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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年3月18日 (金)

日日のしおり…3月11日(金)つづき~13日(日)

3月11日(金)つづき
 夫の顔は穏やかだったけれど、いつになくうろたえていた。
 その目を釘付けにさせているテレビ画面には、わたしがこれまで、映画や劇画でしか見たことのない光景がある。——津波。
 東北地方の太平洋沿岸が、いきなり襲われたらしかった。津波(つなみ)の3文字から連想していた事ごとを、はるかに超えた状況。声も出なかった。映画館で地震に遭うという稀有(けう)な体験を報告しようと早足で戻ったのだったが、それどころではない。まったく、それどころではなかった。
 テレビ画面を凝視しながら呆然としている自分に気がついて、とつぜんひな人形を仕舞うことにした。常ならばもっと早くに仕舞うところを、ことしは何とはなしにもうすこし、もうすこしと日延べしてきた。けれど、お雛さま方に、この状況をくわしくは知らさずにおきたいという思いが湧いた。これから先、どんなに過酷なことになっていったとしても、来年、またお出ましいただくころにはおだやかな日日がもどっているように、あたたかな日差しのなか坐っていただけるように、と。
 はっと我に返った夫も、それを手伝ってくれた。ひな人形のことをしてもらうのは、これが初めてである。余震に、お雛さま方がかたかたと揺れる。家のなかのあちらこちらに飾った3姉妹とわたしのひな人形を片し、居間の隅に箱を積み上げる。そうしてしまってから、仕舞うその日、お雛さまに供することにしている蕎麦(そば)を、忘れたな、と気づく。
 手を動かしていたくて、いきなりひな人形を片してはみたものの、きょうばかりはあたまのほうが、なかなか手のしたがっていることに追いつかず、どこかちぐはぐな仕事になった。そしてその、ちぐはぐの狭間に、親しい顔が浮かんでいる。
 気仙沼のあの一家——小学校6年生をかしらに3人の愛らしいお嬢さんがいる。昨年、すばらしく美味しい秋刀魚を送ってくだすった友人のお父さま。その方もたしか、気仙沼の漁師だった。仙台に住む先輩。岩手県の友人の実家。そうそう、福島にも友人がいる。
 お顔は知らぬ大事なひとたちも、大勢、被害を受けているのだろう。わたしの本の読者。ささやかにつづけてきたブログを通してやりとりのあるひとたち。考えているうちに、胸のなかの気がかりが鉛のように重くなってゆくのがわかる。祈りたかった。が、祈り方がわからない。何をどう祈ったら、祈りになるのか。

 17時ごろ、徒(かち)で公立中学校に通っている末娘が帰宅。「怖かった」と、わたしに駆けよる。地震のとき、4階の音楽室で卒業式にうたう歌の練習をしていたそうだ。どこかでガラスの割れる音がし、音楽室からもどると教室の大型テレビが落下していたという。「きっと、図書室の本も落ちて散らばっていると思う。行ってはいけないと云われたから、見てはいないけど」
 夕方、あたたかい具だくさんのつゆをこしらえた。そこにそば蕎麦をつけて食べるように。地震によって、電車もバスも、東京の交通はすっかり停まってしまった。勤め先にいる長女と二女は、どうやって帰ってくることやら。もしかしたら、きょうは帰れないかもしれない。どちらにしても、こうしてつゆがあれば、蕎麦さえ茹でれば、晩ごはんにも、夜食にもなるだろう。
 それに、お雛さま方にも、こうして箱ごしにはなったけれど、蕎麦を供することができたもの。
 21時過ぎ、二女が新宿から(距離にして約15キロ)徒で、長女が23時、築地から(約30キロ)自転車で帰宅。

