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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2011年8月 9日 (火)

12センチ

 日本地図を開いて、眺めている。
 長くて細くて、ひょろりとしている。そうだ、日本列島は細長い。印刷された日本国は頼りなげで、ぽきりと折れてしまいそうにも見えるけれど、なんという慕わしさ、なつかしさだろうか。
 地図帳のつぎのページは「日本北東部」。北は北海道——国後島(くなしりとう)、択捉島(えとろふとう)も入っている——南は、瀬戸内海に浮かぶ小豆島と、四国高松(どちらも香川県)、鳥取まで収まっている。おもしろいのは、青青とした太平洋が、ひとところだけ地図帳の版面(はんづら)の枠からはみだして、八丈島(東京都/伊豆諸島)がかろうじて入っているところだ。
 現在わたしが住んでいるのもこのページだが、今回3日間、このページのなかで旅をしてきた。東京から陸前高田。地図帳に定規をあててみると、その長さは12センチ。
 ——12センチか。

 12センチの旅。
 ボランティアセンターとの交渉はじめ、一切のめんどうをみてくれた友人一家との総勢8人の旅。
 東京を出発し、一関(岩手県)まで東北自動車道をひた走り、平泉(岩手県)でさきごろ世界遺産になったばかりの中尊寺、毛越寺(もうつうじ)を見学。遠野(岩手県)へ向かう。遠野駅前に宿をとり、早寝。
 翌早朝、金曜日仕事を終えてから深夜バスでやってきた長女と合流し、岩手県災害ボランティアセンターへ急ぐ。ここ遠野総合福祉センターでは、泊まりこみのひとも、すでに身支度を終えている。夏休みということもあるのだろう、大学生もたくさんたくさん集まってきた。
 建物の入口のホワイトボードに、本日の活動先が三か所書かれている。大槌(おおづち)と釜石と陸前高田。陸前高田の瓦礫(がれき)の片づけの欄に名前を書いた。
 陸前高田。震災後、何度も何度もその地名を聞いたし、被害の大きかったことでも記憶に染みついている。バスを連ねて——総勢180人——1時間半かけて気仙町(けせんちょう)——ここは陸前高田でもっとも宮城県寄りに位置し、気仙沼にもほど近い——向かう。窓の外には、瓦礫(がれき)と呼ばれる地震によって壊れ元のかたちを失ったものたち、崩れかけたもの、あり得ない場所に運ばれたもの——畑のなかの船、山に叩きつけられた建物など——が、つぎつぎと過ぎてゆく。気仙町の、ある集落に降り立った。ここは津波に襲われた際の地域であるとのこと、津波の跡がつづき、あたかも等高線のようだ。
 暑い暑い日だった。立っているだけで、汗が流れ落ちてくる。わたしたちの持ち場は一見拓けた地面だが、コンクリートでつくったいしずえがあり、そこにかつて家があったことを知らせる。
 さあ、作業開始。
 土のなかに埋まったものを半ば掘りだすようにして、燃やせるもの、燃えないもの、ガラスや瓦(かわら)、の3種類に分けて積んでゆく。作業をはじめるや、3種類の山では足りないことがわかった。この場所から3キロも海に寄った魚の加工場から津波が運んだ、無数のさんまの詰まった木箱。つまり、こうしたいわば元さんまの片づけが必要になったのだ。強烈な匂いを放ち、銀蝿がたかっている。口を布やマスクで覆わなければ、だんだん堪えられなくなる、そんな匂いだ。
 それでも、5月に同じ場所で作業をしたという友人は、「あのときに比べて、どれほど片づいたことか」と、海に顔を向けて感慨深げだ。そのときには、あたりはさんまだらけだったそうである。
 ビニール袋の端だと思って引っぱると、それは木箱のなかに敷かれたもので、もれなくさんまがついてくる。あのぴかぴかの姿を失った、おいしいさんまとは似ても似つかぬ、かつてさんまだったもの。
 わたしたちのグループは、元さんまの片づけにかかった。どろどろになったさかなの身を扱うのには苦労したが、スコップを突き立てては一輪車にのせ、山に積みにゆく。
 そんななか、スコップが生活を掘りあてたときの、なんともいえない気持ち。これは、元さんまの強烈な匂い以上に、きびしいものだった。台所で使う密閉容器らしきもの。模様もうつくしい皿の欠片(かけら)。ちゃんちゃんこ。おままごとの海老フライ。ブロックでつくったロボットの頭。マニキュアの小瓶。ああ、この家には、女の子と男の子が暮らしていたんだな、子どもの遊ぶ傍らでは歳若いお母さんが爪を染めたりしていたんだな、と思ったとき、目の前が暗くなった。同情はいくらでもできそうだったけれど、どんなふうに思ってみても、当事者でなければわからないことばかりだという気がした。作業に集中するしかなかった。
 結局、午前午後合わせて3時間ほどで、作業は終了となった。もっともっと働きたかった。が、無事に活動を終えること、体調管理に責任をもつことがボランティアの鉄則である以上、無理は禁物なのだ。
 帰りのバスから見た光景が、行きとはまったくちがって見えたのには心底驚いた。3月11日のあの日まで、そこにたしかにあった暮らしを目の当たりにした身は、行きにはもち得なかった、ちぎれるような悲しみを宿していた。
 翌日、盛岡で用事をすませ、帰途につく。

