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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年3月 1日 (火)

別れの記

 毎日、どのくらい辞書をひくだろう。
 かなりひく。何かを読んでいるとき「これは」ということばの前に立ちどまり、原稿用紙1枚書くのにもしげく辞書にあたる。
 それは……、ものを知らないからでもあるけれど、辞書のおもしろさを知っているからでもある。
 仕事にあきると、ときどき、頬杖をついてぼんやりと辞書をめくる。これは、「ひく」ではなくて「読む」だろう。辞書を読んでいると、なんと云っても(へえ、そうだったか)という発見が多いのだけれど、ぷっと吹きだすようなこともある。辞書にはそれぞれ顔があり、おそらく編纂の皆さんの個性があらわれるのだ。そういうわけで、ひとつ辞書だけを使っているとおもしろみが広がらないから、何冊か持ってひいたり読んだりするわけだ。

 今し方、「とうとう、」と書きはじめて、これはこれはと思った。とうとうなどというつよい副詞を出だしにして、いったいわたしはどこへすすもうとしているのか。書こうとすることは、はじまる前に定まっているかというと、じつはさっぱり定まっていない。それなのに「とうとう」なんかと置いてみてしまって、軽い衝撃を受けている。それで、辞書をひいたのだ。
 すると、どうだろう。「とう−とう」というのが13もあらわれた。だーっと「とうとう」ばかりがならぶ。ひらがなの「とうとう」はひとつきりで、これは、モノを軽く打つ音の意。ほかは丁丁、東塔、偸盗、登登、滔滔、蕩蕩、瞳瞳、鼕鼕、鞺鞳、疾う疾う、到頭、等等と、「丁」のほかは、やたらと画数の多い漢字がならぶ。
 このなかで、わたしがさがしていた「とうとう」は、「到頭」だ。ついに、とか、結局、さいごに、という意味の、とうとう=到頭なのである。これまで、何度も何度も「とうとう」と書いてきたのに、それが漢字でも書けるなどとは考えたことがなかった。もしかしたら、一度くらい辞書にあたったこともあったかもしれないけれど、記憶にとどまっていない。
 かつて記者時代に、漢字が多いと紙面が黒っぽくなり、むずかしそうに見えたり、込みいった印象になるから、原稿を書くときは「かなを多く」とたたきこまれている。漢字をひらがなにすることを、「ひらく」と云うのだが、先輩のことばにならって、ひらきにひらいていたら、なんだか、ひらきっぱなしになった。それに、ひらくことにばかり熱心になっていたおかげで、漢字が書けなくなってしまった。いや、これは、都合よくこしらえた言いわけだけれど、ともかくわたしは一度も副詞の「とうとう」を漢字で書いたことがなかった。

   とうとう、別れのときがきた。

 わたしは、そう書こうとして、(あれ、とうとうって?)と立ちどまり、辞書をひいたのだった。そこから、何冊も辞書にあたって、「到頭」に感心し、(へえ)だの(なんだ、そうか)だのを連発していたものだから、いっこうに先にすすめなくなってしまった。もうちょっとそんなことをつづけていたら、とうとうやってきた別れが、誰と誰との別れなのか、忘れてしまったことだろう。

   とうとう、別れのときがきた。
   これまで30年近くいっしょにやってきて、別れのやってくることなど、
  考えなかった。ずっとともにあって、足りないところを補いあいながら、
  この先もゆくのだろうと、決めつけていた。
   わたしとて、いろいろの別れを経験しているが、これもまた、ひとつの
  別れの経験として数えなければならない。
   ことわっておくがわたしは、別れをしまいだとは考えていない。関係が変わ
  る意味だと受けとめたい。だから彼とのことも、そういうふうに……。


Photo

わたしが「とうとう」別れたのは、
写真左側の魔法瓶(アラジン)です。
30年近くいっしょにいて、彼にはその前にも仕事歴が
ありましたから、相当の年齢なのです。
ことしになって、なかのガラスの一部が壊れました。
ほんとうにありがたい存在でした。
道具としたら、こういうのを「死」と呼ぶことに
なるのだと思いますが、この世とあの世に分かれても、
わたしたちは、ともに過した歳月を忘れずにいるはずです。
そして彼は、わたしに
あらゆる道具とのつきあいかたを、
おしえつづけてくれるでしょう。

