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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2010年12月21日 (火)

思い出?

「あのときはたのしかったねー、ふんちゃん」
「うんうん、流星見たり、それから」
「流星? っていうか、バタがどろどろに溶けて、みんながバタまみれになったよね」
 笑いながらそう云うのは、年若いわたしの友だちで、その昔、一緒に伊豆でキャンプをしたときのことを思いだしていたのだった。かれこれ17、8年前のことだから、彼女Tちゃんは小学生、わたしは30歳代まんなかか。わたしにとって、それが初めてのキャンプ体験だった。
 テントを張ったのも、寝袋に入って眠ったのも初めてだったが、外で暮らすというのはやけにたのしいものだなあ、としみじみ思った。家でしている事ごとを外でしているだけのような気はするものの、やけに呑気に、やけに愉快に過したのだった。そんな記念すべきキャンプのいちばんの思い出を、Tちゃんは、朝ごはんのとき、バタがどろどろに溶けた場面だと云う。
(えー、それが、いちばんの思い出?)と、思う。
 夜中に起きだして、流星を見たことは……?
 Tちゃんも大活躍の、晩ごはんの肉じゃがづくりは……?
 おぼえてないのか。
(ま、いいけど)。
 ひとの記憶は、ほんとうにまちまちだ。
 ことに子どもの記憶は、大人のそれとは、思いがけないほどことなる。おぼえておいてもらいたいことなんかは、ほとんどおぼえてはおらず、しくじりや滑稽だったことをいつまでもおぼえていたりして。

 そういえばわたしだって。
 母の思い出というと、へんてこなことが真っ先に浮かんだりする。へらっと思いだすのはこんな場面だ。
 戸袋にひそんでいたクマバチに刺されたときのあわてた様子——左手の中指を刺されて腕まで腫れあがったのだから、あわてないはずないのだけれど——とか。何とどうまちがえたのだかウィスキーを生のまま飲んで、いきなりばたんと倒れたところとか。
 わたしとはちがって、つねに落ちついていて、道を踏みはずしたりしない母であるのだが。いや、だからこそ、わずかしかない失態と、そのときのめずらしい表情をこころに描きたくもあるのか。
 娘たちは、どんなふうにわたしを思いだすだろうかなあ。
 何を思いだそうと、かまわない。
 何も思いださなくても、かまわない。
 もしかしたら彼女たちは、しくじりと滑稽だらけで、いつもあわててばかりいるわたしの、めずらしくも的確な判断だの、滅多に見せない落ちつきはらった様子だのをときどき思って笑うのかもしれない。

 何を思いだそうと、かまわない。
 何も思いださなくても、かまわない。

 そう考える頭の片隅で、そのじつわたしは考えるのだ。
 くたびれはてた生活者たるわたし、へたばりかけた仕事人たるわたし。くずれ落ちたわたしがときどきたしかに存在することを知ってもらいたい、と。そうして、できることなら、すべてを打遣(うっちゃ)って、休むわたしも。
 そう、たくみに休むというのが、来年のわたしの、最重要課題だ。


