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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年4月12日 (火)

日々のしおり…4月11日(月)

 4月11日(月)
 ひと月がたつ、きょう。
「東日本大震災」が起きてから、ひと月。長かった……とも云えるし、あっという間だったとも云える。が、時の長短など、誰も考えてはおらず、ひと月の重みをそれぞれに抱えて立っているのが「いま」だという気がしている。

 夫が朝から仕事に出かけ、夕方もどってきた。
「震災後、電車に乗って出かけたのは2度めだったよ」と、夫。
 自宅の仕事場にこもって映画の編集作業をしていたからだが、そうか、電車は2度だったのか。 
「久しぶりにSuica(ICカード)をチャージして、社会のオール電化ぶりに驚いた。ぼくもだけど、みんな、慣れきってる……」

 ともに1958年(昭和33年)の生まれの夫とわたしは、おぼえている。
 何をおぼえているかといえば、電車に乗るときには駅の窓口で行き先を告げて切符を買い、改札口ではそれにぱちんとはさみを入れてもらったことを、である。バスには黒革のかばんを斜めがけにした車掌が乗っていて、回数券でも切符でもそこからとり出して、わたしてくれた。切符は、やはりぱちんだった。
 あれよあれよという間に電化がすすみ、わたしたちはパネルや、無人の改札口相手に、切符を買ったり、検札を受けるようになった。改札が無人になったとき、新聞である老婦人の投書を読んだ。そのひとは、出発の駅の改札口に切符をさしこんだが、切符はそのままにして電車に乗ったこと、そうして、到着の駅の改札口を(切符がないから)通過できなかったことを、書いている。
「電車に乗る前に改札に入れた切符は、行き先の改札に届いていると思っていました」と。
 この投書を読んで、「そんなはずないじゃないか」と笑うひとがいたとしたら、それは、過去の改札風景を知らない世代のひとだろう。わたしは、この投書に深く共感し、身につまされもした。昔を知っている者にとって、改札に切符が飲みこまれるというのなんかは、魔法に等しかった。

 ICカードというのにも、なかなか手が出なかった。とうとう使ってみようと決心したときには、滑稽な目に遭ったなあ。
 あれは何年前のことだったか。用事で出かける夫に買いものをたのむメモをわたした。夕方、夫は、たのんだモノを残らず抱え、おまけに西瓜をぶら下げて帰ってきた。
「いい西瓜でしょ」と、得意顔に網に入った西瓜を持ち上げて見せる。
「……西瓜?」とつぶやきながら、わたしはやっと気づく。
 スイカ(Suica)という名のICカードを頼んだつもりだったが、夫はスイカを西瓜と思って買ったのだ。この西瓜事件は、わたしのなかに、滑稽なものとは別の何かも植えつけた。その後また、しばらくICカードを持たずに、その便利さにも、無味な一面にも触れずに過したのだった。

 思わぬ滑稽な昔語りをしてしまったが。
 わたしは……、ICカードも、自動改札も、自動販売機もない時代を知っている。コンビニエンスストアも、スーパーマーケットもなかったころを生きていた。けれど、生まれたときからテレビ(白黒の)も、冷蔵庫(冷凍庫はない)も、洗濯機(脱水機はついていない)はあった。電化製品のまったくなかった時代は、知らないというわけだ。
 もっと云えば戦争を知らない。
 自分が経験していないことばかりは、書物や映像や、ひとの話によってしかすることができない。そして、いまほど経験というものの重みを感じたことはなかった。経験を手がかりに、「これから」をさがすという意味において。
 戦争を知る70歳以上の人びとはその経験をもとに、これからのすすむ道、生き方をさがしてゆくのかもしれない。1958年生まれのわたしは、わたしなりの経験をもとに……。子どもたちは……。子どもたちは、この時代の経験を胸に刻みながら、この日日のなか、さがしさがし生きてゆく。

                *

 3月11日から、ひと月をめざして「日日のしおり」を書いてきました。
 その思いは、まさに百度参り。できることがほとんどなかった日日にも、ひと日ひと日を綴ることを祈りとして過してきました。そうすることで、いくらか冷静でいることもできたのではないかと思います。
「日日のしおり」ということばは、末の娘の名「栞」から思いついたものです。現在13歳(中学2年)の子どもも、日日、「これから」をさがしながら生きています。この世に生まれてから10年と少しのこの存在が、いまのわたしと同じ52歳になったころ、どんな日本に……、どんな世界に……なっているか。託す思いもこめて、名前を貸してもらいました。
「日日のしおり」へのたくさんのおたよりにも、感謝しています。学びと、誓いとをここでたしかめ、交わすことができたこと、忘れません。
 ひと月たったので、ここに「日日のしおり」はたたみます。が、百日参りですから、百日、わたしの手もとで記録はつづけるつもりです。
 どうか百日めには、いまの苦難が、それぞれの解決の道筋をみつけていますように。……と祈りながら。
                             山本ふみこ  