後任は、右側の水筒です。
これも、うちに来てから18年ですが、
いま、はりきって仕事をしてくれています。

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コメント

バッテリーさん

あたたかい「鍋」の情景を……。
どうもありがとうございます。
こちらまで、
ほんわか、ぬくぬくしてしまいました。

おぼえておきたいことを、
ひとりでそっとおぼえている。
それでいいんだ、
それだけで十分、という思い方もしています。

充実の3月を、どうか。

投稿: ふ | 2011年3月 6日 (日) 14時56分

ふみこ さま

昨日わが家で鍋会がありました。
今年社会人になる娘の、高校時代の友人4人が
あつまりました。

「とうとう、お別れの日がきてしまいました・・・」 と
卒業式で答辞を述べたのは、
生徒会長だったあの子だったなぁ。
あの日からちょうど5年。

鍋を囲んでワイワイ愉しそうな5人をながめていて、
『わかれ』 は やはり、つながり方が変わるだけで、
それまでに築いたものは、
決して色褪せず (むしろ色鮮やかに) 確かに残るのだと
あらためて気づかされました。

なんだかホコホコあたたかな夕餉でした。。

投稿: バッテリー | 2011年3月 6日 (日) 14時38分

えぞももんがさん

くすくす。
abandonなんて……。

おぼえておきますね。
効き目を発揮しそうでもあるなあ、と。
予感です。

東京も、冷えています。
昨日、はじめて「寒いなあ」と思いました。
この冬、一度も思わなかったのに。
春向きになっていたらしく、こたえました。

投稿: ふ | 2011年3月 5日 (土) 14時04分

ふみこ 様

ここ二日ほど 吹雪でした。

会う人ごとに
「わやだね」 (北海道弁…めちゃくちゃだね)と言い合いました。

横殴りに吹き付ける雪に
「今年の冬も ちゃんと 思えておけよ」と
言われているようで、 ここさえ乗り切れば
今年も 冬と “とうとう、別れのときがきた。”と
なるのかもしれません。


追伸・・・・中学時代?高校時代? いつも 赤尾の豆単という
小さな 赤い英語の辞書を 持って歩いていました。
ぜんぶ覚えるぞ!と思うのですが いつもCの初めで 挫折。
また Aから 始める。その繰り返しで いまだにabandonは書けます・・。
もう あの辞書は ないのでしょうね。 