 被災の事実めがけて出かけていったつもりだったが、そこにあるのは無数の暮らしであり、無数の人生でありいのちだった。その実感をもつことができただけでも、ありがたかった。
 12センチ向こうとこちらは、つながっている。

Photo
東日本大震災から5か月がたとうとしています。
たった一日ボランティアとして作業しただけですが、
させてもらえたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。
被災地のためというより、自分のためだったと、
感じています。
5か月たっても、まだまだ、いろいろの片づけが必要とのことでした。
わたしも、また、出かけてゆきたいと思います。


Photo_2
実際には、軍手の上に厚手のゴム手袋をはめて
作業しました。それでも、軍手はこんなです。
よく働いてくれました。

Photo_3
暑くても、長袖、長ズボンで働きます。
持ちものも最小限に。
長靴(金属の入った中敷も)も、必需品でした。
ものすごい匂いを放っていますが、
一緒にがんばった衣類が特別のものに思えます。
記念撮影。

|

コメント

ふみこさま、こんにちは。

無数の暮らしと無数の人生、そして無数の、無数の、いのち。
被災地のそこにあるものたちを瓦礫と言ってしまいたくないなぁと、心の隅にありました。
元、を付けて呼ぶ言い方、賛成です。

東北のひとへは「がんばろう」よりも
「わすれないでいます。いつも心にあります」と
祈るような気持ちで、わたしは暮らしていこうと思います。

投稿: はつえ | 2011年8月18日 (木) 11時40分

バッテリーさん

Happy birthday to you.
Happy birthday to you.

Happy birthday dear battery san.
Happy birthday to you.

〜♫

投稿: ふ | 2011年8月14日 (日) 20時50分

ふみこ さま

彼の地でのいまを、ここに記してくださって
ありがとうございます。

昨日誕生日なるものをむかえ、家族が花とケーキで祝ってくれた時、
今日のこの日は、いくつもの奇跡のうえになりたっているんだと、
ありがたくて、涙がこぼれました。

あらためてわたしにできることを、
息のながい支援を、
考えなおす良い機会をいただいた気がしています。

投稿: バッテリー | 2011年8月14日 (日) 19時33分

がーねっとBeeさん

記憶って、香りとか気配とか、
思いがけないものとともにのこっていますよね。

磯臭さ。
わかります。
淡路島や、伊豆の今井浜や、
千葉の海や。
わたしにも慕わしい磯臭さの記憶があります。

長く長く思いつづけていたいです。
慕わしいものを、
ひとつずつ、とりもどすまで。

支援金あつめ、頭が下がります。

投稿: ふ | 2011年8月13日 (土) 21時30分

焼き海苔の の さん

静岡県からのおたより、どうもありがとうございます。
明日の供養のお祭り、どうか、
そういう機会のもてないひとの分も、
よろしくお願いします。

という云い方もおかしいですが。

なんだかね、
この国のいたるところで、
見えない場所に目を凝らすような、
昔ながらの行事のあることを知って、
とてもいいなあと思えて……。

投稿: ふ | 2011年8月13日 (土) 21時27分

ふみこさん、みなさん、こんばんわ。
今回は、お疲れ様でした。

この時期に、というのが、大事ですね。
義援金の呼びかけも、ちょっと少なくなってきていますし、
震災という事実を忘れがちになっている時期かもしれません。

高校の時に部の合宿で、北茨城に行った事があります。
あの時に、いい意味での「磯臭さ」を経験しました。
その場所も、津波の影響を受けたんです。
今、どうしてるかな…街の皆さん…。

