったのでしょうに。

 今やっと、変わり者であろうと娘の存在があったからこそ、変わり者の私が母になり、子どもに親として育てていただいているのだ。

 そう感じて、やっとやっと娘のことを愛おしいと感じることができました。
高校進学。ほとんど中学に通っていないからこれから大変だろうと思うのですが、でも大丈夫のような気がしています。

 何の根拠もないけれど、ああ、この子は大丈夫だと感じています。
変わり者でも、なんでも大丈夫なのだ。

 ふみこ様の文章とは全然違うコメントになりました。でも、聞いてもらいたくて、書きました。読んでくださってありがとうございます。

投稿: テレジア | 2010年11月18日 (木) 19時31分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
みなさまのコメントを読みながらうなづいたり、首を傾げたり、でも首を傾げつつも「そうともとれるな」とおもったり。
あくまでぼくの感想ですが、ふみこさんの使う「ふつう」は「独善的で他を排するもの」と読みました。多分、じぶんの生活に根ざしたものしか書かないという流儀というか、ポリシーから触れないけれど、「ふつう」ということの有りようを別のところにもみてらっしゃるのだろうな、もしかするとそれが動機としてあってご自身の生活のなかに見いだして表現されているのかもしれない、とも臆測します。
書かれていることだけをみていけば「そうかな?」と疑問におもうこともあるかもしれませんし、またもちろんいろいろな読みがあって当然です。なにが正しいとはいえませんが、ふみこさんが厳しく律して触れないことにまでおもいを馳せてゆくと、また違ってみえてくる部分があるのかもしれませんね。
…と、まぁ、これもまた、ひとつの感想に過ぎませんが。

投稿: Kouji | 2010年11月18日 (木) 13時35分

ふみこさん、みなさん、こんにちは。

また少し、ご無沙汰していました。

普通。
これってやっぱり、私の永遠のテーマなのかもしれません。
私の場合は、逆かもしれませんが。

小中高と、「しかと」「ハブ」なんて言葉がはやりだした時代でした。
私も例外なく、かなり長い事いじめられ、いじめたこともありました。
なのでその時代は、とにかく普通に。
皆と合わせて。その場その場でなんとなく、今一番ここに合う自分で・・・
と過ごしてきました。

だからなのか、大人になった今、普通じゃないことに憧れ、
普通の一般的な自分を抜け出したい、ついそう思ってしまいます。
きっと、誰もが普通で、誰もが普通ではない(矛盾してるけど)のだと
思いますが。。。

「変わり者」に憧れる私、変わり者と呼ばれる方々(失礼な言い方ですみません)が、
普通になりたいと思ったりしていること、知りませんでした。
なんとなく、案外皆、近い所でうろうろしているのかも、知れませんね。

それにしても、娘さん、美味しそうなおかずの数々、あっぱれ!です。

それから、一つ前の記事、とってもとっても励まされました!!!!!
私、ものすご~~~~~くねむたがりなのです。
寝てしまった時は、いつもいつも後悔・・・
母には
「子育て中なのに、あんたみたいに寝てばかりいる子は見たことが無い!」
といつも怒られ・・・

私はどうしてこんなに寝てしまうのだろう。
睡眠時間を削って活動している人と、私はどこが違うのだろうと、
ずっとずっと思ってきました。
なんて怠け者なのだろうとも。
やっとここの所、
「私には睡眠が必要なんだ」
と諦め?が付いて来ていたのですが、ふみこさんの記事に、
背中を押してもらった気持ちです。

確かに、ものすご~~~い活動的な時期もあって、
ものすご~~~い眠る時期もあるのです。
準備期間。いい言葉です^^

ありがとうございます!

長くなりすみません。
また来ます♪

投稿: saguchi | 2010年11月18日 (木) 12時45分

彩さん

いらっしゃいませ。

「空気をヨム」というのも、
「ヨマナイ」おもしろさにばかり
目がいきます。

さっぱり「ヨメナイ」子の肩をもたり、
「ヨミちがえた」らしい大人に
同情したり。

いらしてくださって、
どうもありがとうございました。
佳い日日を。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時34分

sara さん

おお、素敵。

そういうことなのかもしれませんね。
「普通」ということばの実力って。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時30分

momさん

わかります。

普通か、普通じゃないかという
話ではないんですよね、ほんとうは。
「普通」が、ひとの悲しみやさびしさの上に
のしかかる、化け物みたいな存在にならないように、
とは、思うのです。
49対1の「1」になっても、
ああそうか、と思っていられるようでありたい、とも。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時29分