投稿: えぞももんが | 2011年3月 5日 (土) 07時43分

かぎっこさん

なんて、愛しいお嬢さん。
きっと、ことばに近い道を
ずっとずっと歩かれることでしょう。

「国語辞典」の読書感想など、
読んでみたいものだなあ、と。

いいおはなしを聞かせてくださって、
ほんとうにありがとうございます。

おやすみなさい。

投稿: ふ | 2011年3月 4日 (金) 20時52分

たろじろさん

そういう気持ちをもってもらうだけで、
モノたちは、どんなにうれしいことでしょう。

あらゆる「別れ」に、
これまで見えていなかった一面を
見たいなあ、気づきたいなあと、
希うきょうこのごろ。

たのしい週末を。

投稿: ふ | 2011年3月 4日 (金) 20時50分

しょうさん

ほんとだ!
到頭。
あたま、ですね。

気がつきませんでした。
……発見です。

こういう発見は、ほんとうにたのしいです。
ありがとうございます。

佳い週末を。

投稿: ふ | 2011年3月 4日 (金) 20時48分

ふみこさん、こんにちわ


うちには小学校4年生のムスメがいます


本が大好きで今年はカウントしてるんですがもう50冊読んでいます。

そんなムスメが1年生の時、国語辞典が学校で必要になり購入しました。

すると、すごく楽しそーに「読む」のです。


しばらくの間、読書タイムは国語辞典に。


辞書=勉強だった私にはちょっとびっくりでした。


「ひく」になる前に「読む」を楽しんでいたこと思い出しました。


今は活字なら何でも読んでしまいたい!ようですが、楽しむことを忘れないでいてくれたらなぁと思います。

投稿: かぎっこ | 2011年3月 4日 (金) 10時11分


ふみこ様、こんばんは。
別れはいつだって辛いものです。
良かれと思って決断した別れの後でも、ぐずぐずと気持ちを引きずってしまう弱さがいます。

最近、長年のお付き合いに、相次いで別れを告げました。
母から受け継いだ砥石、
中学生の頃から使っていた箸、
長年使ってきた辞書、
どれも20年選手ばかり。

それぞれに新しい相棒が出来たのですが…、まだまだ未練たっぷりです。

モノとしてはお別れしましたが、気持ちのお別れは出来ぬまま。でも、それで良いかな、とも思っています。大切に想う気持ちは変わらぬままで。
いつでも、
いつまでも。

投稿: たろじろ | 2011年3月 3日 (木) 22時22分

ふみこさま、みなさま

アラジンさんに、いままでお疲れ様でした!!とお伝えください。
ながらく、いつも目にしていたものがその場から消える・・・
しばらくはふみこさんもその光景になれないかもしれませんね。
アラジンさんの余韻ですね。

コップの形が違うアラジンちゃんがうちにはいます。
私もながく連れ添っていきたいものだなと思います。

ところで「到頭」。
「終わり」「最後」というニュアンスなのに、「頭」に「到」るんですね。「尾」じゃなくて。
なんだか不思議ですね。
ぐるぐるまわってるってことでしょうか。
終りがはじまりってことでしょうか。
アラジンさんとのお付き合いが終わったことで、新しい水筒さんとのお付き合いの「頭」に到る、みたいで、面白いなあと。

ことばひとつで不思議がったり面白がったり、本当に、「うふふ」ですね。

今週もありがとうございました。

投稿: しょう | 2011年3月 3日 (木) 13時08分

こぐまさん

こぐまさんは、
子どもたちに、いろいろの宝ものを、
手渡しておられますね。

ものがたり。詩。きもの。
そして大人のやさしさ、おもしろさ。

拍手したい気持ちです。

投稿: ふ | 2011年3月 2日 (水) 16時17分

焼き海苔の の さん

そうなんです、
そうなんです。

わたしも、アラジンをまた……と
思ったのですが、かたちが(とくにコップね)
変わっていて、「あらま」とね。

でも、あのチェックがやってくれば、
馴染むかもしれないと思いかけたとき、
家のなかに「後任」をみつけたわけでした。

あのチェックがやってくれば……。


投稿: ふ | 2011年3月 2日 (水) 16時15分

ふみこさま。

こんにちは。別れといえば、PTAでいっしょに活動していた方が2人、子どもさんの卒業とともに、卒業されました。私は、あと1年がんばらないといけませんが、この2人にいつも助けられていたので、とってもさみしいです。でも別れは関係が変わることなんですね。よき友としてこれからもおつきあいしたいなぁ・・・と思います。今日、読み聞かせに行ってきました。5年生のクラスで 三年峠 と 金子みすずさんの詩を3篇読ませてもらいました。三年峠は、3年生の教科書に載っていたそうで、「知っとるわぁ」という声があがりましたが、読んでみるとみんな静かに聞いてくれてとてもうれしかったです。みすずさんの詩も、みんな静かに聞いてくれました。業間休みは、低学年の子がたくさん来てくれるのですが、「いっぱい読んでね」って目を輝かせて言ってくれるので、ほんとうにこちらも楽しいです。
あっ、そうそう。今日は思い切って着物を着て行きました。
子どもは、「それ袴っていうん?」とか「お正月の服だね」とか言ってびっくりしてました。校長先生や他の先生方にも、「着物はいいですね」と言われ、ちょっとうれしかったです。
では、長くなりました。こんどの読み聞かせは4月からです。たのしみです。

投稿: こぐま | 2011年3月 2日 (水) 15時23分

ふみこさま

娘に「○○ってどういう意味?」と聞かれることが多くなって、
また辞書を引く機会が増えました。
”言葉の森”に迷い込んでいくこともしばしばです。
(”言葉の森”って学生時代、辞書のことをそういうふうに何かに
 書いてあったのを、読んだことがあります)

アラジンのポット、うちにも同じものがあったのですが、
うちのものも、2年ほど前、中のガラスが割れてしまいました。
新しいのは、コップの形が違うので、購入するのを迷ったまま、です。
なんか別人みたいです。

先日のコメント・・・一緒に長い道のり・・・そう言っていただけて
とてもうれしかったです♪

投稿: 焼海苔の の | 2011年3月 2日 (水) 15時13分

CITRONさん

CITRONさん、あのね。
ささやかに英文翻訳の勉強をしていて、
いちばんたくさん指摘されるのが、
「辞書のひき足りなさ」です。
ひいているつもりでも、まだ足りない、
ということなのです。