Photo
ことしうちにやってきた「タジン」の置き場所。
ガス台下のひきだしです。
このところ出番が多かったタジンが、
ひさしぶりに、ここで休んでいます。

道具にも、ひとにも、休養は=「たくみに休む」は、
必要だと思います。ね。

|

コメント

茉莉花さん

よくいらしてくださいましたね。
どうもありがとうございます。

おからだは、もう回復されたのでしょうか。
がんばってこられて。
しみじみしたいところですけれど、
拍手させていただきますね。

ぱちぱちぱちぱち
ぱちぱちぱちぱち


来年は、そう、
ご一緒に「休む」、「なまける」を学びましょうね。

佳いクリスマスを。

投稿: ふ | 2010年12月24日 (金) 11時30分

えぞももんがさん

片栗粉みたいに……。
さらさらと……。
なんて、いいんだろう。

やっぱり、雪が恋しいです。

思い出って。
相手を考えることなんだなあ、と
えぞももんがさんのおたよりを読んで、
思わされています。
ね。

投稿: ふ | 2010年12月24日 (金) 11時27分

たろじろさん

ああ、そうですねえ。
わたしね、
香りをともなう記憶というのに、
とっても、思い当たります。
香りで、はっとする……のです。

そうは云っても。
わたしは「たろじろさん」を、その
おもしろいお名前と、やさしい綴り方で
思いだすことでしょう。

投稿: ふ | 2010年12月24日 (金) 11時24分

しょうさん

おもしろいお母さん、というのは、
かなり、かなり高度な存在だと
思えます。

いいですねえ、おもしろいお母さん。

ほんと。
休みのなんか、かんたんだったのに。
わたしがそれを易しくしていたのと
同じ年のころを生きているいまのひとたちも、
そうかんたんには休めていないような。
ね。
なんだか、みんな忙しい……。
忙し過ぎ。

投稿: ふ | 2010年12月24日 (金) 11時19分

ゆるりんりんさん

もしかしたら、
わたしも「重いで」になるのがいやで、
前を向こうとしているのか……と思ったり。

自分の失敗なんかは、その場で
ぎゅっと反省し、
ひととのことは、「結末」がどうでも、
いいことだけ憶えていたいと思うんです。
いい「思いで」というのは、
とても価値あるもので、それだけで
じゅうぶん……と思えます。

それ以上は、過去にとらわれたくないなあと
いう気もしています。

投稿: ふ | 2010年12月24日 (金) 11時15分

「たくみに休む」
非常に大切だと思います。
寝る間もなく働きすぎてきて、今年は病に倒れ、入院。半年間も仕事にも戻れませんでした。
常日頃から「たくみに」休んでおかなければ、と実感しました。
しかし、その休み方が難しい!やることはちゃんとやって、まわりに迷惑をかけず、人目をひかず…
まさに「たくみ」な技が必要ですよね。
ふみこさん、何か「たくみに休む」コツがあれば、ぜひ教えて下さい!

投稿: 茉莉花 | 2010年12月23日 (木) 10時31分

ふみこ 様
おはようございます。

いま こちらは サラサラと片栗粉のような雪が降っています。

(先日 サラサラ雪を 片栗粉みたいだね・・と言っている人がいて
 そいう言われると そっくりだと思いました)

思い出・・・ほんとうに 何気ないちょっとした場面を 思い出します。

子ども用の小さな椅子に座って
お昼にうどんを黙々と食べる
長男の姿。

帽子をかぶり スキーウェアーを着、手袋をはめ
すっかり着ぶくれして だるまさんみたいな恰好で
幼稚園に通う 次男の姿。

思い出は ところどころ ぼんやり思い出すから
良いのでしょうね

私も たまに ほどほどに 思い出してくれれば 
良いです。

そして、ふみこさん
私も 来年は 「たくにみ休む」を しなければ・・・と、
思います。「たくみに休む」、いい言葉ですね。


明日は クリスマスイブですね。
今週も ありがとうございます!

投稿: えぞももんが | 2010年12月23日 (木) 05時58分


ふみこ様。
「こんばんは」という時間にお便りします。
記憶って面白いですね。
音を伴う記憶、
香りを伴う記憶、
味を伴う記憶、
記憶は色んな「嬉しい」連れてきます。

大人と子供は目線が違うし、
感じた物を表現する術も違うからかな。
子供の風景を大人の私に見せてあげたい。

私は思い出してもらわなくても良いかなぁ
ふとした瞬間に、笑いながら「こんな事あった…だれだっけ」ぐらいがちょうどよいな。


長々とごめんなさい。
また来ますね

投稿: たろじろ | 2010年12月22日 (水) 23時50分

ふみこさま、みなさま

自分のことをこどもがどう思いだすか、ということは考えたことがなかったです。
たぶん、まだまだだだだーーーっと猛ダッシュ中で、そこにたどり着いてないんでしょうね。希望としては「お母さんって、おもしろかったね」かなあ…。