焼き海苔の の さん

わかりますね、お嬢さんの立場も、
気持ちも。
わたしも、いつもそんな風でした。

あたりまえに、
「あるがまま」を受け入れて、
その上でやりとりができるといいなあ。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時16分

しょうさん

「普通」をめぐる事件っての、
ありますね。

皆さん、一度ならず、そんな事件の
渦中のひとになったことがあるから、
いろんな気持ちがあふれる。
(思った以上の反応でした)。

しょうさんは、いつも、自然にしょうさんだと
思えます。

どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時14分

risyon さん

好みとしては、
わたしは、「いびつ」が好きなんだと
思います。

それは、癖みたいなものになっていて。

さて。
ひとりひとりちがっているのに、
同じと見ようとする見方のなかに、
無神経なものがあるなあ、と
思わされます。
……ほんとうに。
ひとも、暮らしもいろいろだと、
自然に思えるといいのですけれど。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時08分

ゆきたんさん

いいですねえ。
そういう変わり者。

ご同輩!
という気持ちに、思わずなりました。


投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時03分

寧楽 さん

まなびの場で、まなびつづけていく……。
そういうことなんだな、と、
思います。

てくてく歩いていきたいです。
(ときどき、まがったり、寄り道したり、
休んだりしながら)。
でも、ゆく道は、自分の道。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 11時01分

あつこさん

いつだったか、
小学校のPTAの役員やら委員を
決めようという席で、
「みんな普通のお母さんたちです。
普通のままで、役ができると思います」
という説明があったのです。

普通か普通でないかということは
ともかく、
みんなそれぞれ事情を抱えて
(そうとは明かさず)いるのだから、
そのなかでどうやっていくことができるか……
という話になっていくといいのになあ、と、
思ったのでした。
みんな同じでは、ないですから。

とはいえ、わたしにも、
「普通」に逃げこむこころも
ないわけではないな、と思ったり。

わたしはわたし。
あつこさんはあつこさん。
そのあいだに「友情」。


投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 10時54分

ゆるりんりんさん

ひとはひと、
わたしはわたしなのに……ね。

そのことを「ひんやり」したものとして
感じてしまうのは、
いかにもさびしいです。

いい経験をされたのですね、
お若いとき、すでに。
まぶしい経験に、思えます。

投稿: ふ | 2010年11月18日 (木) 10時41分

みなさま、こんにちは。
このブログもじつは、はじめましてです。

「変わり者たち」なるほどなあと思って、読ませていただきました。
皆さんのコメントも。

私も、ちょっと「違ってる?」と思っていたひとりです。

どうなんでしょ、そういうことを思わない人もいるんでしょうか。
みんなといっしょがいい!っていう人は、多い気がしますが。
なかなか、他の人のホントの気持ちも、わからないですものね。

普通は普通で、いいですよね。
普通っていうことばも、「ふつうの暮らし」とか「ふつうに生きる」っていいじゃないですか?

でも、そういう普通じゃなくて、最近のことばでいうと「空気ヨム」とか、あわせる、とか、そういうのばかりじゃつらいかなと思います。

変わり者でいいんだと思ったら、ぎゃくに力がぬける、そんなかんじがいいなあ。

投稿: | 2010年11月18日 (木) 10時25分

ふみこさん、こんにちは。

「マザーウォーター」という映画を観てきました。
その中で、家具職人の男の人が自分の後ろめたい気持ちを抱え込んでいることに、バーの女主人が一言 ー 「そんなのふつーよ」。

普通とか変わってるとか分類しているうちは、互いを意識してるってことではないでしょうか。 普通だろうがなんだろうが「自分は自分」ですよ。
「あるがまま」 残りの人生の座右の銘にします。

投稿: sara | 2010年11月17日 (水) 19時39分

こんにちは。

「普通」ってよくいいますが、ほんとは「普通」なんてないと思うんです
(「平均」「大多数」「一般的」はあると思います)。

「普通」じゃない自分に違和感を感じていたとか
まわりの「普通」に合わせようとしていたとか
「普通」じゃない自分をむしろ特別な存在と思っている節のある人も
当節には度々見受けられ。
そういう人が多いなら、普通じゃないことが普通になってしまいますね。

この頃悪役になりがちな「普通」ということばを、
基本的、一般的、常識的と置き換えてみれば
平凡でつまらないかと思われる「普通」ということも悪くないんじゃない?
と思えてこないでしょうか。

