偵察散歩
東京に雪が降った。
まだ降っていなくて、「降るでしょう」と天気予報士が告げているときすでに、全身が雪でいっぱいになる。雪の記憶を、ひとつ残らず目の前にならべてみたくなる。雪だるまのように。
雪だるまのように、とは、子どものころ雪が降り積もるたび(そうたびたびは積もらない)、気がつくと小さいだるまをつくってならべた思い出が、書かせている。目の前に勢ぞろいした雪のだるまに、雪郎、雪二、雪三、雪太、雪夫と、名を(なぜか男の名ばかり)つけてゆく。
東京の雪は溶けてしまうのも早く、翌朝には、雪郎たちの姿は変わっている。どうかすると、末の弟たちなどは、いなくなっている。兄から順に、少しずつ小さくつくるからである。
「雪郎、雪二、学校からもどったら、また遊ぼう」
このように、わたしが子どもだった時分には、東京にも、いまよりも頻繁に雪が降り、いまよりもたくさん積もった。記憶のなかには、弟とした雪合戦、つっかけ式の「板」に長靴の先をひっかけてするスキー、かまくらづくりといった情景がしまわれている。上ふたりの子ども時代にも、校庭での雪合戦の思い出があり、大雪による休校も、めずらしくはあったが、経験している。
上ふたりの子どもと年のはなれた三女のときには、雪が遠のいていた。たくさんの雪の思い出をつくってほしかったけれど、そうはならなかった。
思いのほか早くきりがついた仕事からも、子どものころの雪の記憶からもはなれて、茶の間に行くと、かごにパンが山になっている。パン店を営む友人がたくさんのパンを送ってくれたものだ。前に同じことがあったとき、おすそ分けしたマリ子さんが、「こんなにおいしいくるみパンは初めて」と云ってくれたのを思いだす。
——そうだ、マリ子さんに届けがてら、偵察散歩に出かけるとしよう。
わたしは、ときどき「偵察散歩」という大仰なる呼び名の「てくてく」に出かける。そういう大仰の後押しを得て、なんとかして外に出るようにしないと、わたしはときどきほんものの「居たきり」になる。
外を眺める。うれしや、おもては、いまだ白の国であった。
マリ子さんは、長年の友人であるが、3人の子どものピアノの師でもあるひとだ。子どもたちがピアノをおしえていただいている世界では、マリ子せんせいとお呼びし、これは友情世界のことだなあと思えるときには、マリ子さんと呼びかけることにしている。呼び方なんか、どうでもいいという向きもあろうけれども、そこを呼び分けることには意味があり、そしてたのしい。幾重にも関わりのあるたのしさである。
そういうわけで、きょうはくるみパンに、黒豆のパンを加えてた袋をかかえて、長靴を履く。長靴を履くと、エルマー*になったのも同じ。わたしは、すっかり冒険のおばさんである。財布? そんなものは持たない。パンだけを抱いてゆく。
家を出ると、前の雪かきをしなかったため、門の前でつるりとすべった。おお、いけない。夫は関東出身、わたしも道産子二世なので、こういうところがにぶい。雪かきを平気で怠るのも、歩きだし方が下手なのも。
中央公園を抜けてゆこう。そこは、広い広い、もひとつ広い原っぱで、この地域の拠所(よりどころ)のような場所である。白い原っぱに、大きな雪だるまが3人ならんでいる。まわりに、母子(おやこ)3組の姿がある。雪だるま3人、お母さん3人、子ども3人。眺めたかったのは、これだなあと、うれしくなる。
マリ子さんの家のぴんぽんを鳴らすが、お留守だった。驚く顔がひと目見たかったけれど、マリ子さんも、白い国への偵察散歩に出かけているのかもしれない。門のなかの柵にパンの袋をぶら下げる。
家に帰ってから、実家の母に電話をする。たしかめたいことがあったのだ。
「おとうちゃまは、今朝、雪かきをした?」
と訊く。
「そりゃあ、もう」
母は、あたりまえのことを尋ねられたという声で、答える。
北海道苫小牧育ちの父(現在88歳)と、函館育ちの母(父の5つ下)は、雪、というと、なんとはなしにうかれている。ことに父は、起きるなり耳当てのついた帽子までかぶってあらわれる。雪が降り、積もりかけるやおもてに飛びだし、手慣れた手順で雪をのけてゆくのである。雪の量がどんなに少なくても、そうやって、雪のなかに道をつくって初めて、安心できるらしい。
電話で「そりゃあ、もう」と聞き、あわてて、夕方おくればせの雪かきをする。雪はまばらに、凍っている。
* エルマー
『エルマーのぼうけん』(ルース・スタイルス・ガネット作 ルース・クリスマン・ガネット絵 わたなべしげお訳/福音館書店)の主人公の少年、エルマー・エレベーター。はるかかなたのどうぶつ島にいるりゅうを助けるため、エルマーは冒険の旅に出ます。……黒いゴム長靴を履いて。
せっかく外に出たのに(偵察散歩)、
「財布? そんなものは持たない」
と云って出かけたので、買いものもできずじまい。
それで、夫の実家から届いた
ほうれんそうばかり食べました。
写真は、「炒めもの」です。
①ほうれんそう1把をざくざくと切る。
②オリーブオイル(大さじ2)を熱したプライパンに
ほうれんそうと塩(小さじ1)を入れて炒める。
③ほうれんそうに油がまわり(二~三分通り炒めたら)
熱湯(1カップ)と酒(少し)を加える。
④さっと混ぜて、沸騰したら、鍋のふたでほうれんそうを
おさえながら、水気を切る。
※この方法は、中華料理のやり方ですが、
おいしい青菜炒めができます。
※いろいろの青菜のほか、きゃべつ、レタスも
おいしく炒めることができます。
★ お知らせ
昨年11月に、東京池袋で、
小さなおはなしの会をおこないましたが、
ご好評につき、3月もおこなうことになりました。
日時は、3月14日(水)13時半~、
場所は、東京・池袋の「自由学園明日館」です。
ご興味のある方は、どうぞお出かけください。
詳細は、こちらへ。
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