私も、いろんな事を思いながら、ひとり、義援金集め。
いよいよ、貯金箱は一杯になり、秋には、どちらかに託そうと
計画しています。


東北3県、千葉、茨城…いつの日か、心地よい「磯臭さ」が
戻る事をお祈りしています。
現地には行けませんが、できるだけの「後方支援」、思案して
いきます。

投稿: がーねっとBee | 2011年8月13日 (土) 20時01分

ふみこさま、みなさま

お盆で帰省しています。
ご先祖さまを迎える準備を手伝い、
明日はとうろん祭りという供養のお祭りに
行ってきます。

被害の規模は数字で伝えられますが、
それよりもひとりひとりの生活や暮らしがあったこと...
そのことを忘れないようにしよう、
ふみこさんの文章を読んで、改めて思いました。

投稿: 焼き海苔の の | 2011年8月13日 (土) 19時43分

みぃさん

久しぶりに高校野球に熱中しております。

勝ち負けを超えた思い、希い、
祈り、決意。
それを感じるたび、瞳からも汗が……。
ぐしょぐしょの観戦です。

子どもたちも、一緒にぐしょぐしょ観戦をしています。
送りバント。スクイズ。
ヒットエンドラン(ランエンドヒット)。
タッチアップ。
なんていうことを説明していたら、
「お母さん、野球のルールよく知ってるね」と
ほめられました。
そういえば、わたし、野球を好きなんだなあと、
思いだしたりして。
とくに、高校野球、大好き。

ことしは、天国の観客席も満員です。
球場も、きょう午前10時には満員になっていました。

投稿: ふ | 2011年8月13日 (土) 12時27分

ちるちるさん

遠野の地に立ったとき、
ちるちるさんは、岩手県の南部にお住まいだと
思いだしておりました。

その節は、
そちらの様子をお知らせくださいまして、
どうもありがとうございました。

お盆。
おそらくこの世から旅立った方方は、
この世に残したいろいろの存在を思って……、
心配して……、
大活躍のお盆なのではないでしょうか。
辛いけれど、
その大活躍を、こころにとどめたくもある、今夏。

ありがとうございました、
きょう、ここへいらしてくださって。
ほんとうにうれしかったです。

投稿: ふ | 2011年8月13日 (土) 12時19分

ふみこさま みなさま

こんにちは。
そして おつかれさまでした。

水曜日にはお話を読ませていただいたのですが
なかなかコメントをすることができませんでした。
しっかりと受け止めるのに時間がかかってしまって…。

少し違う視点でコメントを書かせていただくことをお許しください。

甲子園に出場した被災地の3校。
選手のみなさんのそれぞれの表情に
希望を感じました。
これからの復興を担っていくのは彼らだから。

3校とも とても素晴らしかったと思います。
いろいろな想いを背負って甲子園に来たのだと思いますが
最後まであきらめずに戦うその姿は 本当に感動的でした。
こんな若い人たちがいるのだから 必ず復興していくと確信しました。

直接 被災地に向かうことは私には叶いませんが
『後方支援』 この言葉を胸にできることをやっていきたいと
改めて思いました。

ふみこさま 本当にお疲れさまでした。
いろいろな事を伝えて下さって ありがとうございました。

投稿: みぃ | 2011年8月13日 (土) 11時02分

ふみこさま、みなさまこんにちは。
岩手にボランティアにおいで下さったとのこと。ありがとうございます。
震災から五ヶ月がたち、今日からお盆。お仏さまをお迎えします。こんなにつらいお盆ってあるかな。と思います。
実は父の同僚だった方がまだ行方不明なのです。
奥様は遺体だけでも見つかればと仰ったそうです。
父はかける言葉がないと言っていました。
まだ身元がわからないご遺体も多数あるとのこと。
心やすらぐ日が早く訪れますよう。

投稿: ちるちる | 2011年8月13日 (土) 10時36分

brownbearさん

まあ、そうでしたか。
あの、雨の。

雨。
風。
地面(土、砂)。
海。
そしておひさま。

いつも、わたしたちのいのちを守ってくれている
こうしたものたちが、ときどき猛り狂う……。
守られているのはたしかだけれど、
おしえられてもいるのだと、
あらためて思います。

