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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあい、娘3人、黒猫との、5人と1匹暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。
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2012年3月

2012年3月27日 (火)

その週のはなし

 終わるときは、いきなり終わるのだろうなあと、考えるともなく考えている。
 みずからの命の終わりも、もしかしたらこの世界(地球)の終わりも、どちらもいきなりやってきそうである。
 どちらの終わりも、わたしは恐れたくない。

 けれど。この世界の終わりに向かっては、いま、抵抗はしないといけないと考えている。なぜといって、それを終わらせるのは、わたしたち人間の仕業にちがいないからである。そこを反省したり、あらためたりすることなしに「終わりを恐れたくない」などと云うのは、身勝手が過ぎる。
 抵抗して抵抗して、反省してあらため、もうひとつ反省してあらため、という末にやはり終わりがきてしまったら、仕方がない。謹んで終わりを迎えよう。

 みずからの命の終わりも、もしかしたらこの世界の終わりも、どちらもいきなりやってきそうだ、と書いたけれど。もし、予告されたらどうするか。
 たとえば、「あと1週間で終わります」と予告される。
 1週間を長いと考えるか、短いと考えるかは、ひとそれぞれだ。わたしは、自分が、案外たっぷりあるなと考えるだろうと予想している。
 どんなふうに予告されようと、予告された当初はあわてるにちがいない。何をしておくべきかを考えて。やがて、わたしは、あわてた自分を笑うのだ。あわてる必要はないと、そう云って笑うのだ。
 いつもどおりに過ごせばいい。
 仕事もしよう。月刊のと、単行本の仕事……は、もうしなくてもいいだろう。
 問題は週刊の仕事だ。新聞の連載の原稿は、2週間前に渡してあるはずだから、安心。が、待てよ。さいごのコラムに、これまでの感謝を記したほうがよさそうだ。原稿を、差し替えてもらおう。
「愛読ありがとうございました」と書くだけではつまらない。これまで、書くには書いたが、遠慮しいしい書いてきた類(たぐい)のことを、おおっぴらに発表して締めよう。そうなれば、挿絵もあたらしく描かないといけない。いつもは速達郵便で挿絵を送っているのだが、この際、電車に乗って、東京竹橋の毎日新聞社まで届けに行こう。長く担当してもらった編集局の小川節子さん(記者生活30余年の彼女のことだ、きっと社に出ているだろう)に会って、ふたりで昼食に、パレスサイドのレストランのフランス料理を奮発しようか。「本日入荷・海の幸網焼きオリジナルタルタルソース」。よし、これにしよう。子どもの時分から30歳前半まで唯一苦手だったのに、ある日を境に好きになったタルタルソースを食べておくのも、わるくない。なぜ好みが変わったかというと、自分でタルタルソースをつくる羽目に陥り、つくってみたら、やけにおいしかったのだった。
「節子さん、長い間ありがとうございました。じゃ、ばいばい」と、手を振って別れる。
 ブログもあたらしく書いて、火曜日(ブログ「うふふ日記」は、毎週火曜日が更新日)を待たずに更新してもらう。そうして、いつもどおり、ときどきあけてみてはおたより(コメント)に返事を書く。たくさんコメントがくるといいなあ。これまで読むのにとどめてコメントを書かずにきたひとも書いてくださったら、わたしは忙しくもたのしく返事をする。
「地球はなくなってしまうけれど、こんどまたべつの星で会いましょう」なんかと書くのである。愉快。

 家のこと。仕事が片づけたあと、のんびりとりかかろう。
 ごはんもいつも通り。洗濯も掃除も。
 寝る前の読書。そうだなあ、「庄野潤三」を読むだろうかなあ。
 忘れるところだった。英文翻訳の課題をしなければ。これも、できるだけていねいに訳して、せんせいに見ていただく。高橋茅香子せんせいは、築地の仕事場におられるだろうか、それともご自宅におられるだろうか。どちらにしても、これはパソコンでお送りしよう。せんせいは添削してくださり、「いつの日にか、じっくり英文と向きあえるといいですね」 きっとそう書いてくださる。

