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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年5月10日 (火)

「ま」

 「まがさす」ということばがある。
 漢字で書くと「魔が差す」。魔が入りこむがごとく、不意にふだんは考えられないような悪念を起こす、という意味だ。漢字も意味もそうと知っていながら、このことばを思うときいつも「間が射す」というかたちが浮かぶ。魔というほど悪いものでない何か——間をとるというくらいの、機会——が、胸のうちに射しこんで、ひとに気づきをもたらす。と、なぜかそんなふうに受けとめたくなる。

 その日、いつものように、わたしは早早に床についた。
 玄関脇の部屋に寝にゆくとき、「きょうはちょっと遅くなるかな」と云って出かける長女の背中を思いだし、黄色いボールを上がり框(かまち)に置く。わたしが休むとき、まだ帰宅していない子らの、帰宅の合図のボールだ。さすがに中学生の末の子のボールはまだないけれど、成人した長女と二女の、黄色いのと黄緑色のとが、ある。おそい帰宅のとき、それぞれが「帰っています」の合図に、わたしの寝床に向かってそれを投げる——ほんとうは、そっと掛け布団の上にのせてほしいのだが——約束だ(「豪速球はやめてね」の巻参照)。
 早寝のわたしがひとしきり眠って、ふと目覚めたとき、掛け布団の上にボールのあるのをみつけると、安心する。わざわざ「帰ってきたかしら」とたしかめにゆかずにすむというわけだった。

 ぺたんぺたん。
 常とはことなる足音で目が覚めた。
(誰だろう……。河童でもやってきたかしら)。目覚めたついでにひと口お茶を飲みにゆく恰好で、覗いてやろう。
 部屋の扉をそっとあける。すると……、誰かが上がり框に腰をおろして、こちらに背中を見せている。
(河童?)
 そう思ったのは、ねぼけているせいでもあるけれど、こちらに向いた背中が河童の背中の甲羅のように見えたからだ(それに、わたしは河童が好きである。夢のなかと、ものがたりのなかでしか逢ったことはないけれど)。よく見ると、甲羅は、背中にぴたりと添ってつくられている背負い鞄なのだった。
「おかえりなさい」
 そこに腰をおろしているのは、長女だった。そう云えば、掛け布団の上には、長女の黄色いボールがまだのっていなかった……。声をかけても、長女は背中を向けたままでいる。
「どうかした?」
「ふふふ」
「……ふふふって」
「ころんじゃって、渋谷からタクシーで帰ってきたの。暗がりのなかではころばなかったのにね、明るい店のなかで階段を踏みはずした」
 アルバイト時代の友だち数人と飲みにゆき、ころんで捻挫をしたらしい。肩を支えて立ち上がらせると、痛む右脚をかばった体重のかけ方でしか歩けないのだった。ぺたんぺたん。ぺたんぺたん。

 酔って階段で足を踏みはずすなどとは、と思おうとするが、どうやらわたしは別のことに気をうばわれている。別のこととは、今し方長女が小さくふふふと笑いながらつぶやいた「暗がりのなかではころばなかったのにね」である。
 東日本大震災のあと、夕方電気をつけない生活をつづけている。手まわし充電の電灯のもとで料理をし、ろうそくの灯りのもと晩ごはんをとる。この家の誰も彼もが薄暗がりに慣れて、これまで、調理中に指を刃物で傷つけたり、食卓で何かをこぼすこともなく過してきた。階段を踏みはずすということもなかった。
 暗がりのなかで、身が自然に慎重さを生んだからだと思える。灯りの助けを借りずに動こうとすれば、足もとも手もともそれなりに緊張するし、何より目を凝らす神経がはたらく。
「ま」が「さした」んだなあと思う。魔というほどのものではないが、直接には長女に、そして、間接的にはわたしにも、「ま」は伝達する。

 長女には、速度をゆるめよ、と。
 わたしには……、目を凝らすことをおぼえた意味を悟れ、と。

5

昨年12月にやってきたポインセチアの紅子(べにこ)です。
いまでも、こんなに元気です。
同じ機会にポインセチアをもらった友人が、
紅子を見て、「うちのは、苞(ほう※)がすっかり落ちちゃったのに」
と云います。
友人によると、ポインセチアは夜、真っ暗ななかにいると、
苞も長く元気でいつづけるとか。
……ろうそく生活のおかげかもしれません。
※苞=基本的に、葉でも花でもないもの。