3月12日(土)
 4時半に目がさめる。寝ていたのかそうでないのかわからないような闇を通り抜けてきたけれど、少し眠ったらしい。めざめたとき、大変なことごとが起きたという重たい記憶が、あたまのなかに詰まっていた。
 おそるおそる、配達された新聞の折り目をつかんで持ちあげる。「大地震」、「大津波 死」の文字。新聞をひろげてみると、「大地震」と見えた大見出しは、「東北で巨大地震」だった。「大津波 死者・不明多数」、「宮城震度7  M8.8  国内空前」の見出しがならぶ。
 震災。夢なら、よかったのに。夢ではなかった。
 テレビをつけると、どこもかしこも震災のニュース。報道のひと誰も彼も、顔をこわばらせている。テレビのこちら側にいるわたしたちが、まだ知らないことをもう知っているという顔。それなのに得意そうでなく、つらさのまま固まってしまったような顔。
 二女の勤め先の新宿の百貨店が、休業となる。元旦だって休まないというのに。

 長女が、晩ごはんにカレーをつくると云いだす。何かしないではいられないのだなあ。手を動かしたいのだなあ。台所で、手だけではなく、妹たちを手伝わせながら口もさかんに動かしている。
 昨夜から、電気をできるだけつけないで暮らしている。晩ごはんの仕度も、食べるときも、あと片づけも、ろうそくの灯りで。
 できあがったカレーは、辛いというより苦かった。カレー粉を、いったいどのくらい入れたのだろう。辛ーいという顔、ろうそくの灯りが隠してくれた。

3月13日(日)
 考えてみたら、昨日のわたしはどうかしていた。
 新聞をひらいてはため息をつき、テレビを見てはため息をつき、結局、しかけた仕事にも手がつかなかった。そうして、子どもにカレーをこしらえてもらい、辛いとかなんとか思ったりしているうちに、もう休むよりほかなくなって。
 こんなことではいけない。それで今朝は朝から、できることを片端からしてみている。テレビも休んで、ラジオにした。
 おちつこうというときは、台所だ。干鱈(ひだら)を水につけてもどし、塩漬けのたけのこを水につけてもどし、切り干し大根を水につけてもどす。こうもどしてばかりいるのなんかは、やっぱりどうかしているかもしれないけれど、水につけてしまえば、相手はもどる。もどってしまったら、料理してしまわなくてはならない。自分を料理へと追いこみたかったからかもしれない。
 ほんとうは、ことをもとにもどしたかったからか。しかし。起きてしまったことのなかで、行く先をさがしながら生きていかなければ。
 最初にもどったのは切り干し大根。 

 火を使わず、ちょっと辛味の即席漬けをこしらえた。

切り干し大根  ……………………………100g
合わせ調味料
 しょうゆ………………………………大さじ3
 コチュジャン…………………………大さじ1
 一味唐辛子…………………………小さじ1 
 砂糖…………………………………大さじ1
 にんにく(みじん切り)………………小さじ1
 生姜(みじん切り) …………………小さじ1
 長ねぎ(みじん切り) ………………大さじ3
 ごま油………………………………大さじ2 
 白ごま(炒りごま)  …………………大さじ1

①切り干し大根は30分ほど水につけてもどし、もみ洗いする。
②手でぎゅっとしぼって、合わせ調味料で和える。手でよくよく和える。
※ここににら(長さ2cmに切って)を適宜、生のまま和えても、おいしい。

Photo
ろうそくの食卓です。
干鱈のシチュウ、バタライス。

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コメント

ゆるりんりんさん

思いだせてよかった……ですよね。
思いだしてくださって、
たとえば、恐ろしく無知で呑気なわたしに
おしえてくださって、よかったと思えます。

「穏やかな波動がものごとを前進させる」

このことば、忘れないようにします。

こころの、奥のほうにあるもの。
それが、こんなに力のあることば、
穏やかでつよい決意であったとは。

投稿: ふ | 2011年3月22日 (火) 15時07分

ふみこ様
地震が起きてから
心がざわついているのですが
もっと奥のほうには
静かで固まっているようなものがあって
いったいそれは何なんだろうと
みつめていました。

これはトラウマ?いや、ちがう。
そこにいるのはなに?