 こうして、いつも通りの1週間が、いつもと同じ速度で、つまりあっという間のようでもあり、それなりに充実もしていたようでもあり、というふうにおわり、とうとうさいごのごはんだ。
 わたしは、これについて、この20年あまり、考えを変えないできた。
 鶏とセロリのサンドウィッチとスコッチウィスキー。
 これをさっとつくって、さくっと食べる。


Photo

「その週のはなし」の原稿を書き、
鶏とセロリのサンドウィッチをつくったら、
どんどん「その気」になってきました。
さいご、さいごと思っているのです。

でも、考えたら、今週は今年度の最終週ですね。
佳い1週間にしましょう。

         *

〈鶏とセロリのサンドウィッチ〉
鶏(蒸して細切り)とセロリ(せん切り)を合わせて、
酢(少し)をふりかける。
ここに塩こしょうして、マヨネーズで和える。
パンに、バタ(またはマーガリン)を薄くぬり、
好みの辛子をぬる。
鶏とセロリを和えてつくった「なかみ」をはさむ。
※パンの耳はつけたままでいいでしょうね。
 さいごの日なのですから。

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2012年3月19日 (月)

力学

 台所で昨年から使ってきた布巾。
 タオルを縫って(正確には、二女に縫ってもらって)布巾にしたものだ。長いあいだにいつしかたまった、旅先の宿でもらったものやら、おまけでもらったものやら、宿の屋号や商品名、はたまた会社名の入ったタオルだ。
 タオル地というのは、布巾として使うのに向いていることがわかって、得意な気持ちだった。が、目の前の布巾、いまや煮染めた雑巾のようになっている。
 だからといって、すぐとり替えてしまうわけにもゆかず、この半年近く、雑巾みたいな布巾を使ってきた。途中で何度か煮洗いをして、相手(布巾である)の溜飲(りゅういん)を下げ、こちらのもやもやをおさめてきたのだったが。 
 とうとう、そのときがきた。

 わたしは、家のしごとに便利を持ちこみ過ぎるのはよそう、と考えている。つまり、便利過ぎをおそれてきたのだった。 
 そのこころは、今世紀に入って嫌われ者になってゆく一方の不便の肩をもちたいというもの。昔ながらの技術を取得したいという夢。
 不便のなかにこそ手しごとの可能性や工夫のおもしろみがかくれている。そうして便利過ぎは、古きよき手しごとを遠ざけてしまう。だから、楽することばかりに夢中になってはいけないと、みずからを戒め戒め暮らしてきた。
 が、最近。
 じつは、ちょっと楽をしようと考えるようになっている。東日本大震災のあとに芽生えた考え方だった。
 楽をして余ったエネルギーをべつのことにつかおうという考え方である。わたしのたよりないエネルギーでも役立つ先をみつけて、そこへ向けたい、と。

 もしかしたら、それは「力学」ではないだろうか。
「力学」。わたしにとって、口にしたり、書くことすら憚(はばか)られることばだ。
 いや、その昔、縁の結ばれる機会はあった。……わたしは古い教室の窓からの斜めなす光のなか、「力学」とか、「なんとかエネルギー」(運動エネルギー、位置エネルギーなどだろうか)について学んでいる。物理学の授業である。かすかに触れあったものの、うまくゆかなかった。まず、相手との共通の話題をさがさなかったのがいけなかった。相手のほうも、わたしと親しくしようというそぶりもを見せなかった。
 ところが。年齢を重ねるうち、「物理」氏と共通の話題をみつけることなど、そうむずかしくないことを知るようになる。
 氏も、そして主婦であるわたしもひとしく、ことをはじめるときにはひらめきから出発する同類であることに気がついたからである。ずっと同じ道を行けるわけではないし、あちらは途中から込みいった数式をあやつったりしはじめるのだが。それでも、とっつきが同じだということがわかっただけで、苦手意識が吹っ飛んでしまった。空の彼方に。吹っ飛ぶときにも、力学的エネルギーが働いていたものと思われる。……たぶん。