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コメント

ふみこ様 皆様
こんにちは

仙台でも桜が咲き始めたとのこと。じゅんこ様も、ふみこ様がおっしゃるとおりに桜と同じくしゃんとしてキレイに咲いておられるのだと嬉しく感じています。
先日、母が入院してしまいました。もともと難病で体力もないので状態は思わしくありません。

今また、私が出来ること、していいことをぐるぐる探しています。

人の一生には本当にいろいろなことがおきますね。
誰もが皆、いろんな想いや悩みを抱えて生きていますね。

だからこその日常の有り難みや美しさに気付ける自分でいたいと。

こちらへ来ると優しい気持ちになります。

なんだか、またこの場に甘えてしまいましたが。

いつもありがとうございます。(^O^)/

投稿: ぽんぽん | 2011年4月19日 (火) 10時08分

はつえさん

おはようございます。

ママレードと、生姜ご飯のこと、うれしく。

祈ると生活が変わりますね、ということば。
ほんとうに、と思いました。
祈ると、祈った自分も浄化されて変わり、
波動も変わり……。
変わった波動が伝わり……。

おたよりありがとうございました。

あのね、
家計簿つけ(今月は途中集計もはじめました)、
順調です。

投稿: ふ | 2011年4月19日 (火) 07時22分

ふみこさま、おはようございます。

「日日のしおり」ありがとうございました。

祈ると生活がすこし変わりますね。
自分の力がとうてい及びそうにない、と思ったとき、わたしは祈ります。
気持ちを、心を、あいてに寄せる。
役に立つのかどうか不安で仕方ないけれど、そうし続けていると、あるときふと希望が見えてきたりします。

祈る、添う、 託す。
あんまり大きいことは言えませんが、こういうことは得意でいたいです。

生姜ごはんとママレード、作ってみました。
どちらもおいしいレシピ、ありがとうございました。
また作ろうと思いました。
そして、また…ふみこさまへコメントをさせていただきたいな、と憧れてしまいました。

投稿: はつえ | 2011年4月19日 (火) 05時40分

かっちゃんさんへ

ちょっと場をお借りして…

凹んでらしたなんて…わたし、かっちゃんさんの妄想にくすっと笑わせてもらえましたよ~(o^-^o)あ~わたしのもやもやも食べとくれ~、悲しい気持ちが何かの役に立ったらいいのに~と。だから、どうか凹みを裏側からぽこっと押してくださいね。

投稿: しょう | 2011年4月18日 (月) 23時24分

仙台のじゅんこさん

仙台の桜花は、直接見えないけれど。
仙台のじゅんこさんが「咲いてる」ことは、
よくよく見えます。

なんて、うつくしい……。

ありがとうございます。

もう一度。

なんて、うつくしい……。

投稿: ふ | 2011年4月18日 (月) 13時03分

フィりフヨンカ さん

3月11日に、
あたらしく生まれたんだな、と
思うことがあります。

たくさんの大事な命が失われたのに、
あたらしく生まれるなどとは、
ことばとしてどうか……と思いながらも。
自分の命に、失われた命の重さものせて、
これまでとはちがう道をゆきたくて。

投稿: ふ | 2011年4月18日 (月) 13時01分

Kouji さん

考えたり、
許したり、許されたり、
休んだり、
泣いたり、笑ったり、
ときどきため息をついたり。
学んだり。

ここに、いろいろな要素が
散りばめられていることが、
わたしにはうれしいです。

こちらこそ、これからも……、
よろしくお願いします。

投稿: ふ | 2011年4月18日 (月) 12時58分

かっちゃんさん

へこむなんて……。
どうか、一気にふくらんでください。

ぷう。
(空気を吹きこむ音なんです)。

堂堂と生きよう!と、
声をかけあったわたしたちです。
休むのはいいですが、
なまけも好きですが、
へこむのは……ね。

だいいち、
らしくないでしょう?

ほんとうにありがとうございます。
これまでも、これからも。

投稿: ふ | 2011年4月18日 (月) 12時55分

テレジアさん

おめでとうございます。

佳き感受性の発動ですね。

「好きなように、生きていってください」と
声をかけたい思いです。
(ここで、声にだして云っております)。

じょうずになまけ、
ときどき休んで、
とにかく愉しい高校生活を送ってほしいです。ね。

投稿: ふ | 2011年4月18日 (月) 12時52分

ふみこさま みなさま おはようございます(^^)/

この週末、仙台では一気に桜が咲きました!広瀬川公園、愛宕神社、東北大学片平キャンパス、石橋屋さんと桜スポットを堪能した2日間でした。
夫と娘は自転車で。私は歩き、時々走りで。気持ち良かったです!またランニング再開しよう!