堅い決心がそこにいすわっていたのです。
わたしにとってのあの日の決心。

「負けるもんか」と決めた気持ち。
その気持ち消えてない!
安心できることは一つずつやっていく。
安心できる言葉を発信する。
嬉しいことを一つずつ拾っていく。
ほほ笑みの輪と和を広げる。
「穏やかな波動がものごとを前進させる」
わたしは被災して
そのことを学んだのでした。
その大切なことを思い出せと
心が言っていたのです。

気持ちがぎざぎざにならないようにして
できることを続けます。

投稿: ゆるりんりん | 2011年3月22日 (火) 11時43分

ももさん

大変な12日間を過されましたね。
肩を抱いてさしあげたい気持ち。
代表して、わたしが……。

ぎゅ。

お父さまはよく生き、
さいごは、相当にがんばって、
そして旅立たれたのですね。
お見送りができたこと、
おめでとうございます。

(変な云い方だけど、そういう思い)。

元気でいましょう。
溌剌と、できることをしましょう。

どうもありがとうございました。
いらしてくださったこと、です。

投稿: ふ | 2011年3月22日 (火) 09時47分

ふみこさま、みなさま

 しばらくの間、そばで苦そうにしていた父も、他界しました。
最後は、少し楽そうで…。
家族は、「ホッとした。お父さんもようやく楽になれた」と思う気持ちが、
ほとんどだったと思います。
しかし、喪失感のようなものはあるもので、フーっと大きなため息をついていたら、
この震災が起きました。
どうしたらいいのか分からなくなるような情報がたくさん目や耳に入り、
大きな揺れを感じるだけで終わっている私は、
ただ、申し訳ないような気持ちで過ごしていました。
ここにいらしている皆様同様に、
電気を使うたび、暖かい思いをするたびに、
どこか申し訳ないような気持ちもしていました。
もしかしたら、テレビの向こうの方は、私たちだったかもしれない…。
そう思うと、泣くこともできず、茫然としているだけでした。

そんな時、ラジオで、
「元気な人は、しっかりと明るく前向きに。何かのために、しっかりと体力をつけておくこと」という話が聞こえてきました。
毎日の電気、水道、ガス、食事など、なんと当たり前と思っていたことか!
一つ一つ感謝して、大事に生活しようと再認識しました。
こうやって書くと、また当たり前のことなのですが、
毎日、一つ一つ、大事に…、丁寧に…。

みなさまのおことばに触れて、私も少し心を取り戻しました。
ありがとうございます。
また寄らせてください。

そして、何より、今、本当に大変な中、生活されている方に、
一日でも一分でも早く、安心な生活が戻りますよう心からお祈りしたします。

投稿: もも | 2011年3月21日 (月) 13時34分

マドレーヌさん

ありがとうございます。

いらしてくださると、
手を握っていただくような気持ちに
なります。

佳いきょうを。

投稿: ふ | 2011年3月21日 (月) 10時32分

CITRONさん

わたしも、ここへもどってくるたび、
あたたかい気持ちになります。
そして、あたたかく、冷静に、と
誓います。
何度も何度も誓いなおす感じです。

そういう場をつくってくださって、
支えてくださって、
皆さん、どうもありがとうございます。

ときどき、声にだして、
皆さんの名を呼んでいます。

きょうは寒そうです。
この寒さのなかで、
安全、輸送経路などが静かに
回復しますように。

投稿: ふ | 2011年3月21日 (月) 10時29分

ふみこさま

18日分更新分を、読みました。
綴ってくださり、ありがとうございました。

投稿: マドレーヌ | 2011年3月21日 (月) 07時39分

ふみこ様 皆様

ここへくる度、ほっとしています。
全力で祈るにしても、どのように祈ればいいのか、、
ただ、食事するとき、お風呂に入るとき、眠るとき、etc.
ことある機会に、心で被災地が光で包まれるようにイメージしています。
自分に役割が来るとき、全力で尽くしたい。

ふみこさんのように、ここを訪れる皆さんのように、
こつこつと暮らして、
これからの日本の行く末を見守ります。
あの日からのこと、書いてくださってありがとうございます。