Photo

朝顔(花色=白と青)、夕顔(=白)のタネを植えこみました。
ことしも、夏のあいだ朝顔カーテンになってくれますように。
そしてまた、12月まで花を見せてくれますように。
          *
朝顔も、夜、真っ暗ななかにいることで、
体内時計がはたらき、朝、花を咲かせるタイミングを
はかる植物です。

|

コメント

おまきさん

なんだか、ものがたりのようなおはなしです。
鉄棒で前まわりをするおまきさんを、
とても……愛しく思います。
なんていいんだろう、と。

お金は残念ですが、
その「ま」は、おまきさんを救ったのだなと、
読んでいてうれしくなりました。

おしゃれ報告、また、おねがいします。

投稿: ふ | 2011年5月16日 (月) 10時15分

ふみこさま、みなさま。

私は、震災後、家の全財産をリュックに入れて背負いながら、
ポケットに入れた財布を落としました!

公園で、鉄棒で前回りをしたんです。

その後財布がないことに気づいたのは、一時間後。

財布と入っていたお金はダメでしたが、
カード類はすぐ対応したので無事でした、が。

私あの時は、「気」が抜けていました。
張っていた「気」が、公園で抜けたのです。

張り詰めていたところに来たのは「ま」だったのでしょうか。

私も、これはいい経験だったと、
「気」を時々抜かないと、「ま」がさすのだと、思ったのでした。

仙台のじゅんこさん。オシャレしましょうね。もうすぐ雨の季節だと思いますが、さわやかに闊歩しましょうね。

投稿: おまき | 2011年5月14日 (土) 20時36分

えぞももんがさん

おはようございます。

桜。

えぞももんがさんから
おたよりをいただくようになって、
桜花をながくながくたのしめるように
なりました。

ここにはない、桜。
ことしは、すこし目が利きます。
東北地方の桜に寄せる思いがつよかったので、
気をぬかぬまま、札幌の開花に
つながったのだと思えます。

いつの「ま」にかと、
「ま」がさすの「ま」たちは、
同郷なんじゃないかと、
わたしも思います。


投稿: ふ | 2011年5月14日 (土) 09時42分

ふみこ 様
おはようございます

いま 札幌は桜が咲いています。
日に日に・・という言葉が本当に ぴったりくるように
朝おきて 窓から眺める 遠くの山が
日に日に 緑になっていきます。
いつもの年より ずいぶん遅い新緑ですが
今年は この進み方で じゅうぶん満足です。
ふみこさん
どんなに しっかり眠っていても
常とはことなる足音で目が覚める…そういうものですね。

わたしも いつのまにか 家族にはそういう風になりました。
この 「いつのまにか」の「ま」と 「まがさすの」の 「ま」
出どころは 同じなんでしょうか?・・・。

娘さんの足 もう大丈夫ですか?
大事にしてくださいね。

投稿: えぞももんが | 2011年5月14日 (土) 05時27分

仙台のじゅんこさん

明るいおたよりを、うれしく受けとりました。
そうなるまでの仙台のじゅんこさんの経験。
そう自らを励ますやり方。

その前に頭をたれたい思いです。

投稿: ふ | 2011年5月13日 (金) 10時14分

フィりフヨンカさん

「わが身がいっそうの暗闇になる」

いいことをおそわりました。
ありがとうございます、 フィりフヨンカさん。

投稿: ふ | 2011年5月13日 (金) 10時11分

ゆーさん(ユーフォ吹きさん)

起こったことから何を感じるか。

ユーフォ吹きさん、
堂堂とそう云えるまでに立ち直られて。
……拍手させていただいても?

ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。

佳いことがたくさんありますように。
ユーフォ吹きさんに。
被災地の皆さんにも。

そして、
なんでもなかったと思っているわたしたちが、
なんでもなかったなんてことはないことに気づき、
小さいことをひたすら励める存在になれますように。

投稿: ふ | 2011年5月13日 (金) 10時10分

ぽんぽんさん

わたしも河童です。
きゅうりが大好き。

まだ、解禁していないのですが。
きゅうり、食べたいなあ。

つぎの日曜日に、「食べていい」ことにしようか、と。

河童(いえいえ)、ふ より

投稿: ふ | 2011年5月13日 (金) 09時42分

こぐまさん

バス停で、
お父さまの姿をみつけたときの息子さんの
気持ちを考えると……ぐっときます。

ありがとうございます、いいお話を。

投稿: ふ | 2011年5月13日 (金) 09時40分

ふみこさま 皆さま おはようございます!
雨が上がって暑くなりそうな仙台です。

昨日、靴の衣替えをしました。
大好きなサンダル達に再会し、ペディキュアを塗りました。さくらんぼ色です。

大好きなあの海も
子供の頃から可愛がってくれた海の家のおばちゃんも、もういません。

だけど、やっぱり夏が好き。海が好き。
サンダルに似合うスタイリングを考えます。
また、おしゃれをします。

私の「ま」は三日間で終わりました。
皆さんのコメントに元気をたくさんもらってました。
ありがとうございます!