震災後、家族で過ごす時間が増えて会話も増えました。

「感じる」「考える」「話す」の三つの意味を体感していた1ヶ月でした。

ここで、みんなで感じて考えて話しましたよね。そのこと自体が私の1ヶ月の「証」になりました。
ふみこさんのくれた「場」に心から感謝すると共に、これからのここを楽しみにしています。

ふみこさま みなさま ありがとうございました。これからもよろしくお願いしますm(__)m

投稿: 仙台のじゅんこ | 2011年4月18日 (月) 08時52分

ふみこさん、こんなに便利ではなかった時代に
私も子供時代を過ごし
その不便さを、不便とも思わず暮らし、
想像も出来ない便利を手にいれるまでは、
そういう暮らしで充分でしたよね。
なければ、ないような幸せの暮らし方があったね。
そういうことも、忘れてしまうほど
当たり前に、便利の中にぬるぅく浸かってました、私。

何もかも失うことが どういうことなのか・・
全ての出来事には、なにかしら意味があるという言葉でさえ
素直にそうだとは言い難い日々でした。

ときぐすり・・
このくすりが、効いたと思えるのはまだ遠い先ですが
必ず、そういう日を迎えることができると思っています。
明るいほうへ、明るいほうへ・・歩け と思っています。みんなでいっしょに。

投稿: フィりフヨンカ | 2011年4月17日 (日) 23時20分

ふみこさま、みなさま。 
 
ふみこさんや、みなさんの書かれたものを読んでいて、実際に被災にあってもあわなくとも、なにかしらを受けとっていること。それはもしかするとこの度の震災がなくとも存在することが、より鮮明になったのかもしれないともおもいました。被災地の復興はもちろん大切です。
そしてひとりひとりみんな(非被災者も)、こころの復興が大切だと気づかされました。
ここは、ふみこさんやみなさんで、復興するヒントをつくりあげる場になっていますね。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

投稿: Kouji | 2011年4月17日 (日) 23時05分

ふみこさま、みなさま、こんばんは。

こちらへのコメント、先日の妄想のことでかなりへこんでいたので、
なかなか書き込めませんでした。

でもやっぱりお礼が言いたくて・・・。

ふみこさん、一ヶ月もの長い間のしおり、本当にありがとうございました。
ここはざわついた心のよりどころでした。

ふみこさんやみなさんのコメントを、涙しながら読ませていただいたり、
自分の気持ちを書かせていただきながら、落ち着かせたり・・・。

震災以前は「ふみこさま」と書き出される方がほとんどだったと思うのですが、
震災後はみなさんが「ふみこさま みなさま」と、書き出されるようになり、
ハンドルネームしか知らなくても、確かなつながりを感じました。

本当にうれしかったです。 みなさん、ありがとう!!!!!

投稿: かっちゃん | 2011年4月17日 (日) 22時09分

 ふみこ様

 本文とは全然関係のないコメントです。ごめんなさい。
長らく授業に出なかった娘が、この春 (中高一貫校なので、高校には進級できました)高校生になりました。自分で朝起きて(今まで二日ほど休みましたが)
授業に出ています。宿題も時々します。

 人間関係で悩んだり、あれこれ文句を言ったりしてますが、自分で起きること、
遅刻をしないで登校すること、授業に出ていること、びっくりの連続です。

 安心とはいえないけれど、春がやってきました。ありがとうございます。

投稿: テレジア | 2011年4月17日 (日) 19時12分

ちるちるさん

ちるちるさんこそ、
大変ななか、冷静にあたたかく
ここへおたよりを寄せてくださって……、
感謝しています。

祈り。
二人三脚。

そのことが、きっと道をつくるはずと、
信じています。

投稿: ふ | 2011年4月15日 (金) 16時47分

バッテリーさん

それで、
そのローラーに無理に衣類を
はさむと、ボタンがちぎれたり、
割れたりする……。
手伝うつもりで、そういうことばかりしていたような。
洗濯機のはなしですけれど。

思いがけないかたちで、
思いは伝わってゆくものなのじゃないか、と
考えるようになっています。……最近。

投稿: ふ | 2011年4月15日 (金) 16時45分

こんにちは。
一ヵ月。一ヵ月なんですね。先週の木曜日、二度目の激しい地震に襲われ、内陸部はさらなる被害にみまわれました。
やっと日常にもどりつつあった時の被害でした。
まだ災害のただ中にあることをつきつけられました。福島、沿岸部、まだまだ避難されている方が、先の見えない不安をかかえていらっしゃる方がいます。
まだまだ続くであろう、余震への備えをしつつ、内陸、沿岸、二人三脚です。
百日目。祈り続けます。つづってくださり、ありがとうございました。

投稿: ちるちる | 2011年4月15日 (金) 10時13分

ふみこ さま

3月17日からのふみこさんのしおり、
わたしももう一度、ゆっくり読ませていただきました。
読んでる最中にもテレビからは幾度となく地震速報が・・・
わたしたちは地震列島のうえにいるんだ。・・と、
あらためて気づかされています。

