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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年5月24日 (火)

たんころりん

 たにしというのは、何だろう。
 貝かな。貝のような気がするが、思いがけないものの仲間だったりすることもないとはいえないな。
 考えたってわからないので、調べてみる。
  【たにし】田螺。腹足綱 原始紐舌目 タニシ科に分類される巻貝の総称。

 そうか、やっぱり貝だった。
 2年前、たにしをもらうという稀有(けう)な機会にめぐまれたとき、まず思いだしたのが、「木下順二」の手になる民話「ツブむすこ」。主人公のツブというのが、たにしだった。この話には、夫婦の有りようについて、ひとのみかけについて、考えずにおれなくなるような不思議なちからがこもっている。

 もうひとつ思いだしたことがあった。子どものころ、大好きだったカルタだ。
 絵札は段ボールシートに印刷され、読み札のほうは粗悪なボール紙でできていた。読み札にいたっては、裏おもて両面にことばが印刷されているものまであったから、たしかめたしかめ読まないと、ついには、絵札が場にのこってしまう始末。母が、ある雑誌の付録を切りとってもっていたカルタだった。
 そのほかうちには、日本昔話のと、ポパイのと、立派なカルタがあったが、弟もわたしも、そして両親も、なぜかその付録のカルタを贔屓(ひいき)にした。正月になると、「カルタやろう、カルタやろう」と誰彼ともなく云いだし、そうしてやりたいカルタといえば、いつもその付録の、だったのである。
 さて。カルタでも百人一首でも、そしてトランプや花札でも、ひとそれぞれにその札だけは自分の手もとに置きたいというような、気に入りの1枚をもっているものだ。それはわたしももっており、また、付録のカルタのなかにも、そんな1枚があった。

  田んぼでたにしがたんころりん

 たしか絵札には、水田を背景に、たにしがどんと描かれていた。その札だけは、幼ごころにどうしてもとりたかった……。
 大人になってから、(たんころりんとは何だろうか)とふと気になった。これまた、考えたってわからないから、調べる。すると、妖怪の「たんころりん」と、行灯(あんどん)の「たんころりん」とがあることを知った。
 先の「たんころりん」は、実った柿の実をとらずにそのままにしておくとあらわれる妖怪で、あとのは、愛知県豊田市足助(あすけ)に古くから伝わる、竹で編んだ籠と和紙を組みあわせてつくった円筒形の行灯だ。妖怪はちょっと恐ろしいけれど、行灯の「たんころりん」は灯ったところを眺めてみたい。足助では毎年8月のある期間、古い町並み(1.3km)に沿って、夜、「たんころりん」に火をともしてならべるという。
 調べをすすめるなかで、「田圃(たんぼ)にて」という詩にめぐり逢った。山村暮鳥(やまむら・ぼちょう/1884−1924年/詩人、児童文学者)のこの詩は、のちに「中田喜直」(なかだ・よしなお/1923−2000年/作曲家)が曲をつけて童謡としてうたわれるようになっている。

  たあんきぽーんき
  たんころりん
  たにしをつッつく 鴉(からす)どん
  はるのひながのたんぼなか

 ああ、これだ。
 たにしの「たんころりん」は、これだ。

 ところで、2年前、いただいたたにしはどうなったか。
 たにしがうちにやってくるというよすがにわたしは打たれ、たにしを迎える準備にとりかかる。
 わたしの思いを察してくれたものか、たにしの家は夫がぶら下げて帰った。浅草橋の駅前の陶器店でみつけた睡蓮鉢だった。このあたりでわたしは、よすがに打たれるという思いをつい沸かせ、小振りの睡蓮をもとめたり、たにしがさびしくないようにと(?)、折しもめだかを育てていた友人に5匹分けてもらったりした。そうしてとうとう、睡蓮を植えつけた粘土状の土の上に、そっとそっと、たにし6匹を置いたのだ。
 夢のようだった。自分のそばにたにしがいることも、睡蓮の花を見られるかもしれないことも、めだかまでやってきたことも。毎日何かと云うと睡蓮鉢のなかをのぞき、のぞくたびに、たにしたちとめだかたちの数をかぞえた。たにしは、鉢の内側にぴたっとくっついて、そのまま動かない。
 ところが。夢のような世界は長くはつづかなかった。まずめだかが1匹ずつ死んでゆき、つぎにたにしの姿が見えなくなった。見えないだけで、鉢底の土のなかにもぐっていると思いたかった。3か月ほどすると、睡蓮の容態が思わしくなくなり、とうとう……。
 あのときの「うまくいかなさ」は、わたしをしばらくのあいだ虚ろな気持ちにさせた。縁あって、寄ってきてくれた命を自らの落度によってことごとくなくさせたように思えた。しかし、いま思い返してみると、わたしはあのとき、たしかに学んでいた。他者の存在、その命を守ることのむつかしさを。あのときの「うまくいかなさ」は、その後、ひょいと命を引き受けようとする自分を止めはしないが、慎重にと釘をさす。そして、命とは、縁(えにし)のことでもある。