投稿: CITRON | 2011年3月20日 (日) 23時58分

えぞももんがさん

これから長く長く、
できることがあると思います。

直接何もできていないと思うひとびとの
「何か」が、もう作用しはじめているようにも、
わたしには思えてなりません。

直接できることがみつかったときのためにも、
風邪をひかないで。
えぞももんがさん、
きょうも、ありがとうございます。

投稿: ふ | 2011年3月20日 (日) 17時55分

みぃさん

はじまりはじまり。

うれしいおたよりを、
どうもありがとうございます。

そうして、監督さんのように、
これから被災地に入る皆さんの、
無事と、その志にかなう活動ができること、
祈りたいと思います。


投稿: ふ | 2011年3月20日 (日) 17時51分

バッテリーさん

書いて貼っておく。
これ、いいなあ、と思いました。

すぐ忘れるんです。
忘れて、また眉間にしわを寄せて
くよくよしそうになるのです。
眉間のしわと「くよくよ」が何かの役に
立つというのなら、いくらでもつづけますが。
何の役にも立ちませんもの。

おちついて!と、
1日のうち何度も自分に云い聞かせています。

ありがとうございます。
saguchiさんへのおたよりも。

投稿: ふ | 2011年3月20日 (日) 17時49分

ふみこ 様

日々のしおりを読みながら
同じことを していた!そう思って 驚きました。

私も お雛様を 片付けていました。
母が作ってくれた 吊るし雛。
旧暦の お雛様まで 吊るしておこう・・
そう考えていたのですが
「そうだ・・・片付けなくちゃ・・・」そう 感じて
一つ一つの 飾りを 柔らかい布でふき
「どうか 来年の お雛様を お守りください」そう
思いながら 手を動かしました。

朝 まだ寒いので 暖房をつける時
食事を作るのに 水道の蛇口を開けるとき
お風呂に入る時
被災地の方のことを 思い浮かべ
申し訳ない気持ちで いっぱいになります。
今 私にできること なんだろう 繰り返し考える日々です。

投稿: えぞももんが | 2011年3月20日 (日) 16時36分

ふみこさま みなさま

はじめてコメントいたします。

息子がお世話になっている野球部の監督が 
20年以上 岩手で生活されていました。

その監督さんが金曜日の夜 被災地に向かわれるということで
父母会長さんが中心となり部員の家族や親せき 知り合いに声を掛け
衣類を集め 被災地に持って行っていただくことになりました。

昨日(19日)の夕方 無事に岩手に到着し
みんなの想いと一緒に 衣類が手渡されたとの事です。

みんなの想い それは祈りに近い想いですが
少しでも被災地のみなさまに届くといいな…と思います。

あとは 一人ひとりができることを 少しずつ コツコツと…ですね。

投稿: みぃ | 2011年3月20日 (日) 15時20分

ふみこ さま

日々大きくなる、被害の数字を
眉間にしわ寄せ、見ている自分がいました。

いけない、こんなことでは。

いま、わたしにできることを、大きく書き出し
冷蔵庫のドアに貼りました。

1. 義援金 (無理のない範囲でほそく、なが~く)
1. 足るを知る生活 (買い占めない)
1. 祈る

・・・少し落ち着きました。

saguchiさん、

逃げてきたなんて決して思わないでください。
わたしたちも16年前のあの日、3歳と6歳の子どもの手をひいて
がれきの中を、家々の屋根をのりこえ
大阪まで避難して、その後自己嫌悪になやみました。

自分たちだけ、いいのかしら。
あの屋根の下には、被災者がまだ居たかもしれないのに・・・。

でも今は、家族を守るための選択だった、と思っています。
まずそれぞれが、自分の身を守り、
それから自分にできることを少しずつやっていきましょう。

ほんとうに、ご無事でよかった・・・。

投稿: バッテリー | 2011年3月20日 (日) 13時18分

どりすさん

ホルダー。
いいですね。

そっと覗かせていただきたいようです。

秘密の花園みたいな……。

投稿: ふ | 2011年3月20日 (日) 10時37分

週末。
 私は、1つのホルダーを作ることにしました。
 『被災地への思い』
 震災後、何をしていても「こんな事をしていては、被災地の方に申し訳ない」
と自分を咎め、ふざけた人を見かけると、「なんだ、こんな時に」と
八つ当たりにも近い憤りを感じていました。
 でも、西の人たちが活性化しないと、復旧の妨げになります。
 子供たちの笑顔に気を取り直して、いつでもすぐに取り出せるホルダーを。