大地の神さま、どうか・・・どうか彼の地を揺らさないで。
と、何度も何度も祈りました。

そんなみんなの祈りは、
ひとつひとつ、さくらのはなびらとなって、
いま日本中は、さくらの花でいっぱいです。
このひとひら、ひとひらが彼の地の人々のこころに
一時でもぬくもりを届けてくれることを
願わずにはいられません。

ふみこさんも、ほんとうにおつかれさまでした。
ここらでひとつ深呼吸、
いっぱい、いっぱい、してくださいね。


わたしも夫も、戌年です。
洗濯機は、横に、
洗濯物を二つのローラーの間にはさんで、
ハンドルのようなものをまわして、
水気を絞る機械?がついていました。
なつかしいなぁ。

投稿: バッテリー | 2011年4月15日 (金) 10時07分

えぞももんがさん

穏やかなおたより、
胸に静かにおさめました。

咲く花のように、
毎日を積んでゆきたいなあ、と
つくづく思わされています。

どうもありがとうございます。
えぞももんがさん……。

投稿: ふ | 2011年4月15日 (金) 09時49分

ふみこ 様

日々のしおり ゆっくり読みました。
ありがとうございました。


「どうか百日めには、いまの苦難が、
それぞれの解決の道筋をみつけていますように」
ふみこさんの この言葉と 同じ気持ちで
日々過ごしています。

テレビでは 1か月前に比べると
報道のされ方は 減ったものの
原発の問題 被災された方の状況 いまだに続く余震に

子供のように
「どうしょう・・・」と 不安になる瞬間があります。

それでも 今年 いつもの春の様に
福寿草が咲いてくれて
もうじき こちらでも キタコブシや エゾヤマザクラが
咲いてくれるように

わたし達も いつもの 生活を しっかりする責任がありますね
生きているものとして。

初めて家に カラーテレビが来た日のこと
冷蔵庫が来て 買ってきたアイスクリームを
急いで食べなくてよくなったこと
父が運転する自家用車で、初めて 家族旅行を
した時の 夢のような あの夏の日 

まだまだ 負けるわけに行きませんね

今日も お弁当を 朝食を作れることを 感謝しながら・・・

ふみこさん ありがとうございます 

投稿: えぞももんが | 2011年4月15日 (金) 06時01分

スイさん

あかりさんとは……。
なんていいお名前でしょう。

電気をつけずに過すようになった日日、
小さなあかりが、とても愛おしく、
ありがたいです。

未来を感じます。

投稿: ふ | 2011年4月14日 (木) 08時29分

大野さん

どうもありがとうございます。
そっと静かに力(実力)を蓄えたいですね。

またね。

投稿: ふ | 2011年4月14日 (木) 08時27分

ゆるりんりんさん

答えがなくても、
生きるようにつくられているのが人。

ほんとうにそうですね。

答えをもとめるという一面があるにしても、
答えより何より「生き抜く」のが、人というものだと
感じます。
とくに、いま。

ゆるりんりんさん、
おはようございます。

投稿: ふ | 2011年4月14日 (木) 08時26分

ふみこさま。

この一ヶ月、ふみこさま、そしてここに集まる皆さまのおかげで、息を吐き、また吸うことができました。落ち込んでばかりいられませんね。足踏みからでも一歩ずつ進まないと。
ここに来れたことが、これからの励みになります。日々のしおり、本当にありがとうございました!


うちの長女、あかりといいます。私たちの希望のあかり。未来を、自分自身を照らし続けるあかりであって欲しい。
いままさにそうです。
春から小学一年生。毎日キラキラ眩しいです。この子たちと一緒に未来をつくっていくんだなぁって力が湧いてきます。頑張ろう!

投稿: スイ | 2011年4月14日 (木) 02時51分

山本さん
本当にありがとうございました。毎日 読ませていただいていました。
コメントを書いて下さる皆さんにも…ありがとうございました。
ありがとう!!!

投稿: 大野 | 2011年4月13日 (水) 19時44分

ふみこ様、
日日のしおりありがとうございました。

一か月たちました。
それなのに、それでも、
16年もたっているのに
被災したことをまだここ神戸の人たちは口にしません、できません。
地震だけでも困難は山ほどあるのに
津波と原発問題もからみ、
東日本の今の皆さまのお気持ちが伝わってきて痛い。
今後向き合うことが
どれほどたくさんあり、
その一つ一つがどれほど悲しく、重く、ゆえに大切か、
肌のレベルでわかります。
心の中でどういったことが始まるのか、
見える生活のやりくりや、あれやこれや・・・・。

やっとここまでもどれた・・・
だからまだふりむけないのか。
ここをあなたがたもこれから通るのか・・・、
目に涙がたまります。
もうがんばる力なんて使い果たしてしまっていると思う。
休むということが
どういうことなのかもわからなくなっていると思う。
それでも生きてほしい。
何故?と聞かれても答えはないけれど、
答えがなくても生きるようにつくられているのが人だと思うから・・・