おしえられていることの多くを、
聞き流し、あるときは無視していたなあ。
そんな反省もあります。

「津波で流された人のことを思ったら
これぐれ いいさ」
というくだりで、
こみあげてくるものと、たたかいました。
こういうことを、すぐと思える人たちの、
あとの苦労が、長くつづきませんように。

brownbearさん、
お疲れさまでございました。
そして、おたよりに感謝します。

投稿: ふ | 2011年8月12日 (金) 10時19分

えぞももんがさん

ありがとうございます。

短い短いボランティア活動を経験させてもらって
帰ってきて。
いま、いちばん思うのは、
えぞももんがさんが書いておられる、
「願いは……息子が 夢にでてきてくれること」
というお父さんの気持ちに寄り添うことこそ大事、
ということです。

国の事情について探ったり、
エネルギーについて論じることも大事。
けれども、
寄り添う気持ちを飛び越してはいけない、と。

息子さんを亡くしたお父さんと、
一緒に泣いてしまいたい……というあたりで、
自分が暮らしている。
そこを忘れたくないと思ったのです。

えぞももんがさんが、
ここに、そのことを書いてくださったこと、
たしかな支援、よき道標だと
考えています。


投稿: ふ | 2011年8月12日 (金) 10時06分

ふみこ様
ご無沙汰いたしております。

被災地になりたくてなった人は一人もいない
どうして わが町が?我が家が?家族が?
答えの出ない自問を繰り返した
5ヵ月だったのだと 思います。


なにか得体のしれない大きな力が
降り注いだとして
それを 受け止めてくれた
受け止めざるを得なかった方たちに
私たちは何ができるか・・・
ふみこさんの記事を読んで
また 思います。

私は6センチの実家に行ってきました。
3日間続いた豪雨で流れ込んだ土砂を
運び出す作業をしてきました。
近所で半壊や全壊した家はあったけれど
皆 口々に
「津波で流された人のことを思ったら
これぐれ いいさ」
っと言っていました。
7年前に中越地震を経験した田舎の人たちと
働いて よく眠った数日間でした。

投稿: brownbear | 2011年8月12日 (金) 08時29分

ふみこ 様

おはようございます。
陸前高田での作業、息を殺しながら読み
皆さんのコメント ふみこさんの返事を読み
ここに降りてきました。

テレビや新聞 ラジオでは知ることができなかった
事を 教えてもらいました。

お疲れ様でした。
疲れは 出ていませんか?

そこにあった 暮し 人生 いのちのこと
忘れずに 生活していきたい。
後方支援・・・何ができるか・・・また ここに 思いが 及びます。
3月11日からずっと 考えていることです。

先日読んだ新聞の記事、幼い息子さんを、震災でなくした お父さんの言葉が
心にこびりついてはなれません。
「願いは・・・息子が 夢にでてきてくれること」


誠実に生活しょうと思います。できることが 見つかると思っています。

今週も ありがとうございます。

投稿: えぞももんが | 2011年8月12日 (金) 05時47分

きんもくせいさん

ひとって、
ほんとうに、すぐへこたれそうになるし、
情けないことになります。

最近、そういうのも、ひとのやわらかい面だなあ、
と思えて。
やわらかい面から生まれるものもあるのだという気がして、
へこたれや、情けなさも許しながら(自分で)、
歩いてゆきたいなあ、と。

投稿: ふ | 2011年8月11日 (木) 12時45分

どもどもさん

そうなんです、そうなんです。
日日、片づけはすすみ、
「あのころ」に比べたら……なんです。

でも、だからこそ、
途切れさせてはいけないなあと
思えてなりません。

一歩一歩です。
長くどこまでもつづく道を。


投稿: ふ | 2011年8月11日 (木) 12時42分

ゆーさん

わかります。

いろいろの報道も、このごろは
数値のことばかり。
被災地に暮らしのあることを、
わたしたちは思っていないといけないのに。

福島から東京に避難してこられている皆さんの
暮らしのお手伝いのボランティアをみつけました。
東京都江東区の公務員住宅(かなり高層)に
福島県南相馬市、富岡町、浪江町の約200世帯が、
6カ月間の予定で入居しておられるのです。