 その中に、こんな記事の抜粋も入れました。
  「約40年にわたり原発の運転に従事し、9月に定年退職する予定だった男性  が、会社が募集した約20人の応援派遣に応じた。
  一番安全なものをやっているという自信があった。
 地域の人の安心を守りたかった。
  東京電力側の受け入れ体制が整った15日朝、男性は自宅をたった』

 張り裂けそうでしたが、
 しっかり温存したので、週明けからは関西の力をレベルアップします。
 
 
   

投稿: どりす | 2011年3月19日 (土) 22時52分

がーねっとBeeさん

素敵。
なんてかっこいい台詞でしょう。
わたしも、つぎに揺れたら、
叫びますとも、 がーねっとBeeさんの
真似をして。

できることが、
少しずつはっきりしてきましたね。
あわてず、長くつづけることが大事なんだなと、
わたしは、ここで皆さんのおはなしから、
学びました。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時57分

たろじろさん

わかります。
手を動かしていたい、という気持ち。

畑をめぐっておられる頃でしょうか。
いのちの証のあいだを、
てくてくと。
わたしも、きょうは午後、ちょっと歩こう……。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時54分

かっちゃんさん

子どもたちの笑顔のためにできることは、
これから先
ながくながく、
たくさんたくさん
あるはずです。

かっちゃんさんが、その明るい笑顔で、
子どもたちの笑顔を育むことができたら、
それがいちばん!

自分の眉間に険しいしわが
寄っているのを発見して、これはいけない!
と思っていたところでした。
笑顔を、まず、自分がとり戻さなくては、と。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時52分

ぽんぽんさん

どうもありがとうございます。

温存は心がけます。
これは、お互いに。

いいお天気ですね。
わたしは雲が大好きなんです。
でも、きょうは、雲が見えません。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時49分

ちるちるさん

涙があふれました。
よく来てくださいました。

ご無事で、ほんとうによかった……。
わたしは本籍地が盛岡なのです。
盛岡には、祖父母の眠る墓もあります。
おちついたら、きっとそこへ行くつもりです。

一歩一歩ですね。
でも、ひと足ごとに前へとすすんで。

おだやかな日日をお祈りしています。
ほんとうに、うれしいおたよりを。
感謝しています。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時46分

ゆきたんさん

あのね、
わたし、毎日筋トレしているんですよ。
30〜40分。
これが、いまのわたしの体力と気力を
支えてくれています。
筋トレしながら、復興のお手伝いをする力を
蓄えているこころになっています。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時41分

Kouji さん

どうもありがとうございます。

できるだけ……ということで、
すこしずつ書いています。
新聞の連載が、ひと月ほど休みになったり
していますので、その分の時間や、
体力(あら、体力で書いているんだわ、と
可笑しくなりました)もあります。

Kouji さんも、
いろいろの力、時間を休ませてあげてくださいね。

感謝をこめて。

投稿: ふ | 2011年3月19日 (土) 11時39分

ふみこさん、皆さん、おはようございます^^
今日の朝日新聞の朝刊、最終面の、避難所の子どもたちの記事、今朝パソコンの「ヤフー」のトップの、消防団の方や、自衛官の方に祝福されている子どもの写真、私の心をホッとさせ、勇気づけてくれました。

確かに、今回の震災は、あちこちの街を「がれきの街」にしてしまった。
でも、そのお陰で、私たち、「宿題」を沢山、神様から頂いたのね…と思ったのです。
皆、それぞれの方法で、解けるあてない宿題を解くべく、知恵を絞っている。
私も「あの日」以来、宿題に向き合いっ放しです。