ふみこさん、娘さんの脚はどんな具合ですか?どうかお大事に…。

投稿: 仙台のじゅんこ | 2011年5月13日 (金) 08時08分

四月を過ぎて、五月を迎え、ようやく気持ちに一区切りついて
ふみこさんを訪ねることが出来ました。
薄暗がりのろうそくの灯りは、暗さが深くなるにつれ影が濃くなり
夜を迎えるのだという気配が 目にみえないのだけれどしますね。
人を輝かせる というのを、日本人なら
「光をあてる」という意味合いで表現するのですが
韓国の人は 人を輝かせるには
「わが身がいっそうの暗闇になる」と表現するそうです。
韓国の言葉っていいなぁと思います。
少しだけ 韓国語勉強しています。
全然、進歩しないのですが、それで充分楽しいです。
一つでも二つでも、知るって 楽しいです。


投稿: フィりフヨンカ | 2011年5月12日 (木) 19時53分

ふみこさま みなさま こんにちは

あのタイミングで「ふふふ」と笑えるお嬢さん
お嬢さんのことを「節度をもってつきあいたい相手」とおっしゃるふみこさん
おふたりともステキです

起こったことから何を感じるか
今の私には大切なことかも

いいヒントありがとうございます

焼海苔の の さん、寄り添っていただきありがとうございます
子供を撮った写真を大切にすることも大事だけれど 
子供の姿を自分の目にもしっかり焼きつけておこう
こころから そう思うようになりました

投稿: ゆー | 2011年5月12日 (木) 17時59分

ふみこ様 皆様
こんにちは

まがさす…ひらがなで見るとペガサスみたい。
とか変な連想をしてしまいました。

お嬢さんの快復をお祈りしていますね。
あいにくの雨なので、歩きづらいでしょうねぇ…。滑らないでくださいねぇ。

うちには河童ちゃん(娘)がいます(^O^)
何故か…。キュウリ大好きなんです。だから我が家は旬じゃない時期も、キッパリとさようなら出来ていません…

その河童ちゃんが今週、保育園で転んで口の中をケガしてきました。
「転ぶの上手な想ちゃんだから、この程度で済んだのだと思います」と先生に言われ、「魔がさしたね」と心中でくすり。

本人もすぐに立ち直り元気です。
「失敗しちゃったねぇ、次は気をつけてね」というとうなづいていました。

でも彼女にとって、ふみこ様の言われる、間が射すという経験になったのかなと。
最後に…
どりす様 ふみこ様

温かく心のこもったお返事ありがとうございました。
私、ちっとも優しくないんですよぉ…
でも、優しい皆様と繋がらせて頂いてみなさんから優しさを感染(うつ)して頂いてるのかなと思います。

投稿: ぽんぽん | 2011年5月12日 (木) 15時36分

ふみこさま。

今日も雨降りですね。なんかしっとり落ち着いて過ごしています。
帰りを知らせるボール、すごいアイデアですね。
我が家の息子も、飲み会とかで遅くなることがあるので、やってみたいなぁ・・。
昨日は、20時ごろ息子が傘を忘れて行ってて、バス停まで主人が歩いて持って行ってくれました。おりたたみがあると思い込んでいたようです。これも、魔がさしたっていうのかな?ちがうかなぁ。
でも、主人が届けてくれてありがたかったです。

投稿: こぐま | 2011年5月12日 (木) 11時18分

はつえさん

大事な大事な朝の時間に、
おたよりをありがとうございます。

「心眼」
こころして、胸におさめたいと思います。

ありがとう、ございます。

投稿: ふ | 2011年5月12日 (木) 08時22分

たろじろさん

「闇」を忘れて久しいわたしたち……。
そうですね、そのため、
灯りの頼もしさ、慕わしさも
手放してしまったというわけですね。

灯りのありがたみを、
ゆっくり思いだしたい、です。

投稿: ふ | 2011年5月12日 (木) 08時20分

なおさん

朝顔友だちですね。
よろしくお願いします。

元気な王子さまに、
きょうもたのしいことが
ありますように。

投稿: ふ | 2011年5月12日 (木) 08時17分

なのさん

「ま」には、致命傷はないんです。
……なんて、云ってみたくなりました。

ほんとうに、ね。
日日慎重に、落ちついて暮らしたいものです。

けれど、そばにいる誰かが、
自分の落度から思いがけない目に遭ったら、
責め立てないで、「気づきをおめでとう」と
云えるくらいの気持ちでいたいなあ、と。
このたびの、娘のしくじりを見て、
思ったことです。