投稿: ゆるりんりん | 2011年4月13日 (水) 18時40分

ももさん

うれしかったです。
いらしていただけて。

わたしね、「ここ」で知ったこと、情報、
思い方、それが、大きな指針になっていたと
思うんです。

それで、揺れながらも、迷いはなかったな、と。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 18時05分

みぃさん

こちらこそ、
ありがとうございます。

苦悩とやすらぎが、
近くなる瞬間を、わたしも「この場」で、
何度も見たような気がします。

皆さんのおかげで。

あのね、
また、いらしてくださいね。
終わりではないので。

お願いと、感謝をこめて。


投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 18時03分

寧楽さん

静かに見守ってくださって、
ありがとうございました。

それぞれの風合い、あたたかみ、ことばの選びを
ことさらに受けとめることのできた、
貴重なひと月でした。
そして、思いや思想は、揺らぎながら、
ここでたしかめあいましたねえ。

これからも、
そういう浄らな「場」でありつづけますように。

感謝をこめて。


投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 18時01分

あささん

あささんには、
「いつも、お茶をいれていただいてる!」と、
思わず、つぶやいています。

そういう気持ちって、
伝わるんです。

おおきな大きな、発見。
感謝。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時57分

ぽんぽんさん

それぞれの「これから」さがし。
そのことに、光を感じています。

自分も、
いつになく慎重に、手探り、足探りで、
一歩一歩と思っています。

なんだか、
わたしがどこかに旅立つのを見送っていただくような
気持ちになりますが、
わたしは、ここに坐っています。

あ、腕の痛みは、
すっかり消えました。
何かの合図?と思ったり。

毎日の、ぽんぽんさんの明るい「気」に、感謝。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時53分

きんもくせいさん

そうです。
きんもくせいさんは、
いま、目に見える「未来」を育てるお母さんですもの。

明るい気持ちで、
てくてくお願いします。

やさしい気持ちを、いつもいつも、
ありがとう!ございます。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時48分

焼き海苔の の さん

変わらず一所けん命!ですね。
歩みはおそくとも。

たしかめたしかめ
歩いてゆきたいです。

の、さん、
無理せず、いつもいつも の さんで、
いてね。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時45分

アリスさん

アリスさんの、
見通すちからに、
わたしは、ずいぶん導かれたと
思っています。

この国の危うさについて、
わたしたちは、考え直していいんだと、
自分の生活も見直さなければ……と。
勇気をいただきましたよ。

ありがとうございます。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時44分

こぐまさん

いつぞやは、
夜の朗読、ありがとうございました。

……忘れられない夜です。
ほんとうに。

これからも、
岡山から、やさしい「気」を送ってくださいね。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時41分

CITRON さん

一緒に「百度参り」をしていただいて、
うれしい……です。
重い日日ですが、どこか、
遠足のような、
あたらしい何かをみつける小さな旅のような
ひと月でした。

皆さんのおかげ。

CITRON さんも、毎日、
ありがとうございました。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時40分

たろじろさん

これまで、
「それ」をいいと思っていたわけでもなく、
賛成したおぼえもないのに、
許してきた事ごと……。
でもそれは、自分も加担してきたことだなあと、
思わされています。

これからは、
自分自身に向かってまず、「NO」と云い、
「NO」を実行するわたしになりたいと、
思っています。

ありがとうございます、たろじろさん。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時37分

どりすさん

わたしの暦の「5月5日」のところに、
「どりすさん 百日」と書いてあります。
そして、あらたにつづけようとしている
「百度参り」の終点は、6月19日。

どりすさんの「百日」の思いを
分けていただいたのは、偶然じゃないなあ……
と、思っています。

まず、5月5日のゴールめざして。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時34分

ゆきたんさん

ゆきたんさんに、
わたしは、ずいぶんと支えていただきました。
おしえられたことも、数知れません。

これからもよろしくお願いします。

そして、
わたしは、いつも「ここ」にいます。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時30分

がーねっとBeeさん

自分の手で「こつこつ」。
自分の足で「てくてく」。

それが、かなわぬ誰かのために、
「こつこつ」と「てくてく」を分けながら。

そういうふうにゆきたいですね。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時28分

brownbearさん

来年のさくら、と
思いました、わたしも。

そこまで、これまでとはちがう歩き方を
したいです。
そこで、桜と「えへん」と胸はって、
顔を合わせたい……。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時27分

しょうさん

毎日のようにおたよりを。
ほんとうにありがとうございました。

皆さんと交わしながら、学んで、
耐えて、慰めを得、泣いて、
ちょっと笑って。
こんなふうに、これからも、
未来を、ずっとさがしていきたい、です。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時25分

Kouji さん

ありがとうございます、Kouji さん。
目を上げて、夕焼けを眺めようとすることを、
忘れないようにしなければ。ね。

投稿: ふ | 2011年4月13日 (水) 17時22分

ふみこさま、みなさま

 もうひと月も経ったのですね。
 早かったような、とても長かったような…。

 日日のしおり、本当にありがとうございました…。
 毎日、ちょっと立ち止まれる時間ができた気持ちで過ごせました。
 ふみこさんやみなさまに触れて、元気がでたり、
 涙がじんわりしたり…。
 こんなに頻回に、ここへお邪魔するとは思ってもみませんでした。
 どこか頼ってばかりいたような…。