Photo_2

先週お目にかけた瓶(かめ)の
なかみは、これです。
きゅうりと茄子を解禁にしましたので、
夏のあいだ、ここへぬか床をうつすことにしました。

もとは睡蓮鉢で、たにしも、めだかも棲んでいたところを、
ぬか床にするなんて……と、わたしは思わないのです。
いろいろ学ばせてくれた命のすみかに、朝晩手を入れ、
命のおもみ、縁のおもみを、思い返すことにしたいな、と。

|

コメント

あささん

ぬか漬けは、順調です。
この瓶のなかで、こびとが一所けん命、
働いているんだなあ、と思います。

だから、
かき混ぜるときは、手を入れる前に、
「手、入れますよぉ」
と、声をかけます。
こびとさんたち、混ぜちゃうとまずいので。

そのあいだ、どこかへ、逃げててもらわないと。

あささんの「ものがたり」たのしみに待っています。

投稿: ふ | 2011年5月30日 (月) 14時17分

ふみこさん こんにちは

瀬戸物の漬物瓶って、すてきですね。
つやつやと磨かれていて、木の蓋も味わいがあって。
こんな瓶が一つあるだけで、夏のぬか漬けがどれほど楽しくなるでしょう。
せっせと漬けて、ぽりぽり食べて。
ふみこさんの台所は、物語のようですね。

私の台所にも、物語が欲しいなぁと思いました。
ちょっと、見回してみますね。何か見つかったら、ご報告します。

投稿: あさ | 2011年5月30日 (月) 11時36分

がーねっとBeeさん

しまつというより、
貪欲だったな、と思ったりしています。

投稿: ふ | 2011年5月29日 (日) 09時53分

えぞももんがさん

たにしが、そんなにねえ。
ちょっと、ふえてゆくところも、
見たかったような……。
でも、そうなったら、きっと、
悲しみもふえたことでしょうね。

わたしはね、これ。

  これやこの 行くも帰るも わかれては
     しるもしらぬも 逢坂の関

雨降る東京より

投稿: ふ | 2011年5月29日 (日) 09時51分

ふみこさん、皆さん、おはようございます^^

いとうせいこうさんも、ふみこさんと同じような経験があったそうです。
でも…。
今回の「かめ」の使い方…
またしても「WAO!」です!

せいこうさんは、こんな事、思いつかなかった…きっと。
オトコの人って、「こだわりぃ」なトコ、ありますもんね。

投稿: がーねっとBee | 2011年5月29日 (日) 06時37分

ふみこ 様  こんばんは


「たんころりん」を読み進めていって・・・

ふみこさんのご主人が浅草橋の駅前の陶器店でみけた
睡蓮鉢をぶら下げて帰って来て
小振りの睡蓮をもとめて
めだかをお友達から5匹分けてもらった・・あたりから
「やばい・・」と、思いました。

子供の頃の記憶が正しければ
隣のお寺の境内にあった池は
タニシだらけでした・・・。
タニシは 恐ろしいほど増えて
時には 共食いしたり メダカを食べてしまうことも
あるかもしれない・・・

だから この時の 「うまくいかなさ」は
佳い「うまくいかなさ」だったような気がします

子供の頃の 記憶なので うろおぼえですが

追伸・・・・ふみこさん 私の好きな 百人一首は

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

です。

投稿: えぞももんが | 2011年5月28日 (土) 19時34分

なをさん

申しわけありません。
ひとつ前だろうと、何だろうと、
気をつけていなければいけないのに。

それに、こんなに大事な打ち明け話を。
(皆さんも、どうかこころしてお読みください)。

その記憶は辛くても、
なをさんの「命の道標(みちしるべ)」になっているのですね。

わたしたちは、過去の経験を、
悔やみつづけたりしていないで、
それを、持ちかえる勇気ももたないといけないんだなあと、
おしえられた思いです。

どうもありがとうございました。

めだちゃんにも、ありがとうを。

投稿: ふ | 2011年5月27日 (金) 17時39分

ももさん

わたしこそ、ありがとうございました。

ももさんのおかげで、
いろいろ考え、「縁の学校」ということばが
生まれてきたこともうれしく。

これから「縁の学校」ということばを、
大事に育てたいと思います。
育つ途中で、これをぽんと書いたりしたときには、
「このことば、わたし(ももさん)が授けたのだ……」と
思ってくださいね。

