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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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« あいて!〈引用ノート3〉 | トップページ | 日日のしおり…3月11日(金)つづき~13日(日) »

2011年3月17日 (木)

日日のしおり…3月11日(金)

 東日本大震災が起こって、じき1週間。
 あの日を境にいろいろのことが変わりました。これから、もっと変わるだろうと思います。「変わる」には、「失う」ということも含まれ、すさまじい痛みをおぼえますが、痛みのなか、これまでもち過ぎていた物欲やら、過剰だった便利好みやらは、手放してしまいたいという思いをつよくしています。
 過酷な状況のなか、できるだけ静かにおだやかに暮らそうという「いま」を記録してみようかという気になりました。
「日日のしおり」。変わり目の記録です。もうひとつには、変わり目の誓いです。
 大震災の起きた3月11日を1日めとして、ひと日ひと日綴ってゆくつもりです。もしかしたら呑気に映るかもしれませんけれど、そのくらいの調子をめざして、まずはひと月書いてみたいと思います。
※平日のみですが、できるだけ毎日更新する予定です。

3月11日(金)

 毎年3月も10日を過ぎると、なんとはなしにこころがざわつく。東京大空襲(1945年3月10日)や、地下鉄サリン事件(1995年3月20日)のことが胸に迫るのだ。東京大空襲のときには、わたし自身この世に生を受けていないけれど、周囲の大人が語るのを幼い日から幾度も耳にした。サリン事件のときはすっかり大人で、このおそろしい無差別テロの報道を実時間で受けとった。
 桜の開花の待たれる、どこか朧(おぼろ)なこのうつくしい季節がめぐってくるたび、どうか無事にここをわたらせてください、と祈るかまえになる。