投稿: ふ | 2011年5月12日 (木) 08時15分

CITRONさん

失礼でなんか、あるものですか。

CITRONさんも、河童好きなのかなあ……。
だとしたら、どんなにかうれしいなあ、と
思います。

「まがさす」ことはあります、誰にも。
けれど、「ま」の「さし方」は、
日頃積み重ねている感覚が決めそうでも
ありますね。

ありがとうございました。

投稿: ふ | 2011年5月12日 (木) 08時12分

ふみこさま、おはようございます。

「暗がりのなかで、身が自然に慎重さを生んだからだと思える」

心眼のちからを感じました。

朝のこの時間は
自分のいるところだけ小さく灯りをつけて
ふみこさまにおたよりしています。

自分のことだけにかまけられるように
早起き。
あらら、そろそろおかあちゃんに変身です。ふふ。

最近は明るくなるのも早くなって
もうこの時間では
ちいさな灯りさえも
もったいないですね。

心眼。
久しぶりにいい言葉を思い出しました。

ふみこさま、ありがとうございました。

投稿: はつえ | 2011年5月12日 (木) 05時33分

ふみこさま、こんばんは。

鬼籍に入られた声楽の先生とのお話を、ふと思い出しました。

先生曰く、欧州の灯りは闇を作る為に灯している。だから、一つ一つの灯りが頼もしく周りを見渡してる。
今の日本(十年程前です)の灯りは、闇を無くす為に灯している。だから、均質な明るさには責任が無い。

震災の後、街は暗くなりました。その反面、今まで意識しなかった灯りの頼もしさを思うようになりました。

今度ばかりは、灯りの下で少し安心した心が思わぬ怪我を招いてしまったようですが。

闇があってこその灯り、
四方八方から照らされてたのでは灯りが見えなくなりますよね。
灯りは確かな光。

あかりって良いですね。


投稿: たろじろ | 2011年5月12日 (木) 03時33分

ふみこさま

我が家は私の両親と同居してますが、去年もオーシャンブルーという朝顔が随分癒してくれました。
両親に任せっきりですが、お花はいいですよねぇ。

きっと夏バテしそうな時に体も心も救ってくれると思ってます。

ふみこさまの本を読んで、つるバラを植えてみたいと憧れていますが、まだ手が出せていません。

母の力を借りてぜひ挑戦したいです。

ローソクの灯での食事、読む度にうっとりするのは不謹慎?でしょうか?

暴れ盛りの四歳児(オス)がいるため、夢でしかありませんが(笑)

長女さんの右足が早く治りますように…

そしてこんな時間にまだ暴れてる息子が早く寝ますように。

投稿: なお | 2011年5月11日 (水) 23時52分

ふみこさま

お嬢様の足はその後いかがでしょうか。腫れていなければ良いなと
思いつつ。くれぐれもお大事に。

すべてのことに意味がある。20代の頃はそう思うことはあまりありません
でしたが、30代になってからその言葉にとても納得できるようになりました。

「魔」はあまり良いイメージでは無いという気はしますが、魔法のまでも
あるから。何かに気づかせてくれる魔法かもしれないです。
悪いことでも(決定的に心の致命傷になるような事は別格として)自分の
事を戒めてくれるものだと思うようになりました。

とはいえ、やはり魔が差すことのないようにもしたい気持ちは持ち続けたい
です。致命傷は怖いから。

投稿: なの | 2011年5月11日 (水) 20時11分

ふみこさま

「ま」がさす。。ということ、
時に、どきりと胸に刺さる思いもしますが、
それにしても、やはり何らかの、どこかからの
メッセージなのだと、受け止めるようにしています。
ありがとう、と思ったり、我を振り返ったり。

”河童でもやってきたのかしら”と
まるで当たり前の出来事のように話されるふみこさんが、
なぜかとても愛おしく、より近しく感じてしまいました。
ごめんなさい、失礼でしょうか。。
今日は雨降り、河童日和でした。

お嬢さんの痛みが癒されますように。
美しい紅子さん、長生きしますように。
朝顔のように、私の早起きが楽しくなりますヨウニ^^

投稿: CITRON | 2011年5月11日 (水) 19時02分

Kouji さん

慈雨、ですね。
東日本大震災から3か月たった、
きょうの雨を、そう思いたいきょうです。

いま、東京は、かなり降っています。
雨音が力を得て、屋根を打っています。

河童が、よろこんでいますねえ。
そういう気配を感じることができたら……
(いえ、それは希みが過ぎますか)、
気配を感じることを希うことができたら……、
いいのですけれど。