感謝をこめて。

サラダ菜さんたちによろしく。
(プランターをラブレターと読みまちがえて、
え、なになに? と思ってしまいました)。

投稿: ふ | 2011年5月27日 (金) 17時35分

ふみこさま

あああ…、久しぶりにコメントしたのに、いっこ前のところに書き込んでいました。
おっちょこちょいですねえ。
おヒマな時、読んでください。

投稿: なを | 2011年5月27日 (金) 15時47分

ふみこさま

 先日は、お返事をありがとうございます。
 なんだか、とっても、肩の荷が下りたような気持ちになりました。
 背負ってるつもりなんて、まったく、まったくなかったので、
 そんな肩の軽さにびっくりしました。

 そうかぁ、そうだよなぁ、
 「縁」は、通り過ぎたりもするんだよなぁ、と。
 自ら壊すように思えるときは、悲しいけれど、それも縁。

 何だか、しつこく書いてしまいましたが、
 お礼を伝えたくて、また書いてしまいました。
 
 ありがとうございます!!

 小さなプランターに植えたサラダ菜たちが芽を出しました!
 うれしい!

投稿: もも | 2011年5月27日 (金) 10時26分

はつえさん

よき読書の時間がみのって、
こちらもうれしい気持ちです。

しばらく「安房直子」の世界を
そぞろ歩いてみてはいかがでしょう。
わたしたちが生きている「時間」が
かけがえのないものだということを、
そっとおしえてもらえるような気がして。

投稿: ふ | 2011年5月26日 (木) 09時57分

うじゅかさん

ああ、うれしや。

どなたか、豊田市のことを
おしえてくださらないかなあと、
密かに期待していたのです。

「香嵐渓」をわたしは、知りませんでした。
いえ、知らないことばかりですから、
驚く気持ちはありませんけれど、
きょう、おぼえました。

いつか、旅してみたいです。

どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2011年5月26日 (木) 09時54分

Koujiさま

「たにし」と「えにし」はきょうだいです。
……なんてね。

わたしも、見ておぼえる、
見て記憶する、という「えにし」を
これからつくってゆきたいなあと
思っています。

目の前にあることだけが「えにし」だとは
思いたくないのです。

投稿: ふ | 2011年5月26日 (木) 09時51分

ふみこさま、おはようございます。

睡蓮鉢のゆるやかなまあるい膨らみに触れてみたいなぁ…。
なでるとなんとも心地よさそうで。
みなさまのコメントもあわせて読ませていただき、
命のことと縁のこと
深く、深く、あじわいました。
このふたつはときに
考えると鼻の奥がツンとして、目頭がじわっと温かくなることも。
生きていることは実はただごとではない、
そのことに立ち寄るふみこさまと
命のすみかの睡蓮鉢さまに
なんというか、その…拍手。


月曜日に安房直子さんの本が手に入りました。
まずエッセイを読み、
主婦業をこんなにも讃えてくださってうれしくなりました。
わたしはお金で報酬を得る働き方をしていないけれど
家の中の仕事に誇りを持てそうです。
娘たちからの「ママ、おしごとありがとう」。
お金に代え難い報酬です。

いま、「ハンカチの上の花畑」にまよいこんでいます。
主婦業を早く切り上げたくなるほど
楽しくて、楽しくて!