 ……そうあらためて思う、道の上だ。
 毎日新聞社の友人が送ってくれた映画の券をとり出して見たのは、今朝のこと。(そろそろ観なければおわってしまうわ)と思いながら。調べてみると、おわってしまうのがきょうであることがわかった。あたまのネジを締めあげて——そういうつもりで、という意味だが——午前中にせっせと原稿を書いた。締めあげれば早くできるかというと、そうでもないのがつらいところだが、きょうはなんとか仕上がったので、それを待ってくれている相手にパソコンでぴゅーっと送った。つぎに大急ぎでそばを茹で、大急ぎで長芋をすりおろし、早口で夫を呼んで、昼ごはんだ。
 こうして13時過ぎに靴を履いて、道の上にいたのだった。向かうは隣町の小さな映画館。この映画館をわたしはとても愛していて、そこまでこんなふうにてくてく徒(かち)でゆけることを、ありがたく思っている。とはいえ出不精だから、年に3、4回しか行きはしないのだけれど。
「毎日かあさん」の最終日。間に合ってよかった。この映画の招待券を送ってくれた友だちの好意も、仕事で縁浅からぬ毎日新聞に、長く長く連載されている「毎日かあさん」(西原理恵子作)への思いも、むなしくしないですみそうだ。そう思いながらてくてくを速める。
 映画がはじまった。ここ東京都武蔵野市は原作者の西原理恵子さんの地元でもあり、「毎日かあさん」熱はかなり高いから、もっと混雑しているかと思ってきたが、この回はさほどでない。
 映画のなかで西原さんの役を演じる「小泉今日子」がたのしそうなのが印象的だ。このひとは、演技を通して家族体験を得てゆける存在なのだろうなあ。夫である「鴨志田穣」役の「永瀬正敏」も、相当にこの役に入りこんでいる。こうした演技者を眺めながら、わたしはおかしなことを思いだしている。
 小学校6年の数か月のあいだだけ、役者願望をもったことがある。中学進学のため入学願書の証明写真が必要になって、同級のYちゃんとKちゃん、それぞれの母親たちと一緒に、町の証明写真の自動販売機(スピード写真)に出かけていった。当時、スピード写真は出はじめでものめずらしく、異様に緊張していたことをおぼえている。写した4枚の写真が正方形の印画紙のなかにコマわりになって、自動販売機から出てくるなんていうのは、どう考えても不思議でならなかった。当時4カット1枚のそれがいくらだったかわからないけれど、わたしは、まず、4枚同じ顔では「もったいない」と思った。
 もったいないから1枚めだけは入学願書にふさわしい真面目くさった表情にしたが、あとの3枚は、笑顔、横向きのすまし顔、あっかんべえの顔で映った。
YちゃんとKちゃん、わたしと、それぞれの手もとにできあがった証明写真がそろった。「あら、ふみこちゃん、表情を全部変えたのねえ」と、誰かのお母さんが驚いたように云う。もったいないからと、わざわざ別の表情をつくったのはわたしだけだったらしい。YちゃんもKちゃんも、わたしの写真を見て「へええ」と笑っている。このとき、誰かのお母さんが「ふみこちゃんは、大きくなったら女優になるといいわ」と云ったのだ。「……」
 帰り道、母にむかって「じょゆうって何?」と尋ねる。「女の俳優さんのことよ。岸田今日子さんみたいなひと」母は高校時代、俳優の「岸田今日子」と同級で親しかったのを知っていたから、すぐとわかった。(岸田今日子さんみたいなのかあ……)と。それから中学に上がるまでの数か月間、女優を志望していた。母も、ちょっとそんな気でいたらしく、「こんど岸田さんに会ったら、話してみようかな」というようなことを云いながら、かすかにはずんでいたのだった。が、もったいないという理由で、写真撮影のとき4種類の顔をつくったというくらいで、役者への道は拓けなかった。拓けかけたことすらなかった。
 岸田今日子さんが、急いでこの世から旅立ってしまったものだから、その話をしそびれてしまった。「あはは。その道じゃなくてよかったんじゃないかなあ」と、あの魅力的な低い声で云ってほしかった。
 そんなことを久しぶりに思いだした。わたしが演技にかかわっていたとして、「小泉今日子」のようにも「永瀬正敏」のようにも役柄を生きられなかったのにちがいない。ああよかった、と、何がどうよかったんだかわからないため息を、わたしは映画館の暗がりのなかで、ひとつついたのだった。
 そのときだ。画面のなかで、アルコール依存症から抜けだしきれなかった鴨志田さん役の「永瀬」が、家のなかで大暴れしている。座席から腰が浮いた。(大暴れの感じを、このごろは「なんとかD」とか云ってこんなふうに演出するのか、それにしちゃあ「なんとかD」のメガネかけてないけど……)と思ってふりむくと——わたしはこの回の客のなかで、もっとも前に坐っていた——ひとが皆映画館の扉にむかって走っているのが見えた。そしてやっと、地震だと気がついた。(途中なんだけどな。きょう、最終日なんだけどな)と思いながらひとり居坐るわたしの頭上に、天井の塗料がはがれているのか、ぱらぱらと何か落ちてきた。後部座席の上からは、コンセントにつながった何かの線が、宙づりになっている。
 映画館のひとの対応がおちついているのが、やけにまぶしい。この映画館に3つあるホール(スクリーン)のうち、いちばん大きいホールからは、ぞろぞろひとが吐き出されてきている。第83回アカデミー賞で、作品賞、主演男優賞(コリン・ファース)など計4冠を獲得したばかりの「英国王のスピーチ」を観ていたひとたちだ。
 ステッキをついた老紳士が「それにしてもずいぶん揺れましたな。ちょうどいいところだったんだが……」と、くやしそうにつぶやいている。その肩についた、どうやら落下物体であるらしい粉のようなものを払いながら「また、すぐご覧になれますよ。ほら、あちらで招待券を配りはじめているようですよ」と云っているこのとき、わたしにも、老紳士にも、震源地でのおそろしい状況など想像すらつかなかった。とうとう地震が東京にきたな、という感じをもっていたのだった。が、それは大きなまちがいだった。
 帰り道。時計を見ると、15時を少しまわったところだった。なんとなくあたまがぼうっとしている。映画を観きれなかったことや、もっと大きい揺れがきたとして……という考えや、家の者たちそれぞれの居場所などがぐるぐるまわっている。家まであと7、8分というところで、道がぐわんと揺れた。ああ、まただ。道路沿いの家の玄関を、ひとが怖怖あけて顔をのぞかせている。