慈雨。

投稿: ふ | 2011年5月11日 (水) 17時19分

ふみこさま、みなさまこんにちは。
 
ひさびさに雨の日々です。
暗いところでよりも明るいところで蹴躓くかんじ、よくわかる気がします。見えていて、見ていないことがあります。
笑ってしまうかんじも。なんだかもう、笑うしかないかという心境。
ポインセチアや朝顔のおはなしも面白かったです。人間もおなじですね。
 
河童。ちょっと怖いイメージだとか芥川の生臭いイメージがありましたが、最近河童のものがたりをいくつか読んで、愛らしい存在だなとおもうようになっています。

ひさびさの雨で、河童たちはよろんでいそうですね。

投稿: Kouji | 2011年5月11日 (水) 15時20分

tomoさん

いらっしゃいませ。

娘との関係は深いかどうか、
わかりませんが、
大人同士として、
節度をもってつきあいたい相手ではあります。

ボールは、ちょっとおすすめです。

どうか佳い日日を。

またきっと。

投稿: ふ | 2011年5月11日 (水) 13時36分

初めてコメントさせていただきます。
なんだか、母と娘の関係が深く深く結ばれているんだなあと・・・
ほんわかとした気持ちになりました。

私にも娘がいますが、
黄色いボール・・・
これ、使ってみようかなって、ふと思いました。

投稿: tomo | 2011年5月11日 (水) 13時07分

どりすさん

「まがさす」

ここでは、それが魔法のことばになる……。
なんとありがたいこと。
そして、
なんと不思議な場所でしょう、ここは。

黄色いボールのおはなしも、
どうもありがとうございます。

投稿: ふ | 2011年5月11日 (水) 10時32分

ゆるりんりんさん

見える階段も、
見えないのも、
踏みはずすことがある……。

見える壁にも、
見えないのにも、
ぶつかることがある……。

そう心得ていることは、
やさしさにつながるなあと、
あらためて思わされて。

ありがとうございます、ゆるりんりんさん。


投稿: ふ | 2011年5月11日 (水) 10時29分

寧楽さん

早速のおたより、うれしく、
御礼申し上げます。

「ま」とは、愛しいものと、
気がつきました。
愛しい上に、学びの機会を連れてきてもくれて。

投稿: ふ | 2011年5月11日 (水) 10時27分

ふみこさま、みなさま、こんばんは。
 「河童」という文字にひどく惹かれ、なになに? と目で追っていたら・・・
 1番娘さん、捻挫とは!
 「ふふふ」と笑っていはっても、痛かったでしょうに。
 私は、四季折々、外科と懇意のケガ三昧なので、痛みの経過が身に沁みます。   どうかお大事に。

 「黄色いボール」・・・父が入院していた時、
「お父さん、良いものあげる」と、看護婦さんが父に渡した秘密兵器。
 付き添いの私は、寝てしまうと少々では起きないので、
そのボールを私に投げて起こせという魂胆でした。
 うまく当たった時は、痛ければ痛いほど嬉しかったです。
 力、あるんだ・・・と。
 脱線してすみません。

 「まがさす」は、ひらがなで書くと、何か生き物のようですね。
 うまく付き合っていけそうな気もしたりします。

 ぽんぽんさんの、この連休での時間を想い、胸がいっぱいです。
 いつか、お会いできた時、その優しさで、すぐにぽんぽんさんだと
直感できる確信があります。  きっと。
 
 ふみこさま、100日へのコメント。
 ありがたく、何よりの宝物として頂きました。
 また新しい目標が見えてきました。
 本当にありがとうございます。
       ダーツの旅、「ふふふ・・・」でした。
 
  

投稿: どりす | 2011年5月10日 (火) 22時02分

ふみこ様

わたしも目に見えてたり見えてない
階段をふみはすしたり、
壁にぶつかります。

そういう時
「真(ま)がさした」って思うことにしています。
大事なことが今ここにある、
どれ?何?ってきょろきょろしています。

足の痛みとれますように

投稿: ゆるりんりん | 2011年5月10日 (火) 12時10分

ふみこさま

お嬢さんの足は大丈夫ですか?

「ま」になるものは
そこかしこに潜んでいますね。

生活の中から学ぶことを常に実行される姿勢に

暮らしを知ってはるなぁと思います。

何かが起こったときは
考え時なんだと思っています。

お大事になさってくださいね。

投稿: 寧楽 | 2011年5月10日 (火) 10時10分

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