ひいているつもり……というのが、
そも、まちがいのもとなのかもしれません。

ですから、
翻訳の課題のときは、
「もっともっとひく」がめあてです。

投稿: ふ | 2011年3月 2日 (水) 11時34分

brownbearさん

そうでした。
brownbearさんは、小学校の講師でいらした……。
子どもたちのなかに、ともに仕事をするひとのなかに、
保護者のなかに、
brownbearせんせいを決して忘れないと
誓っているこころが、いくつもあると
思いますねえ。

ひととひとって、
共にある時間の長さでは計れないものですもの。

とはいえ、うしろ髪ひかれる思いは、きっと、
おもちだろうと、想像しています。
また、つぎの1年に向けて、
どうか、この1年の佳いしめくくりを……。

そういう場面を思わせてくださったことに、
皆さんを代表して、
お礼を云わせてください。

どうもありがとうございます。

投稿: ふ | 2011年3月 2日 (水) 11時31分

Koujiさん

「ハウルの動く城」は、
仕事ちゅうに、もっともよく(DVDを)かけておく
作品かもしれません。
勇気づけられるんですよね。

木漏れ日の午後の別れのあとも
決して終わらない世界の約束

という、
koujiさんが書きうつしてくださった
この歌詞(詩)を見て、
ああ、これも、
勇気づけられる要因、と。
気がつかせていただきました。

それより何より。
「おもしろがるには、やっぱり元を知っておく必要がありますが」
というkoujiさんのことば、
肝に銘じます。

どうもありがとうございました。


投稿: ふ | 2011年3月 2日 (水) 11時25分

ふみこ様

辞書をひく、、
子供達が幼かった頃、合間時間を使って
翻訳の勉強に没頭したことがありました。
そのころかかった”辞書ひき病”
ひとつの言葉を、英英、英和、国語、漢和、広辞苑etc.
色々な辞典で調べる楽しさ。。
知っていたつもりの言葉さえ、
はて?と思った瞬間、もう手がのびていました。
今は有能な電子辞書がそばで助けてくれますが、
辞書を”ひく”、というのとは、やや趣が違いますね。

使い込まれた魔法瓶。。
長らくお疲れ様でした。つぎはどんな役目を担うのでしょうか。
”関係がかわる”というお言葉、とても温かく、頂戴しました。

投稿: CITRON | 2011年3月 2日 (水) 09時01分

ふみこ様

ものとの別れ 人との別れ 場所との別れ
私たちは生きている限り 
これらの別れと隣り合わせですね。

1年限りの仕事をしている私にとって
また 別れの季節が迫ってきました。
意図して「育てる」ことが仕事ですが
せめて あと1年あれば
ゆったりと「育む」ことができるかもしれないと
思わないではありませんが
私には 希望があります。

もし 蒔いた種を受け止めてもらっていたら
いつか発芽することがあるかもしれないと。
それは 種を育てる子どもたちの 
自らを「育む」力にかかっているのですが
子どもたちに この力が備わることを
何の根拠もなしに信じているのです。

一緒に過ごして馴染んだ月日は 
体に染みこんで 
いつまでも消えることはありませんね。
ものも 人も 場所も・・・。

投稿: brownbear | 2011年3月 1日 (火) 22時32分

涙の奥にゆらぐほほえみは
時の始めからの世界の約束
いまは一人でも二人の昨日から
今日は生まれきらめく
初めて会った日のように
 
思い出のうちにあなたはいない
そよかぜとなって頬に触れてくる
木漏れ日の午後の別れのあとも
決して終わらない世界の約束
いまは一人でも明日は限りない
あなたが教えてくれた
夜にひそむやさしさ
 
思い出のうちにあなたはいないせせらぎの歌に この空の色に
花の香りに いつまでも生きて
 
 
ひさかたぶりに『ハウルの動く城』を観て、何年かまえ初めてみたときには氣づけなかったいろいろなことに氣づけ、驚きました。主題歌の作詞が谷川俊太郎ということを知ったことも、驚きのなかにあります。
別れはおわりではなく、変化。変わることは悲しむべきことではない。というふみこさんの捉え方、とても好きです。
つい最近、ぼくは「循環」ということばをおもいました。すべては循環している。それは自然の摂理だなと。
ことばも変化していますね。腹を立てるのもひとつだとおもいますが、おもしろがってもいいのかなともおもっています。
おもしろがるには、やっぱり元を知っておく必要がありますが。