はなれていても、
できることはあるんだなあ、と、
思ったことです。


投稿: ふ | 2011年8月11日 (木) 12時40分

rantanaさま

こんにちは。
rantanaさんも、相当につながっておられるんですね。
さぞ、落ちつかない日日を長く過ごされたことでしょう。
「その人たちのかなしみには、触れられないまま……」
というお気持ち、ほんとうにそうだろうなあ、と
思わされています。

わたしなど、だらしのないことに、
安否すら、素早く尋ねられなかった……。
もしも……と思って、おそろしくて。

四国にも(高知県でしたか)、
津波の被害を受けた漁港がありますよね。
心配しています。
何かわかったら、おしえてください。


投稿: ふ | 2011年8月11日 (木) 12時32分

CITRONさん

想像して(この「想像」というはたらき、
ひとの持ちものとして、重要ですね)、
何かを支えようとする、
日常をありがたがる、
というのも、たいそう尊いことに思えます。

いつまでも忘れずに、
想像して、できることをしましょうね。

どうもありがとうございました。

投稿: ふ | 2011年8月11日 (木) 12時21分

ふみこさま

ありがとうございます。

「毎日の暮らしを続けよう」と震災の後、心に決めました。
うまくいかないことが続くと、「こんなに頑張っているのに」などと、すぐに
へこたれます。
情けないです。
でも、どんなかたちでも、続けていきたいです。

投稿: きんもくせい | 2011年8月11日 (木) 02時34分

おふみさん。
おかえりなさい。

被災地の様子、胸が苦しくなりながら読ませて頂きました。
大変な現実を、おふみさんの言葉で聞けてよかったです。

「あの時に比べて、どれほど片付いたことか」
この言葉に救われました。
こんなに大変•••ではなく、前に比べたら•••

と思う事の大切さを教えて頂けた気がします。
今出来る事をする、少しでも前を向いて•••。

伝えてくださって有難うございます。

投稿: どもども | 2011年8月10日 (水) 17時10分

ふみこさま みなさま こんにちは

とても内容の濃いご報告ありがとうございました

まだ生ものが片付けられていないこと知りませんでした

知らないってこわい

きづかないのもこわい

数字や単位に振りまわされて げんなりして

ちょっと考えることを避けてた気がします


投稿: ゆー | 2011年8月10日 (水) 12時35分

ふみこさま、皆様

ふみこさんの一家でボランティア、
匂いまで伝えていただきありがとうございました。

じゅんこさん、石巻帰られるのですね。
たくさん、感じて帰ってこられとよいですね、日常に。

私にとっても、石巻は仕事で毎日のように
やりとりをする工場のある場所です。(今は休んででいますが)
工場は海のすぐそばの工場団地にあるので、直撃を受け、
倉庫は跡形もなく流されたり、です。
勤める人たちの無事は、何日もたってから確認でき
安堵しましたが、その人たちのかなしみには触れないままです。
しかも、私は香川、鳥取より南の次のページに住んでいるので、
テレビで見るばかりです。
5ヶ月たっても、元さんまは箱のまま埋まっているのですね。
ブロックは土に残されたままなんですね。

行ってみられたにおい、を伝えていただきありがとうございます。
工場も、何ヶ月もたって電気がやっととおり、再建にむけて
動き出しています。

投稿: rantana | 2011年8月10日 (水) 10時55分

ふみこ様

現実を伝えていただけたこと、
ありがとうございます。

我が家は普通に夏休みをすごしていますが、
その普通という感覚が
一体どれほど尊いものなのか、
今日もかみしめています。

実際にその場に立たなければ
わからないことだらけだと思います。
身にしみてこないのだと、思います。
それでも
想像するしかないとしても、
そうして寄り添って
ちいさな暮らしを守って、この国の
根底を支える者の一人でありたいと
思います。微力で間接的ではありますが。

投稿: CITRON | 2011年8月10日 (水) 07時46分

トトさん

陸前高田。
とてもいいところだなあ……と思いました。
その気持ちだけは、
もっていたいなあ、と。

作業を終えて、使った道具を、
山の裾野を流れる清流でごしごし洗ったんです。
木の生い茂る不思議な空間でごしごしやっているとき、
胸のなかに「守りたい、守りたい」というような
感じが湧きました。

守りたい……って。
それは、
その地ののどかさだったり、
せせらぎの清らかさだったり、
やっぱり暮らしなんだと思いました。

がれき。
いまは、がれきのように見えるけれど、
かつては活躍の……、
建物であり、道具であり、愉快なもの、うつくしいもの、
大事なものだったんです。ね。
そのことがわかったことは、望ましいですが、
痛みです。