投稿: はつえ | 2011年5月26日 (木) 05時51分

こんばんは。
「たんころりん」
1年と少し前まで住んでいた、豊田市の事が出てきてうれしく、なつかしくなりました。
足助、と聞いてわからなくても、紅葉の名所「香嵐渓」のある地域といえばああ、と思われる方もいらっしゃるかと思います。
残念ながら実際に「たんころりん」は観に行けませんでしたが、街全体が風情のある、いい所です。
思いがけない所で、思いがけない地名を耳にする。これも何かの「縁」かもしれませんね。
ありがとうございました。

投稿: うじゅか | 2011年5月25日 (水) 23時24分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
 
「えにし」と「たにし」は似てますね。読みが。
そういえば、たにしとはだいぶえにしがなくなっていました。たにしとか、たにしに類するものたちと。アメンボだとか、どじょう。これからの季節、みようとおもえばみることができますね。
みる、というえにしをつくろうかな、とおもいました。それは自分の命になるような気がします。

投稿: Kouji | 2011年5月25日 (水) 22時59分

フィりフヨンカさん

消えたように、
おわったように思えても、
かつてたしかにあった「縁」を
ありがたがりたい……。

それが、わたしのぎりぎりの……気持ちかな
と思います。

投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 17時48分

焼海苔の のさん

まあ、なんていい情景。
それを想像するだけで、わたしは、
しあわせな気持ちになります。

コピーとか、印刷とかでなく、
ひとつひとつなにかを書いたり、描いたり、
ひとつひとつなにかを
つくったりしていくことの価値を、
わたしは、あらためて考えています。

「能率わるいね」と云われるようなことを、
どしどししてみたくて。

投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 17時46分

どりすさん

ぬか床は、やけに元気で、
ぐんぐん働いています。

縁のつづきの、つづきかと。
そう思うことにして、ふと、こみ上げたり。

投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 17時37分

みぃさん

わたしも。
子どもがやってきたとき、
みぃさんと同じふうに、思いました。
自分が生んだとか、なんとか、
思えなかったなあ。

やってきてくれたんだねえ……、と。

その気持ちだけは、ずっとつづいていて、
子どもたちに対して、畏れ多いような気持ちを
抱きつづいています。


投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 17時35分

ふみこさん、こんにちは。

縁もゆかりもないものが、縁もゆかりもあるものになり
またそれぞれが ふっとどこかに消えていく。
消えていくことは寂しいようで、
それが自然の摂理でもあって 私はいつも人との出会いや
家族の縁さえ そういうものに感じます。
だから、そこに縁を結べた時は
消えゆくまでの しばらくを精一杯味わいたいと思います。

この間、ちょっとしたアクシデントがあって
そのおかげで、またご縁のある出会いができました。

いつ ふっと消えてなくなるかもしれないけれど
そういうものだから
とても愛しく嬉しく大切で

消えても 一度は ご縁があったこと

そういうものは次またどこかで形を変えて
きっと巡り合えるような気がしています。

明日は 父の命日です。
きっと 私は何度も姿を変えた父とご縁を結びながら
今日まで 生きてきたんじゃないかなぁと思ったりしています。

投稿: フィりフヨンカ | 2011年5月25日 (水) 14時45分

ふみこさま

たにしと言うと、やっぱり小さいころに遊んだ
田んぼいっぱいの風景が思い浮かびます。

「春の窓」読んでいます。
読んでしみじみとしています。
寝る前の読み聞かせ…終わってしまいましたが、
この本でもう一度やってみようと思います。

投稿: 焼海苔の の | 2011年5月25日 (水) 14時30分

たんころりん、たんころりん♪
 たのしげな響き。 ほっぺたが緩みます。

ふみこさま、みなさま、こんにちは。

 小人が出てきそうな瓶の中は、ぬか床の新天地だったのですね。
 きゅうりや茄子が、安心して横たわれるのは、生命の気配が残って
いるからなのでしょうか。

 瓶とか鉢があると、ついつい中をのぞきたくなります。
 むかし、実家の玄関先にはいくつもの瓶や鉢が並び、玄関うちには
大きな水槽が整列していました。
 中には、どれも私が池や川から連れてきた生物たちです。
 毎朝、毎夕のぞいていたクセが、今も残っているのかもしれません。
 台所の、しじみをメダカの水槽に入れた時だけは、咎められましたが・・・

 縁ということばを思う時、日本語へこうべを垂れます。
 縁日にいたひよこは、うちに来てりっぱな雄鶏になりました。
 見守り、見届けることを たくさんの縁が教えてくれました。

 

投稿: どりす | 2011年5月25日 (水) 13時10分

ふみこさま みなさま

こんにちは。
縁(えにし)…。
私にとって一番身近な”えにし”は 家族との”えにし”ですね。

私は長男が生まれた時 不思議でなりませんでした。

”ねぇ どうして私のところに来てくれたの?”
”なんでキミは隣のお宅のママの子供でなく 私の子供として生まれてきたの?”