今朝、自分に区切りをつけました。
私の住んでいる茨城も被災県ですが、私は幸い、家にダメージが無かったので、
「被災者」のカラを脱ごうと決めました。


自分に何が出来るか…もっと考えていきたいです。
確かに、揺れは怖い!
でも、あの子たちを見たら…。
「揺れくらい、何だ!
          矢でも鉄砲でも、持ってこいや!」

投稿: がーねっとBee | 2011年3月19日 (土) 06時54分


ふみこさま、こんばんは。
私も、ただただ手を動かしていたくて、ちょこまかと動き回っていました。
頭の疲れに身体を追い付かせたかったのかもしれません。

明日は近所の畑を巡ります。美味しい野菜があるのです。
そうやって、平常心を保ちます。

投稿: たろじろ | 2011年3月19日 (土) 01時53分

ふみこさま、みなさま、こんばんは。

今日の夕刊に、被災地の子供さん達の笑顔の写真がたくさん
載っていました。

この一週間、新聞受けから新聞を取り出す時、
どきどきしっぱなしだったので(悲惨な状況が大きな見出しで
書かれてばかりいたので)久しぶりに私も笑顔になりました。

この子供さん達の笑顔を守りたい。
守ってあげたいです!!

今の私になにができる???
自問自答する日々が続きます・・。

寒い一週間でした。
週末・来週は少しでも暖かい日が続きますように。
被災地の方もそうでない方も、どうぞ体調を崩されませんように・・。


ふみこさん、ひよどり達はいつも通りにみかんやお花をついばんでいます。
その姿を見ていて、今の現状が夢なら・・と思わずにはいられません。
ごめんなさい、なんだか後ろ向きな発言になってしまいました。

投稿: かっちゃん | 2011年3月19日 (土) 00時25分

ふみこ様

ふみこ様も心と体を休める週末にしてください。
私などに言われなくても・・・とじゅうじゅう承知のつもり
ですが。つい、koujiさんと同じく心配になりました。

温存、温存。です。

失礼しました。

では・・・。

皆様も元気で週明けがむかえられますように・・・
おやすみなさい。

投稿: ぽんぽん | 2011年3月18日 (金) 22時07分

はじめてコメントします。岩手県南在住です。
当地は内陸のため被害は少なかったのですが、「あのとき」をさかいにすべてがくずれたのに変わりはありません。
停電のため、情報はよく聞き取れないラジオからだけでした。余震で眠れぬ夜を過ごし、翌朝、新聞は配達されませんでした。休刊日以外、新聞は配達されて当たり前だと思っていたことにはじめて気付きました。避難所まで出向き、いつもより少ない紙面を読んで、それまで知らなかった被害の大きさを知りました。
忙しいからとふだんなかなか読めなかった新聞。
震災後、一番の情報源は新聞です。今までの暮らしが当たり前じゃない。と気付かせてくれたのも新聞でした。
私に山本ふみこさんを教えてくれたのは図書館にあった本でした。ずっと好きで新しい本が出るのを楽しみにしてきました。
その図書館もしばらく開館できないそうです。
早く元のくらしがもどりますように。

投稿: ちるちる | 2011年3月18日 (金) 21時41分

ふみこ様、皆様
この一週間、色々なことを考え、学びました。

毎日、できることから、協力し、日々祈って、こうして無事でいられることに感謝しています。

ふみこさんも、無理なさらないように、充電してください。

体と心は一体だから、心が折れそうになったら、運動して、体から元気にするといいらしく、私は、今日、体を動かしたら、確かに、元気になりました。

自分の心のメンテナンスも大事ですね。自分の心のメンテナンスできてない人が、人の心を支えるなど、できないから。

投稿: ゆきたん | 2011年3月18日 (金) 20時58分

ふみこさま、不躾でしたら、すみません。
ほぼ毎日更新されるのは、大変ではありませんか?
ふみこさんのお書きになるものは、他にあるブログ、いわゆる日記とは性格のことなる、心血注いだ随筆であるので、氣がかりになります。
それがふみこさんの誠意であり、それでご自身を保つところもあるのではと推察しますが。…
ご無理なさらないでくださいね。
すいません、なんだか勝手な思いこみにしかすぎないのかもしれませんね。
お気持ちをゆるめられる週末でありますように。
みなさまにも、どうか心おだやかな週末でありますように。