ちょっと突っかかったモノイイになってしまったかもしれませんが、
以上、私の「普通」感でした。

投稿: mom | 2010年11月17日 (水) 16時00分

ふみこさま、みなさま

周りから見たら変ってる?少数派?のこどもや親が多かった保育園を卒園し、
小学校に入った娘が一番最初に戸惑ったことは、周りの子たちから、
同じようにしないと「なんで○○なの?」 「なんで○○しないの?」と聞かれることだったようです。

そうするうちに、何も言えなくなり、他の子と同じような格好をし、同じものを持ち、
娘なりに気を遣って、周りとの軋轢を避けているようなところがありました。

「いろんな子がいるね」「○○ちゃんは、そうなんだね」と、
当たり前のように受け入れられるようになるといいですよね。

少しずつ娘らしさが戻ってきた、このごろです。

私も今日はあったかいチャウダーにしようかな。

投稿: 焼海苔の の | 2010年11月17日 (水) 15時18分

ふみこさま、みなさま

小学生のときにちょっとした事件があり、「普通」にみえること、「違う」と思われないことをすごく意識するようになり、いまもそういうところがある気がします。
人の目に映る自分をとても気にしたり、人から期待されていることに応えたりしているうちに(いわゆる空気を読む、ってやつですね)、だんだん「自分」がなくなっている気がしています。じゃあ自分らしくしていいよ、といわれても、どうしていいか分からないような。

普通にあわせることは、その場ではらくちんですが、あとあと、どうしても無理が生じてきて、辛くなります。

最近はその「自分」を少しずつ取り戻したい、そんな気がしています。

急に冷え込みましたね。ご自愛ください。

投稿: しょう | 2010年11月17日 (水) 10時31分

ふ さま  おはようございます。

大学生になり、家を出て下宿暮らしになったとき、
初めて 「 自分がこれまで普通と思ってきたことは、普通じゃないんだ!」と
実感しました。

それ以来、「普通」って、ありふれたものではなく、
案外難しいもんだなぁ、と感じています。
どこにでもありそうで、案外無くって、
微妙なバランスで保たれている「ふつうの暮らし」
そんな感じをいつも抱いています。
普通の人も、いないものです。

なので、あんまり気にしない。こだわらない。
「普通」にはめ込むのもしんどいし、「人と違うことを楽しむ」ほうが愉快な気がします。
人も、暮らしも、いろいろですよね。

投稿: risyon | 2010年11月17日 (水) 09時46分

ふみこ様
こんばんは、寒くなりましたね。

ちょうど、私も、変わりものなのかなと、考えていたところです。
普通はある?パソコンもないし、(このブログも携帯でみています)テレビは、まだブラウン管です。もともと機械音痴だし、何に買い替えていいか、お店に行っても、わからない。
遅れていますね。

昔から、皆が持ってるから欲しいとは思わなくて、
グループでつるむのも、大の苦手。
心から、信頼できる友達、少しいたら十分です。

私も、料理したり、裁縫したりして、気持ち切り替えます。

投稿: ゆきたん | 2010年11月16日 (火) 23時14分

ふみこさま

「普通」という
キーワードに
振り回されることが
ありました。

普通じゃないと
ダメ?

大人になる途中
何度、思ったことか。

今は呪縛?から
解放され、悠々とした
気持ちです。

子供を育てていくうち
気がついたことが
たくさん!

教えられたなぁと
感謝です♪

投稿: 寧楽 | 2010年11月16日 (火) 18時22分

ふみこさま

まぁ、美味しそうじゃないですか!
残ってるものでささっとこれだけ作れるってたいしたものです。


普通って何でしょうね。
パート先で主婦達の家庭の話を聞いてると皆それぞれで面白いです。
で、皆さん自分ちが普通と思ってるのも面白いことです。
別に自分が変わってるなんて思わなくてもいいけどたまによその人の話を聞いてアレ?うちと違う?なんて気付くのも楽しいですね。


食材を全部使い切る・・・耳が痛いです。
私も残ってるものでメニューを考えるってのを週1回はしなきゃって反省です。

投稿: あつこ | 2010年11月16日 (火) 17時30分

ふみこ様

わたしは「普通」に
とてもあこがれていた時代があります。
中学生になったばかりの頃。
親の仕事の都合で
小学校6年の間に
5回転校して7回お引越し。
中学生になってまた転校とお引越し。
その間に海外生活2往復。
言葉が理解できずボーっとしていたり
持ち物や洋服がなんとなくまわりと合っていない・・・
どこへ行っても「変な子」でした。
だから自分が普通じゃないことは
もの心ついた時から認めてはいたし、
その普通ってことにすごくあこがれました。
日本の中では
平均的であるという個性をもっていないと
とても息苦しく損です。