「休む」、本当に、わたしも2011年の課題です。

罪悪感なく休むこと

「休む」と周りに、さわやかに、宣言すること

そして、こころおきなく休めるように、日々きっちりはたらくこと

それにしても、休むことがこんなに難しいなんて、一体いつのころからなんでしょうかねえ(^_^;)

投稿: しょう | 2010年12月22日 (水) 13時39分

ふみこ様
わたしの場合、
「思い出」にひたるといつの間にか
気持が「重いで」になるくせがあります。
失敗や後悔してることがあるんでしょうねえ。
過ぎたことに汚染されそうで
あわてて気持を今にきりかえます。
ま、色々あったけどいいやんかあ、
これからが大事なんやからと。
そのきりかえを
できるだけ無意識にしたいのですが
そのためには
休息って大切だなあって思います。
自分を回復するためのエネルギー貯金、
増やそうと思っています。

投稿: ゆるりんりん | 2010年12月22日 (水) 11時10分

Koujiさん

ありがとうございます。

こんな詩を、ここに、
贈ってくださって。

そのひとことを支えに……ということが、
あるんだなあと、あらためて思ったことです。
「刹那」ということを、思ったりしています。

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時54分

CITRONさん

そうそう。
たとえば、
わたしの書いたものが、
どこかにひっかかるとして。
それを、皆さんが自分のことばとして、
ふと口にするなんていうのは、
もうもう、しあわせの極致です。

誰がどう憶えていようと、
かまわないというのは、
そういうことなんですよね。

あたたかいおことば、
ありがたく。
ほんとうに。

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時51分

おまきさん

「ふんちゃん。あしたしごとしたくないのかあ? 
したくなくてもするんだな」

と、書いたのを、
パソコンのすみに貼りつけました。
わたしも、王子に云ってもらうの。
すごく、ものすごく、元気がでます。

ありがとうございます!

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時49分

ぞみさん

素敵。

そのことをした自分、
することのできた自分を思う……。
それだけでじゅうぶんな気もするほどです。

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時46分

Ryo さん

「記憶」には、
記銘と、保存と、想起というのが
あるらしいです。

おぼえこみ(記銘)、
それをとどめておく(保存)、
記憶を呼び起こして再生する(想起)。

そう考えると、記憶の癖のようなものも
見えてくるでしょう?
おもしろいです。

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時45分

寧楽さん

おはようございます。

思い出のはなしをしておきながら、
へんなことを申しますが。
「過去」にはあまり興味が湧きません。

「これから」にばかり気持ちが向いていて。

なつかしいねえ、というはなしになると、
とまどいます、じつのところ。

打ち明けばなし、でした。

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時41分

どりすさん

すっとなまけるとか。
真面目に休むとか。

いいなあ、と思うんです。
それを、目標にしたいと思って。

投稿: ふ | 2010年12月22日 (水) 09時36分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
覚悟、というか、決意をかんじさせるお文でした。鑑になってやろう、というようなものではなくて、そうしたいという内から出てくるおもいなのだろうかなぁとかんじました。
ところで「思い出」というと思いうかぶものがありました。ふみこさんとおなじく、じぶんもまた流行りものとは距離をおきたいものなのですが、ちょっと乗ったようなかたちになり、しみじみ良かったなと思いました。
柴田トヨさんの詩集『くじけないで』。
好きな詩はたくさんありますが一編だけ。 
 
「思い出」
 
子どもが
授かったことを
告げた時
あなたは
「ほんとうか 嬉しい
俺はこれから
真面目になって
働くからな」
そう 答えてくれた  
肩を並べて
桜並木の下を
帰ったあの日
私の 一番
幸福だった日

投稿: Kouji | 2010年12月22日 (水) 06時26分

ふみこ様

それぞれの感性で編集したものが、
どんな思い出になっていくのか、、、
同じ体験をしても、十人十色ですものね。

私は、ふみこさんからにじみ出てくる文章を
私自身の中に映し出して、いろいろなことを
思い出したり、感心したり、楽しませてもらったり、
時に、ふと涙したりしています。