忘れずに一緒に。


投稿: ふ | 2011年8月10日 (水) 03時52分

仙台のじゅんこさん

おはようございます。

いってらっしゃい。
想像もできない経験をされてきた皆さんに、
いつか、やすらぎが降りてきますように。

わたしの祈りや、希いが、
とんちんかんで、見当ちがいでも……、
祈らずには、希わずにはいられません。

いってらっしゃい。


投稿: ふ | 2011年8月10日 (水) 03時38分

また、お邪魔します。
トトです。


私も避難所でボランティアをした帰りに、
陸前高田の町を見て来ました。

日の暮れかかる時間でした。
あたりはうす暗く、夕刻か?明け方か?
現実か?夢の中か?
わからなくなるほど、
生活のすべてが、なぎ倒され
し~んとした中で、
ただやたらに鳥の声だけが、響いていました。

視線を遠くにやるとただひたすら
何もないことにため息。

今度は、しゃがんで足元に視線を移すと
コーヒーカップ、とっくり、大きなクマのぬいぐるみ・・・・
そこにあった日常が、伝わってきて
なんていうんだろう・・・・
胸の、奥の奥で鈍い痛みを感じました。
今もなお、静かに残っています。

生きていると、こんなことが
本当に起きるものなんですね。

戦後に生まれ、平和な時代を
あたりまえに生きてきました。

あの光景を忘れずに
「あたりまえ」だったことに、感謝して生きていきたい
・・・・そう思いました。

私はがれき処理ではなかったので
マスクもせず無防備に、
歩いていましたら、すぐに咳こんでしまいました。
一緒にいた友人たちも、同じでした。

大変な悪条件の中、ふみこさんお疲れ様でした。

放射能の風評で、処理したがれきの行き先も
危ぶまれているようですね。

これからも問題は色々と出て来そうですが
例え、現地に行けなくとも
同じ日本を故郷とする者として
忘れずに、一緒に乗り越えたいですよね。

投稿: トト | 2011年8月 9日 (火) 22時36分

ふみこ様 皆様 こんばんは。

ふみこさんの経験を文章で読むことができて良かったです。
ここを知ってて良かったです。
本当にありがとうございますm(__)m

あさって石巻に帰省します。
なくしたものを諦めるための帰省です。
同級生の弔いに、みんなで集まります。
あの大川小で子供を亡くした友にも会います。一緒に泣いてきます。

夏祭りやお盆…古の行事は本当に意味深いと今年は感じています。
昔から日本人は、様々な区切りを自分達で作って気持ちを共有し、受け入れてきたんでしょう。

そして!生きてきたんですよね。

一人一人が感じたことを各々の言葉で「話す」時代がやって来る予感がします。
討論ではなく「話す」。気持ちを。そしてわかりあう。互いの立場や考えの違いを。

違いを認め合わないと…大人にならないと…自分に言い聞かせています。

ふみこさん。疲れは後できます。くれぐれも大事にしてくださいね。

投稿: 仙台のじゅんこ | 2011年8月 9日 (火) 20時45分

Kouji さん

ここで、ささやかに報告するところまでを
今回の活動と考えていました。
ちょっとへろへろな状態でしたが。

帰ってきて、
不思議なのですが、また行きたいと
考えているんです。
惹きつけられているんです。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 18時11分

おまきさん

……おまきさん。

おじぎ。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 18時03分

どりすさん

ぎゅっ。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 18時02分

saguchiさん

わたしも、
思っていたい、です。
いつも、いつも。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 18時00分

しょうさん

先は長いと、思いました。
その長さが、どのくらいかということより、
忘れないでいることが大事だと思いました。

現地に行けなくても、できることが
たくさんある……ということを、
学んで帰りました。


投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 17時57分

のんさん

わたしも、
久しぶりに高校野球にはまっています。

高校生たちは、
この国の大事なところを見ようとして、
そうして試合にのぞんでいますね。

「親子劇場」のことが決まったら、
ここへお知らせください。
お願いいたします。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 17時45分