つれあいとなる人は 大きな見えない力が働いたこともありますが
自分が”この人!”と思って一緒になった部分も大きい気がします。

でも こどもはそうではない。
『ご縁があって巡り会った』 これに尽きるのかな…と。

”命とは縁のことである…”と書かれておられますね。

しみじみ じんわり 心に届きました。
ありがとうございました。

投稿: みぃ | 2011年5月25日 (水) 12時14分

ゆるりんりんさん

夏だけのぬか床、というのも、
いいのじゃないでしょうか。

わたしは、露地もののきゅうり茄子のある
季節だけにして、冬期は休んでいます。
きゅうりとの別れが近づくころ、
ぬか床の量をだんだん少なくして、
しまいには塩でふたをして休みに入ります。

投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 11時06分

ももさん

つながったと思える「縁」を、
自ら壊すように思えるときは、悲しいです。
でもね、そういうことにも、
というか、そういうことも「縁」なのかもしれないなあ、と
考えるようになっています。

縁の学校です。

投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 11時02分

ゆきたんさん

なんでもないように見えていることの
尊さや、成り難さ、
そしてその意味のむつかしさや。

ひとは、そこをとらえながら生きていくのだなあと。
ときどきいやになったり(悲し過ぎたりして)、
疲れ(悲しみ過ぎたりして)たりしがらも。

土の上に移動させ、葉っぱをかぶせました。

って、そういうやさしさが、
生きる支えになります。

投稿: ふ | 2011年5月25日 (水) 10時53分

ふみこ様

あああ・・・
いったい何回わたしは
ぬか床をだめにしてきたことか・・・

わたしのいいところはすぐ忘れることです。
そのよさがぬか床には生きない・・・

ほんとに
いろんなことが頭の中から
たんころりん・・・

投稿: ゆるりんりん | 2011年5月25日 (水) 09時36分

ふみこさま、みなさま

 「縁」ということば。
 「エニシ、エニシ」と頭の中にぐるぐると残りながら、朝、仕事へ向かいました。
 目の前にいる人は、私と何かの「縁」でつながっているのかな?
 時には、そんな風に思えない(思いたくない)こともあるなぁ…、
 でも、でも、
 静かに、静かに、いつもどこかしらの「縁」を感じとって、
 つながりを大事にできるようになりたいなぁと思って、帰ってきました。
 今週もありがとうございます。

 そうそう、仕事の前にご褒美と思って(前にご褒美っておかしいですけれど)、
 本屋さんに寄りました。
 何気なく手にとった「天然生活」
 「あ~、これこれ、こんな朝ご飯がいいのよねぇ」と写真を見ていたら、
 なんと「山本ふみこ」とありました。
 なんとうれし、愉し偶然!!!!!
 とっても素敵な一日となりました。
 
 では、また…

 札幌では、ライラックが咲いてきたようです。 

投稿: もも | 2011年5月24日 (火) 22時06分

ふみこ様、皆様
お久しぶりです。
昨日、職場のつばめが、まだ、ふにゃふにゃの小さな雛が、次々に、親に落とされました。一匹ずつ、土の上に移動させ、葉っぱをかぶせました。そんなことを計三回。
まだ、ぱたぱたしていたし、目も開いていたけど、親が故意に落とした雛は、巣に戻しても、また落とされるとのこと。そして、人間の手にかかったつばめは、飛べないとのこと。
ふにゃふにゃの、小さな雛と、初対面で、お別れしました。
せめて、雨風しのいで、眠れるように。

今日、ふみこさんのブログを読み、心にしみました。

どんな生き物でも、生きていくってことは、尊いこと、当たり前でないのですね。

去年までは、毎年、巣立っていき、微笑ましい気持ちになったのに。今年は違うつばめだったのかなあ?