どうか、、時節柄ご自愛くださいませ^u^/

投稿: CITRON | 2010年12月22日 (水) 01時28分

ふみこさま

この前の姉の話を覚えておいででしょうか。何十年かぶりにパートに出た姉。
その姉が、「働きにでる」旨を娘達に伝えた所、高校生の上の子が、「おかあさんがずっとうちの中にいて楽しいのかなと思っていたから、安心した」と、言っていたそうです。
びっくりしたと姉は言っていました。

時々決意を言葉で表すと、母の気持ちが固いものなんだなと、後押ししたくなるものなのかもしれません。

私たちの母も一時パートに出たことがありました。
私は構われすぎから離れられるのもあり、「いいんじゃない」と言ったような記憶がありますが、姉はいやだったそうです。
責任感の違いかなあと、今は思います。

私は息子になんて言ってるか。
「明日仕事行きたくない…でも行かないとお金もらえないんだ、行きたくなくても行くんだよ」
日曜の午後、そう言うのを繰り返していたら、
「かあちゃん。あしたしごといきたくないのかあ? いきたくなくてもいくんだな」
と、代わりに言うようになりました。
自分で言うより気楽かも……。

寒くなってきたので、お酒を美味しく飲んでくださいね。

投稿: おまき | 2010年12月21日 (火) 19時45分

ふみこさん、お久しぶりです。

子育てをしながら、「こんな時、母はどうやっていたかな?」と
時々思い浮かべたりしますが、子供達が将来、自分を
どう思い出すのか、なんて考えたことありませんでした。

母がしてくれたように、子供達の誕生日には必ず
ケーキと誕生日カード(これは私独自ですが。)を作ることにしています。
出来栄えはどうであれ、私が「母」を思い出すような温かな気持ちが
伝わっていれば、と。でも結局、思い出されることって、
ガミガミ叱っている私、かもしれませんね。笑

投稿: ぞみ | 2010年12月21日 (火) 16時35分

ふみこさま みなさま こんにちは。

両親とはぶつかったこともあったし
親子とはいえ違う人間なのだから・・などと考えてもいたのですが
2人に思い出の中でしか会えなくなってから
果たして、父と母が本当に伝えたかったのは
こういうことだったのだろうか・・と。

直接問うことができないので
自分の思い出の中から答えを見つけようとするのですが
思い出はなんだか少しずつ変わっていくように思います。

なんだか、良い思い出ばかりが濃くなっていくようなのです。
いえ・・・どんな思い出もあたたかな思いに満ちてくる
というのが本当かもしれません。


「思い出」ってどうして「思い」を「出す」って言うんでしょう。
「覚えていること」と「思い出すこと」とは
少し違うのかもしれない・・・などと思ったのでした。


今週も素敵なお話をありがとうございました。

どうぞあたたかな楽しい1週間をお過ごし下さい。

投稿: Ryo | 2010年12月21日 (火) 15時27分

ふみこさま

何を思い出しても、かまわない

何も思い出さなくても
かまわない

きっとふみこさんの
娘さんたちは

厨仕事の妙を
お弁当を あらゆるモノとの関わり方を思い出す
にちがいない。

巧みに休むという
最重要課題までも
楽しむふみこさんの
意気込み?に勇気づけられ

午後も仕事をこなしましょう!

佳い今週を☆

投稿: 寧楽 | 2010年12月21日 (火) 14時13分

 「たくみに休む」とは、また、ふみこさま、たえなことをおっしゃる♪
 今日の朝刊で、言霊のことを読みましたが、
「胸にしまったことばも言霊になるのでは。」・・・には、ドキッとしました。
 思い出になるには、時間がかかることや、
 何度おもい出しても、笑い転げることや、
 閉じ込めてしまいたいことや・・・
 でも、確かにそこを通り過ぎた事実は、自分の中にあります。
 想い出と、言霊が、ふとした時に駆け巡り、
ふふっと笑ったり、ちょっと眉が動いたり。
「タジン」は良いポジションに着きましたねぇ。
 きっと、長らく活躍しそう。 
 今日もよい時間を過ごせそうです、ありがとうございます^^

投稿: どりす | 2010年12月21日 (火) 13時00分

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