投稿: Kouji | 2011年3月18日 (金) 20時01分

しょうさん

東北の皆さんの「がまん」と
「許容」の上に、生活していたんだと、
わたしもあらためて思っています。

恩返しの意味でも、復興にこころを
向けないと、と。

週末は、こころを休めてくださいね。
さあ、こちらも、この電源を落として、
そろそろろうそくの時間です。

ありがとうございました。


投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時25分

ぽこはなさん

福島のさかな、農産物は、
日本の宝です。
そんなに簡単に「だめ」になどなるものですか。

わたしのめあてのひとつは、
被災地の食べものとの再会です。

福島の「めひかり」、食べたいなあ。

お母さまに、宝ものの話、
どうかお伝えねがいます。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時21分

Koujiさん

連絡がつかないというのが、
こんなにも苦しいものかと、思わされた
このたびでした。
お察しします。

いろいろの生きものが、
等しく被災している。
そのことを忘れないようにしたいと思います。

ではまた。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時17分

あささん

不謹慎とか、云わずに。
見守るわたしたちにも、
想像以上の「ストレス」がかかっています。
たのしいことも、しましょう。ね。

友人は、
子どもたちに「藤子不二雄」解禁した!
と、やさしい声で伝えてきました。
「読み放題」なのですって。
(友人も、読むつもりという、声に聞こえました)。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時15分

どりすさん

はじまりましたね。
はじまったんですね。

わたしも、いろいろ集めています。
モノたちに、やさしく触ろうと、苦心しています。
その感触も
届けたいなあと思いながら。

投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時12分

ぽんぽんさん

ぽんぽんさんの「元気」、
なくさないように、温存してくださいね。
どうかどうか……。

さて、わたしは、
週末はすこし静かに暮らそうと思っています。
徒(いたずら)に、
張りつめ過ぎているところがあって、
そこをすこしだけ緩めようと。

いざというとき、
張りつめ過ぎて、鈍った心身だけがそこにあっても、
なんの働きにもならないような気がして。


投稿: ふ | 2011年3月18日 (金) 18時10分

ふみこさま、皆さま

一週間が経ちましたね。神奈川の私は、今夜、北に向かって手を合わせようと思います。

福島の原子力発電所でできた電気は福島のひとたちが使っていたわけじゃない、なんて当たり前のことを今回の震災まで知らずにいた私です。そのために福島の人たちが今、恐怖にさらされていると思うと本当に申し訳ないです。

今までの日常が誰かのおかげで、犠牲で成り立っていたことに、改めて気づきました。

今日も心を静かに、いろいろなことを噛みしめ、できることを粛々と。

ふみこさんの、そしてみなさんのコメントを拝見することができて、本当に…なんというか…良かったです。

たくさんのことに気付いた、頭をたくさん使った、体もたくさん使った、一週間でした。


これから長く続く復興の道を歩く、最初の一歩。幼い娘をはじめとする、未来を担う子供たちに、大人がどう振る舞うか、踏ん張るか、恥ずかしくない姿をみせなくては。

投稿: しょう | 2011年3月18日 (金) 17時53分

あの日から、いろんなことが後も簡単に変わってなくなってしまいましたね。

映像で見る悲惨な現状にただただ途方にくれています。
 
私は福島の郡山市で12歳まですごしました。
今も連絡を取り合っている友人はいませんが
彼らの安否をただただ祈るばかりです。

そして母がいわきに住んでいます。
原発からは35キロの地点ですが今は近くの市に住む親戚の
家に避難しています

母は魚屋さんで働いていました。
昨日電話で話したときにもう福島の魚はもうだめだろうといっていました。
インターネットでの販売が経営をささえていたからです。
もう、東京の人は買ってくれないと悲嘆していました。