 とても素敵な時間でした。
 ありがとうございました…、ほんとうに、ほんとうに…。

 また、お邪魔させてください…。

投稿: もも | 2011年4月13日 (水) 14時30分

ふみこさま みなさま

1カ月… 長かったですね。
心がザワザワしたまま何をしていても落ち着かず
涙腺が壊れてしまったかと思うほど涙が流れました。
こちらへ来させていただいて ホッと一息つかせていただくことができました。
ありがとうございました。

くらしを大切にしていきたいと思います。
今 そばにいてくれる家族や友達を大切にしていきたいと思います。
生きている事に感謝できるようになりたいと思います。

ふみこさん そしてみなさん ありがとうございました。

投稿: みぃ | 2011年4月13日 (水) 13時38分

ふみこさま

日日のしおりをありがとうございました。

少し、緩めてくださいね
より近しく思えた
ひと月でした。

感謝を心から。

投稿: 寧楽 | 2011年4月13日 (水) 11時31分

ふみこさん

日々のしおりを綴っていただき、ありがとうございました。
そして、お疲れさまでした。

書くことは、想像以上に多くのエネルギーを要すると思います。
積んできた・・・という言葉、まさにそうですね。
お茶の一杯でも淹れてさしあげたい気分です。

でも、まだ歩みは続くのですね。
私も、静かに、後ろからついて行きます。

この一ヶ月、ここに来るたびに、
その時の自分を知ることができました。
ふみこさんの言葉に掴まるようにして、
不安な日々を歩いてきたような気がします。

言葉は、命綱にもなれば、灯りにもなるんですね。
読書が好きで本当によかった~と心から思いました。

まずは、休息をとってください。
またお邪魔しますね。1ヶ月間、ありがとうございました♡

投稿: あさ | 2011年4月13日 (水) 11時19分

ふみこ様 皆様 
こんにちは

ひと月の間丹念に積み重ねていただき、ありがとうございました。
お体の痛みはその後いかがですか?
大切にしてくださいね。

ここでひと月の間皆様と過ごせた自分を幸せに思います。
あらためて、またここから、よろしくお願いします!という気持ちです。

あの日から、いろんな気持ちを持っていましたがことに小さい人や戦争を
経験されてきた世代の方達のことを想っています。

身近には娘と私の母ですが。
あの日から二人ともやや不安定になっています。
ほとんど被害の無い我が家ですが、心が揺れているのですね。

あの日。母は一人で家にいて、食器棚が倒れる音と揺れに驚き、
でも、すぐに孫のことが心配になりいてもたってもいられなくなったのでした。
あとから聞きましたが、気付くと孫の名を呼びながら、オロオロとし頬には
涙が伝っていたそうです。

戦争という辛い経験をし、懸命に生きてきた母が、またこの歳になって怖い
目に遭うなんて・・・
胸がきゅっとなりました。

だから、私は元気出そう!と思いました。
かの地のことを思えば、たいしたことではないのかも知れないけれど、あの日
以来、日本全体が心揺さぶられているのだと思います。
被害の大小ではなく、気持ちのうえで。

それもふまえたうえで、自分が今できること、していいこと、長いスパンで細く長く
続けることをこれからも探し探しの旅をしていくつもりです。

ふみこ様や皆様とここでふれあうことが出来てほんとうによかったと。
ありがとうの気持ちでいっぱいなんです。

長々とすみませんでした。
では・・・

投稿: ぽんぽん | 2011年4月13日 (水) 11時08分

ふみこさま

ありがとうございました。

苦しくなってこちらに伺った時、同じような思いで毎日をすごされている
ふみこさん、みなさんに会えて、気持ちが少しおさまりました。

それまでは、東京にいる自分が落ち込んでいるのが、被災地の方々に
申し訳なく、自分の気持ちの持っていく場所がないような思いでした。

うまくいったり、いかなかったりですが、これからも日々の生活を続けたい
と思います。

投稿: きんもくせい | 2011年4月13日 (水) 09時54分

ふみこさま 皆さま

1か月の日々のしおり、ありがとうございました。
ふみこさんの文章と、みなさんのコメントを読むと、ざわざわとした気持ちが
不思議に落ち着きました。

1日1日をいとおしく大事に過ごしていくことが、大切だと
本当に身を持って感じた1ヶ月間でした。
その気持ちを忘れずに過ごしていきたいと思います。

投稿: 焼海苔の の | 2011年4月13日 (水) 09時38分

震災が起こったとき、私の生活も大きな変化を迎えたところでした。
アメリカで暮らす機会を頂き、それ以外の異文化にも親しく触れる機会を得られ、今の日本の暮らしについて考えるようになりました。
人間が心地よく感じる生活というものがあるのではないかと思うのです。
不要な便利さ、意味のない忙しさ。。。などなど。
そうしたくないけれど、そうせざるを得ないような社会も。
1ヶ月間ありがとうございました。
同じ内容と批判を繰り返すテレビにはうんざりしましたが、こちらの記事を拝読すると、気持ちが休まったように思います。