 家では夫が居間でひとり、立ったままテレビを見ていた。
「津波が……家を、船を、押し流してるんだ」

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コメント

仙台のじゅんこさま

わー、おんなじ!
『大草原の小さな家』のかあさん気分でいました。
役不足ですけどね。

そうかあ、リラも、いましたねえ。

EXILEのアルバム、気がかりですね。
でも予約しているんですもの、ね。
そういえば、わたしも相葉さん(嵐)の舞台の
DVD、予約したなあ。
届くかなあ。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時05分

ふみこ様 皆様 こんにちは
お日様が眩しい仙台です。

同じ時間、金子さんの詩を娘と暗唱してました。確かにつながってましたね。

ご飯のしたくをする時は「大草原の小さな家」の、かあさんになりきって。(イナゴ襲来時のムクドリパイ!)

今日は「アンの娘リラ」になりきります。

これまでの本を読む習慣に感謝しています。

今日もみんなで元気に過ごせますように。
届いてますよ(^o^)/

今、気になってるのは…予約していたEXILEのアルバム、いつ買えるのかということ(^^;ふみこさん、嵐は…ライバルですわよ(^^)

投稿: 仙台のじゅんこ | 2011年3月18日 (金) 10時56分

寧楽さん

わたしも、
きょうもがんばろうと思います。

がんばれると、思います。

どうもありがとうございます。


投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 10時06分

ふみこさま

こんなにたくさんの
温かい心と言葉があるんだから

きっときっと届くと
思っています。

今日もまた頑張ろうと
思います。

恐怖がなくなりますように。

投稿: 寧楽 | 2011年3月18日 (金) 08時15分

スイさん

大変ななか、いらしてくださったこと、
忘れません。

スイさんのご無事だったこと、
ここで、みんなで感謝したい気持ちです。

できることをしようと、
できるだけ的確にそれをしようと、
ここでみんな、目をぎょろぎょろさせています。
こころを、ぴーんと張っています。

待っていてくださいね。
じき、できること、していいことが
見えてくるはず。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時57分

えぞももんがさん

無駄にしないぞ、は、
いまのわたしの合い言葉です。
魔法のことばです。

はなれていても、
同じ合い印で、暮らしてゆける……。
ありがたいことです。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時55分

saguchiさん

ここで、皆がどれほど
仙台にうつったばかりのsaguchiさんを
心配したかしれません。

ほんとうに、よかったです。
無事で。

逃げてきたなんて、云わないで。
そこを、ひたすらに生き抜いての道の途中です。
だんなさまのことをはじめ、
どんなにご心配があることか。

よくぞここまで。
ほんとうにお疲れさま。

つづきを、がんばりましょう。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時53分

どりすさん

救済の方たちの、
心身のことが気がかりです。

危険なことに携わっているひとびとに、
ありがとう、がんばって、と
心を向けることも、必要だと感じています。

ありがとう。

がんばって。


投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時50分

おかずさん

できることが、ひとつふたつ、
ふえてゆくはずです。
その通い路のひらかけることを、
まず、祈りましょうか。

通い路がひらいたそのとき、
おかずさんのやさしさが、すーっと
届きますように。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時49分

ゆきたんさん

元気を失わないように、
気をつけましょう。

ほんとうに、出番がきたとき、
こころ、からだが弱っていたのでは……。

ありがとうございます。
いつも気づきを。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時46分

ユーフォ吹き さん

ご飯炊き。
子どもにも(年齢にもよりますが)、
ふさわしい、そしてたりがいのある
仕事なんですよね。

小さいひとたちも、
あちらこちらでご飯を炊けると
いいなあ、と、その光景を思ったりしています。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時45分

