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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年3月29日 (火)

日日のしおり…3月28日(月)

 3月28日(月)
 きょうは、熊谷の夫の両親に自分たちの顔を見せ、わたしたちのほうでは顔を見にゆく日。
 出かける前にしておいたほうがいいあれやこれやを考えながら床についたせいか、3時20分に目が覚めた。たいてい目が覚めたときに「えいやっ」と起きてしまうことにしているけれど、それが3時台だと……、話がちがってくる。3時は、わたしにとって、まだ夜だからだ。目が覚めたとき、時計の短針が「3」を指していたら、起きてしまうのを、よす。
 けれど、きょうみたいな日は、べつだ。夜にはちがいないけれど、起きてしまおう。
 机に向かって、1時間仕事をする。弁当をふたつこしらえ、朝ごはんをつくり、晩ごはんのカレーを仕こむ。それから筋トレとヨガも。
 3時台が夜だという証拠に、とても暗いし、とても寒い。手まわし充電の小さいライトを連れて歩き、かじかんだ指先をこすり合わせる。しかし、この不思議な時間は、わたしにきょうという日の価値を告げていた。きょうひと日分の、ありがたみを。

 熊谷のちちとははの顔は、元気な顔だった。夫とわたしの顔を見て、ふたりがどう思ったかはわからないけれど、縁側の日差しのなかにのどかな時間が流れていたことは、わかった。
 ちちが「そうだそうだ」と思いだしたように云って、大きな袋を運んできた。なかからとり出されたものは……、ちり紙。
「このちり紙は、母が亡くなる日の午前中、自分で買ってきたものなんだよ。束になってこう、たくさん重なったのを2本下げてきたんだ。医者に行った帰り道、町で買ったのをね」
 そう云って、ひとつかみわたしにくれたのだった。
 ちちの母が亡くなったのは34年前。だから、わたしの手のなかにあるこのちり紙もまた、34年前のだ。ちり紙のことをわたしに手わたしてくれたちちも、ことしの1月、80歳に。
 なんというちり紙だろう……。
「あなたは、このちり紙のこと、知っていたの? お父さんがこれを持ちつづけていたってことを」と、こっそり夫に尋ねる。
「知らなかった。おばあちゃん(ちちの母)は心臓が弱くてね、それでとつぜん心臓発作を起こして、この庭で倒れたんだよ。思いが残っていたのかな、親父には。ちり紙を持っていたなんてね」
 ちちが34年間持ちつづけていたちり紙、きっとわたしも持ちつづけることになるだろう。とても、使う気になんかならないもの。何のために使わずに持つかといえば——。それは、ちり紙の価値とありがたみをおぼえるため、そしてちちがそれをとくべつなモノとして手わたしてくれた意味を忘れないため。
 どうやら、いつもより早くはじまったきょうは、なんでもないように見えていたものの価値とありがた味をわたしにおしえる日であったらしい。

 帰る前、畑のほうれんそう、小松菜、ブロッコリ、長ねぎ、白菜、のあいだを歩く。かの地の(作物の)きょうだいが、辛い目に遭っていることを彼らが知ったら、どう云うだろう。たぶん、何も云わない。もの云わぬ存在を悲しませるのは、誰?


Photo

これが、その……ちり紙です。
昔は、こういうちり紙が70~80cmもの高さに
重なって売られていました。
ちちの母は、それを両手に下げて帰ってきたのですね。
家で使う大事なモノとして。

|

コメント

CITRONさん

やめてー。
ごめんなさーい。

ほんとうに、
叫びたい思いです。

絶望せず、
立ち直ってゆきたいし、
変わってゆきたいと、
こころから希っています。

ありがとうございます、きょうも。

投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時18分

たろじろさん

ちちが、
うやうやしく手渡してくれたときの感じ、
忘れられません。

ちり紙にこめられたものを、
少しずつわかってゆきたい……です。

投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時15分

どりすさん

ひみつね。

ありがとうございます、聞かせてくださって。
胸のあたりが、
あたたかくなりました。

このあたたかさを、東北へ。
ひろげる方法も、ひろげる思い方も、
そっと静かに得られますように。

投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時14分

寧楽さん

そうですか。
パン屋さんの朝は、早いのですね。

これからは、
3時台に目が覚めても、
起きちゃうことにいたします。

そして、
寧楽さんのだんなさまに、
「おはよう」を云います。

投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時11分

Koujiさん

何もかもを天災と片づけそうにも
なっていますが、いま。
「ひと」の責任を認めて、
省みないと、また、同じことの
くり返しになりますね。

わたしも、人災をつくることに
手を貸したひとりだと、認めて、
反省したいと思います。

投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時09分

ゆきどりさん

いいおはなしを、ありがとうございます。

ティッシュペーパーを、
考えなしにばさばさ使うような暮らしも、
変えなくちゃいけないですね。
そういう意味では、
いまこそ、変わる「機会」だと思えます。
もとには戻りたくない……、
ちがう豊かさに向かいたい、です。