投稿: Kouji | 2011年3月 1日 (火) 22時26分

なのさん

いらっしゃいませ。

8歳の息子さんに、いつか、
「辞書」の読書感想文を書いて、と
おすすめくださいな。
そうして、それを……見たいなあ……。

お手紙いただくのには、
オレンジページの「うふふ」宛てに
お送りくださるのが、早道です。
待っていても、いいでしょうか。

愉快な3月を。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 20時40分

あきこさん

いらっしゃいませ。
ありがとうございます。

わたしも、
きょうのあきこさんのおたよりに、
ずいぶんと、慰められております。

印刷のみなさんには 、
仕事をして暮らす日日のなかで、
支えられ、おしえられ、
助けられ、そして同士としてことばを
交わしました。
それが、仕事をする者のよろこびだなと、
いまも思っています。

ほんとうに、おたよりありがたく。
佳い春を。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 20時36分

ゆるりんりんさん

そうでしたか。
日本語を、やさしく、さりげなく紡がれるので、
そんな経験を持っておいでとは、
思いもよりませんでした。

ゆるりんりんさんがおしえてくだすったことは、
わたしの英文翻訳の勉強の、
道標(みちしるべ)にしたいと思います。
きっと、おしえていただいたこと、
忘れずに、精進したいと思います。
こころから、
ありがとうございます。

さわやかな、3月を。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 20時32分

寧楽さん

いつもながら、
おやさしいおことば(ほらね、こんなに
ひらがなつづき)、ありがとうございます。

アラジンは、そっと、
そろそろ眠らせてやろうかな、と思っています。
どうかな。

たのしい3月を。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 20時28分

ふみこ様
はじめまして。オレンジページを読んでいてふみこ様の存在を知り。
とても惹かれて今何冊か本を読ませて頂きました。
先日ブログもあるのだと分かり、これから少しずつですが読ませて
頂こうと思います。よろしくお願いいたします。

辞書。昨年の秋に8歳になる息子に初めての国語辞典を買いました。
私も昔はよく辞書を引きましたが最近はさっぱりです。
辞書を最初から読んでみたりもしていたのに・・・。
活字離れを防ぐべく。私もこつこつ頑張ります。

一つご質問なのですがふみこ様にお手紙を書きたい時はどうしたら
良いのでしょうか。差し支えなければ教えていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

投稿: なの | 2011年3月 1日 (火) 20時14分

ふみこ様

火曜日の更新を楽しみにしています。
わたしは10年ほど前、辞めるまでの15年間印刷会社にいました。
仕事中何度も辞書をめくりました。
やはり一冊ではなく数冊持ち、いくつかの意味で確認しました。
なので、あ、わかるわ、わたしにも。と思いました。

別れは魔法瓶さんだったのですね。
ふみこさんの書かれた本のどこかに写真がのっていたことを覚えています。

今日、人間関係に疲れ果て帰宅し、気分をなんとかしなくちゃと思いつつ
こちらのブログを読みながら、あったかい気持ちになりました。
いつも、ふみこさんの言葉に癒されています。

投稿: あきこ | 2011年3月 1日 (火) 17時32分

ふみこ様の
パラパラと辞書をめくる音が聞こえてきて
思い出しました。

国語辞典はわたしにとって
命の綱みたいな時代があったんですよ。
すごおく昔、
外国で生活したことがあります。
小学生だったのですが
帰ってきたときに日本語がわからず、
やっとひらがなが読めるようになってから
国語辞典はわたしにとって
体の一部分みたいになりました。
拾った言葉の音を漢字はわからないので
ひらがなで忘れないようにして
何のことか必死になって調べました。
説明文の中の言葉の意味がわからず、
それをまた調べる。
永遠と言葉調べは続き、
辞書をを抱っこしながら
泣きながら寝てしまいました。
当時はめんどくさく過酷な作業でしたが、
言葉は気持ちをのせるものだから
大切にしないといけないし、
丁寧に選ばないといけないことを学びました。
きっと日本語だけでなく
どんな国の言葉もそうなのですよね。
国語辞典だけでなく
色々な辞典、辞書を作ってくれた人たちに
ありがとうです。
これらがなければ
たくさんの人たちが
一人ぼっちのままでいただろうし
平和はもっと遠いところのものだったと思います。
当時の辞書はちぎれすぎて処分しましたが、
今手元にあるのも30年ちかく使っています。
長い付き合いの相棒です。