ゆるりんりん さん

わたしも、信じています。
信じたい……。です。

信じる気持ちも、大きいですね。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 17時41分

どりすさん

そうなんです。
あの長靴が5足、活躍したのです。

それをごしごし洗って、
もひとつごしごし洗って(洗ったのは、夫)、
干しています、いま。
でも、まだ、臭い。
その臭さ、なつかしさに変わりつつあります。

なつかしさというか、
自分の「つぎ」への、約束かな。
匂い、残ってておくれ……という気持ち。

長靴、がんばってくれてありがとう……という気持ち。
わたしをがんばらせてくれて……。


投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 17時28分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
 
ふみこさん、お疲れさまです。
変ないいぐさですが、良かったですね。発見だとかおもい感じることがあって。
早い報告に、すこし驚いていますが、やはり、良かったなとぼくもおもっています。
報道がはっきりと目減りし、しかも表面的なものだとか、汚染がどうだのこうだのという議論ばかりですから。復興はこれからのはなしですよね。そのときに実際に見聞されたひとのはなしはとても貴重です。一般の方や有名人、ふみこさんのように著術にかかわる方、さまざまな視点で現在の状況が語られるということは、とても大切なことだとしみじみかんじます。
それだけでも大きな後方支援だとおもいます。
ありがとうございます。

投稿: Kouji | 2011年8月 9日 (火) 17時01分

ふみこさま、みなさま。

お疲れ様でした。
どうもありがとうございました。

投稿: おまき | 2011年8月 9日 (火) 16時28分

追記
 ふみこさま、今日、真っ先にしたかったことを
忘れていました。
 あの軍手と握手したかったのです。
 ギュッ。
 ありがとう、本当にありがとうございます。

投稿: どりす | 2011年8月 9日 (火) 15時42分

ふみこさん、皆さん、お久しぶりです!

ふみこさん、ボランティアに行かれたんですね!お疲れ様でした。

私の町は、地震があったと言われなければ分からないくらい普通の暮らしで、正直、時々忘れてしまうくらいです。

こうして、実際行って片付けなどされている方などの記録を見て、忘れないように、油断しないように、心に刻む毎日です。

私は、自分の『何かしたい』という気持ちを埋めるため、わずかな金額を募金したり、いただいたけれど、使わなかったおもちゃなどを送っています。

津波の被害のあった場所を直接見たのは一度だけなのですが、あの時の気持ちを忘れずに、少しずつ、できる事を続けて行きたいと思っています。

投稿: saguchi | 2011年8月 9日 (火) 15時19分

ふみこ様

やはり、直接いかれたのですね。
実際にその地に立ち、手を動かされたこと、本当に重い意味があると思います。
ふみこさんなら、やっぱりそうするだろうな、とおもっていました。

私は月々少しずつ、ある団体を通して寄付をしています。
今月は扇風機を2台、送らせていただきました。
そうすることで、現場に行けない自分を…許している?納得させている?
言葉がうまく当てはまらないのですが…。

わたしも、いつか・・・と思います。だって、まだまだ先は長いのですから。


投稿: しょう | 2011年8月 9日 (火) 14時59分

ふみこさま、ありがとうございます。

出かけていけない わたしたちにとって
ふみこさんの 記して下さったことが
胸に沁み入ってきます。

それぞれが自分のできることを 考えることが 多くなりましたね。
高校野球でも (地方大会から) 例年以上に
あきらめない球児たちの姿に 励まされています。
大事なものを たくさん失くしたけれど
大切なことにも たくさん気づかされた わたし達です。

わたしは、直接は行けないけれど
親子劇場で 被災地に 音楽を届けることを考えています。
わたしも、及ばずながら その会場探しなどお手伝いをしています。

ふみこさんの 感じられたことを読ませていただいて
心新たに また 出来ることを考えたいと思います。

投稿: のん | 2011年8月 9日 (火) 14時27分

ふみこ様

お帰りなさい

破壊を目の当たりにされ
ひりひりとされたことと思います

わたしは信じています
見てきています
それでもよみがえって行くんだと

投稿: ゆるりんりん | 2011年8月 9日 (火) 14時22分

ふみこさま
 おかえりなさい。
 1つ1つの文字を 自分が見聞きしている東北の地に馳せながら
読ませて頂きました。
 無意識に、手を握っています。
 その場所に立つ、その現実を見る。 同じ時間を過ごす。
 そんな思いを ふみこさまは実行されたのですね。
 わたしの住む町からは、直線で、概ね50センチ(:1,600,000)。
 定規をなぞる指の先に、かけがえのない地があると思うと
胸が詰まります。
 この地から出かけた人達の話は、次々に聞かせてもらっていますが
やはり、「生活を見た」時が1番いたたまれなかったと言っています。
 高校のボランティアで向かった少女は、泥と涙で目が見えないままに
手作業でガレキをのけた事を話してくれました。
 そして、みんな、「また行くから」と言っています。
 ふみこさま、あの長靴も活躍したのですね。
 私も50センチ先を 見つめます。 