なのさん

ほんとうに。

自分のしていることが、
お腹をすかせているひとの
美味しい何かを生んだり、
寒さにふるえるひとの
暖になるといいのに。

でも、じき、そういう通路もひらけるでしょう。
それを信じて、願いたいです。ね。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時43分

マドレーヌさん

いらしてくださって、
ありがとうございます。

変わり目に期待したいと
思いはじめています。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時41分

Koujiさん

わたしも。
Koujiさんの真似をして、
ひとのしあわせを祈りながら、
立っていたいと思います。

それぞれ、願うしあわせも、
きっと、すこし変化してゆくでしょうね。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 07時40分

ふみこさま。

日々のしおり、私も今からでもしっかり記録しようかと。ここをみて、その気持ちが出てきました。

地震後5日目でようやく職場では『あの日』を思いかえし、従来の地震対策の見直しについて話し合いました。
毎日の対応で精一杯だったこともあり、これだけ時間がかかったのかと思うと同時に、先への準備をすすめることができる段階にきたんだな、とも感じました。

津波を受けたこの町ですが、ライフラインもだいぶ復旧しました。物資調達の不便はありながらも食べるものも寝るところもあります。家族の車は流されましたが命はあります。それだけで幸せなことです。

節電のため、この寒さのなか思うことは、さらに被害の大きな場所での医療、生活の過酷さ……。
現地には今は行くことはできないけど、ここで自分になにができるか考えています。ずっと祈り続けています。

投稿: スイ | 2011年3月18日 (金) 07時20分

ふみこ 様

おはようございます。

1週間前 「もうすぐ春が来る」そう思っていたあの日から
もう 数カ月もたってしまったような 気さえしています。

「春」という言葉を口にするのを ためらう自分がいます。

私も 心の中で いつも
「私にできること・・・なんだろう・・・」そう 繰り返し考える毎日。

まず 今の私にできること

仕事をしっかりすること
「食材は無駄にはしないぞ」「水は無駄にしないぞ」
「電気だって無駄にしない」そう 言い聞かせながら家事をしています。
やがて 被災地の方への 私なりにできることも 見えてくると思います。

そして

今日の日を大事に生きること


ふみこさん 絶対 あきらめない。ですね。

ふみこさんの本とターシャ・テューダーさんの本を
枕もとに置いて寝ています

投稿: えぞももんが | 2011年3月18日 (金) 05時52分

ふみこさんこんばんは。

私、仙台にいました。

それはもう、恐ろしかった。
今も、余震が来る度体が震え、何も手に付かなくなります。

でも、しっかり生きています。

家族全員、無事です。

今は、実家に避難しています。主人は、仙台にいます。

ずっとずっと、悩んでいました。
地震の次の日、とにかく必死で運転し、東京に帰ってきてました。二人の子を抱え、土地勘も知り合いもいない私が、ここに居ても仕方が無いと。

だけど、帰りついてからは、考える時間が出来たせいで、私だけ逃げてきて、こんなに皆に良くしてもらって、申し訳なくて申し訳泣くて。
気持ちの置き場所に困りました。

でもこうして、皆、少しずつ出来る事をしてる。

私も少し休んで、普通の暮らし、します。

私も今の気持ちや地震の事、少しずつ綴って行きたいと思っています。

投稿: saguchi | 2011年3月17日 (木) 23時14分

日日のしおりに、私も添わせていただきたく思います。
 今日の雪は、胸の奥まで突き刺さるようでした。
 お願いだから、もう揺れないで。
 助かった命を消えさせないで。
 報道を見つめるたびに、こみ上げてなりません。
 けれど
 あの時、ずっと見守っていてくれた人たちがいてくださったように、
 私も、その復旧の時まで
 できることを行動にうつしながら、見守り続けたいのです。
 せめて、早く春の訪れを。 暖を。 と念じています。
 わが身を投じ、救済に動かれている方々に感謝してやみません。