投稿: アリス | 2011年4月13日 (水) 09時26分

ふみこさま。みなさま。

おはざようごいます。1か月間、日々のしおり を綴ってくださり
ありがとうございました。
ふみこさんとみなさんのコメントに、どれほど勇気づけられたかわかりません。
岡山は、のんびりしていて本当に申し訳ないみたいですが、西日本が元気にならないとって思って、日々暮らしています。
早く、落ち着いた日々が戻ってくることを祈っています。

投稿: こぐま | 2011年4月13日 (水) 09時25分

ふみこ様

1ヶ月間、日日の更新ありがとうございました。
あまりの出来事に、
被災地から遠く離れたこの関西の地でも
茫然自失となっているところでした。
ここへ訪れるたび、
ふみこさんや皆さんの思いを受取るたび、
ああ、我にかえらなければ、という思いを
強くしました。

今まで億劫がっていたことや
逃げ腰になっていたことなどにも、
彼の地の人々を思えば、”こんなことぐらいなんだ”
と踏ん張る力が湧いてきました。
ふみこさんの「日日のしおり」に訪れる一方で、
ふみこさんのかつての作品達も
繰り返し、繰り返し読ませていただきました。
決してこの緊急事態に対してだけでない、
ふみこさんの一貫した、ありのままの生きざまを
感じ、この出会いに心から感謝しました。

ここへ訪れるみなさんにも、
ありがとう、とお伝えしたいです。
被災地への支援は、
まだまだ、これかららです。

「悲しみと苦しみの多くもたらされた時も。
ひとのなかにも歳月にも、
それを癒す力があることを信じたいと思います。」
(”お百度” 人づきあい学習帖 山本ふみこさん著 より)

投稿: CITRON | 2011年4月13日 (水) 07時37分


ふみこさま、こんばんは。
1977年生まれのたろじろです。
気が付けば、昭和より平成を長く生きている自分。
もう何年かすると、人生の大半が21世紀っていう事になってしまいます。

思えば、21世紀ってずっと未来でした。希望に光り輝き、夢が溢れる時代。

今、自分が生きる時代が未来っていう自覚はありませんが、
これって自分次第って事ですよね。
いつか振り返った時に、きちんと足跡が残るように暮らしていきたいです。

なんだか学校の卒業文集みたいになってしまいました。


ふみこさま、
1ヶ月ありがとうございました。
1ヶ月を過ごした証に感謝しております。

投稿: たろじろ | 2011年4月13日 (水) 00時53分

ふみこさま、みなさま、こんばんは。
 ふみこさま、「日日のしおり」を ありがとうございます。
 このしおりは、私には、「日日のしるべ」です。
 ふみこさま、みなさまの背中を指標に、転ばず歩んできたように思います。
 このような事態にあって、その場に身を置かないもどかしさ、ジレンマで
 崩しそうになったバランスが、なんとか保てたのも
 しるべがあったからです。
 
 機械に吸い込まれていく切符ではなく、
 駅員さんがシルシをいれてくれる切符のように
 手から、また手へ渡る確かなものが、
 どんなにか大切だったか・・・
 
 快適とはいえない百日咳の日々を
 「百日の区切り」と気付かせていただき、
 その日も近くなってきました。
 そして、もう一つの百日にも、線路のように沿えればと思います。
 
 末娘の「しおり」さん、
 すてきな「これから」に出会いますように。
 お名前、ありがとうございます。
 

投稿: どりす | 2011年4月12日 (火) 23時17分

ふみこ様、皆様
1ヶ月、どうもありがとうございました。
毎日、心が痛みます。ニュースをみては、涙を流しています。

いまだに、なんともいえない、現状に、なんて言葉で表していいのか、わかりません。

毎日、生きること。
平凡に過ごせることに感謝して、生きる。

桜をみたり、本を読んだり、自分が、心地よいと思う時間を、持って。

適切な言葉かけは、できなくても、願うことは、できるから。

できることを、やるしかないです。

相変わらず、こういうことしか、思い浮かばなくて…。

ふみこさんも、お体大切にして下さいね。

投稿: ゆきたん | 2011年4月12日 (火) 22時14分

ふみこさん、皆さん、こんばんわ。

1ヶ月、ほぼフル更新、お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。
「暮らしを回していく事」…震災から何週目かで
やっと軌道修正できた気がします。
その中で、なるべく無理せず、暮らしを見なおす
きっかけが掴めた気もします。
何から何まで、実は、オーバースペックだったん
ですね、私たちの暮らし。
特に、今取り組み始めている、ゴミ・紙類の消費。
この2つに絞ったって、いろいろ考えて…。
そこから、また、いろんな「何か」に繋がって…。
ゴミと紙類は比例し合う関係なのかも…と。
ゴミについては、容れモノが小さいと、何故だか
減らす努力をしている自分が…。
どうやら、週3回の燃えるゴミ出し、2回に収める
事、できそうです^^
それも、ひと回り小さいゴミ袋で。
こそっと「ガッツ・ポーズ」していました^^