今朝も一匹、死んでいて、巣まで、壊れていて、悲しく思いました

投稿: ゆきたん | 2011年5月24日 (火) 19時38分

寧楽さん

この手で守りきれなかった命や、
その他いろいろの「であい」を思いつつ……、
感謝しつつ……。
そういう意味で、ぬか床はよかったみたいです。


投稿: ふ | 2011年5月24日 (火) 17時42分

ぽんぽんさん

それでは、どうか、
「いってらっしゃい」

……という気持ち。
うらやましいような気持ちもあります。

お待ちしています。
と云っても、ご無理のないところで、どうか。

投稿: ふ | 2011年5月24日 (火) 17時40分

tomoさん

「なつかしく、にがい思い出」
このことば、いまのわたしに、
なぜかやさしく響きます。

にがみを噛みしめることも、時に
必要……と励ましていただいたような気がして。

どうも……、ありがとうございます。

投稿: ふ | 2011年5月24日 (火) 17時37分

ふみこさま

娘が幼いころ、縁日で
すくってきた金魚

一年間、元気に生き続け
また連れ帰った金魚、二匹を同じ水槽に入れたら
ストレスになったか
順番に死んでしまい…。

かわいそうなことを
した思い出があります


生き物を飼う難しさを
思いました。

命の大事さや繋がりは
暮らしの中から学ぶものですね


ふみこさんのぬか床は
立派なお住まいです!

投稿: 寧楽 | 2011年5月24日 (火) 15時17分

ふみこ様

ありがとうございます。
お薦めの本、手に取りたいと思います。

こうして、小さいけど目当てができると、元気がムクムク。

ツブむすこを読み聞かせた娘の感想も、お便りしてよろしいでしょうか?

オレンジページ宛でよいですか?

投稿: ぽんぽん | 2011年5月24日 (火) 15時08分

こぐまさん

「20年ぶりに会う同級生」なんておはなしは、
風が吹いてきたみたいで……いいなあと
思えます。

うらやましいお話です。

投稿: ふ | 2011年5月24日 (火) 13時22分

ぽんぽんさん

「ツブむすこ」、
お嬢さんにも
読んでさしあげてくださいね。
きっと、おもしろい感想が聞かれることでしょう。

(そして、それを、わたしにも聞かせてください)。

力のでない(ことしはじめから、ことさらに
がんばってこられましたもの)と云われるいま、
『精霊の守り人』からはじまる、
「守り人シリーズ」(上橋菜穂子著)を
お読みになったら、いかがでしょう。

押しつけがましいことで。
ごめんなさい。

投稿: ふ | 2011年5月24日 (火) 13時00分

ふみこさま

こんにちわ。
読みながら、胸が熱くなりました。
私もメダカを飼っていた時期があり、なんとも難しいものだなあと悩んだものです。

そして、いくつもの命を失って、その度に息子は悲しみ、一緒にアジサイの根元に眠らせたものです。

懐かしく、にがい想い出。
そして、我が家にも祖母から分けてもらったぬか床があることを思い出して・・・。
今年の夏、キュウリやナスをたくさん登場させて、食卓にあげてみたいと思います。
ありがとうございます。

投稿: tomo | 2011年5月24日 (火) 12時06分

ふみこ様。
読みながら、なんだか胸が熱くなりました。
私も、メダカを飼った事があり、いくつもの命を失くした経験があります。
その度に、長男は悲しみ、そして、その命を一緒にアジサイの根元に
眠らせたものです。

そして、我が家にも、祖母からもらったぬか床が眠っていることを思い出して。。。
今年の夏は、夏野菜をつけるのをまた始めようと思いました。
ありがとうございました。

投稿: tomo | 2011年5月24日 (火) 12時02分

ふみこさま。

山村暮鳥さんの詩いいですねぇ。
なんか ほのぼのって感じ。のどかです。私も小さい頃は、たにしやめだかをよく川でみてました。めだかとかつかまえて飼おうと思うんだけど、なかなかうまくいかず、ほんとそうやって命のことを学んでいたんでしょうね。
縁といえば、20年ぶりの同級生に会って、今度4人同級生が集まろうっていう話になりました。大学時代水泳部で、ともに楽しんだ仲間です。
これもやっぱり縁ですね。

投稿: こぐま | 2011年5月24日 (火) 11時13分

ふみこ様 皆様
こんにちは

睡蓮鉢の糠床、ふみこ様らしい選択肢ですね。
経験したことを、自分が大切にしたいと思ったことをどうやって心と日々の暮らしに刻んでゆくかを知ってらっしゃるのですね。

ほぉっ…と思いました。
なんてステキな感性なんでしょ。

今、「まよいこんだ異界の話」を読んでいます。久しぶりに満たされた読書を楽しんでいます。
「ツブ息子」も探してみよう。今の私にはそちらも気になります。
夫婦の有り様について考えさせられるとありましたから。

なんだかここのところ、力が出ない私。

読書で心を耕したい気持ちでいるのかも知れません。

教えていただき、ありがとうございました。

投稿: ぽんぽん | 2011年5月24日 (火) 10時30分

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