 そろそろ、「台所で昨年から使ってきた布巾」へと、はなしをもどさないといけない。

 雑巾のようになってしまった布巾。
 ちょっと楽をしようという考え方。
 楽をして余ったエネルギーをべつのことにつかおうという計画。

 この3つが合わさって、ひとつの変化が起こる。「物理」氏には笑われるかもしれないけれど、これをわたしは力学だと思う。3つが合わさり、あたらしい力を生もうとしている。
 さ、わたしにうまく証明できるだろうか。もったいをつけているけれど、はなしは簡単。
 茶色のフェイスタオルをもとめてきて半分に切り、切ったところを縫って(正確には、二女に縫ってもらって)布巾にしたのだった。片面がパイル素材(精紡交撚糸)、片面がガーゼ素材の、吸水性はあるがかさばらないタオルを選んだ。
 考えたすえ、茶色(茶は、台所に入ってきていいことにしている色でもある)に決めた。これだと、汚れが目立たず、煮洗いの手間も、いっそ漂白してしまおうかというこころの揺れも、解消する。何より、布巾が雑巾のようになってゆくのを見る辛さから解放される。
 うれしや。このことで余ったエネルギーを、さて、どこへつかうかが課題である。

Photo
これで、楽をしようというわけです。
うれしや、茶色の布巾。


Photo_2
台所の手ふきも、同じものを使うことにしました。

それから。
浴室のタオルも、これまでずっと「白」を使ってきたのでしたが、
古くなったのを機に、このたび、
ベージュのタオル(写真のタオルと同じ素材の、色ちがい)にしました。
これで、また楽ができます。

            *

3月14日(水)自由学園の「明日館」において、
2回めの読者の会をひらきました。
不思議なほど、あたたかい会でした。
いらしてくださった皆さん、どうもありがとうございました。

参加してくださった方の書いてくださったアンケートのなかに
「明日地球が終わるとしたら、最後に何を食べるか」という
問いをみつけました。
近いうちに「うふふ日記」のなかでお答えしようと思います。
皆さんも、どうぞこの問いについて考えてみてください。

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2012年3月13日 (火)

あ、つながった。

 すごいなあ、すごいなあと思っている。
 こういうものに向かって、「すごい」と云うだけなんて、語彙(ごい)のないこと。けれど、ほかに……。そうだ、凄いと書いたらどうだろうか。こんなにやさしくきれいなものに「凄い」はないか。

 友人が、「母の手しごと……」と云って手渡してくれたものだ。
 刺し子の布巾である。赤い糸のと、藤色の糸のと2枚もらった。卓をはさんでともに飲もう、食べようという場面でのことだったから、すぐと鞄にしまい、それきり忘れた。
 思いだしたのは、夜半すぎ、家にもどったときだ。鞄からとり出し、矯(た)めつ眇(すが)めつ見れば見るほど、うつくしい。うつくしいが、それだけでなく、つよさのようなものもあらわれていて、圧倒される。
 友人のお母上は、たしか80歳をいくつか超えているはず。
 ふと、布巾の針目から、「使ってくださいな」という声が立った。酔っているせいかもしれなかったけれど、たしかに聞いてしまった。
 翌日、ほんとは飾っておきたいようなその布巾を、わたしは台所の電気オーブンの上にひろげた。洗い上げた食器類を拭いたあと、もうひととき干しておく広場にしようと考えたのだった。
 菜箸、しゃもじ、木杓子、椀、わっぱの弁当箱の休憩地である。この上で休みながら、さっぱりと乾いてもらおうという算段。

 お目にかかったことのない友人の母上が、わたしの台所で働いてくださっている。翌朝の台所には、そのことを思わせるのにじゅうぶんな空気が漂っていた。
「おはようございます」
 と、挨拶する。
「陽子さん(友人の名である)がここへ、お連れくださったのです。よろしくお願いいたします」
 刺し子の布巾は、「ごていねいに……」とおっとりと云ったあと、何年もここにこうしているかのような佇まいで、いる。
「陽子のところへは、子猫がやってきましたねえ」
 と、布巾が語る。
「ええ、ええ。先住の猫さんが逝ってしまって、しばらくは猫なしで暮らすつもりと云われていたのでしたが。そんなことにはならないような気がしていたのです」
 と、云う。
「生きる力が増すだろうね」
「ほんとうに」

 ひとと、こんなかたちでつながる。
 最近まで、それを知らないでいた。こころの宿ったものを通じて、つながることを確信したのは、東日本大震災のあとからだ。

Photo
気持ちのいい刺し子でしょう?
なんというやさしい針目かと、眺めるたび
わくわくします。
こういう手しごと、おぼえたいなあと思います。
そうして、知らない家の台所で働きたいです。
……夢。