自分の周辺は…震災の次の日から、全く変わらず
暮らす方に、これからの日々の過ごし方を教えて
頂いたような気がします。
ベランダから街の人の様子を見れば、余震にも負けず、
犬の散歩、ウオーキング・ジョギング、畑仕事にいそしむ
方達…。
きっとこれらが、この人達の暮らしの「軸」になってるんだな…
そう思いました。

自分も、ささいな「軸」を手にし、こつこつ、生活を回していきます。
てくてく歩いてりゃ、いい事、あるさ…と。

投稿: がーねっとBee | 2011年4月12日 (火) 21時03分

ふみこ様
長い一カ月でした。
これまで経験したことのない深い悲しみと不安とで
どうやって 体の中をくぐり抜けさせたらいいのか
笑ったり怒ったり泣いたり 祈ったり・・・
情緒不安定な日々でした。
そんな中にあって 遅くにほころんだ桜は
ただ精一杯咲き誇っていて
眺めていたら ひとひらひとひらに
「ありがとう」ってお礼を言いたい気持ちになりました。

誰もが鼻の穴膨らませて自慢し合うふるさとの桜の名所。
緊急避難を余儀なくされた人たちは
いつふるさとに戻れるのでしょう?
みんなで桜を眺められる日は?
そんなことを思うと つらいです・・・。

でもね 桜はきっと待っていてくれますね。
皆さんが戻ってこられるその日まで・・・。

投稿: brownbear | 2011年4月12日 (火) 18時33分

ふみこさま、みなさま

ふみこさん、一ヶ月もの間日々の「しおり」を綴ってくださりありがとうございました。綴るというよりは積んでいる、とも書かれていましたね。
ふみこさんの積まれた文章を読み、自分の考えを置かせていただき、そしてみなさんのコメントも繰り返し読み…揺れるひと月をなんとか過ごすことができました。これほどみなさんのことを近く感じたことは無かったです…。みなさん、本当にありがとうございました。

本当に…長さなど問題ではなく、ずっしりとした重さをかんじます。

切符を売る、切る仕事に人がいらなくなった。失業者が増える。ひとがする仕事がなくなる。代わりに電気が必要になる。足らなくなる。後世に大きな負を遺すものに手をつける…その「進化」の先にはこんな景色が待っていたなんて…。うすうすみんなかんじていたはずですよね。
もう、これ以上便利にならなくてもいい、明るくなくてもいい。みんなが価値を見いだせる仕事を一生懸命して、家族や仲間と毎日を暮らせたらそれでいいのじゃない、そんな風に思います。それは「後退」ではなく、「深化」だと思うのです。
私もこれからの日々を、変わらず積んでいきますね。

投稿: しょう | 2011年4月12日 (火) 16時48分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
 
ひとまず(一区切り)、お疲れさまです。それが確かめだとか思考だとか支えになっていたとはいえ、作品を成してゆかれたわけですから、しんどさもあったろうと推察します。しんどさに救いを求めてもいらっしゃるのだろうかともおもったり。
ふみこさんだけではなく、みなさんも。
ご存じかもしれませんが、吉野弘の詩が胸にひびき、紹介したいとおもいました。


「夕焼け」

いつものことだが

電車は満員だった。

そして

いつものことだが

若者と娘が腰をおろし

としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って

としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりがすわった。

礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

娘はすわった。

別のとしよりが娘の前に

横あいから押されてきた。

娘はうつむいた。

しかし また立って

席を

そのとしよりにゆずった。

としよりは次の駅で礼を言って降りた。

娘はすわった。

二度あることは と言うとおり

別のとしよりが娘の前に

押し出された。

かわいそうに

娘はうつむいて

そして今度は席を立たなかった。

次の駅も

次の駅も

下唇をキュッとかんで

からだをこわばらせて――。

ぼくは電車を降りた。

固くなってうつむいて 娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持ち主は

いつでもどこでも

われにもあらず受難者となる。

なぜって

やさしい心の持ち主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。

やさしい心に責められながら

娘はどこまでゆけるだろう。

下唇をかんで

つらい気持ちで

美しい夕焼けも見ないで。

 
 
 
美しい夕焼けをみることはわるいことではありません。そっと目をあげれば、みえます。
みえるのはきっと、夕焼けだけではないでしょう。気持ちも明るくそまり、息を吹き返すのではないでしょうか。

投稿: Kouji | 2011年4月12日 (火) 16時04分

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