投稿: ゆるりんりん | 2011年3月 1日 (火) 17時31分

ふみこさま

アラジンさんが
労われた後、違った形で生きるんではないかと
思っています。

居場所がかわるだけで

辞書は好きです。
ひとつの文字にある
たくさんの意味がおもしろくて、知らないことも多いですが…。

文章の中の漢字とひらがなの配分。

バランスがよいと読みやすいと思っています。


ふみこさん、佳い3月を

投稿: 寧楽 | 2011年3月 1日 (火) 15時35分

しずさん

やっぱりひらがら、多いですよね。
年年、漢字をひらく傾向がつよまっています。
好きな漢字は、でも、
いろいろあります。

「北海道」というのなんかは、
とても好き。

佳い春を迎えましょうね。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 15時24分

ふみこさま

こんにちは

気になって、色んな理由を考えていました。
ふみこさんの文章にひらがなが多いのは
記者時代の経験から だったのですね。

難しそうに見えないだけじゃなく、
ふみこさんが表すひらがなは
言葉が優しく、色んな意味を連想で来て、
懐が深い感じで とても好きです。

ふみこさんのアラジン、
おつかれさまでした。


投稿: しず | 2011年3月 1日 (火) 14時50分

どりすさん

辞典を見ていて、
自分の勘違いの多さ、
ものわかりのわるさを突きつけられ、
赤面する感覚が、
ちょっと好きです。

いやあ、そうだったのか、とね。

新刊早速お読みくださったこと、
御礼申します。

アラジン(まだおります)には、
どりすさんのありがたいおことば、伝えます。
それをきっかけに、何か、べつの生き方を
みつけてくれてもいいのですけれど。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 14時37分

ぽんぽんさん

ものを知らないことにかけて、
自信があるわたしです。
でも、その世界の広さ深さは知っているつもりです。

ものは知らなくても、
知ってゆく道のりの長いことが、
うれしくて。

そうですか。
「毎日かあさん」、わたしも観たいと
思っていました。
ぽんぽんさんに背中を押されて、
観にゆきましょう。
大好きなコリン・ファースがアカデミー賞
「主演男優賞」を受けた「英国王のスピーチ」
(作品賞も)を、つい先に
観てしまいそうになっていたのでしたが。

投稿: ふ | 2011年3月 1日 (火) 14時33分

3月最初の日は、雨。
 ふみこさま、みなさま、こんにちは。

 学生の頃、国語辞典をパラパラながめるのが好きでした。
 乗り物酔いをしちゃうくせに、移動中にも、パラパラ。
 今も、ネットで探す方が早いだろう時も、辞典のお世話になっています。
 めくる、楽しみ、でしょうか。
 ひらがなの曲線が好きで、必要以上に使ってしまいます。
 ひらがなだと、いろんな意味合いをイメージできますし。
 勘違いも登場したりしますけど・・・

 先日、我が家に訪れてくださった「足りないくらいがおもしろい」。
 ゆっくりすこしづつ読もうと目論んでいたのに、
いっきに読んでしまいました。
 こらえ性がありません。

 山本家で、長らくお役立っていた(本の中でお目にかかった事のある)
アラジン殿に、私もひとつ 「ご苦労さまでした」と声掛けさせてください。

 

投稿: どりす | 2011年3月 1日 (火) 12時54分

ふみこ様 皆様
こんにちは

ふみこ様のボキャブラリの広さは辞書をひく、読むということも関わりがあったのですね。

物を書くという作業はやはり丹念な作業の積み重ねなのですね…。今更ながら、尊敬します。

また春が近づき、進級の季節です。

到頭?!、娘も乳児と呼ばれる時代から幼児という新しい時代に突入です。


親子でまた新しい時代が楽しめといいのですが。

映画の「まいにち母さん」を観て、泣き笑いしました。私も毎日母さんなんだなぁ…と。なんだか今更ながらに実感し、それとともにそういられる事に有り難みを感じています。

今日も寒いです。
風邪などひかれませんように…。

投稿: ぽんぽん | 2011年3月 1日 (火) 11時09分

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