投稿: どりす | 2011年3月17日 (木) 22時30分

ふみこ様、皆様

私は今関西で暮らしていて、何もできず、いつもと変わりなく暮らしている自分が情けなくなったりしていましたが、ここにきて、ふみこさんやみなさんの言葉にふれて、今できること、今だから考えられること、をしていこうと思いました。

家族が元気なこと、ご飯がたべられること、暖かいこと・・その幸せをしっかり感じて。
そして、祈っています。

投稿: おかず | 2011年3月17日 (木) 22時03分

ふみこ様、皆様

変わり目の誓い、私も、ふみこさんと一緒に考えていきたいです。

本当に必要なものは、何なのか?本当にしたいことは何なのか?

便利になったけど、その便利は本当に必要か?

世の中、凄まじい勢いで変化し、便利になって、こうして憧れのふみこさんとやりとりできたり、いいこともたくさんあるけど…結局、最後は、心だなあと思います。

一番こわいのは、心を失うこと。

心さえ、心さえ、存在していれば、乗り越えられると信じ、祈っています。

本当に困っているかたには、気休めに聞こえるかも知れません。ごめんなさい。
私は、元気に、過ごしています。困っている人に、手を差しのべることが、できる体力と気力を持っていたいです。できることから、無理しないで、やります。

投稿: ゆきたん | 2011年3月17日 (木) 21時11分

阪神大震災に遭った時 
親戚のおじさんから
「今あることを細かく書き綴っておいた方がいいよ」と
言われたのを思い出しました
当時高校生だった私は そんな気分じゃないよと
何も記していませんでした・・・

あの時どうしてそうしなかったのか
時々ちくちく胸にひっかかっていました

今は無意味に思えても
しばらくたって意味あるものになるかもしれない

日日のしおりも そうだと思います

しばらくご無沙汰でしたが
はじめちょろちょろ・・ 再開しようと思います
遠方から祈りを込めて 今できることかな と思います 

投稿: ユーフォ吹き | 2011年3月17日 (木) 20時55分

今の自分に出来ることはなんだろうと考えます。
出来ることを少しずつでいいからしていきたいです。

毎日の暮らしが変わりなく始まって終わることの尊さを痛感せずには
いられません。平凡な日常が一番の幸せなのだと。

皆の回復と幸せを信じて願って祈ります。
それでお腹の足しになるわけではないかもしれないけれど・・・。
けれど願わずにはいられないのです。

投稿: なの | 2011年3月17日 (木) 19時56分

ふみこさま

いまの自分にできることを…と日々を暮らしています。
祈りの日々です。

変り目の誓い、私もこちらで一緒に考えたいと、切に思いました。

投稿: マドレーヌ | 2011年3月17日 (木) 19時16分

Kouji さん

ここに、寄り添っていただけたこと、
ありがとうございます。

崩れ落ちそうなここへ。

でも、それは、お互いのことなのかも
しれません。ね。

ありがとうございます。

投稿: ふ | 2011年3月17日 (木) 18時35分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。

嵐のまえの静けさ、ということばがひらひら現れてきました。
また、静と動ともかんじました。
雪がふりつづけているときに、快晴の場所もあって。
ただ、気持ちの上ではみんなが衝撃をうけましたね。その表し方はそれぞれで、そこに各々個性が発揮されているようです。
 
いま、心がけていることがあります。
近くにあるひとたちに、幸せを願って接しよう、と。
自分らも、いつどうなるかはわかりません。そして、被災地のひとの幸せを祈ることと身近なひとの幸せを祈ることは通じるのではないか、と信じるからです。
 
追伸。
金子みすずの詩集を借りてきました。

投稿: Kouji | 2011年3月17日 (木) 18時22分

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