投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時07分

ゆるりんりんさん

うふふ。
これも、
縮れのある、灰色に近いちり紙(落とし紙)です。

家宝ですからね(ありがとうございます、
ゆるりんりんさん)、すこし器量があがったのかもしれません。

大事にしなくちゃ。


投稿: ふ | 2011年3月30日 (水) 10時04分

ふみこ様

早朝から、長い長い一日でしたね。
先日、大量の畑の作物が処分されていくのをニュースで見て、
思わず、やめて~と叫んでいました。。
夫が、鳥インフルエンザや口蹄疫で殺処分された
家畜達のことを思うと、これもまたやむを得ないだろう。と
切なそうにつぶやいていました。
農家の方々の思い、いかばかりか。。
動植物の命をいただきながら、この身体を保って、
生きながらえているのですね、
人間というものは。

昔祖父母宅で、お写真のちり紙を使っていたと思います。
物資が少なかった時代の貴重品。。
今まで、気に掛けなかったけれど、私たちにとっても、
変わらぬ貴重品。

投稿: CITRON | 2011年3月30日 (水) 00時51分


ふみこさま、こんばんは。

長い長い時を過ごしてきたであろう、ちり紙。
色々な景色を眺め、
色々な話を聞き、
色々な事を受け止めてきたのでしょうね。

モノに託された記憶が、
ふみこさまに改めて託されたのでしょうか。

投稿: たろじろ | 2011年3月30日 (水) 00時00分

ふみこさま、みなさま。
こんばんは。
 縁側にそそぐ日差しは、心身のコリまで溶かしてくれそうです。
 佳い時間ですね。
 熊谷のちちさまは、とても大切な時に買った「家で使う大事なモノ」を
次の人に渡すために持ち続けていらっしゃったのはないでしょうか。
 そして、渡せる人と、時、が訪れたのでは・・・

 私の父は、とても無口な船乗りでした。
 1年に1週間ほどしか接することがなく、語ることも少なかったです。
 なくなって、遺品を整理している時、
古いコーヒーの缶が出てきて、中には、貝殻がたくさん入っていました。
 缶の蓋にマジックで、
 「今、フロリダの海岸で貝殻を集めています。
  まだ見ぬわが子に手わたすことを思いながら」と、書いてありました。
  父の顔に似つかわず、泣き笑い。
  
  ちちから手わたされたちり紙、から
ふと思い出した、私のひみつです。
  大事なモノは、大事なひとに渡したいから。

投稿: どりす | 2011年3月29日 (火) 22時15分

ふみこさま

これは使うことが
できないなぁ。

おばぁちゃん、思い出してほしくて
ひょっこりお出ましに
なったみたいですね。

今、大事なものを
見直すときのようで…

主人は毎日3時より
仕事をはじめています。
冬は(今年は今も)
とても寒いようです。

私はお弁当を作る日も
そうでない日も

大きめのおにぎりを
こしらえて
朝の仕事に入ります。

ゆっくりは食べられないけどお腹が温かくなるようです。

投稿: 寧楽 | 2011年3月29日 (火) 21時27分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
ちり紙、かたみわけのお裾分けみたいですね。つかえばなくなるものですが、そこにもまた価値があるようにもかんじられます。使えることに。形がなくなることにも。
なんとなく、見覚えがあります。祖母の家でみました。鼻紙は渋茶のちりちりしたものでした。
野菜を泣かせているのは、他でもないわれわれひとですね。育てたひとも、泣いてるでしょうね。まったく害がないというものまでですからね。
被災に遭わなかったものたちが追い討ちをかけてどうするんだ、とおもいます。他人のふりみて、自分を顧みたいとおもいます。

投稿: Kouji | 2011年3月29日 (火) 17時46分

おぉ、ちり紙(ちりシと呼んでたなぁ)ですね。
これを知っている人は、どの年代までなのでしょうか。私は昭和41年生まれ。
実家でも汲み取りトイレだったこともあり、これを使っていましたね。でも昭和50年代初めに建て替えた時にトイレットペーパーなるものに変わりました。
トイレットペーパーが品切れという騒動の中「ちり紙、つかえばいいんじゃない」と思ったのですが、ちり紙は流して良いのでしょうかね?今ならパッケージに書いてあるのかな。昔は汲み取りだったので、頓着していませんでしたけれど

投稿: ゆきどり | 2011年3月29日 (火) 15時20分

ふみこ様
あっ、これは高級品のほうのちり紙ですね。
おトイレでは(昔はお便所といってたなあ)
もっとくすんだ色の波のようなでこぼこのあるちり紙を
使っていました。
写真のようなきれいなちり紙は
学校で持ち物検査があるときだけ持たされました。
ちゃんとハンカチとちり紙を持ってきているか、
つめを切っているか、名札をつけているか、
持ち物に名前をつけているか・・・
白いするっとしたちり紙が宝物の時代でした。
おばあちゃんは宝物を2本さげて帰ってこられた。
おとうさんでもっと宝物になり
ふみこさんでもっと宝物になっていく・・・
これがほんものの家宝なんですよね。

投稿: ゆるりんりん | 2011年3月29日 (火) 14時34分

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