福島のお米も野菜も果物も同じことですよね。
故郷がそんな風になってしまうのが本当に悲しいです。
このまま沈静化してほしいと泣きながら願うばかりです。

福島には放射能が怖くて支援物資も入らないと聞いて
ほんとに心が苦しいです。

どうしてこんなことになってしまったのか・・・。

早期の支援物資と復興を心から願います。

私も今まで甘えてばかりでしたがこれからは母を支えてがんばっていこうとおもいます。
自分にできることからですね。

ふみ子さんの言葉やみなさんの言葉を読んで興奮していた気持ちが
落ちついていくのを感じました。
ありがとうございました。


投稿: ぽこはな | 2011年3月18日 (金) 15時17分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
 
気仙沼には母の友達や親戚がいて、まだ連絡がつかないそうです。
岩手には母方の祖父、叔母、従兄妹たちがいます。こちらのほうは、被害はまったくなかったようで、たくさんいる猫たち(みんな拾われた子たちです)も元気なようです。
被災にあったのは、動植物、ものもなんですよね。その点もしっかり意識していたいです。
 
なんとなく911の出来事を連想しました。現実の出来事とはおもえないかんじが。
でも現実なんですよね。
現実とはなんだろう、とおもわされます。

投稿: Kouji | 2011年3月18日 (金) 14時36分

ふみこさん

「あの日」以来、何度もこちらにお邪魔していましたが、
被災地の親戚、友人たちと連絡が取れず、書きこむ気力がありませんでした。
しかしなんとか連絡がつき、みな命があることが確認できたので、今こちらにお邪魔しています。

今朝、郵便局で募金をしてきましたが、
私以外にも何人かが募金に訪れていました。
同じ思いの人が自分以外にもたくさんいると思うと、
心がすこし落ち着きますね。

子どもたちは、できるだけ電気を使わない遊びを、と毎晩頭をひねっています。
昨日はウノとオセロ、一昨日はトランプでした。
今日は花札でもしようかなと思っています。

のんきなことばかりして・・・と罪悪感もよぎりますが、
平常通りにすごし、力を蓄えることも大切かと。
出来ることをひとつひとつやって、大きな困難を乗り越えたいですね。

投稿: あさ | 2011年3月18日 (金) 13時55分

暑さ寒さも・・・のお彼岸に入りました。
 明日は少し暖かくなりそうです。

 うちの町では、市役所が品別に物資を集め、搬送をはじめました。
 まずは、「新しい防寒着」です。
 たぶん、を予想して、昨晩思いつき、「冬物衣料」「タオル」「新品くつ」等を
箱にまとめることにしました。 出動待ちです。
 市内の新聞社の方が、「普段は注意したくなるような学生たちが、神妙な顔で募金に来てくれる」と言っていました。
 現地でも、学生たちが率先して力仕事をしているそうですね。
 ただ、人命優先の中、水族館、動物園での苦渋が胸を打ちます。

 もうすぐ養護学校の子供たちが作ってくれているキャンドルが届きます。
 私が一目惚れした、豆皿に載った小さな桜のキャンドルです。
 小さな灯り、おくりたいなぁ。。。 

 あ、ふみこさま。  
 このあたりでは、おひな様、4月の3日までいらっしゃいます。
 土地柄でしょうか。

投稿: どりす | 2011年3月18日 (金) 13時13分

ふみこ様 皆様
こんにちは


今回、本当に沢山の方が被害に遭い苦しい想いを抱いていると改めて感じています。

こちらの場にいらしてる方達の中にも多くの方が含まれていると思います。


被害の大小に関わらず、あの日起きた事を心に刻み、自分がどうしていたか、これからどうしたらいいのか日々のしおりに残すことに添って生きたいと思います。

私が今出来ることは、ささいな事だけれど。

きっと、きっと、私達日本人は乗り越えられる!

そう祈っています。

苦しいみなさん。そうした中でもどうか子供たちの笑顔を大切にして欲しい。
そして、出来たら一緒に笑顔を作って欲しい。

…勝手な願いですが…

諦めないで…

わたしの元気でよかったらいくらだってあげたい!!

投稿: ぽんぽん | 2011年3月18日 (金) 12時21分

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