十年、二十年、三十年、と月日が流れ、
だんだん普通の部分も増え、
わたしにとってはそれはとても喜ばしいこと。

普通であることも
自分だけが違うことも
どっちも大切な自分だと思います。
理解されないことは悲しいですよね。
でもそのことで自分の値打ちは
増えたり減ったりしないと思っています。

あるもので料理する、この発想です。
今あるものを最大限に生かす、
それが大好き

投稿: ゆるりんりん | 2010年11月16日 (火) 16時58分

どりすさん

ああ、わかります。

いまから書こうとすることは、
まるで……、
「普通」はいやだけれど、
「平凡」は好き、という風に
受けとられてしまいそうですけれど……。
わたしもね、どりすさん、
欲なんかもたず、坦坦と生きていきたいです。
昔も、いまも、そこだけは、変わりません。

チャウダーは、なかなかおいしかった、です。
翌日、残ったそれに茹でたマカロニ、
長芋を加えて、小さなグラタンにしました。

投稿: ふ | 2010年11月16日 (火) 16時41分

Kouji さん

じたばたしております。
変わり者の商標なんてね……。

〈ひとはひと〉、
〈自分は自分〉と、
思い定めることを、
〈個人主義〉というのじゃないかと思ったり。
〈〉のなかのことばは、
時として薄情扱いされますけれどね。

かもうもんか……です。

かまうもんか……そして、
認めあっていきたいです。


投稿: ふ | 2010年11月16日 (火) 16時36分

ぽんぽんさん

モガモガね。
ほんとうに。

モガモガしながら、
自分を「知っていき」、
ひとを「認めたい」と
希うようになってきたんだと思います。

今週も、どうもありがとうございました。
佳い11月を。

投稿: ふ | 2010年11月16日 (火) 16時32分

だいぶん冷えてきましたね。
 ふみこさま、みなさま、お元気ですか。
 長女殿は、なんと趣のある良いかたなのでしょう。
 親子は不思議。
 理由も理屈もなく、時折、「あ!」と思う驚きと納得がありますね。

 私は小学2年生の頃、将来の希望で「平凡に生きたい」と作文に書き、
 親が呼び出されたことがあります。
 平凡が1番難しそうに思ったので、それに挑みたかったのです、当時は。
 そのあたりから「変わった子」が代名詞になっていました。
 近頃は、ようやく「それはそれで楽しい」と思えるようになってきました。
 で、今、自分に「あなたもね」と呼んでみました。
  
 長女殿作チャウダーは、元気のつく美味しいチャウダーだったのでしょう ね♪
 

投稿: どりす | 2010年11月16日 (火) 13時03分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
「ほんとにね」とおもわずつぶやいてしまいました。馴れ馴れしいですね、ごめんなさい。
ふつうとは、どういうことなのでしょうね。わりと多くのひとが、そこに合わせることに汲々としているような氣もします。
その「ふつう」は社会常識ともいえるかもしれませんね。そんなもの、どんどん変わってゆくものなんですが。
変人ということを認めるということは、ひとつの選択ですね。覚悟でもあるとおもう。ふつうが他(多)に合わせてゆくことなら、変人は個(己)に軸足をおくことかとおもわれます。
どちらがいいということではない。ただ、それを認めあってゆければいい。そうおもいます。

投稿: Kouji | 2010年11月16日 (火) 12時24分

ふみこ様 皆様
こんにちは

私も昔仕事から帰って、夜の9時くらいから突然お菓子作りしたりして、気分転換したりしていました。

お嬢さんの腕前なかなかですね!
やるなぁ。

アニメ「はなかっぱ」の歌に「君少し変わってるねって、なんて言われるけど、同じ人なんてどこにもいないでしょう?」という歌詞があります。

金子みすずさんの詞にもありますね。「みんな違ってみんないい」

私はそう思います…

自分を認め、好きになると他者も認め好きになれるかと…。

実際はそう有りたいと、モガモガ(もがいてる)していますけどねf^_^;

投稿: ぽんぽん | 2010年11月16日 (火) 10時49分

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