Photo_2
休憩地です。

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2012年3月 6日 (火)

「忘れない人」

 ものがたりのなかにいるようだ。
 シルバーグレーのモーニングコートを身にまとい、10メートルほど離れた場所に立っている青年は、まるで、ものがたりに出てくる王子さまのようではないか。そして、そのとなりに佇むひとの可憐さと云ったら。
 先刻から、こっそり自分の手の甲や耳たぶをつねってみている。こういうときには頬をつねるものと知ってはいるけれど、たとえ夢のなかかもしれないにしても、目の前で結婚式が挙げられようとしているのだ。頬をつねるような仕草は、慎まなければならないだろう。

 ものがたりのなかにいる気分はそのままだが、これは夢ではない。つねった手の甲は赤くなっているし、耳たぶもまたひりひりする。
 モーニングコートの青年は、王子ではなく、わたしの友人の巧望(たくみ)くんだ。
 巧望くんは、長女の小中学校の同級生である。巧望くん10歳、わたし36歳のころから互いを、「巧望」、「ふんちゃん」と呼びあってきた。家族ぐるみで親しくしてもらった。
 いや、親しい、という云い方では足りない。3人の子どもたちはもちろん、夫とわたしも、巧望の家庭(巧望には、妹、弟、妹がある。4人きょうだいの長男)には少なからず影響を受けている。両親の方針で、つねに(つねに、である)体裁などより大事なことをまっすぐ大事にする6人家族に、自分たちの姿を写してあるときは恥じ入り、平生(へいぜい)励まされてきたのだった。
 昨年の終わり近く、巧望と婚約者の優理子さんが結婚式と披露宴の招待状を持ってきてくれたとき、叫び声を上げそうになった。辛いことをたくさん見聞きし、重苦しいものばかりを胸にあつめた1年(2011年)のおわりに、透きとおった光の幕が下りてきたかのようだった。「おめでとう」と云うはずのところ、「ありがとう」の5文字しか口にのぼってこなかった。
「ありがとう、ありがとう」と。

 すばらしい結婚式(と披露宴)だった。
 ともに列席した長女とふたりで、長きにわたって巧望と友情を紡ぎつづけてこられたこと、その両親ときょうだいたち(親戚も)を近く眺めつづけてこられたことのなみなみならなさを、ありがたく再確認す。
 新郎新婦が、自分たちの門出を祝ってもらおうというよりも前に、これまでの感謝をあらわす姿勢を貫いていたことにも驚き、打たれている。そういえば、ことしの巧望の年賀状に、「たのしい式になるよう準備に勤しんでいます」と書いてあったなあ。たのしい式とは何だろうかと思っていたのだったが……、このことだったのかと、思わず、目の裏が熱くなる。

 この縁(えにし)、自然につながって、なんとなくつづいてきたように考えていた。が、ほんとうはちがうのではないか。呼びあうものはあったにせよ、友情が途切れずつづいてきたのは、年若き友人の守護のおかげだったのではないか。
 この魂に触れてくるものについて、無頓着であってはならないと思わされている。わたしはときどき、ひとという……、自分という……存在に恐怖して、自ら無頓着の境地に逃げこむことがある。触れてくるものが慈愛に満ちている場合も、反対にときとしてこちらを損なう場合にも、そこを学びきれと、またしても励まされている。


Photo

「忘れない人」というアルバムをつくって持っています。
友人のところに生まれた赤ちゃん、結婚式の写真、
発表会やリサイタルほかの舞台写真などなどをおさめます。
先達ては、
指輪(大叔母の形見)のリメイクをおねがいした作家の仕事場の写真も、
おさめました。
このアルバムに題名をつけるとき、
「忘れられない人」と書き入れましたが、
ふと……「忘れない人」にしようと思いなおしました。
「忘れない」ことを誓いたいなあ、と思って。


Photo_2

巧望の結婚式、
長女とふたり、きもので出席しました。
仕度を母に手伝ってもらって。
きものを着たのは、15年ぶりのことです。
きものが、よろこんでくれたような気がしました。

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