投稿: どりす | 2011年8月 9日 (火) 12時58分

ももさん

今回、「後方支援」ということばを
思いだしました。

今回の旅の帰り道、
立ち寄った友人の家(盛岡)で、
「わたしは、いまのところ後方支援」という
ことばを聞いて、そうだ、できることはまだまだあったと
思いだしたというわけなんです。

友人は、わたしたちのくるまに
ガソリンも入れてくれました。

ももさんが、
ここにやさしい気持ちを記してくださったことも、
多くのひとのこころに沁みるんだと思います。

わたしは、沁みました。

どうもありがとうございます。


投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 11時55分

ぽんぽんさん

ボランティア活動のむずかしさというのを
学んだ数時間でもありました。

が、現地でともに働いた人びと、
ことばを交わした学生さんたちは、
「やっと来られた」
「ほんとうに、来たかったんです」
と云うのです。

まるで、夢がかなったひとのよう……。
そのことに、洗われた思いです。
全身をごしごしと。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 11時42分

寧楽さん

家が流される。

ラジオやテレビのニュースでも新聞でも、
何度も何度も見聞きしていたことでした。
が、実際に流された跡に立ってみると、
そのことの重みが、長靴の裏からゆっくり
上がってきます。
ああ、ああ……という、呻き声みたいなものを
こらえながら、必死でからだを動かしました。

そして、
自分は流されなかった。

と、思ったんです。

投稿: ふ | 2011年8月 9日 (火) 11時38分

ふみこさま、みなさま

 色々な思いがこみ上げてきました。
 これからのことが、たくさんあるんだろうなぁと思いながら、
 想像しながらいました。

 実際にできていることは、本当にほとんどない私です…。
 被災されたみなさま、ふみこさんのようにボランティアなどで、
 復興に、実際に手足を動かしているみなさま、
 本当に、本当に頭が下がる思いでいっぱいです。

 時節柄、戦争の時のお話もテレビなどで多くきかれます。
 今まで、何度となく痛い目に遭い、
 それでもここまでになってきた日本を思うと、
 自分の小ささを感じます。
 語彙が足りない私は、「すごいなぁ」の一言しか見つからず…です。

 それでも、小さいながらも、心をこめて、
 生活を送りたいなぁと改めて感じました。

 ふみこさま、みなさま、
 まだまだ暑い日が続きますが、どうぞご自愛ください…

投稿: もも | 2011年8月 9日 (火) 10時26分

ふみこ様 皆様
おはようございます

ありがとうございます。
記して頂いて。

出発前にテレビで、俳優の竹野内豊さんがボランティアに参加した映像を見ていました。
やはり、ガレキの撤去をしていましたが、分別をするのが手間がかかり、とにかく人手が必要だと話していました。

さんまだった物の山…。
そして、そこに確かにあった生活の姿…。

やはり、実際に目の当たりにせねば感じられないことですね。

一緒に…などと申し出たものの、やはり私はまだまだ甘ったれですね。

せめて、今日の記事をまた新しく心に刻み、自分なりに進んでいきます。

ありがとうございました。
そして、今日もあちらで頑張っているかたたちにも、頭をたれたいと思います。
12センチを自分の中で、もっと近くに感じていけますように。

投稿: ぽんぽん | 2011年8月 9日 (火) 10時23分

ふみこさま

お疲れさまでした。

お嬢さんたちも
神妙に作業をなさったことでしょう。

生かされていることに
感謝し、自分のできることをと思います。

大槌町に実家を持つ
友人の家は流されてしまいました。

家のひとたちは
高台に逃げて無事でしたが、そこにいらしたんですね。
ありがとうございます。
今年は我が家にとっても特別な夏です。

まだ暑さや突然の気候変化が続くようです。

どうぞ無理なさいませんように。

投稿: 寧楽 | 2011年8月 9日 (火) 09時06分

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